永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(642)

2010年02月07日 | Weblog
010.2/7   642回

三十九帖 【夕霧(ゆうぎり)の巻】 その(57)

 夕霧に褒められたようで、花散里は少し苦笑いなさって、

「(……)さてをかしき事は、院の、自らの御癖をば人知らぬやうに、いささかあだあだしき御心づかいをば、大事と思ひて、いましめ申し給ふ、後言にも聞こえ給ふめるこそ、さかしだつ人の、己が上知らぬやうに覚え侍れ」
――(そうことごとしく例に出されますと、私の栄えない評判がはっきりしてきますようで、恥ずかしいこと)それにしましても面白いことには、院(源氏)は、ご自分の浮気癖を誰も知らないように棚に上げて、あなたのちょっとした浮気に対しては、一大事とばかり小言をおっしゃり、陰口まで仰るのは、とかく賢ぶる人がご自分の身になりますと、訳がわからなくなるのに似ていらっしゃいますね――

「然なむ、常にこの道をしもいましめ仰せらるる。さるはかしこき御教へならでも、いとよくをさめて侍る心を」
――そう、その通りですよ。いつも女関係のことではご注意くださいます。そのようなことは御教訓がなくても、自分で十分注意していますのに――

 と、夕霧は花散里の言われる通り、面白い事だとお思いになったのでした。

 さて、それから夕霧は源氏の御前に伺候なさってご挨拶されます。

「かの事は聞し召したれど、何かは聞き顔にもと思いて、ただうちまもり給へるに、いとめでたく清らに、この頃こそねびまさり給へる御盛りなめれ、さるさまの好きごとをし給ふとも、人のもどくべきさまもし給はず、鬼神も罪ゆるしつべく、鮮やかにもの清げに、若う盛りににほひを散らし給へり。(……)」
――(源氏は)落葉宮とのことはご存知でしたが、何もわざわざ知った顔をすることもないであろうと、ただ夕霧を見つめております。なるほど夕霧は大そう立派で美しく、今が男盛りというものだ。そのような浮気事をなさろうとも人が非難するようなご様子でも無いし、鬼神でも過ちを許しそうに、水際立った美しさで若々しく生気に満ちあふれていらっしゃる。(これでは、女の身であったなら、惹きつけられない訳がない。きっと鏡を見てはうぬぼれているだろう)――

 と、源氏はわが子を眺めながらお思いになります。

 日が高くなって、夕霧はやっと三條の自邸に戻って行かれました。

◆あだあだし=徒徒し=誠実でない。浮ついている。
◆後言(しりうごと)=陰口、陰で悪く言う。
◆さかしだつ人=賢しだつ=利口ぶる、賢そうなふりをする。
◆もどくべきさま=非難するような様子

ではまた。