『西鶴集 上』「好色一代男」 日本古典文学大系と合わせ読む 47 巻一 二はづかしながら文言葉(ふみことば) 【1-2- 全 1〜5、絵】 井原西鶴
はしたの女(おんな)
まじりに、絹(きぬ)ばり、しいしを、放(はづ)して、恋(こひ)の染(そめ)ぎぬ
是ハ、御りやうにんさまの、不断着(ふだんき)、此(この)なでしこの
腰形(こしかた)、口なし色(いろ)の、ぬしや誰(たれ)と、たづねけるに
「それハ、世之介の、お寝巻(ねまき)」と、答(こた)ふ、一季(ひとき)おりの
女、そこ/\に、たくみ懸(かけ)、「さもあらば、京(きやう)の水(ミづ)てハ、あら
はいで」と、のゝしるを聞て、「あか馴(なれ)しを、手に懸(かけ)さすも
たびハ人の情(なさけ)」と、いふ事あり」と、申されければ
下女(げじょ)、面目(めんぼく)なく、かへすべき、言葉(ことは)もなく、只(たゞ)御ゆるりと
申捨(すて)て、逃(にげ)入(いる)袖(そで)を、ひかえて、「此(この)文(ふミ)ひそかに
おさか殿(との)かたへ」と、頼(たの)まれけるほとに、何心(なにこゝろ)もなう、たて
まつれば、娘(むすめ)更(さら)に、覚(おぼえ)もなく、赤面(せきめん)して、いかなる
御方より、とりてちかはしけると、言葉(ことは)、あらけなきを
、しつめて後(のち)、母親(はゝおや)、かの玉章(たまづさ)を見れば、隠(かく)れもなく
かの、御出家(しゆつけ)の、筆(ふで)とハしれて、「しどもなく、さハあり
なから」と、罪(つミ)なき事に、疑(うたか)ハれて、その事
こまかに、云(いゝ)わけも、なをおかしく、よしなき事に
人の口とて、あらざらむ、沙汰(さた)し侍る、世之介姨(おば)に
むかつて、こゝろの程(ほど)を申せば、何ともなく、今待てハ
おもひしに、あすハ妹(いもと)へ、申遣し、京ても大笑ひ
せさせんと、おもふ外へハ、あらハせす、我(わ)か娘(むすめ)なから貌(かたち)も
世(よ)の人並(ひとなミ)とて、去(さる)方(かた)に申合(あハせ)て、つかハし侍る、年たに
大形(かた)ならば、世之介とらすべき、ものをと、心と
こゝろに、何事もすまして、其後(そのゝち)ハ、気付(きつけ)てみるほと
黠(こざか)しき、事にそありける、惣(そう)じて、物毎(ものこと)に、外なる
事ハ、頼(たの)まれても、かく事な彼と、めいわく
せられたる、法師(ほうし)の申されける
絵入 好色一代男 八全之内 巻一 井原西鶴
天和二壬戌年陽月中旬
大阪思案橋 孫兵衞可心板
『絵入 好色一代男』八全之内 巻一 二はづかしながら文言葉(ふみことば) 【1-2- 全 1〜5、絵】 井原西鶴
はづかしながら文言葉(ふみことば)
文月七日の日、一とせの埃(ほこり)に、埋(うづもれ)し、かなあんどん
油(あぶら)さし、机(つくへ)、硯(すゞり)石(いし)を、洗(あら)ひ流(なが)し、すみわたりたる
瀬ゞの、芥(あくた)川となしぬ、北ハ金竜寺(こんりうじ)の、入相(いりあひ)のかね
八才の宮の御歌(うた)もおもひ出され、世之介も、はや
小学(せうかく)に、入べき年なればとて、折ふし、山崎(やまざき)の叔(おじ)の
もとに、遣(つかハ)し置(をき)けること幸(さいはい)、むかし宗観法師(そうかんほうし)の
一夜庵(やあん)の跡(あ)とて、住(すミ)そゝきたる人の、滝本流(たきもとりう)を
よくあそはし来る程(ほど)に、師弟(してい)のけいやくさセて、遣(つかハ)し
けるに、手本紙(てほんかミ)さゝげて、「はゞかりながら、文章(ぶんしやう)をこの
まん」と申せば、指南坊(しなんぼう)、おどろきて、「さハいへ、いかゞ
書くべし」と、あれば、今更(いまさら)馴/\しく、御入候へ共、たへかねて
申まいらせ候、大形(おゝかた)目つきにても、御合点(かつてん)有べし
二三日跡に、姨(おば)さまの、昼寝(ひるね)をなされた時、此方の糸(いと)
まきを、あるともしらず、踏(ふミ)わりました、「すこしも
くるしう、御さらぬ」と、御腹の、立さうなる事を、腹(はら)
御立(たて)ひハぬハ、定而(さためて)、おれに、しのふで、いゝた事が
御座るか、御座るならば、聞(きゝ)まいらせ、候べしと、永/″\(なが)
と、申程(ほど)に、師匠(しセう)も、あきてはてゝ、是迄(これまで)ハ、わざと
書(かき)つゞけて、「もはや鳥(とり)の子も、ない」と、申されけれは
「然(しか)らは、なお/\書(かき)を」と、のぞみける、又重而(かさねて)たよりも
有べし、先是(これ)にて、やりやれと、大形(かた)の事(こと)ならねバ
わらハれもせず、外にいろはを書て、是をならハせ
ける、夕陽(セきやう)端山(はやま)に、影くらく、むかひの人来(きた)りて
里にかへれば、秋(「禾に亀」(あき))の初風(はつかぜ)はげしく、しめ木(き)に、あらそひ
衣(ころも)うつ、槌(つち)の音(をと)。物(もの)かしましう、はしたの女(おんな)
まじりに、絹(きぬ)ばり、しいしを、放(はづ)して、恋(こひ)の染(そめ)ぎぬ
是ハ、御りやうにんさまの、不断着(ふだんき)、此(この)なでしこの
腰形(こしかた)、口なし色(いろ)の、ぬしや誰(たれ)と、たづねけるに
「それハ、世之介の、お寝巻(ねまき)」と、答(こた)ふ、一季(ひとき)おりの
女、そこ/\に、たくみ懸(かけ)、「さもあらば、京(きやう)の水(ミづ)てハ、あら
はいで」と、のゝしるを聞て、「あか馴(なれ)しを、手に懸(かけ)さすも
たびハ人の情(なさけ)」と、いふ事あり」と、申されければ
下女(げじょ)、面目(めんぼく)なく、かへすべき、言葉(ことは)もなく、只(たゞ)御ゆるりと
申捨(すて)て、逃(にげ)入(いる)袖(そで)を、ひかえて、「此(この)文(ふミ)ひそかに
おさか殿(との)かたへ」と、頼(たの)まれけるほとに、何心(なにこゝろ)もなう、たて
まつれば、娘(むすめ)更(さら)に、覚(おぼえ)もなく、赤面(せきめん)して、いかなる
御方より、とりてちかはしけると、言葉(ことは)、あらけなきを
、しつめて後(のち)、母親(はゝおや)、かの玉章(たまづさ)を見れば、隠(かく)れもなく
かの、御出家(しゆつけ)の、筆(ふで)とハしれて、「しどもなく、さハあり
なから」と、罪(つミ)なき事に、疑(うたか)ハれて、その事
こまかに、云(いゝ)わけも、なをおかしく、よしなき事に
人の口とて、あらざらむ、沙汰(さた)し侍る、世之介姨(おば)に
むかつて、こゝろの程(ほど)を申せば、何ともなく、今待てハ
おもひしに、あすハ妹(いもと)へ、申遣し、京ても大笑ひ
せさせんと、おもふ外へハ、あらハせす、我(わ)か娘(むすめ)なから貌(かたち)も
世(よ)の人並(ひとなミ)とて、去(さる)方(かた)に申合(あハせ)て、つかハし侍る、年たに
大形(かた)ならば、世之介とらすべき、ものをと、心と
こゝろに、何事もすまして、其後(そのゝち)ハ、気付(きつけ)てみるほと
黠(こざか)しき、事にそありける、惣(そう)じて、物毎(ものこと)に、外なる
事ハ、頼(たの)まれても、かく事な彼と、めいわく
せられたる、法師(ほうし)の申されける
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