ビビッド能里子トーク・サロン

医学的にも珍しい満十年の認知症介護について。自己分析や気分転換、幸せを感じる心の癖の付け方、メチャ料理など楽しく書きます

暖かい11月

2019-11-25 07:04:26 | エッセー

 11月も後半なのにベランダに出ると、とても暖かい、ニュースによると

気温が高いため霧が発生しているそうだ。気象がだんだん変わっていくのは

恐ろしいような気がする。田舎に行くと、何とも言えない懐かしい匂いがし

都会でも「朝の匂い」がして、私は深呼吸をくりかえし、それがとても嬉しかった。

 

 子供のころから鼻がよかった私は「匂い」の記憶が山ほど沢山ある。

もう何年位前からそれが無くなったのだろう?雀のさえずりが聞けなくて久しい

でも、空だけは昔と変わらない。幼い頃から大好きだった空は身近な大自然だ。

それが何より私を癒してくれるが、今朝の空は薄い雲が立ち込めている。

 

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真夜中に考えたこと

2019-11-24 02:40:27 | エッセー

 ふと目を覚ますとまだ雨の音、もう3日間も雨が降っている。

お天気は何日続いても気にならないが、お天気によって気分が左右される

「躁うつ気質」の私は気分が滅入りがちになる。まして真夜中なのだ。

 真夜中は「魔の時間」と言われるそうだが、そんな時間に考えることは

決してポジティブなことはない。認知症9年目の夫は最近あまり食べなく

なって心配とか、私は何故これほど長生きしたのだろうと考えたらある勉強会

で聞いたこんなことを思い出した。

 

それは「65歳まで健康で元気だった人ばかりのデーターをとったら、その

平均寿命は96歳だった」と。それは一体何人の平均値だろうと思ったが

「私もそれに当てはまる」、と思ったら鬱々となって飛び起きた。

いくら元気でも96歳では、「まだ元気で生きているのだ」程度の認識で、社会的

な存在感がなく、価値は明らかにに目減りしている。こんなことを考えるのは、人生

の先輩たちに失礼だろうか?そのデーターが正確であれば、もしかしたら私もその仲間

入りになるかも知れない。私は長生きなんかしたくない!と思いながら生きてるけど。

 

 長年大家族の抑圧から解放され、思いのままに燃焼して生きられるようになった

38・9歳の頃、子育てをしながらも「自分のためだけなら、いつ死んで惜しくない」と

絶えず思っていた。でも、たとえ命は自分のものでも、それは神の摂理に反する

自分では断つことはできないのは当然だが・・・

 まして、この世に未練を残して、若くして病気や事故で亡くなる方を思うと、そんな

のは大変傲慢だと思う反面「私は夫を幸せに見送ったら、淋しいだけではなく、誰にも

迷惑を掛けないためにもすぐに死にたい」、と考えるのは単なる我がままで自分勝手

だろうか?よく分からない・・・

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ビーフシチューからカレーライスへ

2019-11-23 03:19:13 | エッセー

 イタリー風煮込みはタップリつくり、次の日にカレーライスにすると、とても

美味しいが、昨日は久方ぶりにビーフシチューをつくり、その残りをカレーラ

イスにした。多分美味しいと思ったが、それがなかなか手ごわかった。

 残った大きい牛肉やニンジンを小さく切って、別鍋で玉ネギと豚肉の薄切の

脂を全部除いて、オリーブ油でよく炒めて水を入れしばらく煮込んだ。

 それに残りのビーフシチュウを入れて、カレー粉をかなり加え煮込んだが

どうもイマイチで美味しくない。

 

それからカレーのルーを一片加え、ウースターソースと、赤ワインを少し加え

しばらく煮込んだ。薄味なのでご飯にたっぷりかけたが、案外美味しかった。

 あ、そうそう、夫の残したバターがたっぷり付いた、全粒パンのトースト

(3分の1位)、また少し残ったナチュラルチーズ、それが適度なとろみになった

ようだ。そのため、料理は面白いし定義はないから、自分の感性で色々加えると

独自の味になる。まだ少し残ったカレーは、二日ほどしてしてから食パンに乗せて

チーズを振りトーストにするつもり。老夫婦二人なので残り物がときどきあるので

できるだけ無駄をしないように工夫しているけど、それが時には思いがけない

美味しいものができるから楽しいので~す!

 

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素晴らしいお天気に高尾山へ行って

2019-11-22 09:04:29 | エッセー

 お天気も良いし少し遠いけれど、夫と高尾山へ行ったのは、最近体力が落ち

ているので、2人で高尾山へ行くのは最後だと思ったからだ。

 家を出たのが10時、高尾山入口駅到着は11時半過ぎ、麓のケーブルカー

乗り場まで歩いたが、物凄い人だった。乗るまで30分と表示してあったが

長い行列で乗るまで40分近くかかった。

 

 ケーブルカーは満員状態だったが、私達は進行方向右に乗ったが、モミジはすでに

色が変わっていて、美しくもなんともない。山頂駅に着いてからも、すごく混雑して

いたが、無料休憩所の座れる場所へ夫を座らせた。お天気もよく眺望も良かったが

最近脚の極端に足が弱くなった夫を歩かせるのは大変で、とても高尾山薬王院まで

歩くのは無理と考えた。ウイークデイなのに、大勢の人達で賑わっている。

 

 

 とりあえず少し歩いてみたが、想像より美しい黄葉や紅葉は少なかった。

帰りのケーブルカーも混みそうなので、早めに降りたが、行も帰りも座れなかった

下りは進行方向の左側を見たら、所々に色づいたモミジがありきれいだった。

昔と違ってあまりにも混雑して、静かな自然を楽しむ雰囲気ではなかったが

でも、やはり行って良かったと感じた高尾山だった。

 

 

 

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「めまい外来」で受信して得た「大きな気づき」

2019-11-21 08:01:01 | エッセー

 今日は聖マリアンナ医科大学病院の「めまい外来」で検査を受けてから4回目

特別異常がないので、今日は最終回だった。20年ほど前に「突発性難聴炎」に

なり大学病院に緊急入院した。精密検査をしたがすべて正常だったが、ステロイド

療法を受けるため1週間入院し治療をした。でも、左耳の聴力は落ちて左耳に

耳鳴りが残ったので、私は20年間いろいろ工夫して、耳に良かれと思うことを

毎日続けていた。

※聖マリアンナ医科大学病院

 

 2年半ほど前に、夜中に天井が回りまったく歩けず、救急車で入院したが

病名は「当発性良性頭位めまい症」だった。ある先生は「めまい症は突発性

難聴炎の後遺症だ」と言われたが、20年も経ってから後遺症など信じられ

ないが、今度診て頂いた先生も同意見だった。

 8月に撮ったMRIの写真を持って受信したが、それは5年前大学病院で撮った

ものとほとんど変化はなかった。実は精密検査を受けたら「脳の手術をしなけれ

ばいけないかも?」と不安感だったが、でも、お陰様で異常はないそうで、今日で

無罪放免になった。

 ※ずっと富士山が見えていたのにスマホで写らなくて残念

 

 先生は「めまい症になる人は、几帳面な人が多く、ルーズな人や無責任な人は

ほとんど起きない症状だから、心当たりはありませんか?」と笑いながら聞かれた。

 「そう言われれば他人にはそうではないけど、自分にかなり厳しい面がある」と

気づいた。「少し自分に甘くなって肩の力が抜けたこと」「惰性で飲んでいたアル

コールを毎日飲まなくなったこと」。この二つは「めまい外来」を受診した、最大の

メリットだった。心理カウンセラーとして、「完璧主義はよくない」と、長年指導し

たり、話したり、著書に書いたりしていたのに・・・何でも経験すれば何かを得る

ことができる、と思った「めまい外来」の受診だった。

※向ヶ丘遊園駅

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