
「ポスト真実」や歴史修正主義の問題、西欧歴史学の方法を受け入れた、我々日本も含めた西欧以外の地域の歴史学者が、西欧歴史学の手法でもってヨーロッパ中心主義を批判しはじめたこと、著者=女性も含めたマイノリティが歴史学者になる困難などに触れ、確かに21世紀版『歴史とは何か』という印象。歴史は民主主義社会防衛の最前線に近い位置にある、歴史はアイデンティティをめぐる論争に常に再生可能な領域を提供し続けるという著者の言葉が印象深い。
読了日:11月01日 著者:リン・ハント

仏教の聖者はどういう存在と見られてきたのか、人はどうすれば聖者になれるのかを追う。第四章の、中国では儒教の聖人論との絡みもあり、聖者になれる人は多いという議論と、聖者になれる人はごく少ないという議論とが並行して存在していたという話を面白く読んだ。人は努力次第で聖者になれるのか、はたまたそういうものではないのか?インド仏教の僧名や時間論に関するコラムも参考になる。
読了日:11月02日 著者:船山 徹

副題に「東国・甲斐からよむ」とあるが、基本的には日本古代の文字文化を総覧する内容となっている。カラー図版多数。多賀城碑の真偽判定、赤外線テレビカメラを利用した漆紙文書の読み取りなど、考古学的、技術的側面にも言及するなど、分野的に広がりのある読み物となっている。
読了日:11月04日 著者:平川 南

序盤で平氏一族内紛の要因について議論していたりもするが、メインは新皇即位の思想史的意義に関する議論。関東に道真信仰が持ち込まれた経緯や、新皇即位が中央政界にインパクトをもたらした背景として、光孝即位以後の皇統のゆらぎや、唐・渤海・新羅の滅亡などを挙げているのがおもしろい。
読了日:11月05日 著者:木村 茂光

中国各地の古い街並みや暮らしぶりを残す土地の探訪記。放っておけば過疎化で寂れるばかりだが、保護の手が入ればたちまち観光地化されて現形が留められなくなり、元からいた住民の生活が破壊されてしまう。そういうジレンマを抱えているのはどこも同じようである。名も知らぬ街や村が舞台かと思いきや、紹興のようなメジャーな観光地や、洛陽のような都市部も取り上げられている。
読了日:11月07日 著者:多田 麻美

曹操の生涯をたどって読み解く三国志。渡邉氏の名士論・「古典中国」論を盛り込みつつ、読みやすくまとまっている。三国志絡みの変なサイトに引っかかるよりは安心してお薦めできる。魏を中心に描写される三国志ドラマで日本語版も出た『軍師聯盟』『三国機密』の副読本にもなりそう。
読了日:11月09日 著者:渡邉 義浩

日本の民俗宗教というか伝統を歴史的な所産として見る、言い換えると、近代に創られていない伝統としての民俗宗教を概観する。その一方で、日本の独自性が元から日本列島に存在したものではなく、仏教伝来以来の海外から移入された分化の影響を受けたものであることもちゃんと強調している。日本の神仏習合と中国の儒仏道三教合一との違いとして、日本の場合、神は仏寺と同じ境内にあっても社殿で祀られているとしている点は、近代の廃仏毀釈の伏流と見てよいのではないかと思った。
読了日:11月14日 著者:松尾 恒一

豊富とはいえない史料から、プロファイリングのように光秀の出自や家格、性格、口吻まで導き出しているのがおもしろい。最後に何が光秀と秀吉との運命を分けたのかという比較がなされているが、光秀はもうひとりの秀吉というか、秀吉になれなかった男として位置づければ、その歴史的価値が見えてくるのかもしれない。
読了日:11月14日 著者:早島 大祐

デュシャンの「泉」、バンクシー、トリエンナーレの開催など、個別の作品、作家、催しといった「点」でしか知らないことが通史としてどう位置づけられるのかに注目しつつ読んだ。従来「政治的メッセージや社会批評的視点を明確にした表現が少ない」とされてきた日本の現代美術が、東日本大震災以後様相が変わってきている中で、本書では触れられていない「あいトリ事件」をどう考えるべきか、その手がかりになる本だと思う。
読了日:11月18日 著者:山本 浩貴

その対外的姿勢が外国からは脅威として写る一方で、自らは平和的な国であると信じ、また経済グローバル化などの既存の国際秩序の転覆者ではなく、擁護者として振る舞おうとする。そうした矛盾が生じる背景を、社会主義政治&市場経済のキメラ方式、そして家父長であり嫡男である党が、異母弟である国家と軍を統括するという国内体制の捻れが読み解く。国際関係を自らの被害者意識と陰謀論で読み解こうとするという中国の姿勢は、あるいは日本の「行動原理」を読み解くにも参考になりそうである。
読了日:11月21日 著者:益尾 知佐子

新石器時代から安史の乱あたりまでを扱うが、特に漢代までが多くを占める。科挙をもその範疇に含めた貢献制の継続、王莽の前後からの古典国制の形成、従来北魏で創始され、唐代まで続いたとされてきた「均田制」の用語と位置づけの見直しなどが読みどころ。「天下」や「中華」の成立を扱いながらも、冊封体制についてほとんど触れていないのも新しい。王朝単位の時代輪切り構成にこだわらないこのシリーズの続刊に期待したい。
読了日:11月22日 著者:渡辺 信一郎

院政期や鎌倉時代の人々は神仏、はっきり言ってしまえば迷信をどこまで真剣に信じていたのかを、信者の側、寺院の側、為政者の側など、いろんな角度から検討する。雨乞いなど公的、政治的な祈りの結果がどう判断されたのかという話は、他の時代、あるいは他の地域での国家的な祭祀がどういうものであったのかを考える良いヒントになりそう。
読了日:11月24日 著者:衣川 仁

戦争によって婚期を逃し、独身のまま戦後30年間働き続けて中年に至った女性たちのライフヒストリー。日本版『戦争は女の顔をしていない』というか、彼女たちの後日談といった趣きもある。高確率で結核が発症し、それが彼女たちのキャリアを大きく変えることにつながったことなどは現在と異なるが、老後の国民年金の支給額や、老いた母親の介護の問題などは、現在の「ひとり暮し」の女性たちにとってもなお大きな問題となっているだろう。
読了日:11月26日 著者:塩沢 美代子,島田 とみ子

生徒の「歴史離れ」の状況、実証主義の弊害、構成主義と、何かと批判されがちな実用主義の可能性、頷ける部分が多々あるのだが、著者の言う高校の教員の採用や行動、山川の教科書の採用が多い背景が、あまりに実態とかけ離れているように思う。たとえば著者は部活顧問要員として採用された地歴科の教員(史学科出身者にも一定の割合で存在する)について存在を認識できているのだろうか?
読了日:11月28日 著者:渡部 竜也