御荘湾を含む海岸部は足摺宇和海国立公園の一部となっており、美しく穏やかな眺めが続きます。が・・今はそんな景色を楽しむ余裕がありません。
私達が目指すのは、愛南町御荘平城・馬瀬山頂公園内にある「紫電改展示館」。急がなければ開館時間内に間にあわなくなります!
「紫電改」と聞いて、それが第二次世界大戦中に開発された戦闘機の名前だとわかる人がどれほど居るのか・・私だって、はるか昔に兄が読んでいた漫画の存在が無ければ、多分知らずに通り過ぎていたと思います。
戦争を扱った作品はどちらかと言うと苦手だった私ですが、それは単に格闘技漫画は苦手と同じ感覚で、漫画作品として見るには、まだ夢見る夢子ちゃんにも満たない年齢の私には、縁の無い話だったからに過ぎません。
ちばてつや氏の漫画の中に登場する「紫電改」・・歴史の遥か彼方に埋もれてしまった筈の戦闘機が、この地上に姿を現したのは1978年11月。南宇和郡城辺町(現・愛南町)久良湾の海底で、ダイバーによって1機の紫電改が発見されました。着水した機体としては機首部分を除き、ほぼ損傷のない状態で発見された紫電改。
おそらくは、戦闘中に機体の不調によって着水を決意、波の静かな久良湾に着水したものの、機体もろとも水没したものと推定されます。が、それにしても賞賛されるべき操縦技術です。
1979年7月に引き揚げられた紫電改は、遺族の意思により引き揚げ時の原型を維持する程度に補修・塗装され、日本国内で現存する唯一の実機として保存・展示される事になりました。
松山海軍航空隊の『原田幸作氏』が捧げた「嗚呼紫電改」、読み進むうちに痛いほど胸が詰まって、見る見るうちに文字が滲んでしまいました。
【身は南豫に果つるとも 命輝け 宇和の真珠と】
命をかけてこの国を守ろうとした方々に、私たちは、きちんと応えているのでしょうか。散華された命に敬意も払えない人が、自らを知識人だと名乗り、したり顔で平和を語る世の中。それを見聞きするたび、ただただ申し訳なく、湧き上がる怒りにも似た涙を、抑える事が出来ません。
身を捨てて礎となられた方々に、有りもしない汚名を着せ、嘘で固めた自称!犠牲者にペコペコと媚び諂う自称識者・文化人、国を守るべき筈の政治家の言動を見聞きするたび、口にしてはいけない、汚い言葉を飲み込む自分がいます。
太平洋の海深く、大和と共に眠るご亭主殿の祖父様、名前しか知らない伯父さんたち・・名前さえ知らない何千何万もの方たち・・・私たちは、その尊い犠牲の上で自由を謳歌し、人と出会い、人と結ばれ命を紡いでいます。
名も知らぬ誰かの遺影の前に立って手を合わせて誓うのは、馬鹿の一つ覚えの「過ちを繰り返しません」ではなく!、「あなた方の命の購いの上に生かされている事を感謝いたします」・・それだけです。
訪問日:2013年3月24日
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