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【若紫】の巻 (2)
病に効くという「さるべきもの作りて」
――しかるべき護符などを作って――飲ませ、加持などしているうちに、日が高くなりました。この高い寺から下を見ると、僧坊どもがはっきりと見渡せます。
「小柴なれど、うるはしくし渡して、清よげなる屋、廊など続けて、木立いとよしあるは」
――小柴垣をきちんと作り渡して、こざっぱりとした作りの家で、お庭の木立に風情があり――
源氏は「何人の住むにか」――だれが住んでいるのか――まさか、僧都が女を囲っているわけはないだろうが、などと言います。
「清げなる童女などあまた出で来て、閼伽(あか)たてまつり、花折りなどするもあらはに見ゆ。」
――童女がたくさん出てきて、仏に閼伽の水をたてまつったり、花を折りなどするのが、はっきりと見える――
源氏は仏前でのお勤めの合間に、山の景色を堪能します。景色談義に良清が言います。遠いところでは、富士の峰、浅間山など素晴らしいですが、
「近き所には、播磨の明石の浦こそなほ殊に侍れ。何のいたり深き隈はなけれど、ただ海の面を見回したる程なむ、あやしく異所に似ず、ゆほびかなる所に侍る。かの国の前の守、新発意(しぼち)の女(むすめ)かしづきたる家、いといたしかし」
――近いところでは、播磨の明石の浦こそ格別です。これといって何がという訳ではありませんが、海の面を見ているだけで余所と違ってゆったりします。そう言えば、あの国の前の国守で、今はにわかに出家した者が、娘を大事に養育しているということですよ。たいしたものです――
「娘」と聞いて、源氏は俄然興味を抱きます。
良清との世間話が続きます。
「大臣の後にて、出でたちもすべかりける人の、世のひがものにて、交じらひもせず、…」――大臣の家柄に生まれて立身もする筈の人でいたが、いたって偏屈者で人とも交際せず――
かの国でも馬鹿にされて、急なことに出家してしまいました。そうかといって山奥に住むでもなく、そんな海辺に住んでいるのは間違っているようですが、若い妻子が寂しがるだろうと、半分は気晴らしに作った家だそうです。大層荘厳に作らせた邸宅でしたよ。
源氏は「さてその女(むすめ)は」と聞きます。
良清は「けしうはあらず、容貌(かたち)こころばせなど侍るなり。」
――容貌や気質など、相当なものです――
良清の話が続きます。
播磨の国の国守らは、婿になりたい気持ちをみせますが、この父は承知しません。落ちぶれた自分には、娘に望みをかけるしかないと、都から人を呼び寄せて
「眩くこそもてなすなれ」――まばゆいくらいにお世話をしているそうです――
源氏はただならず、心をうごかされた様子です。
作者の挿入
「かやうにても、なべてならず、もて僻み(ひがみ)たる事好み給ふ御心なれば、御耳にとどまらむをや、と見奉る。」
――こんなつまらぬ女でも、並外れの一風変わった事を好まれるご性分なので、きっとお耳にとまるでしょうとお見受けします――
「さてその女(むすめ)」の明石上は9歳です。
物語は重層をおびつつ展開していきます。ではまた。
【若紫】の巻 (2)
病に効くという「さるべきもの作りて」
――しかるべき護符などを作って――飲ませ、加持などしているうちに、日が高くなりました。この高い寺から下を見ると、僧坊どもがはっきりと見渡せます。
「小柴なれど、うるはしくし渡して、清よげなる屋、廊など続けて、木立いとよしあるは」
――小柴垣をきちんと作り渡して、こざっぱりとした作りの家で、お庭の木立に風情があり――
源氏は「何人の住むにか」――だれが住んでいるのか――まさか、僧都が女を囲っているわけはないだろうが、などと言います。
「清げなる童女などあまた出で来て、閼伽(あか)たてまつり、花折りなどするもあらはに見ゆ。」
――童女がたくさん出てきて、仏に閼伽の水をたてまつったり、花を折りなどするのが、はっきりと見える――
源氏は仏前でのお勤めの合間に、山の景色を堪能します。景色談義に良清が言います。遠いところでは、富士の峰、浅間山など素晴らしいですが、
「近き所には、播磨の明石の浦こそなほ殊に侍れ。何のいたり深き隈はなけれど、ただ海の面を見回したる程なむ、あやしく異所に似ず、ゆほびかなる所に侍る。かの国の前の守、新発意(しぼち)の女(むすめ)かしづきたる家、いといたしかし」
――近いところでは、播磨の明石の浦こそ格別です。これといって何がという訳ではありませんが、海の面を見ているだけで余所と違ってゆったりします。そう言えば、あの国の前の国守で、今はにわかに出家した者が、娘を大事に養育しているということですよ。たいしたものです――
「娘」と聞いて、源氏は俄然興味を抱きます。
良清との世間話が続きます。
「大臣の後にて、出でたちもすべかりける人の、世のひがものにて、交じらひもせず、…」――大臣の家柄に生まれて立身もする筈の人でいたが、いたって偏屈者で人とも交際せず――
かの国でも馬鹿にされて、急なことに出家してしまいました。そうかといって山奥に住むでもなく、そんな海辺に住んでいるのは間違っているようですが、若い妻子が寂しがるだろうと、半分は気晴らしに作った家だそうです。大層荘厳に作らせた邸宅でしたよ。
源氏は「さてその女(むすめ)は」と聞きます。
良清は「けしうはあらず、容貌(かたち)こころばせなど侍るなり。」
――容貌や気質など、相当なものです――
良清の話が続きます。
播磨の国の国守らは、婿になりたい気持ちをみせますが、この父は承知しません。落ちぶれた自分には、娘に望みをかけるしかないと、都から人を呼び寄せて
「眩くこそもてなすなれ」――まばゆいくらいにお世話をしているそうです――
源氏はただならず、心をうごかされた様子です。
作者の挿入
「かやうにても、なべてならず、もて僻み(ひがみ)たる事好み給ふ御心なれば、御耳にとどまらむをや、と見奉る。」
――こんなつまらぬ女でも、並外れの一風変わった事を好まれるご性分なので、きっとお耳にとまるでしょうとお見受けします――
「さてその女(むすめ)」の明石上は9歳です。
物語は重層をおびつつ展開していきます。ではまた。