「介護録」とユルユル日記

介護終了、ブログタイトルかえました。

認知症、自分が忘れられてしまう悲しさ

2016-11-25 | ●介護回想(2015~)
父親「わからない、なにも覚えてないよ」
息子「アダムだよ、父さんの息子だよ」
父親「わからない……」

たまたまテレビつけたらこんなシーンが。
すぐに別な画面に変わったし途中だから話の前後もなにもわからないけど、これだけで泣けた。

介護進行中は、ドラマなどで認知症の親がどーした的なシーンが出て来ても
それ、違う!
とか
そんなに甘くない!
と否定的に見たり
そうなんだよね~認知症ってそうなのよ~
と共感したりしたけれど、悲しくなるなんてことはなかった気がする。

でも介護が終わった今
そうした場面は切なくて簡単に泣けてしまう。

介護中ももちろん、妹扱い、他人扱いはショックだったし悲しかったけど、そこに浸ってはいられなかったということかな?

終わった今は
あの時は辛かったな……
悲しかったな……
キツかったな……って感情でいっぱいになる。
それで悲しんでばかりいてはダメだけど、やっぱり悲しい

まわりは
認知症のせいだから……
きっと心の奥深くではわかっているはず……
などなど言ってはくれたけれど…
それでたやすく気持ち復活はしないもんです。


魂というものがあるとしたら

死んだあと、認知症の肉体から離れた魂はどうなってる?
正常なの?(正常という言い方は合っているのか?)
仮に正常なら、認知症の肉体に支配されていた頃のことを記憶してるの?
(テレビで、オーラ見るあの人は、認知症でなくなった人の
魂が正常に存在して、娘さんにメッセージ送っていると話してたけどさ)


いつか
認知症が治癒する病になったら
「あの時、お母さんたら、こんなこと言ってたんだよ」
なんて笑えるようになるんだろうか?

でも、結構ヒドイこと言ったりやったりしてしまう認知症だから、本人は笑えないか?


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2 コメント

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Unknown (案山子)
2016-11-25 14:25:16
老い方も様々ですが 子供を忘れる、、、切ない 何か心細くなってくるとそこにいてくれるだけでも、、、どんなに頑張っても後悔の場面ばかりで 人生って重いなあ しんどいなあ、、皆心の奥に秘めているんだよね 亡くなって見守ってくれる親の姿や年齢って、、 それぞれの心に残る姿や笑顔の頃、かな
お父さんを亡くした友達の一人は 仕方ない。 涙は出ない、、と 切り替えが早く羨ましい
私は無理だな と自分が見えてしまう
ファイターズ優勝とか小さな喜びを沢山沢山感じて行けたら、、、ウーン ごめんなさい 上手く表せない
文通していた方は 鹿追町の名前は悦子さん
鼠と丑歳の学年 55 56歳、クラブはソフト こんな番組やっていますね よくある姓なのですか
11月は初雪が舞う程度なのに 一時間半雪かきしました 北海道の方には鼻で笑われちゃいますね
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案山子さんへ (ビゴ)
2016-11-28 13:20:44
一時間半も雪かき出来ないですよ~~~~無理無理!
十勝は豪雪地帯ではないし北海道の雪質は本州より軽いと思うけど、それでも雪かきは腰にくる~~~~手が痛い~~~~
冬は嫌いではないけども、雪かきと滑る道路だけはなんとかしてほしいわ~~~~。

私の知ってるぎゃくしサンは(昔の知り合いだからもう少し過去形ですね)もう少し年下かな?
どちらのぎゃくしサンもまさか今ごろこんなところで話題になっているとは思ってもいないことでしょう(^-^;
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