「体制の保証を認めてしまっては、独裁者に生死与奪権を握られた奴隷国家・北朝鮮の現状は変わりません。体制を放棄すれば金正恩委員長の命は保証するという交渉でなくては!」
43年間過ごした北朝鮮から脱北し、現在、朝鮮半島の統一と平和を求めるNGO『モドゥモイジャ』の代表を務める川崎栄子さんは、悲痛な表情で語りました。
米朝首脳会談を前に、トランプ大統領の側近や国連に対し、北朝鮮の現在の体制を保証してしまっては何も変わらないと再三訴えてきた川崎さん。トランプ大統領が体制の維持を受け入れる発言を行ったことに落胆した様子でした。歴史に名を残すことに前のめりのトランプ大統領と自己保身だけが目的の金正恩委委員長の合意が長年虐げられてきた北朝鮮の人々を置き去りにしたものにしてしまうことを強く懸念する様子でした。また、金正恩体制を維持したままでは、中国との様々な密約に縛られ、自由な経済活動を行うことも不可能だと語りました。
私自身は、南北首脳会談を経て、6月12日に行われる米朝首脳会談によって、歴史の転換期がまさに目前に迫っているとやや楽観的見方をしていましたが、川崎さんの見方は非常に厳しいものでした。
2014年5月、私は川崎さんの案内で中国東北部の延辺朝鮮族自治州の延吉から長白まで、一週間にわたって中朝国境地域を歩いたことがあります。非常に印象的だったのは、北朝鮮側の山は延々と丸坊主だったこと、夜になると鴨緑江を挟んだ反対側は全く電気の無い闇の世界だったことです。
私たちが泊まった宿は中朝間の密貿易を行う人々のたまり場になっていたらしく、川崎さんは様々な情報を聞き出しました。国民を食べさせていけなければ政権が危ういことを知っている金正恩体制においては国境の密貿易が黙認されていること、ごく一部の商才とコネがある人は、密貿易を通して大金を得ているが、国境を管理している軍や役人には賄賂が払われていること、これらの政策の転換は大きな貧富の差をもたらしている一方、それまでは厳禁だった経済活動が黙認されていることで、一般の人々の間でも食料の流通も行われるようになったことなどです。
私自身、2000年に北朝鮮を最初に訪問した時は、市民生活の中で経済活動がまるで行われていないことに驚愕しましたが、2014年に再訪した時は、地方の窮状は見たところほとんど変わっていない一方、国民の1割以上が餓死したと言われる90年代後半の状況に比較すると、少なくとも食料事情は僅かながら好転している様子でした。一方、平壌は、多くの市民が携帯電話を持っているなど、物資が流通し、2000年当時とは比較にならないほどお金も人も流通しているように見えました。164ヵ国と国交がある現状を考えると経済制裁の効果は極めて限定的であること、その被害をもっとも強く受けているのは体制から弾かれている貧困層である構図を実感しました。
米朝首脳会談に求める重要な視点は、金正恩体制を守るよりも北朝鮮の人々を守るために何ができるかです。より多く放棄することを求めるなら、相応の見返りを求めてくることは想定しなくてはなりません。しかし国際社会が、今の体制にお墨付きを与えることになれば肝心の北朝鮮の人々は浮かばれません。嘘で固めた長年の矛盾が噴出して大きな混乱が生じるのみならず、タガが外れたことで内戦に突入することもあり得るでしょう。
では、どうすればいいのか。ひとつの方向性は国連による暫定統治でしょう。かつてカンボジアでは、1992年から1993年にかけて国連が暫定的に統治するUNTAC(国連カンボジア暫定統治機構)が展開。治安の維持、難民の帰還、武装解除、地雷除去、そして制憲議会選挙の実施などを行いました。私自身も挙部門を担う国連ボランティアとして1年間活動しました。国連による暫定統治には効率性の面では問題があることは承知していますが、一度体制をリセットし、公正な統治を行う上では一定の役割を果たす効果があると思います。
自由で公正な選挙によって国民が自由に自分たちの未来を選べる体制を作ること。この視点がなければ、もし、平和協定が締結されたとしても、その平和は火種を封じ込めただけのものになる可能性が高くなります。『体制の保証』が何を意味するのか、注視していかなくてはありません。