2010.2/2 637回
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(52)
落葉宮のぐずぐずなさっていらっしゃるのを、「まったく稚いお振舞いですこと」と女房たちもどうして良いかお扱いかねております。
「殿は東の対の南面を、わが御方に仮にしつらひて、住みつき顔におはす」
――夕霧は、東の対の南廂をご自分のお部屋として仮に設えて、まるでこの御住居の主人のような座を占めていらっしゃる――
さて、三條邸(夕霧の本宅)では、女房たちが、
「にはかにあさましうもなり給ひぬるかな。いつの程にありし事ぞ」
――急に呆れ果てたことをなさるものですこと。あちらの宮とはいつからのご関係だったのでしょうね――
と、驚いています。
「なよらかにをかしばめる事を、このましからず思す人は、かくゆくりかなる事ぞうちまじり給うける。されど年経にける事を、音なく気色ももらさで過ぐし給ひけるなり、とのみ思ひなして、かく女の御心ゆるい給はぬと思ひ寄る人もなし」
――物やわらかで風流めいたことを好まれない方に限って、このような突飛なことが起こるもののようです。しかし皆は、お二人の関係は以前からで、ただそれを素振りにも出されずに今まで来られたのであると疑ってもいませんので、まさか宮が実は不承知なのだとは気付かないのでした――
どちらにしても、落葉宮にはお気の毒なことですが…
「御設けなど様変わりて、物の初めゆゆしげなれど、ものまゐらせなど皆しづまりぬるに、渡り給ひて、少将の君をいみじう責め給ふ」
――婚礼のお支度といいましても、喪中のこととて普段の作法とは違っています。事の初めに縁起の良くないようですが、お食事もすんでから、夕霧は宮のところへお渡りになって、侍女の小少将に(落葉宮のところへ案内するよう)しきりに責め立てられます。
◆ゆくりかなる=思いがけない
◆夕霧には正室(北の方・雲井の雁)がすでにいるので、落葉宮は内親王でありながら、
ずるずると妻の一人にさせられる屈辱がある。この時代はまだ側室という呼び名は
ない。見逃せないことは、妻にして後見人になり、妻の財産はいずれ夕霧のものに
なる。表面には出さない打算が見え隠れする。
ではまた。
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(52)
落葉宮のぐずぐずなさっていらっしゃるのを、「まったく稚いお振舞いですこと」と女房たちもどうして良いかお扱いかねております。
「殿は東の対の南面を、わが御方に仮にしつらひて、住みつき顔におはす」
――夕霧は、東の対の南廂をご自分のお部屋として仮に設えて、まるでこの御住居の主人のような座を占めていらっしゃる――
さて、三條邸(夕霧の本宅)では、女房たちが、
「にはかにあさましうもなり給ひぬるかな。いつの程にありし事ぞ」
――急に呆れ果てたことをなさるものですこと。あちらの宮とはいつからのご関係だったのでしょうね――
と、驚いています。
「なよらかにをかしばめる事を、このましからず思す人は、かくゆくりかなる事ぞうちまじり給うける。されど年経にける事を、音なく気色ももらさで過ぐし給ひけるなり、とのみ思ひなして、かく女の御心ゆるい給はぬと思ひ寄る人もなし」
――物やわらかで風流めいたことを好まれない方に限って、このような突飛なことが起こるもののようです。しかし皆は、お二人の関係は以前からで、ただそれを素振りにも出されずに今まで来られたのであると疑ってもいませんので、まさか宮が実は不承知なのだとは気付かないのでした――
どちらにしても、落葉宮にはお気の毒なことですが…
「御設けなど様変わりて、物の初めゆゆしげなれど、ものまゐらせなど皆しづまりぬるに、渡り給ひて、少将の君をいみじう責め給ふ」
――婚礼のお支度といいましても、喪中のこととて普段の作法とは違っています。事の初めに縁起の良くないようですが、お食事もすんでから、夕霧は宮のところへお渡りになって、侍女の小少将に(落葉宮のところへ案内するよう)しきりに責め立てられます。
◆ゆくりかなる=思いがけない
◆夕霧には正室(北の方・雲井の雁)がすでにいるので、落葉宮は内親王でありながら、
ずるずると妻の一人にさせられる屈辱がある。この時代はまだ側室という呼び名は
ない。見逃せないことは、妻にして後見人になり、妻の財産はいずれ夕霧のものに
なる。表面には出さない打算が見え隠れする。
ではまた。