7月1日(土)。今日から2023年も後半戦に突入します 別に戦わなくても良いのですが、残り半年であと何回コンサートが聴けるか、あと何本映画が観られるか、あと何冊本が読めるか・・・自分との戦いみたいなものです
ということで、わが家に来てから今日で3091日目を迎え、ロシア大統領府(クレムリン)は29日、プーチン大統領が熱狂的な支持者と交流する動画を公開し、民間軍事会社ワグネルの反乱鎮圧後、プーチン氏が「驚異的な」支持を集めている証拠だと主張した というニュースを見て感想を述べるモコタロです
プリゴジン反乱の動揺を隠すための プーチン・ロシア得意のフェイク映像じゃね?
昨日、夕食に2週間に一度のローテにより「鶏のから揚げ」を作りました 2週間なんて あっという間ですね 鶏もも肉を栗原はるみ先生の「旨味醤油」に午前中から漬けておいたので、味が浸み込んで美味しく出来ました
昨日、新国立劇場「オペラパレス」でプッチーニ「ラ・ボエーム」を観ました 本来は28日(水)のプルミエ(初日)公演を観る予定でしたが、読響の公演と重なったため、オペラの方をこの日に振り替えました 振り替えられた席は1階11列12番、センターブロック左通路側です。私の会員席よりかなり前の最良の席です
出演はミミ=アレッサンドラ・マリアネッリ、ロドルフォ=スティーヴン・コステロ、マルチェッロ=須藤慎吾、ムゼッタ=ヴァレンティーナ・マストランジェロ、ショナール=駒田敏章、コッリーネ=フランチェスコ・レオーネ、べノア=鹿野由之、アルチンドロ=晴雅彦、パルピニョール=寺田宗永。管弦楽=東京フィル、合唱=新国立劇場合唱団、児童合唱=TOKYO FM 少年合唱団、指揮=大野和士、演出=粟國淳です
私が新国立オペラ「ラ・ボエーム」を観るのは、2003年、2004年、2008年、2012年、2016年、2020年に次いで、今回が7度目ですが、すべて粟國淳の演出です
開演前に 珍しく大野芸術監督によるプレトーク(約20分)がありました 「プッチーニは1858年の生まれだが、その2年後の1860年にグスタフ・マーラーが生まれている マーラーは交響曲における調性音楽の可能性を最大限に広げたが、プッチーニはオペラの世界で、登場人物全てを主役にして作曲した 『ラ・ボエーム』はその典型的なオペラだ」と語りました
歌劇「ラ・ボエーム」は、ジャコモ・プッチーニ(1858-1924)がフランスの作家アンリ・ミュルジェール(1822-61)の小説「ボヘミアン生活の情景」をもとにジュゼッペ・ジャコーザとルイージ・イッリカが手掛けた台本に基づき、1892年から95年にかけて作曲、1896年にトリノのレージョ劇場で初演されました
物語の舞台はクリスマス・イブのパリ 若くて貧しい芸術家4人が住む屋根裏部屋で詩人ロドルフォが独り仕事をしていると、隣人のお針子ミミがロウソクの火をもらいに現れ、二人はたちまち恋に落ちる 画家マルチェッロも元恋人ムゼッタとよりを戻し、音楽家ショナール、哲学者コッリーネを含めた若者たちは青春を謳歌する 2月の雪の日、ロドルフォは胸を患うミミを救うために痛恨の別れを決意する 数か月後、ミミが瀕死の状態で屋根裏部屋に運び込まれ、愛するロドルフォの傍らで息を引き取る
このオペラは何回観てもラストシーンには魂を持っていかれます プッチーニは泣かせるオペラの作曲家では第一人者でしょう
ミミを歌ったアレッサンドラ・マリアネッリはイタリア生まれのソプラノです マスカーニ音楽院で学び、2001年、15歳の時にカーシナリリカ国際コンクールで第2位入賞 翌02年ピサ・ヴェルディ劇場「フィガロの結婚」バルバリーナでデビュー その後イタリアの歌劇場を中心に活躍しています 第1幕のアリア「私の名はミミ」をはじめ、巧みなヴォイスコントロールによる自然なヴィブラートが美しく響きました
ロドルフォを歌ったスティーヴン・コステロはアメリカ生まれのテノールです 2007年に26歳でメトロポリタン歌劇場のシーズン初日にデビューし注目を集め、その後、世界のオペラ劇場で活躍しています 「冷たき手を」をはじめ、高音が良く伸びるリリカルな歌唱で、圧倒的な存在感を示しました
マルチェッロを歌った須藤慎吾は国立音楽大学・大学院出身のバリトンです 第42回日伊声楽コンコルソ第1位入賞者で、新国立オペラの常連歌手です 力強い歌唱と優れた演技力が光りました
ムゼッタを歌ったヴァレンティーナ・マストランジェロはイタリア生まれのソプラノです マルトゥッチ音楽院で学んだ後、2013年からマリエッラ・デヴィーアに師事しました 脇園彩さんと同門ですね 第2幕のワルツ「私が街を歩くと」をはじめ、声に力があり、美しい歌唱で存在感を示しました
新国立劇場合唱団とTOKYO FM 少年合唱団のコーラスも素晴らしかった
「ラ・ボエーム」はアリアも二重唱も素晴らしいのですが、私が最も素晴らしいと思うのは、第3幕「アンフェール関門」のシーンです ミミがロドルフォに別れを告げるアリア「あなたの呼ぶ声に」を歌い、そこにロドルフォが加わって二重唱「さらば愛の夢よ」を歌い上げますが、その傍らでは、マルチェロとムゼッタが口喧嘩をして「別れよう」と言い合っています 同じ別れでも「悲しみ」と「憎しみ」の音楽を重ねて進行させる・・・普通ならやらないことをプッチーニはやってのけます それが見事に的を射ていて、ミミとロドルフォの別れの悲しさが一層際立つことになります
プログラム冊子に音楽・オペラ研究家の水谷彰良氏が「ミラノのボヘミアンの生活情景 ~ プッチーニの学生時代」というタイトルの文章を寄せています それによると、プッチーニは父を5歳で亡くし、母方の叔父の教えを受け、その後 マルゲリータ王妃の奨学金(月額100リラで1年間)を得てミラノ王立音楽院に入学します しかし、母や妹に宛てた手紙によると、ミラノでの3年間、プッチーニはいつも金欠状態で、日常的に食費を切り詰め、靴やズボンがほしいとまで書いています
こうした学生時代のボヘミアン的な生活が、第1幕のロドルフォのアリア「冷たい手を」に反映しています
「ぼくは気楽な貧乏暮らしにあって、愛の詩と賛歌で立派な紳士のように贅沢をしています 夢のお陰で、夢想のお陰で、空中楼閣のお陰で、ぼくは大富豪の心をもっているのです」
ところで、粟國淳の演出で一番の見ものは第2幕「カルチェ・ラタン」のシーンです 背景の建物があちこち動き、舞台の景色がどんどん変わっていきます 実は、建物は機械仕掛けではなく人が動かしているのです このシーンはスケール感が出ていて素晴らしいと思います 同じ演出が20年間・7回にわたり続いているのも第2幕あってのことだと思います