安倍政権による言論統制、また権力に屈するマスコミ、野党がこの状況に危機感を抱く市民の受け皿になり得ていない状況に大いに危機感を抱いていることは何度もこのブログにも書いてきました。実は1年前の3月30日は、昨年台湾で行われた「ひまわり学生運動」において、最大の盛り上がりを見せた歴史的な日でもあります。日本では大きく報道されることはありませんでした。しかし、私自身の経験から世界の様々なデモや民主化運動と比較しても、もっともモラルが高く、市民と一体になった賞賛すべき運動のひとつがこの「ひまわり学生運動」だったと断言します。
この運動は2014年3月18日「両岸サービス貿易協定」に反対する学生が日本の国会に当たる立法院を占拠。3月30日には50万人(主催者発表。警察発表は11万人。実際にはその中間ぐらいと言われています)の学生や市民が参加する空前の運動になりました。学生たちの行動が報じられると、支持は一気に台湾全土を巻き込んだ国民運動へと一気に展開していったのです。
3月は台湾南部ではひまわりの季節。学生の行動を応援する人々から届けられたひまわりの花を掲げ、台湾の未来を守ろう!密室(黒箱)で決められた協定には断固反対と黒いTシャツを着て行動する学生たちは、太陽に向かって咲くひまわりのようだ!と、この運動は「ひまわり(太陽花)学生運動」と呼ばれるようになったのでした。
この運動が最大のピークを迎えた3月30日、私は日台漁業協定に関するヒアリングのために出向いた台湾出張中だったのですが、幸運なことにこの運動を近くで感じる機会を得ました。民進党の陳瑩・前立法委員(国会議員)の案内でデモの様子を近くで見ることができただけでなく、学生たちとも対話することができました。
私が何より驚いたのは学生たちのモラルの高さです。人々に埋め尽くされた路上にはゴミ一つ落ちていません。あちこちで分別を呼び掛ける学生たちによって、路上はデモの前以上にきれいに清掃されていました。座り込みをしながらも一生懸命本を読む学生も多く、私がインタビューした学生の中には医学書を読む医大生のグループもいました。また教授たちもデモへの参加を学生に勧め、路上で講義をする先生もいたそうです。一方で、スマートフォンの青い光を手に学生たちによって様々な歌が歌われ、「台湾を救うためにここにいるのだ」との高揚感が伝わってきました。
ここで歌われていた歌の一つがレ・ミゼラブルの民衆の歌(Do you hear the people sing?)でした。レ・ミゼラブルは高校生の時に読んで大きな影響を受けた長編小説ですが、1987年にロンドンのパレスシアターでミュージカルのレ・ミゼラブルを初めて見た時、この歌の持つ力に体が震えたのを覚えています。バリケードを築いて行政府にたてこもる学生たちは、1830年のフランス7月革命の後に登場したブルジョワジー主体の7月王政を受け入れることができず民衆のために再び革命を起こそうとバリケードを築いて闘ったマリユスやアンジョルラスなどのパリの若者たちに自らの姿を重ね合わせていたのかもしれません。
ひまわり学生運動で『民衆の歌』が歌われる様子を撮った映像のURLを貼ります。
ひまわり学生運動で『民衆の歌』を歌う台湾の学生たちのニュース映像
ひまわり学生運動で『民衆の歌』を歌う台湾の学生たちを群衆の中から撮影
この歌はトルコなど、多くのデモでも歌われています。この歌が生み出す連帯感、高揚感は半端ではありません。安倍政権の暴走に対する抵抗の歌として、日本でも、大きな力を発揮するのではと思います。
エルドアン政権の強権的手法に反対し『民衆の歌』を歌うトルコの若者たち
このような学生たちは多くの市民によって支えられていました。あちこちに携帯電話やパソコンを充電するための機材が置かれ、テントや食料、ひまわりの花などが沢山提供されていました。また、デモに参加する人々のために台湾全土からの無料のバスが走っていたり、シャワーや宿泊を申し出る人が大勢いるなど市民もボランティアで支えていました。また、健康管理のために医者も無料で診療をしていたそうです。
また学生たちは自分たちの活動を翻訳して35ヶ国に発信。facebookやツイッターなどを通して国際社会に発信していました。その姿は見事という他ありません。
私は紛争が発生した国の平和構築活動が専門分野なので、民主化支援活動として選挙支援活動や監視活動を多くの国で行ったり、様々な政治集会やデモに当事者として参加した経験があります。殺気を感じるデモ、高揚感がほとばしるデモ、また、ある種のお祭り騒ぎのようなデモもありますが、台湾のデモは、切実な中にも、信じられないほどのモラルの高さを感じる素晴らしい運動でした。このモラルの高さが台湾の人々を動かし、政治を動かしたのです。
日本では最大与党の幹事長であった石破茂地方創生大臣がデモをテロと同一視し、また、安倍政権ではメディアに圧力がかけられ、政権に批判的な言論人の活躍の場が狭められています。健全な民主主義を守るための闘いが必要なのは私たちの日本かもしれません。
『両岸サービス貿易協定』は、台湾と中国の経済自由化を促進するための協定。台湾に有利と思われるものも多いのですが、その内容は国民に十分には知らされなかったようです。なぜ、これほど大きな運動になったのか。学生、市民の多くは馬政権への不信感と中国に『飲み込まれる』恐怖感と言います。不人気の馬英九総統は、中国の習近平主席との会談の実現や、北京で開かれるAPECへの出席によって「歴史に名を残す」ため、密室で交渉し、国益を犠牲にして中国に大幅な譲歩をするのでは?と思われたようです。若者たちは、将来の就職に不安を感じているのに、中国から大量にやってくる人々に職を奪われるのではないか、と危惧していたところ、協定自体も立法院の委員会で十分に審議しないまま、馬政権と国民党は本会議での採決に持ち込もうとしました。ここで人々の怒りが爆発。3月18日に立法院前でデモ抗議運動が行われ、議場への侵入・占拠へとつながったのでした。
私は個人的には馬総統のパーソナリティーには好感を持っています。少人数の食事会で2回お話をしたことがあり、予算委員会などで安倍総理と向き合った時にいつも感じた答弁も仕草も振り付け通り…の空虚さとは対照的な知性を感じました。また、スポーツマンで『よく走る馬はいい馬』と言いながら総統選挙の時には台湾を自転車で一周して活動したことも有名です。「自転車活動やジョギングをして人々と交流する姿、私も参考にして自分も政治活動をしたんですよ!」と挨拶すると、熱心にマラソンの話をしてくれました。2013年10月の国慶節の時は「台湾でも半沢直樹が流行っていて『倍返し』はこちらでも流行語なんです」などと、ユーモアを交えながら話す姿は、非常にスマートで、私も魅了されました。
倍返しは今にして思うと皮肉な言葉です。その後馬総統は政治的ライバルである王金平立法委員長(国会議長)を追い落とそうと政争を仕掛けたのですが失敗。その王金平氏は立法府占拠の時、立法府の独立性を主張して政権の介入を許さず、また、「立法院は警察の管轄外である」として、警察による学生たちの排除も拒否しました。そのため警察は立法院の監視は続けたものの、中の学生たちは守られることになったのです。その上で「両岸サービス協定を監視する法律を作ることによって占拠を終了させる」ことを学生と約束させて国民の大きな支持を集めました。馬総統からすれば、まさに倍返しをされることになったのでした。
ひまわり学生運動では、大勢の市民とともに医師、弁護士、大学教授など社会のエリートとされる人たちが大勢学生をサポートしていました。政権によって違法行為と断定をされた学生たちの行動に国会(立法院)が独自の立ち位置を示し、ともすれば体制側に組み込まれ、保身を優先しそうなエリートが学生たちを敢然と支える。その姿に民主主義のあるべき姿を見た思いでした。
自分自身が政治活動をしていると、社会改革への支持がなかなか広がらず、大きな影響力を持ちえない自分自身の非力さを痛感することばかりです。しかし、社会は変えられる。そのカギは若い世代との連携。それ以上に、理想の追求のためには捨て身になれる若いハートを持った人々との連携、そのひとりに自分がなることと改めて感じた次第です。成熟さとエネルギーを持った社会をつくる運動の在り方としての「ひまわり学生運動」。改めて評価・検証し学ぶべきと感じています。
なお、私たちを案内して下さった陳瑩・前立法委員(国会議員)(陳瑩氏のfacebook) は台湾原住民の出身。チェンバロ奏者でもあり、台湾を代表する音楽家です。国会の質疑を歌で行ったことで有名です。
彼女は占拠された立法院の中に一緒に入らないかと強く誘ってくれました。世界が注目する場で、日本の国会議員として学生にメッセージを贈って欲しいのです…!との切実な訴えでした。非常に魅力的な誘いでもあり、彼らの戦略についてバリケードを築いた臨場感の中で聞きたい思いもありましたが、国会開会中にあくまでも日台漁業協定について協議することを目的として海外渡航許可を頂いていたこと、日本の国会議員が「不法占拠」された立法院(国会)の中で彼らと会うという事実が与えるメッセージの大きさ、私たちの真意がコントロール不能な状況で広がる可能性を考え、心底無念の思いで見送ることにしました。政党があまり表には出ない方がいいのでは?との判断もありました。このような時、立場の重さが足枷になることも実感しましたが、『民衆の心を動かす』運動の真髄を学ぶことができた貴重な時間でした。
NHKで報道されたものに台湾語の字幕が入って放送されたものも見つけました。URLはこちらです。
ひまわり学生運動を特集したNHKのニュース映像
陳瑩・前立法委員と
小雨の中、整然と活動する学生たち。多くの学生の手にはひまわりの花が!
デモに参加しながら勉強している医学生から話を聞く
占拠された立法府前の様子
馬英九総統と