12.白い下着
へたへた崩れ落ちたぼくは、どれくらいの時間そうしていたのだろう。しんと静まり返った家の中で、ぼくはゆるゆる立ち上がった。どこかにいるかもしれないやつらの仲間がやってこないうちに、ぼくはこの家から逃げだそうと思った。やつらが犯行をビデオで撮っていたのは、「犯行の場面を撮影して売るのが目的」としか考えられない。きっと、ビデオの売買ルートにはマフィアの組織かなんかがあるに違いない。ただ、逃げる前に、死んだヨーコに別れを告げたかった。彼女の死体が警察に発見されるにせよ、地下組織に処分されるにせよ、ヨーコの裸を人の目にさらしたくなかった。ぼくは、階段をノロノロあがった。階段には、さっきは気づかなかったが、誰のかわからない人間の切断された足が転がっている。みんな殺されてしまったんだ。2階の寝室に戻ると、ベッドに全裸で横たわるヨーコの体に、ベッドの下に丸めてあった毛布を広げてかける。ヨーコは眠るようにして、ベッドにいた。ギリシアの大理石の彫像を思わせるような真白い肌。下腹部に大きく開けられた傷口と、切断された腕が無ければ、まるで何事もなかったように見える。青白く見える顔つきが安らかなのは、致命傷に至る前に気を失ったためかもしれない。ヨーコの体は、まだ、ずいぶんと温かみを残しているように思えた。
床に転がっている血だらけのビデオカメラを拾い上げた。ぼくは、中に入っているテープをとりだした。このテープを持ち出せば、ぼくが此処にいたことは誰にも知られまい。念のため、肉切り包丁を拾い上げ、片隅に脱ぎ捨ててあった女性の水色のワンピースに包んだ。見ると、女性用の白いレースの下着もそばに落ちている。ぼくは、1階に降りると、ヤルダの胸からナイフを抜きとり、これも肉切り包丁とともにワンピースに包んだ。ヤルダは完全に息絶えていた。
家のドアをあけると、外は白み始めていた。また、猛烈な暑さの一日が始まる。体中の痛みをこらえて、ぼくは夜明け間近の外へ一歩、足を踏み出した。庭で寝ていたシベリアンハスキーが、物音を聞きつけて、うなり声をあげながら近づいてくる。薄暗闇のなかで、犬の銀色の目が怒りに燃えて光っている。ぼくは、その目をにらみつけていた。かみついて来るなら来い。ぼくは、脇に抱えていた肉切り包丁の柄を握り締めた。一歩、前に出る。ぼくの進んだ分だけ、シベリアンハスキーはうなり声をあげながら後ずさりをする。距離は変わらない。木戸にたどり着いたぼくは、シベリアンハスキーを睨み付けていた視線をふとはずした。犬も、それを見てうなり声を止める。木戸を開けるとシベリアンハスキーは、こっちを警戒しながらもとの寝床に戻っていった。
外に出て、ぼくは全身が血だらけであることに気づいた。これで町をあるけば、警察がすぐに駆けつけてくる。できれば、人知られずにシチリアから出て行きたかった。警察に捕まったら最後、ぼくの氏名や国籍などが漏れて、一生、どこかの地下組織に命を狙われることになるかもしれない。ぼくは、着ていた血だらけのテーシャツとチノパンを脱ぐと、チェックのトランクス一丁になった。腹に巻いていた、パスポートが入ったウエストバッグはそのままに。この街では、そうした格好で若者達が良く歩いていた。
街角のゴミ置き場で、ビデオカセットのプラスチックを半分にぶち折って録画テープを引き出すと、グジャグジャに丸めて脱いだテーシャツとチノパンに包んで捨てた。ワンピースに包んだ肉切り包丁とナイフは、置いてあったゴミの詰まったダンボールの中に入れて隠す。これで、ぼくがあそこにいた証拠はどこにも残らないはず。そして、ぼくはややもすると意識を失ってしまいそうになりながらも、ホテルまでの早朝の道のりをなんとか帰っていった。
へたへた崩れ落ちたぼくは、どれくらいの時間そうしていたのだろう。しんと静まり返った家の中で、ぼくはゆるゆる立ち上がった。どこかにいるかもしれないやつらの仲間がやってこないうちに、ぼくはこの家から逃げだそうと思った。やつらが犯行をビデオで撮っていたのは、「犯行の場面を撮影して売るのが目的」としか考えられない。きっと、ビデオの売買ルートにはマフィアの組織かなんかがあるに違いない。ただ、逃げる前に、死んだヨーコに別れを告げたかった。彼女の死体が警察に発見されるにせよ、地下組織に処分されるにせよ、ヨーコの裸を人の目にさらしたくなかった。ぼくは、階段をノロノロあがった。階段には、さっきは気づかなかったが、誰のかわからない人間の切断された足が転がっている。みんな殺されてしまったんだ。2階の寝室に戻ると、ベッドに全裸で横たわるヨーコの体に、ベッドの下に丸めてあった毛布を広げてかける。ヨーコは眠るようにして、ベッドにいた。ギリシアの大理石の彫像を思わせるような真白い肌。下腹部に大きく開けられた傷口と、切断された腕が無ければ、まるで何事もなかったように見える。青白く見える顔つきが安らかなのは、致命傷に至る前に気を失ったためかもしれない。ヨーコの体は、まだ、ずいぶんと温かみを残しているように思えた。
床に転がっている血だらけのビデオカメラを拾い上げた。ぼくは、中に入っているテープをとりだした。このテープを持ち出せば、ぼくが此処にいたことは誰にも知られまい。念のため、肉切り包丁を拾い上げ、片隅に脱ぎ捨ててあった女性の水色のワンピースに包んだ。見ると、女性用の白いレースの下着もそばに落ちている。ぼくは、1階に降りると、ヤルダの胸からナイフを抜きとり、これも肉切り包丁とともにワンピースに包んだ。ヤルダは完全に息絶えていた。
家のドアをあけると、外は白み始めていた。また、猛烈な暑さの一日が始まる。体中の痛みをこらえて、ぼくは夜明け間近の外へ一歩、足を踏み出した。庭で寝ていたシベリアンハスキーが、物音を聞きつけて、うなり声をあげながら近づいてくる。薄暗闇のなかで、犬の銀色の目が怒りに燃えて光っている。ぼくは、その目をにらみつけていた。かみついて来るなら来い。ぼくは、脇に抱えていた肉切り包丁の柄を握り締めた。一歩、前に出る。ぼくの進んだ分だけ、シベリアンハスキーはうなり声をあげながら後ずさりをする。距離は変わらない。木戸にたどり着いたぼくは、シベリアンハスキーを睨み付けていた視線をふとはずした。犬も、それを見てうなり声を止める。木戸を開けるとシベリアンハスキーは、こっちを警戒しながらもとの寝床に戻っていった。
外に出て、ぼくは全身が血だらけであることに気づいた。これで町をあるけば、警察がすぐに駆けつけてくる。できれば、人知られずにシチリアから出て行きたかった。警察に捕まったら最後、ぼくの氏名や国籍などが漏れて、一生、どこかの地下組織に命を狙われることになるかもしれない。ぼくは、着ていた血だらけのテーシャツとチノパンを脱ぐと、チェックのトランクス一丁になった。腹に巻いていた、パスポートが入ったウエストバッグはそのままに。この街では、そうした格好で若者達が良く歩いていた。
街角のゴミ置き場で、ビデオカセットのプラスチックを半分にぶち折って録画テープを引き出すと、グジャグジャに丸めて脱いだテーシャツとチノパンに包んで捨てた。ワンピースに包んだ肉切り包丁とナイフは、置いてあったゴミの詰まったダンボールの中に入れて隠す。これで、ぼくがあそこにいた証拠はどこにも残らないはず。そして、ぼくはややもすると意識を失ってしまいそうになりながらも、ホテルまでの早朝の道のりをなんとか帰っていった。
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