「介護録」とユルユル日記

介護終了、ブログタイトルかえました。

ご挨拶

2014年12月7日をもって私の介護生活は終了しました。

介護中、このblogに毒吐きし、多くの介護仲間さんに助けられました。
過去記事を読むと穴があったら入りたい気分でもありますし、今とは考え方も違うところもあります
身勝手な独りよがりも多々ありますが、そんなあれこれも、介護中の方たちのデトックスに一役かえたらという思いから「介護録」として残しておくことにしました。

今後はユルユルと日常をつぶやきながら時に介護や認知症に対する思いを書いていこうと思います。

タティング

タティングは↓こちらに 写真をアップしていくことにしました。
お暇が出来たらのぞいてやって下さい。
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思い出はそこにある

2017-02-06 | ●介護回想(2015~)
今年は ほぼ日手帳オリジナルを使っている。
一日一ページのこの手帳には、毎日、著名人や一般人の、ちょっといい話、ためになる言葉、クスッと笑えるエピソード等々載っている。
それをパラパラとみていたら

8/13日のページに

お父様が亡くなった後に、妹さんが冷静に見えるお兄さんに、
どうしてそんなに冷静なの?おもいだすことはないの?
と聞いたらお兄さんが、

思い出すというのは一瞬でも忘れた人が言う言葉。父を忘れたことはない、だから思い出すこともない。いつも父はここにいるから

と答えた……という話が載っていた。

ああ、そうだな……と思った。
「思い出」には自らアクセスするのであって、
「思い出す」のとは確かに違う。

亡くなった家族のことは、
「忘れている」わけではない。意識して思い出すものでもない。
かといって、四六時中、考えているのとも違う。

私は……
「いつもここにいてくれる」
という感触をもってはいない。(持てない?よくわからない)
よく、亡くなったことでより身近にいつも側にいるような気がする……と聞くけれど、そんな風には思えていない。

でも、
忘れていることを「思い出す」のとも確実に違う。
そういう意味では確かに思い出はいつもそこにあるんだと思う。
(そこってどこ?ということはさておき……(^-^;)


なるほど……と強く強く納得しながら、そのあとでちょっと思ったことがある。

このお兄さんは強い。そしてとても前向き。
それはとても素敵なことだけど、これに拍手喝采してしまうと
悲しい、淋しい、切ない……と思ってはイケナイってなりそう。
このお兄さんは頼もしいけれど、妹さんは泣けなくなるんじゃないのか?とそんなことを思ってしまった。

世間の空気は総じて早く立ち直ることをヨシとする。
元気に暮らすことが供養。
介護を終えた私には必ず、終わったんだからあとは気楽に自分のために……という言葉が向けられる。
yellなんどけど……
それが辛いなと思うこともある。

泣いていいよって空気にはならないんだなぁ

……私は泣きたいけれど


気楽でいいでしょ~~って何度言われたか?
言われたらyesと答える。
気楽か否か?と問われたら気楽だもの。

まあ、でも、エールとして当たり障りなく賭けられる言葉は「気楽」かもしれないなぁ、多分。
逆の立場なら私もそう言ったのかも。

難しい。