4/2(木) ビジネス+IT
人口800万で全米第1位のニューヨーク市やその他の大都市で新型コロナウイルスが大流行し、感染者数は累計約19万人、死者数は約3900人(米ジョンズ・ホプキンズ大学調べ)を突破して中国やイタリア、スペイン、英国をしのぐ「世界一の新型肺炎震源地」になった米国。各州や自治体が感染拡大予防を目的とする外出禁止令を次々と発令する中、世界一巨大な「米国経済」という列車に急ブレーキがかかる。経済のロックダウンによる失業率は最終的に1930年代初頭の大恐慌時の24%を優に超えると予想される。米議会は国民への現金給付など2兆ドル(約240兆円)規模の過去最大の経済対策法を成立させたが、現時点のデータや専門家の見解では、「医療危機から生じる金融危機」という最悪のシナリオを覚悟すべきかもしれない。
●失業率30%へ、「大恐慌」時を超えるか
トランプ大統領が2016年11月の大統領選挙で勝利してから右肩上がりであった米株価は、コロナショックで「トランプ相場」の上昇分がすべて消えうせた。その後いくらか回復しているものの、ペンス副大統領が主張するような「米経済のファンダメンタルズは依然として強いため、チャレンジを乗り切れば再び大躍進できる」との見方は少数派にとどまる。
一方で、食料品買い出しなど以外の外出自粛を求められるロックダウン経済が長引けば長引くほど再始動が困難になることを懸念するトランプ大統領は、今年の暦で4月12日に当たる復活祭(イースター)までに経済を再スタートさせたい意向を示していたが、都市閉鎖や外出禁止令の緩和や解除を行えるのは連邦政府ではなく州や自治体であり、米経済の「臨時停車」はまだまだ長引きそうだ(大統領はその後、経済の大部分をストップさせることを意味する「社会的距離政策」を4月末まで延長するとして、方針転換した)。
そうした中で米議会が成立させた経済対策の効果を見極めるにはまず、コロナ禍による米経済への影響がどこまで悪化するか、米国がイタリアやスペインをもしのぐ新型肺炎の中心地になるか、その中で医療崩壊が起こるか否か、それらの要因の複雑な組み合わせによってどの程度、米経済の再始動が遅れるか、などの前提条件を分析する必要がある。
経済の失速に関しては、
(1)失業や一時帰休で収入を断たれた者がどこまで増加するか
(2)4月と5月に経済をさらにマヒさせる医療崩壊?
(3)失業者や企業への貸し付けが滞る金融危機が起きるか
(4)個人や企業の手持ち現金レベルが毀損(きそん)される中、世界中で急激に縮小する物流などのサプライチェーンの供給網と落ち込んだ需要が回復するまでにどれくらいの時間がかかるか
など多くの相互に関連した要因が絡み合っている。
まず失業率だが、米国では新たな失業保険の申請件数が3月15日から21日までのわずか1週間で328万3千件と、前週の約12倍増と記録的な急増となった。ミシガン大学のジャスティン・ウォルファーズ教授の試算によれば、この調子で失業者が増加を続ければ8週間後の5月中旬には失業率が1933年の世界恐慌期に記録した米史上最高の24.9%と並ぶという。
一方、セントルイス連邦準備銀行のブラード総裁は失業率が6月までに30%に上昇するとのさらに厳しい予測を示した。
同連銀のシミュレーションによれば、製造業や営業、サービス業を中心に6680万人の労働者が失業のリスクにさらされており、その内4700万人が実際に職を失う。この場合、失業率は32.1%という記録的なレベルに跳ね上がる。ブラード総裁はさらに最悪のケースとして、失業率が42%という驚異的な規模に達する可能性さえ公言している。FRB高官の中で最も米経済に楽観的かつタカ派的な見解で知られるクリーブランド連銀のメスター総裁でさえ、10%超の失業率を予想する事態になっている。
直近の2月において過去50年で最低レベルの失業率であった3.5%から数カ月で一気に10倍近い上昇となり、まさに前例のない不景気となる。米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は3月26日に、「米国はおそらく景気後退に突入している」と指摘している。
こうした中、既存の米失業保険制度では約半年の間、保険金が受領(じゅりょう)できる。また、経済対策法による現金給付も成人1人当たり1200ドル、さらに第4弾や第5弾が放たれるのは確実であるため、一部の労働者は少しの時間稼ぎができる。ただし、失業保険を受給できない自営業者や大部分のギグワーカーにはそもそも生活がギリギリの者が多く、即座に困窮する人が出始めている。
米国の各産業においても、航空会社やホテルをはじめとする観光業、食品以外の小売、国際貨物、自動車およびその部品、衣料などが最も強い打撃を受けている。経済対策法で救済される予定の業界においてさえも、販売機会の損失や部品調達の困難による生産減少や中断、消費者マインドの大きな悪化などで資金繰りが急激に悪化し、事業継続ができなくなる企業が数週間内に多数現れ始めることが予想される。これが、さらなる失業と信用不安の連鎖を引き起こす可能性がある。
●医療崩壊が、4月と5月に経済をさらにマヒさせる?
このように急激に毀損される経済の健康を直撃するのが、ニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコ、シカゴ、アトランタ、シアトルなど重要産業都市における医療崩壊だ。そもそも病床も人工呼吸器も防護着もマスクも手袋も在庫をギリギリまで抑えて最小限の持ち合わせしかないところに感染者の急増が襲い掛かっており、新型肺炎による死者が爆発的に増加するイタリアやスペインをも超える悲惨な状況になる可能性が高まっている。
米『ワシントン・ポスト』紙の論説が「医療体制がキャパシティーを超えてしまえば、経済は機能できない」と指摘するように、社会を健康に保つ医療と経済の健康は表裏の関係にある。医療崩壊が起これば労働者や消費者、教職者、学生、生徒や子供たち、高齢者など国民の健康を最適な状態に保持できなくなるからだ。
医師や看護師などに防護着やマスクが十分に行き渡らない状況の下で、治療の最前線に立つ医療従事者を巻き込んだ院内感染も増えるだろう。医療が機能しなくなれば国民全体の健康を保つことが困難になり、経済の再始動どころか基本的な生産活動やサービス提供が困難になるのである。
ワシントン大学の研究者の分析予想によれば、米国における新型肺炎の治療でピーク時と予想される4月の第2週(トランプ大統領が米経済の再始動を希望していた週と同じ)には全米で6万4000床の新型肺炎患者用ベッドおよび1万9000台の人工呼吸器が不足する。恐れられていた医療崩壊だ。この供給不足のピークは州によって違うものの、5月いっぱいは各地で続くとされる。
こうした要因もあり、この先4カ月間で8万1114人が死亡するとされ、そのほとんどが4月に集中する。1日当たりでは2300人が亡くなる計算だ。一方、感染症の権威であり、今の米国で最も信頼されるパンデミック情報の発信者であるアンソニー・ファウチ米国立アレルギー感染症研究所(NIAID)所長は、死者数が10万から最大20万に達するとの、より悲観的な可能性を示唆している。トランプ大統領が3月31日に行った記者会見では、大統領自身が「死者は最少でも10万人だ」と述べ、最大死者数も24万人まで引き上げられるなど、日々情勢と予想が悪化していることに留意する必要がある。
さらに、ホワイトハウスの新型コロナウイルス対策調整官であるデボラ・バークス博士は、「旅行や人の集まりを一切規制しない最悪のシナリオでは、160万から220万人が死亡する」と明言している。そのため、外出規制を実施しても多数の死者が続出する非常時の4月と5月中における経済再始動は、まったく論外なのである。
ワシントン大学の研究者たちは、6月に入ると1日当たりの死亡者は10人を下回ると予想するものの、4月と5月の経済活動は必要最小限のレベルにまで落ち込むことは避けられない。強気の米経済予想で知られる米金融大手ゴールドマン・サックスでさえ、4月から6月の第2四半期における米国内総生産(GDP)は前年比で24%落ち込むと予想していたが、それを数日でさらに34%の下落に修正するなど、弱気の見方が広まっている。
トランプ大統領誕生を言い当てた著名投資家のジェフリー・ガンドラック氏は、「米株式市場が4月にさらに売り込まれ、3月につけた『底値』があっさり抜ける」と予測する。また、一部の市場関係者が推す「米経済V字回復説」についても、「ほとんどあり得ない」と斬り捨てた。
もはや米国において世界最悪レベルの感染率と死亡率による医療崩壊が不可避となった以上、ベストのシナリオは感染拡大が現在のパンデミック第1波のみで初夏には終息し、ワクチンや治療法が予想よりも早く確立されることだ。だが、「集団免疫獲得によりコロナウイルスとともに生きていく」というこの最善の筋書きでも、いったん冷え込んだ経済はすぐには元に戻らない。
●失業者の困窮は、現金給付や家賃延納で解決できるレベルではない
最も信頼できる消費者マインドの調査のひとつであるミシガン大学消費者信頼感指数は3月に89.1と、2月の101から大幅に落ち込んだ。また、米調査企業コンファレンス・ボードが発表した3月の消費者信頼感指数は120.0で、前月の改定値から12.6ポイントも低下している。
コロナ禍の第1波が米国でピークに達する4月と5月に消費意欲がさらに低下することは避けられない。企業は雇用を絞り込む一方、職や収入を失った消費者、あるいは時差による経済悪化で失業することを恐れる人々の消費マインドは冷え込むからだ。またオンライン売上の急増は、依然として消費の大きな部分を占める実店舗販売の急減を埋めることはできないのである。
翻って、英調査企業パンテオン・マクロエコノミクスのチーフエコノミストであるイアン・シェファードソン氏は、「2019年のFRBのデータが示すように、米世帯の40%が400ドルの緊急時用の蓄えさえ持たない。また、昨年のデータでは米世帯の53%が非常用資金をまったく持たない」と指摘しており、多くの失業者にとって生活困窮は1,200ドルの現金給付を受けたり、住宅ローン・学費ローンや家賃の支払いを数か月先にずらしてもらう措置で解決できる規模の問題ではない。
金融の負の連鎖がドミノ効果となる可能性もあり、予断を許さない。スイスの金融大手UBSのストラテジストたちは、「1兆ドル以上の企業負債が返済不可能になっている可能性があり、レバレッジをかけて資金調達をしている格付けの低い社債や、売上高が10億ドル以下の中規模企業が発行するミドルマーケット債の発行体が倒産の危機にある」との懸念を表明している。
米格付け調査大手のムーディーズ・インベスターズ・サービスは3月30日、前回の金融危機時の2009年から78%も膨れ上がり、6兆6000億ドル規模に達した非金融セクターの社債に対する見通しを「安定的」から「ネガティブ」に引き下げた。
FRBは金融の流動性確保のための社債の買い支えを始めているのだが、買い上げることができるのは信用度が高く「投資グレード」とされるものに限られ、負債が過度に積みあがった企業の社債は除外される。そのため、FRBの対策や調査企業による格付けの引き下げにより、かえって流動性危機は高まったといえる。
また、小規模企業の半数は27日を持ちこたえられるだけの現金しか保有していないとの研究がJPモルガン・チェース研究所から出されている。
こうして5月あたりまでは何とか持ちこたえていた一部企業の資金繰りが悪化し、銀行の貸し渋りや金融機関の相互疑心暗鬼による信用危機が起こって米国内外で金融危機へと連鎖すれば、健全な企業や職を失わなかった人々の雇用まで危うくなり、これから繰り出されるであろう経済対策法の第4弾、第5弾の効果も薄くなる。
金融危機が起こる可能性としては、いくつかの経路が考えられる。まず、経済対策法の一部である住宅ローン支払いの繰り延べ(延期)について、仮に1250万世帯が6か月間支払いを猶予されれば、金融機関や住宅ローンの債権回収会社を中心に最大1000億ドル(約10兆7346億円)もの損失が生じる恐れがある。
また、繰り延べ期間終了後には数か月の延期分を一括返済しなければならず、失業者や収入が減少した借り手の多くには不可能な話だ。彼らは債務不履行に陥って差し押さえに直面し、米住宅市場が再びどん底に落ち込む。
これらが引き金となって信用不安につながり、(原因は違うが)前回のリーマンショック時のような住宅用不動産担保証券の債権焦げ付きに端を発する大規模な金融危機が発生する可能性が指摘されている。
加えて、全米規模のロックダウンで収入の道が絶たれたホテル業界が全体で860億ドル規模の借入金を返済できなくなり、商業用不動産担保証券の市場が凍り付く金融危機の経路も予想されている。政権やFRBの金融危機回避の手腕が問われる場面である。
そうする間にも、失業保険の給付が切れた多くの人々は再就職が叶わず、家・学費・自動車などのローン返済や家賃の支払いができなくなり、米議会や州議会が立法による救済を行わない限り、コロナウイルスの流行が終息しない中で物件差し押さえや強制立ち退きを迫られる可能性もある。
加えて、ワクチンや治療法が確立されないまま一時的に流行が終息しても、また流行が出現する「モグラ叩き」のような爆発的な患者急増が繰り返される事態となれば、外出禁止令がなかなか完全に解けずに人々が家にこもり、経済から楽観や予想可能性が失われて労働や外出や消費が大幅に落ち込む。
約13万人の従業員を一時的に解雇すると発表した米百貨店最大手メーシーズをはじめ、同じくデパート大手のJCペニーやコールズ、衣料大手のギャップやヴィクトリアズ・シークレットで従業員の一時帰休が実施されている。財政基盤の弱いJCペニーなどは倒産しても不思議ではない。米調査会社コアサイト・リサーチは、1月末時点で8000件としていた今年の小売店の閉鎖店舗数を1万5千件に修正しているが、それでも極めて楽観的な数字であろう。
国土封鎖が完全に解ける時期としては5月、今夏、今年の年末、さらに2022年という気が遠くなるシナリオなどが取り沙汰されるが、停止が長引くほど米経済のダメージが天文学的に膨れ上がってゆくことは言うまでもない。
常に楽観的な米経済予想を語るトランプ政権のカドロー米国家経済会議(NEC)委員長でさえ、コロナ禍の米経済への影響が長期に及ばないとの自信の根拠を問われて、「保証はできない。魔法の杖があればよいのだが」と答える始末だ。
●金融危機とその長期化は不可避か
バーナンキ元FRB議長は今回の経済危機が「とても急激で短い景気後退で済む可能性」を示唆したが、多くのエコノミストは楽観していない。金融危機に関する研究の大家であり、『国家は破綻する―金融危機の800年』の共著者であるハーバード大学のケネス・ロゴフ教授は、「いったん金融危機になってしまえば企業は従業員もサプライヤーの取引先も失い、素早く回復することはより困難になる。長引けば富の破壊は不可避となり、信じ難いレベルに達する」と懸念を表明している。
ロゴフ教授と『国家は破綻する』をともに著した同大学のカーメン・ラインハート教授も、「1930年代の大恐慌以来、世界貿易が停滞する一方で世界的にコモディティ価格が崩壊し、同時に不況に突入する状況は今回までなかった。ロックダウンと社会距離政策は人命を救うかもしれないが、巨大な経済的犠牲を伴う。医療危機は金融危機になり得る」と警鐘を鳴らしている。
このような理由からロゴフ・ラインハート両教授をはじめとする「金融と財政でできることは何でも」という政策アプローチを支持する。ただし、今回のパンデミックや雇用危機がどのように収束するのか、どの専門家も明確な見通しを語れない中、米国の政策は「バラマキの逐次投入」となり、ジリ貧となる恐れもある。出口戦略が欠如したまま「どのような手段を使ってでも」という為政者・政策立案者や専門家の姿勢は、ジリ貧を避けようと戦勝や和平・戦後の明確な見通しもなきまま国力を超えた無謀な戦争や、効果の割にコストがまったく見合わない特攻作戦に突き進んだ日本の戦争指導者たちと重なる部分がある。
その背景には、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」のことわざどおり、前回の金融危機から完全に回復していない中間層や低所得層の苦境や困窮を放置する一方で、経済の健康を支える医療で利潤を最優先させて非常時への備えを「コストカット」してきた構造的な脆弱(ぜいじゃく)性が見えてくる。医療が市場原理による病床数カットや医療保険の値上げやカバー範囲縮小などで弱体化して非常時対応力を奪われる中、米国においてパンデミックは人災となることが運命づけられていたといえる。
トランプ政権が限られた資源を使って「誰を優先して助けるか」という課題でオバマ前政権の大企業優先救済策のようなしくじりを犯せば、分裂や不満という負のマグマのエネルギーが地下でたまる米社会の不安定要素がまたひとつ増えるだろう。
そうした中、資本主義の総本山である米国において、雇用創出のために国家が一時的に国民の実質上の雇用主となり、人々が飢えたり病で亡くならないように食料や必需品、住居を配給するようになるかもしれない。
従来は考えられなかった現金バラマキ、FRBによる株式の買い支え、救済と引き換えに一部企業の経営に政府が口を出したり医療機器の生産を自動車メーカーに命令する統制経済、そして感染データ収集のための国家による国民の位置情報管理などの政策が次々に実行に移されつつあるからだ。米経済崩壊の最悪のシナリオが現実化し、現金給付で経済再始動の効果がなければ、「何でもあり」という思想はさらなる爆発的感染を広げてゆくかもしれない。
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在米ジャーナリスト 岩田 太郎