2010.2/21 656回
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(71)
蔵人の少将は、侍女たちに、
「時々さぶらふに、かかる御簾の前は、たづきなき心地し侍るを、今よりはよすがある心地して、常に参るべし。内外などもゆるされぬべき、年頃のしるしあらはれ侍る心地なむし侍る」
――時々わたしが参上いたしますのに、御簾の前では頼りない心地がいたしますが、今後は夕霧もおられる事ですから、ご縁ができました気分で、常に伺いましょう――
などとおっしゃって、意味ありげに言い置かれてお帰りになりました。このような事で落葉宮がいっそう不機嫌になられたご態度に、夕霧がすっかり困り果てていらっしゃる頃、父大臣のお邸にいらっしゃる雲井の雁は、日が立つままに歎き悲しんでいらっしゃる。
「典侍かかる事を聞くに、われを世とともに、ゆるさぬものに宣ふなるに、かく侮りにくきことも、出できにけるを、と思ひて、文などは時々奉れば、聞こえたり」
――(夕霧の愛人の)藤典侍(とうないしのすけ)は、このことを耳にして、自分を始終許せないように言われていた雲井の雁ではありましたが、北の方のお身の上に、このような捨てておけない事柄まで起こったことで、前々からお文などは差し上げていましたので、こう申し上げました――(歌)
「数ならば身にしられまし世の憂さを人のためにも濡らす袖かな」
――人並みの妻ならぬ私には分かりかねますが、北の方の御ためにお気の毒と存じます――
雲井の雁は、
「なまけやけしとは見給へど、物のあはれなる程のつれづれに、彼もいとただには覚えじ、と思す片心ぞつきにける」
――少々私へのあてつけがましくも思われましたが、しんみりと淋しい折から、典侍もあの落葉宮に対しては平気ではいまいとの、味方ができたようにお思いになる――
◆たづきなき心地=方便無し=便りとするところがない。手段が無い。
◆なまけやけし=生けやけし=ちょっと癪にさわる、小憎らしい。
(けやけし=他のものより際立っている。素晴らしい)
ではまた。
三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(71)
蔵人の少将は、侍女たちに、
「時々さぶらふに、かかる御簾の前は、たづきなき心地し侍るを、今よりはよすがある心地して、常に参るべし。内外などもゆるされぬべき、年頃のしるしあらはれ侍る心地なむし侍る」
――時々わたしが参上いたしますのに、御簾の前では頼りない心地がいたしますが、今後は夕霧もおられる事ですから、ご縁ができました気分で、常に伺いましょう――
などとおっしゃって、意味ありげに言い置かれてお帰りになりました。このような事で落葉宮がいっそう不機嫌になられたご態度に、夕霧がすっかり困り果てていらっしゃる頃、父大臣のお邸にいらっしゃる雲井の雁は、日が立つままに歎き悲しんでいらっしゃる。
「典侍かかる事を聞くに、われを世とともに、ゆるさぬものに宣ふなるに、かく侮りにくきことも、出できにけるを、と思ひて、文などは時々奉れば、聞こえたり」
――(夕霧の愛人の)藤典侍(とうないしのすけ)は、このことを耳にして、自分を始終許せないように言われていた雲井の雁ではありましたが、北の方のお身の上に、このような捨てておけない事柄まで起こったことで、前々からお文などは差し上げていましたので、こう申し上げました――(歌)
「数ならば身にしられまし世の憂さを人のためにも濡らす袖かな」
――人並みの妻ならぬ私には分かりかねますが、北の方の御ためにお気の毒と存じます――
雲井の雁は、
「なまけやけしとは見給へど、物のあはれなる程のつれづれに、彼もいとただには覚えじ、と思す片心ぞつきにける」
――少々私へのあてつけがましくも思われましたが、しんみりと淋しい折から、典侍もあの落葉宮に対しては平気ではいまいとの、味方ができたようにお思いになる――
◆たづきなき心地=方便無し=便りとするところがない。手段が無い。
◆なまけやけし=生けやけし=ちょっと癪にさわる、小憎らしい。
(けやけし=他のものより際立っている。素晴らしい)
ではまた。