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ルネ・ヴァンダール氏の本で紹介されていた話です。
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中世のドイツはうち続く戦争と恐ろしいペストのために国中がまるで
この世の地獄のようなありさまでした。
敗残兵や脱走兵が群れをなしていつしか盗賊団となり、昼間から
村々を襲い、悪事の限りを尽くしていったのです。
罪もない村人達は辱められたり、村はずれの刑場で首吊りにされたのです。
今日も冷たい秋風が埃を巻いて吹き過ぎるエルテンシュタットの町には、
新しい犠牲者が首に縄を巻かれて、絞首台で揺れていました。
今日殺されたのは靴屋のハンスという男で、この町では評判の
靴職人でした。
彼には19歳になるヘルガという娘がいましたが、この美しい娘に
盗賊団長のベルゲが恋をしたのです。
ベルゲは何とかヘルガを手に入れようとして、ハンスの家に押しかけて
無理難題を持ち出しました。
ハンスは靴屋とは言え、過去には兵隊であった強い男でしたから
娘を差し出せという要求をきっぱりはねのけました。
怒ったベルゲは屋外に待機させていた10人以上の手下の荒くれ共を
引き入れ、抵抗するハンスを殺し、絞首台にぶら下げました。
娘のヘルガはその時丁度、牧師の家に靴を届けに行っていたので
無事でした。
彼女が帰宅してから三日三晩、ハンスの家からは血を吐くような泣き声が
聞こえていたという事です。
それから突然彼女の姿が町から消えてしまいました。
町の人々は彼女が悲しみのあまりに気が触れて自殺してしまったとか、
盗賊に捕まって連れ去られたのだと噂しましたが、自己保身に精一杯
であった村の人々は彼女の事を忘れていきました。
しかし彼女は生きていました。
放心状態のようになってから後、何を決心したのか、夜の闇に紛れて
町を抜け出し、わずかな身の回りのものと、父親が嫁に行く時に履いて
いくようにと作ってくれた可愛い靴を持って、巨大な木々が生い繁って
昼間でも陽光を通さないという「黒い森」に向かって行きました。
この辺りでは「黒い森」には魔物や魔女が住むと言われ、誰も近づく
者はありませんでした。
ヘルガは黒い森の中を何日も彷徨い続けました。
幾日か過ぎてから、ヘルガは自分の前に人影がある事に気づきました。
その人影は彼女よりもずっと小さく、頭から足の先まで黒い頭巾と
マントで包んだ老婆でした。
老婆は彼女に親しみ深い笑顔を作り、こう話し出しました。
「お前は靴屋のハンスの娘だろう。
親父さんが殺された話はカラスから聞いたよ。
町の者はワシのカラスを使い魔などと言って嫌うけど、ワシにとっては
便利な物見役じゃ。
ワシはお前がこの森を彷徨っているのは4日前から知っていたが、
そっと遠くから見守っていたのさ。」
いくら親しみ深い笑顔であっても、何しろ年齢のわからないような
年寄りで、古びてシワシワになったジャガイモのような顔でしたから、
ヘルガは震えてしまいました。
「娘よ、恐がるでない。
ワシは確かに魔女だが、お前を食べたりしないよ。
それどころか、お前を助けてやろうと思っているのさ。
それと言うのも、ワシは一度お前の親父さんに命を助けられた事があってな。
昔ローテンブルクという町に行った時、ならず者の魔女狩り役人に
捕まって火あぶりになる所を、お前の親父さんに助けられたのじゃ。
その頃親父さんは、国王の百人隊の兵隊だったようじゃ。
"この年寄りに魔法なんて使えるわけがない、無益な殺生をするな"
と言って、ワシをわざと突き飛ばすようにしたが、助けてくれた事に
変わりはない。
それでワシは別れ際に、何か困った事があれば"大鴉のオババ"と呼べ、
そうすれば今度はワシがお前を助けてやると言ったのじゃ。」
ヘルガは婆の話を聞いて、やっと心が落ち着きました。
「お婆さん、それでわかりました。
以前父が冗談半分に、何か本当に困った事があったら黒い森に
行けと言っていたのです。
それで私の心のどこかにそれが焼きついていたのでしょう。
私は父を殺した男が憎いのですが、町の役人は盗賊を恐れて
ラチがあきません。
それでこの森に来る気になったのだと思います。
黒い森に来ればどのようになるのか、全くわからなかったのですが。」
「よし、お前の話はわかった。
ワシもハンスの仇はうちたい。
一つ大鴉のオババとっておきの魔法を盗賊どもにごちそうして
くれようか。」
大鴉のオババは首領のベルゲがヘルガをぼしがっている事を
知ると、恐ろしい魔法植物の「マンドラゴラ」の呪いをかける事に
しました。
「マンドラゴラ」は絞首台に吊るされた死者の血を養分にして育つという
不気味な植物で、また人間男女の形をし、歩行も出来ると言われて
います。
そして、この植物は万能薬にもなり、持つだけで幸運を引寄せる
力があり、使い方によっては数百人もの人々を一度に死に至らしめる
猛毒薬にもなります。
特に恨みを込めて死んだ人の血を吸収して育ったものは、真夜中に
なると人間に変身する力さえ有すると言われています。
数日後の真夜中、オババとヘルガは町外れの処刑場に行きました。
絞首台には3人の死体がぶら下がり、ほの暗い月明かりの下で
見る死体はいずれも恐ろしい恨みの表情を表していました。
オババはヘルガにカンテラを持たせ、地面をなめるような恰好で
絞首台の下をさぐっていましたが、やがて「アッ、あったぞ!あったぞ。」と
声をあげました。
ヘルガはオババが示す方にカンテラを向けると、思わず声をあげて
しまいました。
そこには世にも不思議な人間の姿をした植物が生えています。
オババは肩にかついでいた袋を下ろすと、中から汚いノラ犬が
出てきました。
そして犬の首に縄をかけ、その縄の端をマンドラゴラに結びました。
それからオババはヘルガの手を引いて、10メートルほど離れた
木の根元に座り、しっかりと耳を塞ぐように言いました。
次にオババは懐から一切れのあぶった肉を取り出し、前に放り投げ
ました。
お腹のすいたノラ犬は、猛烈な勢いで肉片に向かって駆け出しました。
その時、世にも恐ろしい叫び声が辺りに響きました。
このマンドラゴラは土中から引き抜かれる時に大きな悲鳴を上げ、
その叫び声を聞いたものはその場で命を落とすのです。
オババとヘルガは犬にマンドラゴラを引き抜かせて、自分達は
しっかりと耳を塞いでいるという方法を取りました。
可哀想に、ノラ犬は死んでしまいましたが、この植物は手に入り
ました。
二人は犬の死体を始末して森に帰りました。
帰宅すると、オババはマンドラゴラをミルクの入ったお椀に入れて
おきました。
次の日オババはヘルガに家から決して出ないように言いました。
オババがマンドラゴラの魔法を使っている最中にヘルガが外に
出ると危険だったからです。
盗賊団長のベルゲは酒を浴びるように飲んで、住処としている
古い砦の跡で眠っていましたが、ふと冷たい風に目覚めると、
そこにはあのヘルガが立っているではありませんか。
ベルゲは夢ではないかと目をこすりましたが、彼女の姿は消えません。
それどころか、ヘルガは妖しい微笑みをたたえながらベルゲの方に
歩み寄ってくるではありませんか。
ベルゲはもう我を忘れて、ヘルガに抱きついていきました。
それがベルゲのこの世での最期の姿だったのです。
翌朝手下がベルゲの部屋に入ると、そこには着物によって見分けるのが
やっとであるベルゲの死体が転がっていました。
ベルゲは恐怖のためにカッと目を見開き、噛みしめた唇は半分ちぎれて
いるほどでした。
この部屋でどんな恐ろしい事が起こったのか、それは誰にも
わかりませんが、後で役人に捕まった手下の話では、ベルゲの死体には
一滴の血も残っていなかったそうです。
大鴉のオババの魔法でマンドラゴラはヘルガの姿に変わり、盗賊ベルゲの
血を吸い取ってしまったのです。
その後オババとヘルガがどうなったかわかりませんが、ヘルガも
黒い森の魔女になったのではないでしょうか。
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「魔法植物」を得るにも代価や大地への償いをするという事があった
そうで、「バーベナ」という植物を掘り出した時には、大地に対する
償いとして掘り出した後の穴に蜂蜜を流し込んだと言われますが、
この有名な「マンドラゴラ」の掘り跡の場合は金貨が入れられた
とも言われます。
この話の「オババ」は一般的な認識では「黒魔女」という事になりそう
ですが、宗教者でも薄情であったり、平気で他人を見捨てたり
裏切ったりする人がいる事と比べると、かなり義理堅い人では
ないかとも思います。
ルネ・ヴァンダール氏の本で紹介されていた話です。
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中世のドイツはうち続く戦争と恐ろしいペストのために国中がまるで
この世の地獄のようなありさまでした。
敗残兵や脱走兵が群れをなしていつしか盗賊団となり、昼間から
村々を襲い、悪事の限りを尽くしていったのです。
罪もない村人達は辱められたり、村はずれの刑場で首吊りにされたのです。
今日も冷たい秋風が埃を巻いて吹き過ぎるエルテンシュタットの町には、
新しい犠牲者が首に縄を巻かれて、絞首台で揺れていました。
今日殺されたのは靴屋のハンスという男で、この町では評判の
靴職人でした。
彼には19歳になるヘルガという娘がいましたが、この美しい娘に
盗賊団長のベルゲが恋をしたのです。
ベルゲは何とかヘルガを手に入れようとして、ハンスの家に押しかけて
無理難題を持ち出しました。
ハンスは靴屋とは言え、過去には兵隊であった強い男でしたから
娘を差し出せという要求をきっぱりはねのけました。
怒ったベルゲは屋外に待機させていた10人以上の手下の荒くれ共を
引き入れ、抵抗するハンスを殺し、絞首台にぶら下げました。
娘のヘルガはその時丁度、牧師の家に靴を届けに行っていたので
無事でした。
彼女が帰宅してから三日三晩、ハンスの家からは血を吐くような泣き声が
聞こえていたという事です。
それから突然彼女の姿が町から消えてしまいました。
町の人々は彼女が悲しみのあまりに気が触れて自殺してしまったとか、
盗賊に捕まって連れ去られたのだと噂しましたが、自己保身に精一杯
であった村の人々は彼女の事を忘れていきました。
しかし彼女は生きていました。
放心状態のようになってから後、何を決心したのか、夜の闇に紛れて
町を抜け出し、わずかな身の回りのものと、父親が嫁に行く時に履いて
いくようにと作ってくれた可愛い靴を持って、巨大な木々が生い繁って
昼間でも陽光を通さないという「黒い森」に向かって行きました。
この辺りでは「黒い森」には魔物や魔女が住むと言われ、誰も近づく
者はありませんでした。
ヘルガは黒い森の中を何日も彷徨い続けました。
幾日か過ぎてから、ヘルガは自分の前に人影がある事に気づきました。
その人影は彼女よりもずっと小さく、頭から足の先まで黒い頭巾と
マントで包んだ老婆でした。
老婆は彼女に親しみ深い笑顔を作り、こう話し出しました。
「お前は靴屋のハンスの娘だろう。
親父さんが殺された話はカラスから聞いたよ。
町の者はワシのカラスを使い魔などと言って嫌うけど、ワシにとっては
便利な物見役じゃ。
ワシはお前がこの森を彷徨っているのは4日前から知っていたが、
そっと遠くから見守っていたのさ。」
いくら親しみ深い笑顔であっても、何しろ年齢のわからないような
年寄りで、古びてシワシワになったジャガイモのような顔でしたから、
ヘルガは震えてしまいました。
「娘よ、恐がるでない。
ワシは確かに魔女だが、お前を食べたりしないよ。
それどころか、お前を助けてやろうと思っているのさ。
それと言うのも、ワシは一度お前の親父さんに命を助けられた事があってな。
昔ローテンブルクという町に行った時、ならず者の魔女狩り役人に
捕まって火あぶりになる所を、お前の親父さんに助けられたのじゃ。
その頃親父さんは、国王の百人隊の兵隊だったようじゃ。
"この年寄りに魔法なんて使えるわけがない、無益な殺生をするな"
と言って、ワシをわざと突き飛ばすようにしたが、助けてくれた事に
変わりはない。
それでワシは別れ際に、何か困った事があれば"大鴉のオババ"と呼べ、
そうすれば今度はワシがお前を助けてやると言ったのじゃ。」
ヘルガは婆の話を聞いて、やっと心が落ち着きました。
「お婆さん、それでわかりました。
以前父が冗談半分に、何か本当に困った事があったら黒い森に
行けと言っていたのです。
それで私の心のどこかにそれが焼きついていたのでしょう。
私は父を殺した男が憎いのですが、町の役人は盗賊を恐れて
ラチがあきません。
それでこの森に来る気になったのだと思います。
黒い森に来ればどのようになるのか、全くわからなかったのですが。」
「よし、お前の話はわかった。
ワシもハンスの仇はうちたい。
一つ大鴉のオババとっておきの魔法を盗賊どもにごちそうして
くれようか。」
大鴉のオババは首領のベルゲがヘルガをぼしがっている事を
知ると、恐ろしい魔法植物の「マンドラゴラ」の呪いをかける事に
しました。
「マンドラゴラ」は絞首台に吊るされた死者の血を養分にして育つという
不気味な植物で、また人間男女の形をし、歩行も出来ると言われて
います。
そして、この植物は万能薬にもなり、持つだけで幸運を引寄せる
力があり、使い方によっては数百人もの人々を一度に死に至らしめる
猛毒薬にもなります。
特に恨みを込めて死んだ人の血を吸収して育ったものは、真夜中に
なると人間に変身する力さえ有すると言われています。
数日後の真夜中、オババとヘルガは町外れの処刑場に行きました。
絞首台には3人の死体がぶら下がり、ほの暗い月明かりの下で
見る死体はいずれも恐ろしい恨みの表情を表していました。
オババはヘルガにカンテラを持たせ、地面をなめるような恰好で
絞首台の下をさぐっていましたが、やがて「アッ、あったぞ!あったぞ。」と
声をあげました。
ヘルガはオババが示す方にカンテラを向けると、思わず声をあげて
しまいました。
そこには世にも不思議な人間の姿をした植物が生えています。
オババは肩にかついでいた袋を下ろすと、中から汚いノラ犬が
出てきました。
そして犬の首に縄をかけ、その縄の端をマンドラゴラに結びました。
それからオババはヘルガの手を引いて、10メートルほど離れた
木の根元に座り、しっかりと耳を塞ぐように言いました。
次にオババは懐から一切れのあぶった肉を取り出し、前に放り投げ
ました。
お腹のすいたノラ犬は、猛烈な勢いで肉片に向かって駆け出しました。
その時、世にも恐ろしい叫び声が辺りに響きました。
このマンドラゴラは土中から引き抜かれる時に大きな悲鳴を上げ、
その叫び声を聞いたものはその場で命を落とすのです。
オババとヘルガは犬にマンドラゴラを引き抜かせて、自分達は
しっかりと耳を塞いでいるという方法を取りました。
可哀想に、ノラ犬は死んでしまいましたが、この植物は手に入り
ました。
二人は犬の死体を始末して森に帰りました。
帰宅すると、オババはマンドラゴラをミルクの入ったお椀に入れて
おきました。
次の日オババはヘルガに家から決して出ないように言いました。
オババがマンドラゴラの魔法を使っている最中にヘルガが外に
出ると危険だったからです。
盗賊団長のベルゲは酒を浴びるように飲んで、住処としている
古い砦の跡で眠っていましたが、ふと冷たい風に目覚めると、
そこにはあのヘルガが立っているではありませんか。
ベルゲは夢ではないかと目をこすりましたが、彼女の姿は消えません。
それどころか、ヘルガは妖しい微笑みをたたえながらベルゲの方に
歩み寄ってくるではありませんか。
ベルゲはもう我を忘れて、ヘルガに抱きついていきました。
それがベルゲのこの世での最期の姿だったのです。
翌朝手下がベルゲの部屋に入ると、そこには着物によって見分けるのが
やっとであるベルゲの死体が転がっていました。
ベルゲは恐怖のためにカッと目を見開き、噛みしめた唇は半分ちぎれて
いるほどでした。
この部屋でどんな恐ろしい事が起こったのか、それは誰にも
わかりませんが、後で役人に捕まった手下の話では、ベルゲの死体には
一滴の血も残っていなかったそうです。
大鴉のオババの魔法でマンドラゴラはヘルガの姿に変わり、盗賊ベルゲの
血を吸い取ってしまったのです。
その後オババとヘルガがどうなったかわかりませんが、ヘルガも
黒い森の魔女になったのではないでしょうか。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
「魔法植物」を得るにも代価や大地への償いをするという事があった
そうで、「バーベナ」という植物を掘り出した時には、大地に対する
償いとして掘り出した後の穴に蜂蜜を流し込んだと言われますが、
この有名な「マンドラゴラ」の掘り跡の場合は金貨が入れられた
とも言われます。
この話の「オババ」は一般的な認識では「黒魔女」という事になりそう
ですが、宗教者でも薄情であったり、平気で他人を見捨てたり
裏切ったりする人がいる事と比べると、かなり義理堅い人では
ないかとも思います。