来年大学受験という若いオーナーさんです。中学生の時に購入したFTと祖父様の腕時計のO/Hご依頼です。まずはFTからですが、この個体は35万代と良い頃の個体ですが、分解歴があってなんか怪しい雰囲気です。長年の経験から来る勘なんですけどね。パッと点検したところ、①ハーフミラーが自作?。②露出計不動、③裏蓋ラッチ跳び越し、④巻上げレバー接触、⑤シンクロ接片折れ、⑥リターンミラーユニットのバネは張り過ぎなどが目に付きます。
時計はセイコー・ウィークデーター6216-9000と、マニア好みの機種ですね。祖父様は拘りのある方だったようです。状態はケース、機械とも悪くはありません。ワンオーナーの良さです。しかし、風防が何故か曇っていますね。
まずはFTからとセルフタイマーボタンを分離しようとしましたが、固く締まっていて、おまけに出張り量が少なく角のR取りが大きいタイプ。観察するとニッパのようなもので締め込んだ跡があります。仕方ないので奥の手で対応しましたが緩みません。通常はほぼ確実に緩むのですが・・1日トライして無理なので、私はちゃんとしている機械や部品を破壊することは極端にきらいですが、判やむ終えず破壊で分離することにしました。(画像) 稀に分離できない個体がありますが、そもそも部品を組み上げた時の分解をあまり考慮していない設計です。
修理は推理ですけど、ここで疑問です。駒数ガラスが交換されています。本来のFT用はメーターとの干渉を避ける目的でカットがあるのですが、この部品にはありません。FVからの流用? いえ、接着剤を外した形跡はありませんので、補修部品として出たものでしょう。すると補修部品の供給を受けていた修理屋さんのお仕事でしょうか? オレンジのタッチアップは不明。
ハーフミラーはアイピース側から見たとおり自作のものですね。外形をカットして、情報窓部分のめっきをヤスリで剥がしてあります。剥がさなくても見えるんですけどね。それは良いとして、部品供給を受けていた修理屋さんがハーフミラーを自作とは、ちょっと疑問ですね。作業された方の動かぬ指紋が残っています。
何となくうさん臭い個体です。底カバーを開けてみると・・接片が落ちて来ました。これは、シンクロ接点用のものです。稀に金属疲労で折れる場合があります。イヤなのは、リターンミラーのバネを強く張ってテンションを上げてあることです。36万代なら、メンテナンスで作動を改善できたように思います。動かなければバネを張るという短絡的な考えを持つべきではないと思っています。
シボ革の剥がし方も雑で、一部が穴が開いています。再接着も、元を清掃せずに接着をしてあるため、汚たならしくて接着も不完全です。
接片は、ここから脱落したものです。
では、洗浄したダイカスト本体に組み込んで行きます。電池室の遮光用モルトから貼って行きます。
シャッターは洗浄O/H済み。シンクロの接片は直角に折り曲げたところから破断することがあります。シャッターを切る度にカムによって叩かれていますからね。本当は交換した方が良いのですけど、半田付けで修理をしてあります。2枚の接片間の隙間を調整しておきます。
シャッターユニットとドッキングをします。
接片を半田付けで修理すると、バネ性が変わりますから、導通不良がないかを確認しておきます。
んっ? 露出計は作動状態としてあるのに全く針が触れない。あ~騙された。赤のリード線がオリジナルですけど、特に腐食も見当たらなかったので再使用としたのですが導通を計ってみると断線していました。この状態からリード線を交換するのには、バイクのチェーン交換と一緒ですよ。2本のリード線を半田付けして、そのまま引っ張るの・・
リード線は損傷が無いように見えても交換したほうが良さそうです。めでたく露出計は作動しました。ハーフミラーは交換として、付属の40mmを清掃して完成です。
では、腕時計に移ります。セイコー・マチック・ウィークデータ(6216-9000) cal.6216A 39石を搭載しています。製造は1965年~1967年ぐらいまでのようですが、この個体は1966年-2月と生産中期頃の個体です。当時の価格で23.000円とのことで高級機ですね。この個体は、なぜか風防が白く劣化をしています。香箱真にも石が入っている39石ってすごいですね。当時は石の数が多い時計が高級という風潮がありました。
固着した裏蓋を開けます。すでに過去の分解で、裏蓋には工具を滑らせた傷がありますね。私ではありませんよ。
こちらも固着しているベゼルを慎重に分離します。古いケースのベゼルは金属疲労を起こしていますので、1ヵ所を無理に持ち上げるとクラックが入る危険性があります。ゆっくり慎重に・・・
普通に実用された個体ですから、ケースには傷が多くありますが、極端に深い傷や腐食は無いのがラッキーです。軽く研磨をしておきましょうね。
研磨をしたケースとベゼルを超音波洗浄してあります。新しい風防は、純正のデッドストックです。これらの部品も年々少なくなっていますね。社外も存在しますが、形状が微妙に異なることが多く、風防もデザインの一部ですから、見つかれば純正が良いと思います。
圧入時にもベゼルに無理な力が掛からないように注意をします。これでケースが完成しましたので、機械のO/Hに掛かります。
では、分解して行きますよ。日車が茶色に変色していますね。この頃の文字盤にも変色するものがあります。39石といってもホゾ(軸受)がそんなにあるわけではないので、曜車のすべりを良くするため? にルビーが埋め込まれています。
地板側にも埋め込まれていますね。宝石で着飾ったお金持ち婦人といったところでしょうか?
裏返し。香箱真にも石が使われていますね。この場所は、強いトルクが掛かるので、石が入っていない機械は潤滑が切れると孔の拡大が起きるのです。受けが輪列と香箱一体なんですね。組立のホゾ合わせに苦労するかと思いきや、ピタッと決まってくれます。地板の加工もきれいで、精密に仕上がっています。
すべて分解で超音波洗浄をしてあります。二番車をセットして香箱車を置きます。指定のグリス塗布。ゼンマイは強力なものが使用されており、香箱の分解は不可となっています。
ピンセット先の真鍮棒は秒針規正装置で、ツヅミ車と連動して四番車を止めます。
元気に動き出しましたね。自動巻き機構はマジックレバー式です。各部にグリスを塗布してから本体にドッキングします。
自動巻きの回転錘を残して組立終了です。6216Aは基礎キャリバーの6218A(35石)を改良して5振動から5.5振動となり、石の数も39石としたものです。セイコーの場合、機械の基番が入っているのは高級なモデルということです。
このタイプの機械で、私が一番きらいな組立は、曜車のバネが受け側に組み込まれていることです。受け側の落とし込み加工の具合で、セットしているとすぐに外れてしまい、そのうちどこかに飛んで行ってしまうのです。まぁ、ステンレスバネ線から自作することは出来ますけどね。でも、きらい。
文字盤も普及タイプのものより厚く作られています。針も厚みのある無垢ですよ。カレンダー枠が真ん中に仕切りがありますね。これが高級の証。その後は仕切り無しになって行きます。
研磨をしたケースに収めました。風防も新品なのできれいになりましたね。品の良いセイコーデザインの名機ですね。
付属のメッシュベルトは昔の蛇腹ベルトかなと思いきや、イタリア製のエルミテックスでした。厚めで柔軟性のあるベルトですが、金具で長さを調整出来るタイプですから新しいものですね。片側のロック爪が起きたままで押し込んでも中々入りません。
装着するとこんな感じですね。う~ん、好みの問題でしょうけど、私としてはあまり好みではありませんね。取付部がステンレス製は、ラグの内側を傷めるので、私なら革製を取り付けます。
しかし、若いのに、フィルムカメラと機械式時計を所有されて、費用を掛けてもメンテナンスをするというお気持ちは大変うれしいですね。カメラも時計も、このように若い世代の方に確実に受け渡されていくことを願います。
http://www6.ocn.ne.jp/~tomys800/