永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(647)

2010年02月12日 | Weblog
 010.2/12   647回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(62)

 夕霧は、

「たはぶれにくくめづらかなり」
――気楽に口もきけない、何とも珍しいお方でいらっしゃる――

 と、お心のありったけを申されます。侍女たちもお気の毒で、

「いささかも人心地する折あらむに、忘れ給はずば、ともかうも聞こえむ、この御服の程は、一筋に思ひ乱るることなくてだに、過ぐさむ、となむ深く思し宣はするを、かくいとあやにくに、知らぬ人なくなりぬめるを、なほいみじうつらきものに聞こえ給ふ」
――少しでもご気分が直りました折、その時まで貴方様がお忘れになりませんでしたら、何とかお話もいたしましょう。喪中はせめて母上のことだけを考えて暮らしたいと、切に言われますのを、生憎貴方様とのことが世間に知れ渡ってしまいましたようで、一層お辛いようでございます――

 と、申し上げます。夕霧は、

「思ふ心はまた異ざまに後ろ安きものを、思はずなりける世かな。例のやうにておはしまさば、物越しなどにても、思ふ事ばかり聞こえて、御心破るべきにもあらず。あまたの年月をも過ぐしつべくなむ」
――私は普通の男とは違う気持ちですから、何もご心配には及びませんのに、思うようにならない間柄ですね。いつものお部屋にいらっしゃるのなら、几帳越しにでも私の思うことだけでも申し上げて、お心に背くようなことはいたしません。いつまでも辛抱してお待ちしましょう――

 などと、懲りもせず口説かれますが、落葉宮は、

「なほかかる乱れに添へて、理なき御心なむいみじう辛き。人の聞き思はむこともよろづに斜めならざりける、身の憂さをば然るものにて、ことさらに心憂き御心がまへなれ」
――喪中で取り乱しておりますのに、無理を言われますのがまことに辛いのです。人があれこれ噂しますのも私には苦しく辛い思いでおりますのに、それはとにかくとして、こうしつこくては、本当に情けなく思われます――

 と、夕霧のお言葉に言い返されて、突き放したお扱いをなさる。

◆たはぶれにくく=戯れにくし=冗談も言えないような
◆この御服の程=この黒の喪服をきている間は

ではまた。