事故渋滞

2016年03月31日 | 健康・病気

今朝、私にとって最悪の渋滞に巻き込まれてしまった。
最近私は、帰りには上里サービスエリアのスマートインターチェンジから高速道路を降りる。
そこから国道17号に出て、18号を通って軽井沢に帰ってくる。
上里スマートインターチェンジから17号までは2キロぐらいなのに、今日は1時間10分かかってしまった。
ほとんど車は動かなかった。
原因は、高崎市に入ってわかった。
トラックが電柱にぶつかって片側通行になっていたからだ。
電柱が曲がっていて、それをクレーンが支えていた。
いつもより今日は、軽井沢に帰るのに1時間半よけいにかかってしまった。
疲れました。

明日から新しい年度が始まります。
私にとって最後の1年ということになります。
大切に生きたいと思います。

………………………………………………………………………………………………
3月の九想話

3/1   埼玉でウォーキング
3/2   談志の遺言
3/3   ひな人形
3/4   また、「芝浜」
3/7   3月、トンボの湯
3/8   春の湯川ふるさと公園
3/9   動き出す春
3/10  歳をとるということ
3/11  寒の戻り
3/14  イベント終了
3/14  真壁のひなまつり
3/14  女性たちの“戦争”
3/14  チューリップが…
3/15  花壇の整理
3/15  囲碁AI対決
3/16  ペヨングソースやきそば
3/16  明日の碓氷バイパス
3/17  書き続ける友
3/18  「クローズアップ現代」最終回
3/19  サマータイム
3/20  2ヶ月後
3/20  今朝のNHK俳句
3/21  徹子の部屋でつんく♂が…
3/22  小鳥
3/22  中山道から見た浅間山
3/23  私の花
3/24  新所沢オフ
3/25  友のお叱り
3/26  女下駄 
3/29  ホームレス短歌
3/30  シントコの花見
3/31  事故渋滞

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シントコの花見

2016年03月30日 | 健康・病気

   
  


3月20日(日)に、私はMちゃんに電話をした。
彼は私より1つ年上です。
「桜が開花したんですが、花見はいつでしょうか?おれは23日に埼玉に行きます」
その日の夕方、「27日に花見をする」とメールが来た。
まるで私が催促したようです(そんなことはないでしょうが…)。
というわけで3月27日に花見となりました。
昔、新所沢の中央公園で楽家の花見があった。
あのときは楽しかった。
今、楽家はない。
でも、こうして楽家の常連客が集まって花見をしている。
楽家でのいろいろなエピソードを話している。
楽家がなかったらこの人たちと知り合えなかった。
素晴らしいことだな、と私は思う。
できることならあのときのようにギターを持ってきて歌いたかった。
昼間の花見が終了してから、カラオケのある居酒屋にみんなで行きました。
そこで大盛り上がりです。
私は何曲歌ったのだろう?
アルコールを、午前11時頃から夜の9時まで飲み続けていました。
最近ではこんなに飲んだことはありません。
そうとう酔っ払ってしまいました。
よく乗り過ごさず家まで帰れたなと思う。
しかし、何もないということはなかった。
家に帰って、カメラがないことに気づいた。
落ち込みました。
バックも上着のジャケットのポケットも探したけれどないのです。
ここで女房の出番です。
「酒に酔ってカメラを忘れるなんて…」と冷たくいわれた。
それは認めます。
自分でも許せない。
もう、だめな男です。
インターネットで夜に行った居酒屋を調べたら月曜日は定休日だった。
火曜日に電話をすると、カメラがあるという返事だった。
それで今日取りに行ってきました。
私のカメラはありました。
カメラがあったのでこの九想話が書けました。
以後、こういうことのないように気をつけます。
(と、同じようなことを私は何度謝罪しているのだろう)

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ホームレス短歌

2016年03月29日 | 健康・病気

   テント小屋冬はそのまま冷蔵庫捨て弁当も腐りません   (ホームレス) 坪内政夫

今日、図書館に行って月曜日の朝日・毎日・読売新聞の俳句と短歌のページを読んだ。
冒頭の短歌が、朝日歌壇にあった。
3人の選者に選ばれていた。
私はこれまで3人の選者にとられた短歌や俳句をあまり知らない。
ふつうは作った人の名前のところに、住んでいる地方自治体名が書いてある。
私が朝日俳壇に載ったときは、(長野県軽井沢町)と書いてあったが、
このひとのには、(ホームレス)と書いてあった。
それを見て、私は考え込んでしまった。
(ホームレス)と書かないで、“テント小屋”のある地方自治体の場所を書いてもよかったと思うが、
このひとは、あえて(ホームレス)と書いた。
そう書くことによって、この歌は理解されると考えたのか?
それとも(ホームレス)だから(ホームレス)と書いただけなのか?
私は、この(ホームレス)までがこの短歌なのだなと思った。
三紙の俳句と短歌のページを読んで、心に残ったものはこの歌だけでした。

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女下駄

2016年03月26日 | 健康・病気

今朝の「ラジオ文芸館」(NHK第一 8:05~8:45)で、久しぶりに朗読を堪能した。
2014年5月3日放送のアンコールで藤沢周平の「女下駄」だった。
石澤典夫アナウンサーの語りがよかった。

下駄職人の清兵衛とお仲はお似合いのいい夫婦だ。
女房に死なれた男と、亭主と別れた女がやっと見つけた幸せだった。
しかし、ある日、取引先の手代長次郎が下駄の品定めをしながらこういうことをいった。
「こちらのおかみさんが男の人と歩いているのを見たのです」
それを聞いてから清兵衛は、女房がどんな男と会っていたのか気になってしょうがない。
惚れた女房の過去に疑いを抱く清兵衛の心の揺れ。
心乱れて酒を求めて歩く清兵衛。
ところが女房のお仲の会っていた男とは…。
藤沢周平の文章がいい!!
静かな感動を味わった朝でした。

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友のお叱り

2016年03月25日 | 健康・病気

昨夜は、某所で友人と飲む。
6時15分に東武東上線のT駅で仕事帰りの彼を待つ。
その駅前の居酒屋に入る。
木曜日ということもあり、他の客はいなかった。
いわゆる貸し切り状態です。
料理を運んで来た女の子にそれをいうと、
「明日、花金なので今日はみなさん遠慮しているのでしょう」という。
7時頃になってやっと客が入って来た。
友人と互いのことを、世間の噂話を、ああだこうだ話した。
そのうち、友人が真面目な顔をして話し始めた。
「小説を書けないのに書くなどと九想話に書くな。黙って、書け」
それをいわれるとつらい。
なにもいい返せない。そして、
「最近の九想話はつまらねぇ。どうでもいいことをアリバイ的に書いているだけだ」
その通り、のことをいわれてしまった。
軽井沢の景色を写真に撮り、しょうもないことを書いている。
埼玉の庭の写真を撮り、書き流している。
以前の九想話は、それなりに世の中に対しての意見を書いていた。
しかし、最近は、へたなことを書くととんでもないコメントが書かれるのではないか、
と恐れている私は、怖くて批判めいたことは書かないようにしている。
友は、そのことを指摘している。
自分でも忸怩たる思いはある。
でも、60歳を過ぎて穏やかに生きたいと思う私です。
(だったら九想話を書くことをやめればいい…)
ああ…、そういう自分が情けない。
友は、九想話を書き始めた頃の気持ちを忘れるなという。
その通りです。
九想話を書き始めた18年前は、怖い物知らずだった。
かなり世の中に対して自分なりの意見を書いていた。
そして、怖いコメントもいただいた。
今の私は、正直なところ“おんびん”に暮らしたいという気持ちが強いです。
ダメな九想になってしまいました。
友よ許せ、これから“たま~に”尖ったことを書きます。
しかし、日々は世間にさしさわりのない生温い九想話を書いていきます。
しょせんこのていどの九想です。

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新所沢オフ

2016年03月24日 | 健康・病気

昨日、肥さんと翔空さんとで、新所沢駅前の居酒屋で「新所沢オフ」をやりました。
私は、午後5時19分のバスに間に合うように家を出ようと考えていたが、
家を出たときに雨が降ってきたので傘を取りに戻ったので19分のバスは諦めた。
次の34分のバスに乗ったのだが、途中のK短大のバス停で学生が30人ほど乗ってきて、
乗るのにずいぶん時間がかかった。
このせいで、東武線のT駅のホームに着いたときに、電車は去ってしまった。
何を書きたいのかというと、新所沢駅での待ち合わせの6時半に遅刻してしまったのです。
(肥さん、すみません)
翔空さんに、遅れることをメールしたのだが、彼も遅刻しそうだと返事が返ってきた。
結局、私のほうが翔空さんより早く着いた。
これは、東武線の川越市駅と西武線の本川越駅の距離が短くなったおかげです。
以前は徒歩で15分はかかった。
それが新しい道路ができて5分ほどで行けるようになった。
いままでは何だったんだという気持ちです。
そもそも東武と西武が近くに駅を作ればよかったんですよね。

お2人とも印刷したものを持ってきてくれた。
 <肥さんのこの10年~50代「半ば」の仕事>
肥さんの社会科の教師として、これまでやってきたことが書いてある小冊子です。
 <肥さんの夢ブログ(中社)>をプリントしたもの
国分寺~塔が回廊の「内」か「外」か?(グラフ)
翔空さんは、授業で児童に渡した夏の星座を覚えてもらうための小冊子だった。
これを読んで私も星座を覚えようと思った。

私は若いとき、教師になることが夢でした。
勉強が嫌いで教師になることを諦めた私が、2人の先生とお酒を飲んでいる。
妙な組み合わせです。
お2人の学校での話を聞くとちょっとうらやましい。
でも考えると、私には教師という職業は合わなかったかも知れない。
同僚の先生ともうまくやれそうにないし、
職員室などにいられる自分ではないことは知っている。
おそらく中途退職したでしょう。
いろいろ考えてもしかたない。
これまで、私の生きて来たことを肯定するしかない。
お2人の教師暮らしの話をいろいろ聞けたことがよかった。

真面目な話題も馬鹿な話も、酒で転がしていろいろ話した。
軽井沢では酒を飲んで話す人のいない私にとって、癒やされるオフ会でした。

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私の花

2016年03月23日 | 健康・病気

 
 
 


私は今日、埼玉の家に来た。
9時半頃軽井沢を出た。
国道18号を通って、高崎市で17号に入り、
最近できた上里のスマートインターチェンジから関越自動車道に入った。
東松山インターチェンジで降りてすぐの洗車場で高速ジェット噴射機を使って車を洗った。
この時期私は、こうして車についた融雪剤を落とすようにしている。
タオルで水を拭くとキレイなワゴンRになった。
そのあといつも行くガソリンスタンドで給油した。
1リットル99円だった。
この価格だと助かる。
軽井沢では110円ぐらいだ。
そこから私の家までは9キロほど走る。
少し春色になって道路の景色は、私を迎えてくれる。
動物園の駐車場には平日なのに、そこそこ車が停まっていた。
D大学から学バスが出てきた。
私の家の近くに3つの大学がある。
大学に行ってない私なんですが、大学が家の近くにあることが嬉しい。
家に着く。
こんな私を、花たちが迎えてくれた。
私は胸が熱くなった。
涙が流れた。
この花たちは、この世の中で、女房と私のためにだけ咲いていてくれる。
こんな嬉しいことはない。
この花たちが大好きです。

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中山道から見た浅間山

2016年03月22日 | 健康・病気

 


今日は、布ヤスリを買うためにカインズホームに行った。
中山道(国道18号)沿いにあります。
家から歩けば10分ほどで行けるのですが、中山道を歩くことが面倒臭い。
歩きづらいのです。
そこそこ車も通っているので横断するのも億劫です。
布ヤスリは、もう1本水道管尺八を作るために必要だからです。
今日は晴れていて、浅間山がきれいだった。

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小鳥

2016年03月22日 | 健康・病気



春になると軽井沢にはいろんな小鳥がいる。
私は無知でまったく鳥の名前など知らない。
でも、小鳥の動きを見ていることは好きです。

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徹子の部屋でつんく♂が…

2016年03月21日 | 健康・病気

今日の「徹子の部屋」(テレビ朝日12:00~)に、つんく♂が出演した。
(私は仕事に行かなければならないので、ハードディスクに録画した。
 夜の11時過ぎに仕事から帰ってきて食事してから、録画した「徹子の部屋」を観ました)
声が出ないためパソコンを使って文字を入力し、黒柳徹子が読み上げる形でトークをした。
つんく♂は2014年10月の手術についてキーボードで話した。
「声帯を摘出すると、ものが喉を通らなくなるんですね。
 まあ、徐々に慣れてくるんですが、最初はゴマつぶでも引っ掛かるような感じでした。
 食べるのが面倒になってしまった」
痩せて衰弱していたつんく♂を励ましたのは奥さんだった。
「後輩たちにエールを送るんでしょ!なのにそんなげっそりしていたら、
逆に生徒があなたの心配して入学式どころじゃなくなるわよ」
と叱られたことで、がんばって毎日食べるようなったという。
こうして、母校の近畿大学で入学式をプロデュースして、子どもたちと出席した。
「私も声を失って歩き始めたばかりの1回生」
と、メッセージを無事を届けることができた。
作曲家として手術後の最初の仕事となった子守歌「うまれてきてくれて ありがとう」をスタジオで披露。
歌うクミコの横でギターの伴奏をした。
番組の最後で、黒柳に「皆さまに何か伝えることはありますか?」と問われたつんく♂は、
次のようにキーボードで話してくれた。
「本当にこの1年は、人生の新たなる一回生として歩いていたなと思っています。
 確かにこれまでは、歌でも何でも、口を使って、声を使って伝えてきたので、
 簡単に済ませていたことに今はすごいエネルギーを使い、
 それでも頭の中にあるものの半分も伝わらないこともありますが、
 だからこそ見えてくる場面もたくさんあって、
 今が幸せという言葉が100%正しいわけではないんです。
 でも、なんか今までとが違う人生は、これはこれで楽しめるというか、
 やりがいがあるなって思ってます。なので、僕にできることを探して、
 世の皆様と共有できたらと思います」
私は、彼の顔・姿を見ていると涙が目ににじんでしょうがない。
私はこれまで九想話につんく♂のことを書いてきた。
声帯摘出」2015年4月4日
つんく♂ 」2015年11月20日
だから、生きる。」2015年11月23日
双子の親として」2015年11月24日
これからも、彼のことは見つめていきたいと思う。

私は、逆流性食道炎で医師から毎年胃カメラで検査するように注意されている。
食道ガンのことはいつも考えています。
怖いです。
私は過去に、タバコを毎日30本は吸っていました。
6年前にやめたけど、10年間はタバコの影響はあると医師からいわれています。
あんなに好きだったタバコでしたが、やめてよかったと思っています。

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