木曽路の宿場歩きはこの奈良井宿がラストですが、ここでは特別に忘れ難い経験をしました。私の好きな言葉の一つ「一期一会」。この時の思い出はまさにその言葉そのものでした。
宿場歩きの途次に何気なく見かけた風景・・・その方は秋の日差しの下で何やら熱心に作業をされていました。
モノ作りを見るのが大好きなご亭主殿、作業をされるその方の手元にある不思議な形に魅せられてずっと眺めていたのですが、ふいに「興味がありますか?」と声をかけられ、作業の終わった不思議な品を手に取らせてくれました。
その後は「どこから来たの?」「はい、京都からです」とよくある会話が続き、「京都からですか、では一力はご存知ですか?」と聞かれ、「一力は「万」の字を二つに分けて一力としたんですよ」と・・
そこから話が弾み、書の話になりお店の看板文字の話になり、熱心に耳を傾ける観光客との会話が楽しいと思ってくださったのか、「では記念に一枚、何か書いて差し上げましょうね」と、店内に案内され・・
松坂屋さんの店内には、着物好きならずとも思わず手に取りたくなる和装小物や、漆器のグラスなどがお行儀よく並べられています。
さっき作っていたものの完成品ですよと見せて頂いた漆塗りの「たぼがき」。日本髪を結う時に使われる櫛の一種だと思うも、自分で使ったことが無いので名前に関しても確証はありません。お聞きすれば良かったなと後で後悔。
その後、何枚かの半紙に書をしたため、落款を押し、そのうちの一枚を選んでご亭主殿に手渡してくださいました。
そして「これは貴方にあげましょうね」と言って書いて下さった・・
【軒先に 山法師実る なら井宿】
御主人が作業をしていた腰掛の後ろに、不思議な身を付けた植物があり、何かと尋ねた私に、ニコニコと笑いながら「これは山法師の実だが、見たこと無いかね」。
乾ききっていない半紙を大事に下げたまま宿場歩きを続けた二人。軽く二つ折りが大丈夫になるまで、意外と時間を要しましたが無事に自宅の額に収まりました。
訪問日:2010年10月3日
2014年、私たちは再び奈良井宿を訪れました。今回はj🐣さんが一緒だったので、前回のような特別なエピソードは無い筈だったのですが・・懐かしい真っ赤な櫛看板を見て、思わず店内に・・・。
四年前の事を話し、懐かしさについお声をかけてしまいましたと詫びる私を店内に招き入れ、お客様がおいでだったにもかかわらず、友人共々、思いがけないおもてなしをいただきました。御主人はあれから暫くして難病を患われたと奥様から聞かされました。書を頂いたこと、今も大切に額に飾ってある事を話すと、当時を思い出されたのでしょうか。「ではまた一つ書きましょうかね」と、四年前とちっとも変わらない優しい声で・・
お店を辞す時思わず涙をこぼしてしまった私の肩を抱き寄せて下さった奥様。多分これが最後になるかもしれないと思いながら、それでも再会を約束せずにはいられなかった・・・・結局・・果たせる望みが無くなってしまった事が悔しくてならない
あれから随分と歳月が流れて・・・最初に貰った山法師の書は2018年6月の大地震で吹き飛んだ屋根の雨漏りでダメにしてしまったけれど、お地蔵様の絵は今もにこやかに壁で笑っておいでになります。
訪問日:2014年6月20日
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