杉原千畝: 情報に賭けた外交官 (新潮文庫)の感想
杉原千畝のヒューマニストとしての側面ではなく、抜け目のないインテリジェンス・オフィサーとしての顔を描く。ユダヤ系難民に「命のビザ」を発給する際に、難民が渡航先でビザが無効だと判断されないように、本国政府に対して二重三重に工作を施していたというのが印象的。また日独伊三国同盟の締結など、当時の日本外交についても紙幅を割いているが、「三国同盟締結は、日本にユダヤ人差別をもたらすことはなかった」という一文を見ると、そもそも三国同盟を締結する必要があったのかという疑問が浮かぶ。
読了日:1月2日 著者:白石仁章
炎の回廊: 満州国演義四 (新潮文庫)の感想
今回の山場は二・二六事件だが、印象に残ったのは抗日連軍の描写。三郎の「馬占山や蘇炳文は軍隊なので軍事理論で対処できるが、抗日連軍にはこれまでの軍事理論が役に立たないような気がする」という述懐が、やはり従来の軍事理論が役に立たない21世紀の武装勢力イスラム国を想起させる。
読了日:1月7日 著者:船戸与一
消えたイングランド王国 (集英社新書)の感想
同じ著者による『イングランド王国前史』の続編的内容。今作では七王国の後の、アングロサクソン・イングランドの時代が中心。とにかく人望がない「無策王」エゼルレッド、武勇で並ぶ者のないはずが、肝心なところでついておらず、ライバルのノルマンディ公ウィリアムに臣従せざるを得ない状況に追い込まれてしまうハロルド2世など、今回も主要人物の「キャラ付け」がバッチリで読みやすい。
読了日:1月9日 著者:桜井俊彰
一揆の原理 (学芸文庫)の感想
江戸時代の百姓一揆(とされるもの)が、当事者によって一揆と位置づけてられておらず、一揆が盛んに形成されたのはそれ以前の中世であったことや、一揆が革命運動につらなるものなどではなく、体制内運動である強訴の一種であることなどを説く。前近代の一揆のあり方を概観するとともに、現代日本のデモ論にもなっている。個人的には、台湾のひまわり運動も香港の雨傘運動も、やはり日本の運動と同じく「百姓一揆」の域を出ない体制内運動なのではないかと思うが……
読了日:1月12日 著者:呉座勇一
マルコ・ポーロ―『東方見聞録』を読み解く (世界史リブレット人)の感想
『東方見聞録』で、他の同時代史料によって照合が可能な部分のほか、マルコ・ポーロが話を盛ったと思われる部分や、主にカトリックの信徒や僧侶が読むことを意識した部分などを指摘。近年流行のマルコ・ポーロが中国に行っていないという説については言及されていないが、本書を読む限りは、依然として同時代史料として有用かつ独自の価値を具えているということになりそうだ。
読了日:1月13日 著者:海老澤哲雄
民主主義の源流 古代アテネの実験 (講談社学術文庫)の感想
「アテネの民主政はペロポネソス戦争をさかいに衆愚政に陥った」と世界史の教科書などでは解説されるが、本書では混乱の時期を経て、ペロポネソス戦争後に民主政が再建され、制度としてより完成度が高められたと説く。この間のソクラテスも詳しく追っている。アテネ民主政の崩壊の原因は、その後に訪れるマケドニアの侵攻であり、マケドニアへの恐怖感が急激に民主政を劣化させたとする。これについては著者はあくまでも仮説と断っているが、現在のイスラム国が世界に及ぼしている影響を思うと、仮説だからと無碍に退けられないものがある。
読了日:1月15日 著者:橋場弦
十字架と三色旗――近代フランスにおける政教分離 (岩波現代文庫)の感想
フランスでのカトリックを対象とした「政教分離」の過程を概観。フランス革命期だけの話かと思いきや、それ以後の第三共和政の時期まで扱う。「イスラム・スカーフ問題」に代表される、現代フランスが直面している宗教問題は、カトリックを対象として進められてきた世俗化を、今度はイスラム教に対してもう一度繰り返すのか否かという位置づけになるようだ。
読了日:1月18日 著者:谷川稔
世界システム論講義: ヨーロッパと近代世界 (ちくま学芸文庫)の感想
放送大学のテキストの文庫化ということだが、確かに教科書的な内容を手堅くまとめているという印象。アメリカがベトナム戦争以後、ヘゲモニーを喪失したというのは、この分野では通説になっているのだろうか?
読了日:1月20日 著者:川北稔
日本陸軍とモンゴル - 興安軍官学校の知られざる戦い (中公新書)の感想
モンゴル系の日本軍人ジョンジョールジャブの生涯を中心とする。ジョンジョールジャブは、兄のガンジョールジャブが川島芳子と結婚したと言えば通りがよいだろう。モンゴル人の求める「民族自決」を軽く考えるという点では、往時の日本も現在の中国も変わりはない。日本側に対する「しっぺ返し」が、本書の終盤で紹介されるシニヘイ事件ということになるだろうか。
読了日:1月21日 著者:楊海英
キャパの十字架 (文春文庫)の感想
キャパの代表作、スペイン内戦時に撮影された「崩れ落ちる兵士」は、兵士の戦死する瞬間を撮影したものではなく、死ぬふりをさせて撮影した「やらせ」によるものではないかという疑惑から出発し、そこから撮影された場所と時期、写真にうつる人物、撮影した人物(すなわち撮影者はキャパではないのではないかという疑惑)と、どんどんと問題が広がっていく。本書の結論は敢えて伏せておくが、キャパが偶然によって得られた名声に見合うカメラマンになろうと奮闘し、やはり偶然によってもうひとつの代表作「波の中の兵士」を得る過程は感童を覚えた。
読了日:1月25日 著者:沢木耕太郎
イタリア現代史 - 第二次世界大戦からベルルスコーニ後まで (中公新書)の感想
割と首相が短期間で変わっていたり、憲法で国際紛争の解決手段として戦争放棄を定めていながら、アメリカに再軍備や他国への軍事介入を求められたり、高度経済成長のピークの頃にオリンピックを開催したり、極度の少子高齢化によって若年層の意見が政治に反映されていないことが問題となっていたり、キラキラネームの政党名が目立ったりと、意外なほど日本の現代史と同じような歩みをしているのが印象的だった。そもそも国家の統一が成ったのも1861年と、近代国家の出発点からして日本の明治維新とそう変わらない時期とそう変わらないわけだが…
読了日:1月27日 著者:伊藤武
私本太平記 13 黒白帖の感想
本作を原作に据えた大河と同様に、尊氏の死でもって幕を閉じている。「ましらの石」が途中でフェードアウトしたドラマとは違って、架空の人物にもそれなりにちゃんとした結末を与えている。しかし尊氏と直義の対立は、この小説の話の流れから見ると唐突感が拭えない。ここらへんはもう少し丁寧な伏線などが張られるかと思っていたが……
読了日:1月28日 著者:吉川英治
蘇我氏の古代 (岩波新書)の感想
蘇我氏のその後については、同時期に出版された倉本一宏氏の『蘇我氏』(中公新書)の方が詳細に追っている一方で、飛鳥時代の「氏」については本書の方が丁寧に解説している。一方で、蘇我氏と葛城氏との関係や、物部氏の「大連」という職位が実在したかといった点については見解が異なっている。
読了日:1月29日 著者:吉村武彦
杉原千畝のヒューマニストとしての側面ではなく、抜け目のないインテリジェンス・オフィサーとしての顔を描く。ユダヤ系難民に「命のビザ」を発給する際に、難民が渡航先でビザが無効だと判断されないように、本国政府に対して二重三重に工作を施していたというのが印象的。また日独伊三国同盟の締結など、当時の日本外交についても紙幅を割いているが、「三国同盟締結は、日本にユダヤ人差別をもたらすことはなかった」という一文を見ると、そもそも三国同盟を締結する必要があったのかという疑問が浮かぶ。
読了日:1月2日 著者:白石仁章
炎の回廊: 満州国演義四 (新潮文庫)の感想
今回の山場は二・二六事件だが、印象に残ったのは抗日連軍の描写。三郎の「馬占山や蘇炳文は軍隊なので軍事理論で対処できるが、抗日連軍にはこれまでの軍事理論が役に立たないような気がする」という述懐が、やはり従来の軍事理論が役に立たない21世紀の武装勢力イスラム国を想起させる。
読了日:1月7日 著者:船戸与一
消えたイングランド王国 (集英社新書)の感想
同じ著者による『イングランド王国前史』の続編的内容。今作では七王国の後の、アングロサクソン・イングランドの時代が中心。とにかく人望がない「無策王」エゼルレッド、武勇で並ぶ者のないはずが、肝心なところでついておらず、ライバルのノルマンディ公ウィリアムに臣従せざるを得ない状況に追い込まれてしまうハロルド2世など、今回も主要人物の「キャラ付け」がバッチリで読みやすい。
読了日:1月9日 著者:桜井俊彰
一揆の原理 (学芸文庫)の感想
江戸時代の百姓一揆(とされるもの)が、当事者によって一揆と位置づけてられておらず、一揆が盛んに形成されたのはそれ以前の中世であったことや、一揆が革命運動につらなるものなどではなく、体制内運動である強訴の一種であることなどを説く。前近代の一揆のあり方を概観するとともに、現代日本のデモ論にもなっている。個人的には、台湾のひまわり運動も香港の雨傘運動も、やはり日本の運動と同じく「百姓一揆」の域を出ない体制内運動なのではないかと思うが……
読了日:1月12日 著者:呉座勇一
マルコ・ポーロ―『東方見聞録』を読み解く (世界史リブレット人)の感想
『東方見聞録』で、他の同時代史料によって照合が可能な部分のほか、マルコ・ポーロが話を盛ったと思われる部分や、主にカトリックの信徒や僧侶が読むことを意識した部分などを指摘。近年流行のマルコ・ポーロが中国に行っていないという説については言及されていないが、本書を読む限りは、依然として同時代史料として有用かつ独自の価値を具えているということになりそうだ。
読了日:1月13日 著者:海老澤哲雄
民主主義の源流 古代アテネの実験 (講談社学術文庫)の感想
「アテネの民主政はペロポネソス戦争をさかいに衆愚政に陥った」と世界史の教科書などでは解説されるが、本書では混乱の時期を経て、ペロポネソス戦争後に民主政が再建され、制度としてより完成度が高められたと説く。この間のソクラテスも詳しく追っている。アテネ民主政の崩壊の原因は、その後に訪れるマケドニアの侵攻であり、マケドニアへの恐怖感が急激に民主政を劣化させたとする。これについては著者はあくまでも仮説と断っているが、現在のイスラム国が世界に及ぼしている影響を思うと、仮説だからと無碍に退けられないものがある。
読了日:1月15日 著者:橋場弦
十字架と三色旗――近代フランスにおける政教分離 (岩波現代文庫)の感想
フランスでのカトリックを対象とした「政教分離」の過程を概観。フランス革命期だけの話かと思いきや、それ以後の第三共和政の時期まで扱う。「イスラム・スカーフ問題」に代表される、現代フランスが直面している宗教問題は、カトリックを対象として進められてきた世俗化を、今度はイスラム教に対してもう一度繰り返すのか否かという位置づけになるようだ。
読了日:1月18日 著者:谷川稔
世界システム論講義: ヨーロッパと近代世界 (ちくま学芸文庫)の感想
放送大学のテキストの文庫化ということだが、確かに教科書的な内容を手堅くまとめているという印象。アメリカがベトナム戦争以後、ヘゲモニーを喪失したというのは、この分野では通説になっているのだろうか?
読了日:1月20日 著者:川北稔
日本陸軍とモンゴル - 興安軍官学校の知られざる戦い (中公新書)の感想
モンゴル系の日本軍人ジョンジョールジャブの生涯を中心とする。ジョンジョールジャブは、兄のガンジョールジャブが川島芳子と結婚したと言えば通りがよいだろう。モンゴル人の求める「民族自決」を軽く考えるという点では、往時の日本も現在の中国も変わりはない。日本側に対する「しっぺ返し」が、本書の終盤で紹介されるシニヘイ事件ということになるだろうか。
読了日:1月21日 著者:楊海英
キャパの十字架 (文春文庫)の感想
キャパの代表作、スペイン内戦時に撮影された「崩れ落ちる兵士」は、兵士の戦死する瞬間を撮影したものではなく、死ぬふりをさせて撮影した「やらせ」によるものではないかという疑惑から出発し、そこから撮影された場所と時期、写真にうつる人物、撮影した人物(すなわち撮影者はキャパではないのではないかという疑惑)と、どんどんと問題が広がっていく。本書の結論は敢えて伏せておくが、キャパが偶然によって得られた名声に見合うカメラマンになろうと奮闘し、やはり偶然によってもうひとつの代表作「波の中の兵士」を得る過程は感童を覚えた。
読了日:1月25日 著者:沢木耕太郎
イタリア現代史 - 第二次世界大戦からベルルスコーニ後まで (中公新書)の感想
割と首相が短期間で変わっていたり、憲法で国際紛争の解決手段として戦争放棄を定めていながら、アメリカに再軍備や他国への軍事介入を求められたり、高度経済成長のピークの頃にオリンピックを開催したり、極度の少子高齢化によって若年層の意見が政治に反映されていないことが問題となっていたり、キラキラネームの政党名が目立ったりと、意外なほど日本の現代史と同じような歩みをしているのが印象的だった。そもそも国家の統一が成ったのも1861年と、近代国家の出発点からして日本の明治維新とそう変わらない時期とそう変わらないわけだが…
読了日:1月27日 著者:伊藤武
私本太平記 13 黒白帖の感想
本作を原作に据えた大河と同様に、尊氏の死でもって幕を閉じている。「ましらの石」が途中でフェードアウトしたドラマとは違って、架空の人物にもそれなりにちゃんとした結末を与えている。しかし尊氏と直義の対立は、この小説の話の流れから見ると唐突感が拭えない。ここらへんはもう少し丁寧な伏線などが張られるかと思っていたが……
読了日:1月28日 著者:吉川英治
蘇我氏の古代 (岩波新書)の感想
蘇我氏のその後については、同時期に出版された倉本一宏氏の『蘇我氏』(中公新書)の方が詳細に追っている一方で、飛鳥時代の「氏」については本書の方が丁寧に解説している。一方で、蘇我氏と葛城氏との関係や、物部氏の「大連」という職位が実在したかといった点については見解が異なっている。
読了日:1月29日 著者:吉村武彦