おおつごもり

2009年12月31日 | 健康・病気
とうとう今年最後の日となってしまいました。
今年も九想話におつきあいくださいまして、
ありがとうございました。

1月に所沢を離れ、東京に引っ越して、
3月から軽井沢に暮らすようになった。
最近、すこ~し軽井沢の生活にも慣れてきたような気がします。
来年は、今年以上に真剣に生きようと思います。
“真剣”といっても24時間ではありません。
ほどほどにいいかげんに、です。
来年の九想話を楽しみにしてください。

みなさまにとって来年がいい年でありますように、
心よりお祈りします。

これから茨城に行きます。
このあとの九想話は携帯電話で送ります。
今年半分は、ケータイで送信していました。
入力するのが面倒なんですね。
久しぶりにがんばります。
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麻雀大会

2009年12月30日 | 健康・病気
今日、久しぶりに水無月稽古場で麻雀大会があった。
Nは、去年もやったというが、
今、九想話を見たらそんなことは書いてないので、
やってないと思う。
30日まで警備員をしていた。
それじゃ、やれなかったと思う。

12時からといわれていたが、
私が家を出たのが11時40分だった。
稽古場まで遠いので気が重かったのです。
家から新座駅まで25分、武蔵野線に乗って、
南浦和で京浜東北線に乗り換えて大宮駅で降りる。
そこから稽古場まで30分はかかる。
全部で1時間40分ほどの時間がかかる。

大宮に着いて、スーパーでおにぎりと
日本酒浦霞を買った。
行くと4人で始めていた。
次のハンチャンから私は入った。
夜の7時過ぎまでやった。
私は、トータルマイナス13だった。
上がってたのに見落としなんかしたんだものしかたない。
親ハネマンを上がった。
気持ちよかった。

そのあと忘年会になった。

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洗車

2009年12月29日 | 健康・病気
長野の道路は、道路の凍結防止目的でまかれる塩化カルシウムが
車を腐食させて傷めるから、
月に一度は洗車したほうがいいと職場の人にいわれた。
それで今日、ガソリンを入れたとき洗車した。
せっかく洗車したのだからと思って、
オートバックスでワックスを買ってワックスをかけた。
私のFitくんもこれでめでたくお正月を迎えられる。




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仕事納め

2009年12月28日 | 健康・病気
今日で私の勤務が終わりました。
初めての仕事でいろいろありましたが、
なんとか今日までやってこれました。
これもみんな職場の人たち、
施設の利用者のお陰です。
心より感謝します。

家に帰って、
家で待っていた女房と車で東京に来た。
その前に、ゴミを軽井沢町営の
ゴミ芥処理場まで持って行った。
とりあえず軽井沢での2009年は終わった。

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佐久平ぶらぶら

2009年12月27日 | 健康・病気

この写真は浅間山とその前に広がる佐久平です。
「佐久平」は、佐久盆地の通称に由来するものなんですね。
新幹線の駅の名前にもなってます。
この写真は、「道の駅 ほっとぱ~く・浅科」から撮ったものです。
天気がよかったので、よく見えました。
ここで女房は、五郎兵エ米のこしひかりを買った。
母親へのお土産だそうだ。

朝起きて、私たちはどこに行こうか、となった。
このあたりをけっこう行ってしまっている私たちに、
思い浮かぶところがなくなってしまった。
それでなんとなく佐久にある道の駅に行こうということになり、
行ったのです。
ところが、カーナビにこの道の駅がない。
おかしいですよね。家でネットで調べて出かけたのですが、迷いました。
それが「道の駅」では検索できなかったが、「ほっとぱ~く・浅科」でできた。
「道の駅」でも検索できるようにしてほしいですね。
「ほっとぱ~く・浅科」には12時頃着いた。

女房は、道の駅が大好きです。
最初、軽井沢のアウトレットに行こうか、なんていっていたが、
道の駅に着いたら、
「私、アウトレットより道の駅のほうがいいのよねェ」という。

それからどこに行こう、となり、朝飯も食べてないので、
まずはメシを食べようと、幸楽苑に行った。
店はかなり混んでいた。
10分ほど待ってカウンターに坐れた。
餃子が105円(今日まで)を2皿、私が590円の担々麺、
女房は290円のラーメンにした。おいしかった。
それを食べていて、私たち2人は仕合わせだった。
サイコウにし・あ・わ・せでした。
(でも、すぐちょっとしたことですぐ落ち込むんですけどね)
健康でいろんなところに出かけて高級ではないがうまいもん食っている。
お互いに仕事があり、それなりにがんばっている。
次男は今年家を買い、孫が3歳になった。
長男は今年1月に結婚した。
次男は結婚式をあげなかったのでできなかったが、
長男のときには、新郎の父として挨拶もした。

テーブル席に両親と子ども3人の家族が坐った。
しばらくして子ども1人ひとりに餃子が来たら、
子どもたちが「やったー」とうれしそうだった。
今日まで105円だから餃子を子どもにとってあげたのだろうな。
私はそんな家族を観ていて嬉しくなった。
息子たちが小さいとき私たちには車がなく、私と女房の自転車に乗せて
ファミリーレストランに食事をしに行ったことがあった。
そんなこともささやかでしたが、仕合わせだった。

私たちはそのあと、小諸のあぐりの湯に行った。
何かというとここに行く私たちです。
ここは入浴料500円で快適なんです。お風呂がいい。
外の風呂(残念ですが屋根がある。でも高いから気にならない)がいい。
日曜日なのに客が少なくて、外の風呂に私1人というときがありました。
なんといっても、ここから見える景色がいい。
浅間山につながる山々、それに小諸の町並みが全部見えるのです。
この眺めは最高です。(山梨のほったらかし温泉にはかないませんが…)

軽井沢に帰る途中、ツルヤによった。
夕食の食材を買うためです。鍋をやることにした。
そのとき職場の上司と奥さんに会った。
上司はワインを3本もワゴンに入れていた。
私は、899円の「大関のものも」です。
今年お世話になったお礼をいい、「来年もよろしくお願い致します」
といって別れた。

鍋は牡蠣と鮭と野菜などが具です。味噌味だった。
おいしかったです。
お腹いっぱいに食べました。
こんなことでは、いつになったら痩せられるのか?

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パンカーラのライブ

2009年12月27日 | 健康・病気
今朝は6時過ぎに目が覚めました。
ラジオをつけると、
なぎら健壱の「あの頃のフォークが聴きたい」をやっていた。
そうだ、今日は加藤和彦だった。
今月は、今年亡くなったフォークシンガーが特集です。
先週は、PP&Mのマリーだった。
このことはいずれ書くとして、今は昨夜のライブを書かなければ…。

昨日は、私が仕事を終え家に着いたのが5時半だった。
女房は午後には中軽井沢に来ていた。
眠かったので私は少しのつもりで寝たら、1時間も寝てしまった。
6時35分に駐車場を出た。
浅間の道路は、両脇に雪がたまっていた。
なんか滑りそうで怖かった。
パンカーラには7時10分に着いた。
店に入るとすべてのテーブルが観客で埋まっていた。
どこに坐ったらいいのだろうと佇んでいたら、
say1さんがこっちと呼んでくれた。
ちゃんと私と女房の席がとってありました。
say1さんは、お子さんを駅から家に乗せてくると出て行った。
ライブは15分遅れで始まりました。
私は、女房の許可を得てビールを注文した。

8時まで1部で、8時半から2部が始まった。
楽しかった。
こういうお店でのフォルクローレのライブというものは
私にとって初めてでした。
しかし、私のこれまで吹いてきたケーナというものはなんだったんだ、
という思いです。
やはり1人で自己流でやってきたというのはまずかったな、
ああ、私もフォルクローレのバンドの中で吹きたい、と思った。
井の中の蛙でした。
私なんてフォルクローレを何も知らないと感じた。
恥ずかしい気持ちでライブの中にいました。















10時半に私たちはパンカーラをあとにした。
女房の運転で帰る。
彼女はほとんど日常的に車の運転はしていません。
はっきりいって怖かった。
無事、中軽井沢の家に帰り着きました。
女房は、同じテーブルにいた年配のご夫婦と話をしていた。
埼玉の朝霞に自宅があり、こっちには7・8年前から住んでいるらしい。
私は、「パンつの会」の会長にお会いできました。
席が離れていたのでお話ができなかった。
こんど、ゆっくり話したいなと思います。

いろいろ考えさせられたパンカーラのライブでした。
来年の1月30日に「ワイワイガヤガヤコンサート」がある。
このとき私はケーナを吹くつもりです。
練習しなくっちゃ。
(昨日、カメラを忘れてしまったので携帯電話での写真、すみません)

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イラ・イ・アルカ

2009年12月26日 | 健康・病気
今夜、パンカーラでイラ・イ・アルカのライブがありました。
本日、東京から来た女房と私は行きました。



パンカーラは、満員でした。







眠いので寝ます。



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浜野矩随

2009年12月25日 | 健康・病気

「師匠の十八番(おはこ)と闘う~円楽とその弟子」
(NHK総合12/25(金) 23:00 ~ 23:45)
「亡き師匠の十八番と闘う楽太郎・涙の理由▽
最後の弟子にかけたひと言▽絶品の人情話」というテレビを観た。

よかった。
たまたまNHKをつけていたので観られた。
この前は、「究極ヒットパラダイス~アラフォークリスマス~今夜、
思い出のあの頃へ」なんてのを観ていた。
(相変わらずテレビ漬けの毎日です。アホデスネ。反省)
その前は、「ニュースウオッチ9」を観ていて寝てしまった。
いけませんね。ひとり暮らしは寂しい。
いけないこととは知りながらテレビを観ているバカなオレ。

六代目圓楽を継ぐ楽太郎の苦悩が少し分かったような気がします。
「浜野矩随」は、五代目圓楽が十八番にしていた演目だ。
いい噺ですね。
今日まで私は聴いたことがなかった。
こまかいことは書かない。この「浜野矩随」を観て下さい。
今は便利な世の中ですね。
インターネットで落語が聴ける。

私は、圓楽の噺で一番好きなのが「藪入り」です。
私が20歳の頃、上野の鈴本演芸場で聴いたのがよかった。

私は、19歳のとき立川談志に弟子入り願いの手紙を書いた。
かなり真剣な気持ちで書きました。
でも、返事は来なかった。アタリマエデスネ
手紙なんて書かないで、談志師匠のところに駆け込みゃよかった。
田舎者の私は、談志師匠の返事をまじめに待っていました。
でも、考えりゃ、茨城訛りのひどい私なんか噺家にはなれませんね。
演劇であんなに苦労したんだもんな。

「浜野矩随」の噺を聴いていて思った。
おれは、真剣に小説を書かなければいけない、と。
これまでいろいろごまかして生きてきました。
でも、もう、ごまかしきれない。
日本一のギターを作るのだとか、教師になりたいとか、噺家になるんだとか、
芝居をやるんだとか、デザイナーになる、小説を書くとか、いってきました。
しかし、もうこの歳になってはごまかせない。
小説を真剣に書く。
これしか今のオレには残っていません。
 

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無言館

2009年12月24日 | 健康・病気
昨日、上田市にある無言館に行くことにした。
その前に、昼間の石の教会を見に行った。



やっぱり、いいですね。
礼拝堂から蒼空が見えました。



無言館、軽井沢から1時間20分ほどで行けました。
上田市の市街を抜けて、小高い山の中腹にありました。



戦争に行って死んでしまった画学生の絵を見ていて辛かった。
何年か前、永六輔が「ここはぜひ行って下さい」
とラジオでいっていて、いつか行きたいと思っていました。

「パノラマ展望台へ0.7キロ」なんていう道しるべがあったので
山を登った。
ところが結局、そこにはたどり着けなかった。





柿の木があり、こんなになってました。

無言館を出て、私たちは別所温泉に行った。
温泉に入って軽井沢に帰った。
女房は、午後5時52分の高速バスで東京に帰りました。
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恵みシャレー軽井沢

2009年12月23日 | 健康・病気
昨日、私は仕事を終えて家に帰り、
家にいた女房と「恵みシャレー軽井沢」に行った。
ネットで調べると、このあたりの道路は通行止めになっていて行けない。
駅からシャトルバスが出ているとあったので、
私と女房は駅前の駐車場まで車で行って、
車を置いてシャトルバスの停留所まで歩いた。
サンタの帽子をかぶった車掌が案内してくれた。
7時10分にシャトルバスは出た。
私たちの他に、小さな女の子とお母さんだけだった。
もったいな、と思った。
しかし、軽井沢駅前には人っ子一人いなかった。


           軽井沢駅


7時10分、定刻にバスは出た。
軽井沢駅前、旧軽井沢を歩いている人はいなかった。
恵みシャレーに近づくと道路に警備員がいた。
寒そうだった。

恵みシャレーに着いた。
ほほう、これが「恵みシャレー」か、
広い場所がイルミネーションで飾られていてなかなかなもんだと思った。













日本語の達者なアメリカ人の女性に写していただいた。
23、24日、ここに聖歌隊がのって賛美歌を歌うという。
できるなら聴きたかった。
しかし、女房が23日東京に帰る。



建物の中に、絵本が売っていました。







コーヒーが飲めるところがありました。



ケーキとコーヒーが手頃な価格で飲めました。
甘さをおさえた大人の味のケーキとコーヒーおいしかったです。



店内に、クリスマスツリーがありました。




イエスが生まれました。



どのぐらいここにいたのでしょう?
日本語のうまいアメリカの女性と長く話した。
この人は、国籍はアメリカだが、これまでの人生の長い時間
日本にいるという。
現在は、東京で英語の教師をしていて、週末に軽井沢に来ているという。
この「恵みシャレー」も、私の好きな軽井沢の1つになりました。

しかし、このあと家に帰って悲劇が起きた。
そうです。
停電になったんです。


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