「先に死なないために」――無償で介護する人(ケアラー)がすべきこと(プレジデント)- Yahoo!ニュース
↑の記事でケアラーズカフェが紹介されている。
介護者さん中には知っている人も多いかもしれない。
私も介護中からネットで見ていたし、blogに訪問してくれていた方で実際に参加している方もいた。
もし、近くにケアラーズカフェがあったら利用していたかも?
一度、色々辛くなって、介護110番?的なところに電話したことがある。
でも、繋がらなかった。
全国展開のところだったから簡単には繋がらないものなのか、たまたまその時込み合っていたのか?
この時、私の精神状態は、
少し間を開けてかけ直そう……なんて冷静なもんじゃなく、
ああ、繋がらない……もうダメだ……全てが嫌~~
……という感じ。
せめてローカルならば繋がりやすいだろうに……と思った。
◯◯について助言がほしいとか質問ならば、居宅事業所はもちろん保健所や役所に相談してもいいけれど、介護の日々の愚痴レベル、煮詰まってグダグダな時にそんな場所に電話なんてしてもダメだろう。
だから
介護中にあったらいいな……と思っていたのは
「キツイ、ツライ」と思ったその時に駆け込める場所。
その頃、頭の中で想像していたのは……
その場所に行けば必ず誰かがいてくれる。
それは同じ介護中の人や介護を終えた人、あるいは介護職経験者。
理想は毎日開いていること。
デイサービスなどで介護者が自由になれる時間帯にオープン。
仕事と介護を両立している方のことを思うと夕方以降も開いてるのが望ましい。
が…………それはかなり厳しいだろう。
(最低でも週三回くらいはオープンしてほしいけど)
どこに住む人にも行きやすいように街の中心部だとなおヨイ。
そして、それは介護者主導であってほしい。
私の中の勝手な思い(思い込みかもしれない)で、
介護者の集まりで、役所関係、事業所関係の方が主導すると、なんだか勉強会みたいになったり、司会進行者のペースでカタイお話の会になるから。
そういう場では本音は出にくい。
介護者の友人だけで話すと、時に、第三者が聞いてたらなんか親のこと酷いこと言ってるぞ?!と思われそうなことをワイワイと言い合い、笑い、毒吐きすることがある。
やっぱり、そんなことが言える駆け込み場所でなければ存在意義がないと思う。
かなり前、私がこのblogに母のトンデモ言動を書いたところ、
「親を笑いものにしている」とコメをもらったことがある。
そんなふう思われても私には必要なこと。
自分の日記にかけば?といわれるかもしれないけど、外に向かって発信することで救われることは多々あった。
それだって、ほんの一部。
介護者はいろいろかかえこんでる
言いたいことの半分も言えてない人も多いはず。
「わかる、わかる、うちもおんなじ」
この一言が欲しいんだよね。
そしてこの言葉をくれるのは同じ介護中間
私の介護は終わったけど、
今もそんな場所が出きたらいいな……という思いはまだある。
ケアラーズカフェの記事をみて、そのことを思い出した。
でも、やはり、運営は難しそう…………。
救われる気がいたします。
ありがとうございます…………ですよ。
2週間前に私のところも終わりました。
私も親の〇ンコ日記になってしまいました。
ためらいがなかったわけではありませんが、自虐的に書くことも発散だと。
ただ黙って聞いてくれるのが楽になりますね。
常設は難しいでしょうが、カフェは行くところが少なくなっているシニアにも欲しい場所です。
まだ2週間ということですから、まだまだ落ち着いていないことと思います。
体調とか大丈夫ですか?
ほんとに、色々書いてしまったなぁ~~と思うことはあるのです。
胸におさめている介護者もいると思うと、私のしてきたことはどうなんだ?と。
……といっても、もう後戻り出来ないし、ポジティブにとらえることにします。
介護を継続出来たのは、ネットがあったから……でもありますしね。