平成 6 年( 1994 ) 64 歳で亡くなられた女優 京塚昌子さん( 1970 年代のTV界で「日本を代表するお母さん女優」として人気を博した)の「ひいきの宿」です。
昭和 58 年( 1983 )頃週刊朝日が連載した 91 回めの「ひいきの宿」は、開春楼(静岡・弁天島温泉)でした。
甦る旅館の精神 京塚 昌子
障子越しのやわらかい陽ざしに目を醒ますと、もうお昼に近い。たっぷりお湯をたたえた浴槽に体を沈めると、熟睡した後のけだるさに魂までとろけそう。旅の、それも気のおけない宿で味わう、至福の一瞬です。
仕事に追われて暮らしていると、お寝坊と朝風呂なんていうささやかなぜいたくもめったにできませんから、旅に出たときだけの私のぜいたくでもあります。機能本位のホテルもそれなりにいいこともありますが、くつろぐとなるとやはり和室がいちばんです。
開春楼の和室は、踏み込みから前室とゆとりのある造りですから、部屋に落ち着いた途端に心からくつろぐことができます。ロビーに「ユウ和」
という書があるように、ここのモットーは昔の「旅籠の精神」をよみがえらせることとか。すなわち、「ウカび」の旅ごころと和みのもてなしということですから、心身ともに解き放されるわけです。
創立者は、浜松肴町で割烹料理店「鯛めし楼」を開き、料理屋鑑札第壱号を受けた人というだけあって、食卓に並ぶ四季の味はまた格別です。浜名湖名物のうなぎはもとより、取れたてのお魚の活づくり、天ぷら、それにお鍋は、くいしんぼの私を有頂天にしてくれます。2 階にある「あさり茶屋」のあさりラーメンも私の好物のひとつです。
*文中「ユウ和」「ウカび」のかたかな部分は、「さんずい」に「遊」の旁部分の漢字が変換できなくてこのように表記しました。
*この文の後の囲み記事
浜名湖に浮かぶ弁天島にある宿。明治23 年割烹料理屋として創業、昨年機能性を生かしたホテルに模様替えしたが、客室はほとんどが和室。年中穏やかな気候で、茫洋とした遠州灘を眼前にして心が和む。海の幸はもちろんのこと名物のウナギやすっぽん鍋を味わおうと会食だけに訪れる客も多い。
注:文中「昨年」とあるのは、多分、昭和58 年。