明日に向けて

福島原発事故・・・ゆっくりと、長く、大量に続く放射能漏れの中で、私たちはいかに生きればよいのか。共に考えましょう。

明日にむけて( 12 )避難を遅らす「正常バイアス」

2011年03月31日 14時10分00秒 | 東北地方太平洋沖地震3月12~31日
守田です。(20110331 14:00)

非常に大事な記事を友人が紹介してくれました。
「避難を遅らす「正常バイアス」という記事です。この記事は昨年5月1日に
中日新聞に載ったもの。スマトラなどの津波のときに、目の前に津波が
迫りくるのを見ながら、なお避難しない人がいた理由などを解明したものです。

記事にはこう書かれています。
「現代人は今、危険の少ない社会で生活している。安全だから、危険を
感じすぎると、日常生活に支障が出てしまう。だから、危険を感知する能力を
下げようとする適応機能が働く。これまでの経験から「大丈夫だ」と思って
しまいがちだ。これが「正常性バイアス」と呼ばれるものだ。」

つまり危機が迫っても、それを打ち消す「適応機能」が働く。まさに
これが今、この国を覆っているのだと思います。
僕が「何とも奇妙な数週間」と呼んだものの実態がこれなのだと
「膝を打つ」気がしました。

記事はさらにこう続いています。
「私たちの調査で、災害でパニックが起こったと確認できる例はほとんどない。
特に日本のように地域の人同士がつながっている社会では、パニックは
起こりにくい。「自分を犠牲にしても」と互いに助け合おうとする心理が
強くなるからだ。

現状では、強い正常性バイアスの結果、パニックになる以前、つまり何が
起こっているのか分からないうちに災害に巻き込まれる。日本では避難警報が
出ても避難率はいつもゼロから数%程度と低いことからも明らかだ。
行政側はパニックを恐れて災害情報を過小に公表してはいけない。」

これまた膝を打つ思い。(実際には打ちませんが・・・)

ではこうした正常バイアスはいかにすれば解決できるのか。
記事はこう続きます。
「いざというときに正常性バイアスを打ち破り、「危険だ」と直感できるような
訓練をしておくことが大切だ。そのためにはある程度、災害の恐怖感を体に
覚えさせておかなければならない。」
ウーン、これも納得です。


今、原発事故を前にして起こっているのは、こうした「訓練」を行っていたか
いないかの大きな違いであるように思います。この場合の「訓練」とは、
シミュレーションも含みます。

原発に反対してきた人、批判的してきた人は、たいていチェルノブイリ事故に
よる放射能汚染地図などを見てきていると思うのです。半径数100キロずつ、
円が描いてあるものなどです。

瀬尾健さんなどは、これを日本地図に移した図をたくさん作ってくれました。
このおかげでこれを見た人々は、いわば図上訓練を行えていたと思うのです。
いざとなったら逃げなくてはという思いがインプットされてきた。

僕もその一人です。同時に僕には、こうした時に、政府はまず間違いなく
事態を明らかにしない。人々を逃がそうとはしない。だからそういうときは
逃げることを呼びかけなくてはという、非常に強い思いがインプットされて
きました。

こんな思いが的中したことなど、まったく嘆かわしいばかりですが、
しかし3月26日の原子力資料情報室の田中三彦さんの記者会見で、
地震当時、1号炉では冷却水喪失事故という「絶対にありえない」と言われて
きた深刻な事態が起こっていた可能性が極めて高いことが明らかにされました。

本当に不幸中の幸いで、とりあえず、大爆発には至りませんでしたが、
しかしあの段階で、逃げなければと思ったのは正しかったし、東電や政府は
それを人々に伝える義務があった。後々、裁きを受けることになる可能性が
極めて高いと思いますが、事態はそこまでいっていたのです。


では東電は政府はなぜそれを明らかにしなかったのか。第一にそういう
体質だからでしょう。チェルノブイリ事故のときも共産党幹部はまっさきに
「パニックを起こしてはならない」と考えたことが記録されています。それで
事故を3日間も秘密にしていた。周辺の人々はあの大惨事の中、普通に
暮していたのです。

東電も政府も旧ソ連と非常に似通った体質を持っている。それが『原発事故を
問う-チェルノブイリからもんじゅ』(岩波新書)の中で、作者の七沢潔さんが
書かれたことです。

しかし第二に、実は東電も、政府も、そしてマスコミの多くも、同じように
「正常バイアス」の虜になっているのではないかと、この記事を読んで
僕には思えました。

「パニックを起こすな」とは、実は自分に向けられている言葉でもあるのでは
ないか。なぜならこれらの人々は、原発は絶対に安全だと唱えてきたため、
事故時の訓練やシミュレーションをしてきてないのです。だからここでも
正常バイアスが働くのではないか。

ただ危機を隠ぺいしているだけでなく、ほかならぬ自分たち自身が、
大丈夫だ、これ以上悪いことにはならないのだ、事態は沈静するのだと
思いこみたい心理に捕われているのではないかと思えるのです。

そしてパニックを起こさないことこそが使命だと思いこんでしまい、
実際に人々を避難させる大変さ、責任を負う心理的苦痛から目をそむけてしまう。
だから避難対策でも、事故終息に向けた対応でも、後手後手になる。

繰り返し報道されていることですが、東電と政府は、事故直後に冷却材を
空輸してきた米軍の協力を断ったといいます。理由はそれを使うと廃炉になる
からだったそうです。つまり1号炉で冷却材喪失事故まで起こっているのに、
まだこれらの炉を廃炉にする判断ができなかった。

というか、最良の道をたどったとしても廃炉は免れない現実を直視できな
かったのだと思います。理由はここでも「正常バイアス」が働いていたから
です。危機回避の訓練をしてきていない以上、それはある意味で当然だとも
言えます。「想定外」のことに遭遇したら、人は無力になってしまうのです。


それでは多くの人々はどうでしょうか。それぞれの職歴や経験などで
大きな違いがあると思いますが、少なくとも原発に関して安全だと思って
いた人ほど、「正常バイアス」が働きやすいと思います。また報道で「安全」が
繰り返されることにより、これが増幅される「同調バイアス」というものも
働きます。

それで普段から原発の危険性を感じて、避難の必要性を感じた人、また
そうした信頼に足る友人が周りにいて、自分も家族や友人に避難の必要性を
説こうとした人は、この「正常バイアス」に直面してしまうことになります。

しかも今回の事故は少なくともここまで「ゆっくりとしたチェルノブイリ」として、
徐々に、進行してきています。だから避難を呼びかける側も、
一体どれぐらいの範囲が危険で、どこまで逃げなければいけないか、
明確に提示できないし、いつまで避難すればいいかも提示できない。

ここで重要なのは直面しているのは「正常バイアス」ばかりではなく
生活の現実性でもあることです。そもそも避難をしたとして、その先で
生活できるのか。収入や仕事はどうなってしまうのか、それが確保でき
ないと人はとても移動できない。放射能からのがれても、生活崩壊という
リスクを抱えてしまう可能性があるからです。

だから余計に、説得力を失ってしまう。でも家族のため、友人のため、
何とかしなければいけないという思いは強く、勢い、説得は感情的に
もなり、ますます相手の正常バイアスや、生活の現実性との距離を
埋められなくなってしまう。それが今、あちこちで起こっていることでは
ないでしょうか。


どうすればいいのか。まず第一に、この「正常バイアス」の心理構造を知り、
危険だと思う人と、思わない人に、心理的落差があることを受け止めること
だと思います。心理的な訓練を経てきてない人に、危機の全体像を
即座に飲み込むことはなかなか難しいと考え、すぐに説得できるとは思わない
こと、少なくともそうした心理的余裕を持つことです。

第二に、そこから自分自身が、「正常バイアス」とは逆の「危機バイアス」
に陥っていないかも問い返してみることです。これは正常バイアスが
強ければ強いだけ、不可避的に生じがちなことでもあると思います。
そうなると危機を訴える側は、ともすれば危機を誇張し、かえって説得力
を失う面があるように思えます。

第三、「正常バイアス」だけでなく、生活の現実性がそこにあることを冷静
に見つめることです。たとえ危険性は認識できても、避難する経済的根拠が
ないととてもできないし、それだけでなく、人には当然にも、それぞれ愛着の
ある土地をにわかに離れられない様々な理由があるわけです。これは
バイアスなどとはけして言ってはいけない、大切な思いだと思います。


これらを踏まえて、建設的な議論の可能性を探ることが大事ですが、
ではどのような事が可能でしょうか。僕は今からでも遅くはないので、多くの
人々に訓練を行ってもらうことが大事ではないかと思います。訓練には、
原発の危険性を知ってもらうことも含みますが、実効性の高いものと
して、放射線被ばくへの対処を進めるのが最も良いと思います。

放射能汚染の広がりへの不安は東日本では、すでに多くの人に共有され
つつあります。その点で、厚労省が乳児が飲む水のヨウ素汚染基準値を、
厳しくしてくれたことは、とても大事なことだったと思います。ある意味で、
被ばくから身を守る一つのシミュレーションになっただろうからです。

その後、汚染度が下がることによって、危機感は薄れているかとも思いますが、
しかし多くの人が、政府の「安全宣言」は信用できないと思って
いるのではないでしょうか。そうしたところで、放射線被ばくとは何か、その
知識を分かち合っていけば、みんなで実践的な訓練が重ねられるように
思います。

同時に放射線そのものは、現代医学の治療など、多様に使われているもので、
多くのことが解明されてきてもいること、そのためいろいろな対応が
可能であること、それを知らずに恐れてばかりいることもまた危険で
あることなど、専門家の知見に学びながら、共有していきたいところです。
こうした過程で、「危機バイアス」に捕われる可能性も越えていきたいものです。

その点で、避難の呼び掛けの討論が、現実的根拠も含めて、うまく進まない
場合には、放射線被ばくから身を守ることを呼びかけると良いのでは
ないでしょうか。何よりもいいのはここで学んだことは、これから長く、
有効な知識になっていくことです。


おそらく私たちは、早晩、汚染された土地に住み続けることや、汚染された
ものを食べたり飲んだりする選択を強いられると思います。いや実際に
それは始っています。何せ放射能が出続けているからです。
しかしその場合でもリスクを軽減する道はさまざまにあるし、そもそも危険
物質との共存は今に始まったことでもありません。そうしたことを冷静に見つ
めることも大事だと思います。

だからこそ、ここで得た知識は、先々も有効なものになります。
みんなで学び、みんなで賢くなっていきたいものです。結局それが、
放射能汚染に対する私たちの防御力を強めます。防御とは、汚染が
避けられなかった場合の対処も含みます。

こうしたことの中で、きっと道を大きく開くことができると僕は確信しています。
みんなで知恵を集めて、努力を重ねていきましょう。

・・・情報発信を続けます。


追記
なお、僕はこれまでの記事の中で、放射線被ばくへの対処などについて
触れてきました。それを含めたバックナンバーを見やすいようにしたと
考えていたのですが、3人の友人がそれぞれにページを作ってくれました。


一つはまずサクセスランニングのサイトです。
http://www.success-running.com/news/2011/03/post-66.html

また僕専用のブログも作っていただけました。
http://blog.goo.ne.jp/tomorrow_2011/

さらにピースウォーク京都のHPの中にも、特集コーナーを作っていただきました。
http://abc.pwkyoto.com/

ご活用いただければと思います。
ご友人に紹介していただける場合は、好きなページを使っていただけたらと
思います。


******************************

避難遅らす「正常性バイアス」 広瀬弘忠・東京女子大教授

 津波の避難勧告が出ても避難しない人が問題になっている。「自分は
大丈夫」。そんな根拠のない気持ちを抱いてはいないだろうか。そんな心
には「正常性バイアス(偏見)」が強く働いていると災害心理学の専門家、
広瀬弘忠東京女子大教授は言う。打ち破るにはどうしたらいいのかを聞いた。

 避難が遅くなる仕組みは?
 現代人は今、危険の少ない社会で生活している。安全だから、危険を
感じすぎると、日常生活に支障が出てしまう。だから、危険を感知する能力を
下げようとする適応機能が働く。これまでの経験から「大丈夫だ」と思って
しまいがちだ。これが「正常性バイアス」と呼ばれるものだ。

 強い正常性バイアスのために、現代人は今、本当に危険な状態でも
「危険だ」と思えない。チリ大地震の津波が押し寄せているのに、見ている
だけで逃げない人の映像が日本でも流れた。強力な正常性バイアスの
例と言える。

 災害でパニックはめったに起こらないと指摘している。
 私たちの調査で、災害でパニックが起こったと確認できる例はほとんどない。
特に日本のように地域の人同士がつながっている社会では、パニックは
起こりにくい。「自分を犠牲にしても」と互いに助け合おうとする心理が
強くなるからだ。

 現状では、強い正常性バイアスの結果、パニックになる以前、つまり何が
起こっているのか分からないうちに災害に巻き込まれる。日本では避難警報が
出ても避難率はいつもゼロから数%程度と低いことからも明らかだ。
行政側はパニックを恐れて災害情報を過小に公表してはいけない。

 逃げ遅れないために必要なことは?
 いざというときに正常性バイアスを打ち破り、「危険だ」と直感できるような
訓練をしておくことが大切だ。そのためにはある程度、災害の恐怖感を体に
覚えさせておかなければならない。

 人間の脳は自分が意識して何かを感じる前に行動を決定する。例えば
戦場のベテラン兵士は訓練の結果、思考する前に、「危険だ」と行動できる。
兵士ほどではなくとも、災害に対してそういった感覚を磨くことが、生き残る
ために大事だろう。

 具体的に必要な訓練とは?
 文字や映像だけで災害の恐ろしさを知るのではなく、実践に近い形の訓練が
有効だと思う。日常生活に身体的、心理的なマイナスの影響があるかも
しれないが、それを補って余りあるプラスがある。訓練で出るマイナスを
認めるような姿勢が世論にも必要だ。

 バーチャルリアリティー(仮想現実)技術を活用して造った装置でも、かなり
現実に近い体験ができるかもしれない。予告せず、抜き打ちで実施する防災
訓練も一案。病院ならば入院患者がいる状態で避難訓練をするのもいい。
現実味を帯びた状況を演出しなければいけない。

 結局、災害で生き残るのはどういう人か。
 正常バイアスを打ち破ったうえで落ち着いて判断し行動する人が最終的には
生き残る。1954年、青函連絡船の洞爺丸が沈んだ。そこで生き残った
乗客の1人は船が座礁したことから海岸に近いと判断し、救命胴衣をつける際、
衣服を全部身につけるなどこういう場合に不可欠な準備をし生き抜いた。
冷静に状況を分析し行動した結果だ。

 災害を生き抜いた人は周囲が犠牲になったことを不当だと感じず、私たちは
社会全体で生還者を心から祝福する雰囲気をつくることが大切だ。それが
復興の原動力となる。

(中村禎一郎)

【ひろせ・ひろただ】 1942(昭和17)年東京都生まれ。東京大文学部卒。
著書は「人はなぜ逃げおくれるのか」「災害防衛論」(以上集英社新書)
「無防備な日本人」(ちくま新書)など。


◆世界で起きたバイアス

韓国・大邱(テグ)市で発生した2003年2月の地下鉄放火事件は、正常性
バイアスが招いた災害での悲劇の象徴的な例だ。

 放火された車両から火が燃え移った対向電車で、煙が立ち込める中、
ハンカチで口を覆いながら車内でじっと待つ乗客の姿が撮影されている。
「安心してください」との車内放送も流され、運行側が乗客のパニックを恐れて
情報を出さないのと、乗客側の正常性バイアスが重なり、被害の拡大に
つながったとされる。避難が遅れ、死者192人を出した。

 1977年5月、米ケンタッキー州のクラブで164人が死亡した火災でも、
ボーイが「火事です。近くの出口から慌てず逃げて」と呼び掛けても、客たちの
反応は鈍かった。コメディアンのショーの一部だと思われ、火事と気付くのに
1分はかかったという。

 01年9月の同時多発テロで旅客機が突っ込んだニューヨークの世界貿易
センタービルでは、警察の誤ったアドバイスが正常性バイアスを高めたといえる。
北棟64階の公社職員がすぐに避難すべきかを尋ねると、警察署は「動かない
でください。警察官の来るのを待って」と指導。プロの言葉を過信した結果、
避難は1時間後になり、多くの人が地上までたどり着けなかった。
 (安田功)

2010年5月1日
http://www.chunichi.co.jp/article/earthquake/sonae/201005/CK2010050102000172.html

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明日にむけて( 11 )福島原発の今(原子力資料情報室公開研究会より)

2011年03月31日 01時08分00秒 | 東北地方太平洋沖地震3月12~31日

守田です。(20110331 1:00)

3月29日に、原子量資料情報室の公開研究会が行われました。
ノートテークしましたので、みなさんにお知らせしますが、今回の後藤政志さんのお話はなかなか難しいです。また実際にはスライドを示しながら話しているのですが、ここでは文章だけになるため、さらに難しいかと思います。

その点で、ノートテークした全文を最後につけますが、この点は細かい点を知りたい方のみお読みください。簡単な要約を守田が行っておきます。(なお今回も、引用などの場合は、後藤さんの言葉そのものとしてではなく、あくまでも守田が聞きとった内容として紹介して下さい)

研究会では、まず上澤千尋さんより、今回の事故の概要と推移が話されました。これはまとめとして便利だと思います。

続いて後藤政志さんが、1時間近くお話しされました。
今回のお話で一番、重要な点は、このところ、タービン建屋の下に溜まった放射能汚染水をどうするかに報道の焦点がいっていますが、その合間に、原子炉の底が1号機から3号機まで抜けているという重大な事実が明らされた。何の説明もなかったが、これは大問題だという点にあります。

いまだ原子炉内の核燃料は、崩壊熱を持っており、冷やさなければどんどん溶けてしまう状態にあるし、何よりこれが外に漏れてしまうことが一番、深刻な事態です。ところがそれがすでにもう一部で、起こっているというのです。

その場合、後藤さんは、原子炉の下から差し込む形になっている制御棒のさやの溶接部分が弱いので、そこから漏れているのではないかと推測しています。ともあれタービン建屋の汚染水よりも、原子炉の
漏れが最も注意すべきことであるにも関わらず、ここがどうなっているのか分からなくて、心配だとのことです。ここが今回のお話で一番、重要な点だったと思います。

他の話は、これまでも強調されてきた点です。
一つには、原子炉も格納容器も、圧力だけでなく、温度で壊れてしまう可能性があるにも関わらず、温度情報が出ていない。センサーが壊れて測れないかもしれないが、そうなると温度に容器がもたなくなる可能性がある、これが心配だと言うことです。

またこれまで繰り返されてきたベントという行為が、設計思想上、あってはならないことであり、本来、「平身低頭して、これから毒ガスを出します」と言うべきものだということも強調されていました。後藤さんは、他のところでベントを、設計者たちは「原子炉格納容器の自殺」と呼んでいたことも紹介しています。そのため今後のベントに注意し、そのような批判的な眼を持って見て欲しいとのことです。

最後に、実は福島原発で今回のような事故が起こる可能性が解析されていたことが紹介されました。それは天文学的な確率とされていたそうです。そこからたとえどれほど確率が低かろうと、物理的に絶対にあってはならないものが起こりうる可能性があるものは、選択してはいけないのではないかと後藤さんは話をまとめられました。

以上を、要点の紹介としておきます。

****************************

2011/03/29 CNIC第73回公開研究会
『福島原発で今なにが起きているのか』
講師
後藤政志さん(元原子力設計技術者、博士(工学))
小倉志郎さん(柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える技術者・科学者の会)
上澤千尋(原子力資料情報室・原子炉安全問題担当)
海老沢徹(元京都大学原子炉実験所)


「事故の概要と推移について」
上澤千尋さん

3月11日14時26分 地震発生
他の原発はどうだったのか。
女川原発、1,2,3号運艇中→原子炉緊急停止→冷温停止
東海第二原発、タービン停止→原子炉停止→冷温停止
東通原発→定期点検中
六ヶ所再処理工場→非常用電源による冷却→通常電源に復帰
福島第二1,2,3,4号→圧力抑制機能喪失(外部電源は確保)→冷却機能復旧→冷温停止

福島第一原発→非常に深刻
地震を受けた後に、津波で沿岸施設の多くを失う。
重油タンク類が流出し、ポンプ類も水をかぶる。

1号から3号まで止まったが、電源を喪失。非常用ディーゼルを起動させたが、津波でそれも失われた。冷却ができない状態が発生。

12日15時36分 1号炉水素爆発
13日11時01分 3号炉水素爆発
14日06時30分 2号炉水素爆発(サブレッション・チェンバーで)
15日05時45分~11時16分4号炉プールで水素爆発と火災
(このときかなりの放射能が発生)
16日0:00頃1号炉?ベント(かなりの放射能発生)
16日12:00頃2号炉、3号炉ベント(かなりの放射能発生)

このためかなり広い範囲に汚染が広がる。
第一原発から北東側が特に高濃度。
スピーディーが小児被ばくを予測(ただし公表は3月24日)
ドイツの気象庁なども、今後どのように放射能が拡散しうるかの予測を出しているが、日本ではこのような発表がない。

原子炉内の主な放射性物質
これまで報道させたもの。ヨウ素131(半減期8日、甲状腺にたまりやすい)。セシウム137。
28日にプルトニウムも検出。揮発性のものだけではなく燃料が大きく破損しなければ出てこないもの。
検出はサイト内の少し離れた所からもされている。

以上。



福島第一原発事故
炉心溶融、原子炉破損、格納容器破損
後藤政志さん

後藤です。私は東芝で原子炉プラントの設計に関わった。
地震当日は調布にいて家に帰らずに止まった。家に帰って原発が危ないと聞いた。格納容器の圧力が設計圧が2倍になっていた。緊急時代で、炉心溶融が始まっている。これはスリーマイル島事故にいくとすぐに分かった。

いてもたってもいられなくて、たまたま発言する場があったので実名で話をさせていただいた。
私は、福島のものは設計していない。女川、柏崎、浜岡の一部に関わった。

実際にやった仕事は、格納容器がどのぐらい持つか。どのぐらいの温度で壊れるかが専門だった。
日本のBWR(沸騰水型原子炉)の全部について研究をしてきた。米国や英国の研究所とも共同研究をした。

原子炉は20メートルぐらいある。原子炉建屋があり、その中に格納容器があり、さらにその中に原子炉がある。
これとは別に、タービン建屋というものがある。これの方が原子炉建屋より大きい。今、タービン建屋の下に水が溜まっていることが問題にされている。この直近で問題になったことを、マスコミが大きく取り上げたので、私なりに説明したい。

もともとこの事故は全電源喪失事故だった。業界用語ではステーションブラックアウトという。自分の家で言えば停電が起こったに過ぎない。電気がこなくなるとプラントはダメになる。

地震が来ると地震3原則が進む。止める、冷やす、封じ込めるである。それで制御棒が入って、止まった。発表でも安全に止まったとされた。

しかし実はここが問題で、冷却機能を失っていた。津波でダメージを受けて、電源が動かなくなった。本来は電源がなくなると非常用のディーゼルエンジンが起動して、電気を起こし、ポンプを動かす。多重化のために、幾つも作っている。これがダメになり、炉心に水が入らなくなり、溶けてきた。


タービンの話に戻したい。原子炉で何らかの形で、放射能を含んだ水が漏れて、タービン建屋に溜まった。原子炉は厚さ10数センチあり、その中に燃料棒がある。しかしその放射能が外に出ているということは、炉心が傷んでいることを示している。どこから出てきたのかはよく分からない。

いずれにせよ大量の水が溜まっている。高濃度の放射能を含んでいる。設計的には、放射能は原子炉から出てはいけない。出たら即、事故を意味する。これは格納容器のバウンダリーが壊れたことを意味する。安全の最後の砦が突破されてしまったということ。

1号から3号までそれぞれ大量の水が溜まっている。2号が一番汚染がひどい。これは何とかしなくてはならない。ほっておくと、あふれて海や土壌を汚染する。必死になってどうしようかとなっている。

原子炉はどんどん冷却し、燃料プールも冷却してさらに水がくる。そこで復水貯蔵タンクにもっていくしかなくなる。
個人的には、米軍が外からバージというタグボードで引っ張ってくる鋼鉄製の船があって、真水を1000トンオーダーで持ってきて供給しようとしている。いいアイデアだが、これを使うといい。

これなら相当ガードできる。船は格納容器ほどの放射能を防ぐ機能はない。しかし流出はしない。それに移すといいのではないかと私は思う。


これはこれで大変なことだが、私が気にしているのは、この汚染水に注目が集まっているときに、原子炉の底が1号機から3号機まで抜けているということが昨日、明らかになった。これは知らない人が多い。報道があまりされなかった。しかしこれはとんでもないことだ。

原子炉圧力容器に穴が開いて、原子炉内と、原子炉格納容器がツーツーになっている。それが説明もなしに報道されて、そのまま全く取り上げられてない。そのことに私はとても危機感を持っている。

原子炉の中に核燃料がある。それはまだ燃えている。熱が出ている。これはずっと出る。冷やし切るまでは年単位がかかる。それでないと溶けてしまう。

ウラン21トンに対して、石油換算では30万トンタンカー5台ぐらいになる。大きなエネルギーを持っている。小さいものでも大きな熱量を持っていて、冷やすのを止めると溶けだす。

私はプラントが止まりました、安全ですと言われたとたんに愕然とした。これは何だと思った。もちろん、やたらと危機感をあおる必要はないと思う。

しかしもう止まりました、安全ですでは人をばかにしている。そういうことをやっているから、後で水素爆発が起こって、慌てることになった。今もやっていることはすべて後手後手だ。


話を技術的なことにしぼりたい。
原子炉の圧力が高くなると主蒸気逃がし弁というものがあって、ここから逃がすようになっている。自動的に動いて、格納容器に水蒸気に逃げて、圧力抑制プールに入るようになる。

このため原子炉格納容器は、上の部分のドライウェルと、圧力抑制プールがあるウェットウェルに分かれている。この二つをつなぐものをベント管という。この二つの中に放射能は押し込めなければならず、これができないときには運転してはいけない。

ところが実際には、色々な事故があったときに、耐圧ベントというところから圧力を抜いた。これは異例中の異例だ。これは放射能を閉じ込める容器だから、放射能を外に出す弁など本来、あってはいけない。設計思想上はそうなっている。

しかし今回のように圧力があがったらどうするかということで、後で付け加えられたのがこの弁である。

事故が起こって、電源がないため、非常用の冷却系統がダウンして、水が入らなくなった。熱が高いので、燃料棒が露出してきて、水素が発生して、それが建屋に溜まって爆発が起こった。

原子力プラントの場合、燃料が露出したら水素が出るのは常識。その水素が爆発することになる。しかし格納容器の中はチッソが封入してあるので、すぐには爆発しない。


直近に原子炉の底に穴が開いているという情報があってのでそれを推測したい。データがほとんどないので、確実なことはいえない。設計してきた立場の推測になる。

下の部分に制御棒駆動機構(CRD)ハウジングがある。下から制御棒を燃料の間に入れる。中性子を吸収して核反応を止める。ところがこれが原子炉の下から、差し込むように作っていて、原子炉と溶接してある。ここが熱に弱くて、ここから溶けた燃料が漏れている可能性がある。


最悪のシナリオという話がある。スリーマイル島の結果を見てみたい。この場合はPWR(加圧水型)原子炉で炉形は違った。
この場合は、福島と同じように、冷却水が入らなくなり、燃料が露出し、溶け落ちてしまった。

その後に、7,8年もの間、放射能が強くて中が分からなかった。
それから調べた。そのため事故の研究は20年とか行っている。後追いになる。福島も同じだ。われわれが中を見れるのは10年後になる。

そこで一体何が分かるのか。どこまで溶けたのか誰も分からない。
今も分からない。実は私は不安で仕方がない。唯一あるのは圧力容器の外側の2か所の温度を計測している。

それもどれだけ正確か分からないが、一時期、設計上の設定を越えて400度になり、非常に心配した。その後、少し落ち着いてきた。300度ぐらになってきているが、1号炉はまだ予断を許さない。

他の炉は、180度ぐらいまで落ちてきているが、忘れてはいけないのはまだ熱を出していることで、冷却を止めたら、また温度が上がっていく。ガスコンロに鍋がおいてある状態で、水を足さないと沸騰してしまう。

スリーマイル島のときは、原子炉下部に溶けたデブリが溜まった。もう少しで抜け落ちるところだった。これが抜け落ちるとどうなるかが問題だ。そうなることを何とか防がなくてはいけないというのが
一番の基礎になる。


格納容器の特徴を述べたい。福島のものはマーク1型という。特徴は圧力抑制プールに水があることにある。格納容器の設計では、原子炉がフルに運転しているときに、どこかの配管が切れる。蒸気が出る。その場合に、もっとも厳しい配管が切れても、圧力と温度がおさまるようにしている。
この場合に、圧力抑制プールで蒸気をふく。水で蒸気を凝縮するので容積が小さくなる。加圧水型にはこれがない。

今回のように冷却系がきかなくなると、サブレッションプールが利かなくなる。そうなると、圧力が高まって、格納容器が壊れてしまう。

2号機については、この圧力抑制プールのどこかが壊れていると発表されている。水素爆発の可能性がある。

格納容器が漏れているが、どこからか。水素が外に出た。格納容器の上の蓋の部分を止めてあるが、そこからと思われる。構造的に壊れるよりもここから漏れる方が早い。

これをフランジというが、ボルトでとめてあって、シリコンゴムのガスケットが入っている。280度から300度ぐらいで漏れてしまう。私はこれを研究していた。

ガスケットと同じようにケーブルが通っているところがある。原子炉は放射能を封鎖しているが、ケーブルを通さなければいけない。ここをエポキシで止めてある。ここも熱に弱く、漏れる関係がある。ここから圧力と温度に関する限界が出てくる。

実験と解析によると、設計上では138度、4気圧内にしてある。ところが今回は、温度はデータが出ていない。センサーが死んでいる可能性がある。圧力は設計圧力の1.7倍から2倍に推移している。それでそのままでは壊れるのでベントをしている。

格納容器は実は絶対に放射能が漏れないといことはない。堆積×0.5%が1日に出てもいいとなっている。設計上、そうなっている。これを満足しないと運転できない。

2号機は、何ケタも上で漏れている。1号機、2号機は、設計よりも圧力は上がっているし、温度も上がっているかもしれない。かなり大きな漏えい率になっている可能性がある。
運転しているときとはまったく違った状態になっている。ただ1号と3号の場合は、ダダ漏れではないだろうと推測している。

一番心配なのは温度データがないことだ。圧力は2倍近くになるとベントを行っている。「白煙が出たが、また止まった」とあるが、格納容器からリークした可能性もある。


どのように考えるか。
炉心は長期にわたって水面から出ている。ただし水位計が正しいか分からないが、かなりかなり損傷していると思われる。

燃料プールはどうか。運転が終わると、原子炉を入れて、そこに水をいれてそのままとりだして、プールに持ってくる。外には出さない。ところがここの水が抜けたので、ここでもかなり損傷している。

しかもクレーンなど、大きな構造物が落ちて、燃料棒にあたっている可能性がある。また爆発でコンクリートが損傷しているので、プールも壊れているかもしれない。どうなっているか分からない。それが心配だ。

今回のアクシデントは、シビア・アクシデントで、設計条件を超えている。
1980年代ごろは、日本ではシビア・アクシデントはないと安全委員会を含めて言い続けてきた。

1990年前後から、さすがに議論がはじまり、1994年にありうると方針転換した。しかし無視するほどに小さく、対策を義務化しないことになった。それで代替給水系ができたが消火系を使おうというものにすぎなかった。
過酷事故対策は、新たに追加したのではなく、経済性を考えて、あるものを使うとなった。この系から消防車などで入れていると思う。

格納容器は、事故があっても、放射性物質を中に閉じ込めるものだ。その機能を失ってはいけない。しかし圧力があがってきたらどうするか。圧力容器はどんなものでも安全弁がある。しかし圧力容器は、放射能を閉じ込めるものだから、これは安全弁とはいえない。放射能を放出するのだから、危険バルブだ。

東電や保安院の発表で腹が立つのは、このベントが必要があるので、当然、行っているように言っていることだ。全く違う。本来、絶対にやってはいけないことだ。そのために格納容器を作ったのだ。

だから本当は、平身低頭して、これから毒ガスを出しますと言うべきものなのだ。それをあのように、このまま圧力があがって困るから吹くというのはまったく違うと思う。法的には絶対に違う。やってはいけないことをやっているのだということを認識して欲しい。

私は技術者として、格納容器に放射能を閉じ込めることにかけてきた。しかし条件が整わないと、突破されることが分かった。それで私は格納容器が壊れるということを認識した。

スリーマイル島は、格納容器が壊れずに助かった。福島はもう格納容器が破損している。ぜんぜん違うのだ。チェルノブイリは爆発してしまった。あれは格納容器がないからとか言うが、それは違う。あんな爆発に持つような構造物はないのだ。

福島も今だからそれほどクリティカルではないとは言えるが、炉心が溶融している状態で、冷却に失敗して、溶融物が出て来て、最悪の場合、再臨界する可能性もあった。簡単にはならないが、そうなったらそこで格納反応が始まる。原子炉が止まったら再臨界はありえないと言っているが実際にはホウ酸水を入れている。あれは再臨界を恐れているからだ。ホウ酸水は中性子を吸収するので、臨界をおさえる。

要するにありうるかどうかは、確率的なことになる。あるかないかに対して普通のことなら、まあ、いいかということになる。例えば1万回に1回だったらいいかと考えてほしい。確率で落としていいというのは、他のリスクが高すぎる場合に限る。


話を戻すが、ベントで、格納容器が壊れるのを防ぐために仕方がなくて出す。
この場合でも、フィルターを介して出す。しかし今のものは、それも介してない。全然違う。大量に出す。とても放射能を処理できないので、フィルターもない。

これを使うのはケースでいったら、計算上は何千年に1度というもので、間違ってはいけないので、ラプチャーディスクというものがある。この場合でもサブレッションプールを介する。水を通ると、そこで
放射能がある程度とれる。

ところが先日、どうもこのバルブが動かなかった。それでウェットウェルベントができないといった。ドライウェルから直接出す。つまり原子炉からダイレクトに放射能が出る。そうすると今までひとけた以上のものを出すとさらりと言った。そのため、これからベントする時はウェットウェルとドライウェルで全然違うので非常に気にしている。


炉心溶融について説明したい。
冷却しないと、燃料が溶けて下に落ちて、原子炉格納容器を貫く。そのまま地下に潜ることが考えられるが、そのときに水をかけると水蒸気爆発を起こす可能性があり、周りの構造物を壊す。再臨界の可能性もある。
メルトスルーという現象もある。格納容器の中を溶けたものが流れて、ベント管の継ぎ目などから漏れ出す。

3号炉の確率論的安全評価というものがある。確率的に何が起こるかを解析したもの。
電源喪失が大きく、注水失敗、崩壊熱除去失敗とかが並んでいる。これが天文学的に小さい数だと発表してきた。しかし実際に起こった。

炉心が溶ける可能性が換算された。その場合、格納容器がどこまで持つかを解析した。これは確率的に小さくても物理的に起こりうるものとしてあった。こういうものを許していいのかが問題だ。


今の状況では一番の問題は安定的に冷やせるかだ。放射線に被ばくするので大変難しい環境だ。しかしなんとかしなくてはならない。大切なことは、今何をすべきかということを、きちんとデータと考え方を添えて出すべきだ。

半径20キロ以内は逃げろと言う。なぜなのか。分かっていることを全部出して言って、みんななくなく避難するのだ。ところが炉心がどうなっているのかも言わず、大丈夫だと言いながら避難しろと言う。こんなに馬鹿にしたことはない。私はここを誠意を持って明らかにすべきだと思う。



コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする