「介護録」とユルユル日記

介護終了、ブログタイトルかえました。

ご挨拶

2014年12月7日をもって私の介護生活は終了しました。

介護中、このblogに毒吐きし、多くの介護仲間さんに助けられました。
過去記事を読むと穴があったら入りたい気分でもありますし、今とは考え方も違うところもあります
身勝手な独りよがりも多々ありますが、そんなあれこれも、介護中の方たちのデトックスに一役かえたらという思いから「介護録」として残しておくことにしました。

今後はユルユルと日常をつぶやきながら時に介護や認知症に対する思いを書いていこうと思います。

タティング

タティングは↓こちらに 写真をアップしていくことにしました。
お暇が出来たらのぞいてやって下さい。
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「障害者の息子へ」……切なくて、でも熱い想い。

2016-08-04 | ▼ユルユル日常
ネット上に父の投稿、「障害者の息子へ」広がる共感 (TBS系(JNN))のコメント一覧 - Y!ニュース


いつだったかあるラジオで
「想定外のことが起きるのはいいこと。それに対処することで自分のスキルがあがるから。」
というような話が展開していた。
positiveにとらえたら、その通り。
でも、その想定外が生き死にかかわるようなことだったら…………?
それでも確かに「経験値」は得る
でも、嫌だ。想定外がいいことなんて言えない!
って、ラジオ聞きながら思った。

息子さんが自閉症だというこの方にとって、それはまさに想定外だったはず。
夢がその想いを語っている。
でも目覚めて、そんな夢を見た自分をいさめるお父さん。

私は、何度も母の認知症が軽度まで回復した夢を見た。
なぜか治癒はしない。いつも軽度まで回復。そして、この程度ならこのままやっていけそうかな?と思って目が覚めた。
私は、この方のように、そんな夢を見た自分をいさめたり、お母さんごめんなさい……とは思わなかったけど(^-^;


まあまあ順調に、家族や近しい人に大きな病や障害がない生活をしている時には
どこかに難病をかかえて生きている人がいる……なんてことを意識しない。
普通にいきられることが当たり前。


自分が当たり前に生きていたとき、誰かがその分を背負っていた


自身に想定外が起こっても
この記者さんのようになかなかそんな風には思えない。
なんだか胸に刺ささる……ジワッ~~っと。


次男さんはきっと心優しい人になられるでしょう。


二十歳くらいの頃、発達障害の子供(就学前)の治療保育(遊戯治療)の実習及びボランティアを経験したことがありました。
そこにはまだ学校に行ってない弟妹もお母様と一緒にやった来ていた。
その子たちは、とにかくみんな、優しくて、年齢より大人で、兄や姉の帰り仕度も当たり前のように手伝っていた。

ある日、自分の担当する男の子(自閉症)の妹ちゃんとオシャベリしていて、ホントにうっかり……というか、当たり前のように、私は、
「学校の帰りにそのお友だちのところに遊びに行くんだね?」みたいなことを口にした。
妹ちゃんは、その質問にちゃんと答えたあとで
「まだ学校行ってないけど」とポツリ。
思いっきり、ゴメンね、ゴメンね、連発。

まだ、四つ?……多分それくらいのはずなのに、小学生と錯覚するくらいにしっかりしていた。
でも、間違った自分がなんだかもう情けなく……
救いは
近くにいた仲間も
「しっかりしてるから、そう見えちゃうよね」と言ってくれたことだけど、色々考えてしまった出来事だった。

その妹ちゃんももう立派な大人。
きっと色んなこと、想いを持って生きているだろう。

そこは私には計り知れない。


その自閉症の男の子のお母様は
何度もこの子に手をかけて自分も……と思ったことがあるとおっしゃっていた。
でも、寝顔を見ると出来なかった…………と。