永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(771)

2010年06月20日 | Weblog
2010.6/20  771回

四十五帖 【橋姫(はしひめ)の巻】 その(32)

 薫はさらに、

「かやすき程こそ、すかまほしくは、いとよく好きぬべき世に侍りけれ。うち隠ろへつつ多かめるかな。さる方に見所ありぬべき女の、物思はしき、うち忍びたる住処ども、山里めいたる隈などに、おのづからはべべかめり」
――この世の中では、軽い身分の者こそ恋は気ままにできるものです。人目につかない辺りに、こうした面白い話があるようですね。それ相当に見所のある女が、もの思わしげにひっそりと山里などに住んでいるとは、ままある事のようですね――

 薫はもうひと押しと言葉をつないで、

「この聞こえさするわたりは、いと世づかぬ聖ざまにて、こちごちしうぞあらむと、年頃思ひあなづり侍りて、耳をだにこそとどめ侍らざりけれ。ほのかなりし月影の見おとりせずば、まほならむはや。けはひ有様はた、然ばかりならむをぞ、あらまほしき程とは覚え侍るべき」
――今申し上げました宇治の姫君達は、御父の八の宮がまったく世間離れなさっている聖のような御方なので、ご成長の程も、さぞかし無風流で興ざめでもあろうかと、この年月馬鹿にして、ご様子を見聞きしようとも思わずにおりましたが、月影に仄かに拝見しましたとおりの御器量ならば、昼にご覧になっても見劣りはしないでしょう。ご器量もご性格もあれほどの御方をこそ、これ以上は望めないご立派な姫君とは申すのでしょうね――

 と、ついつい力の入る物言いをなさいます。

「はたはては、まめだちていとねたく、おぼろげの人に心移るまじき人の、かく深く思へるを、疎かならじ、と、ゆかしう思すこと限りなくなり給ひぬ」
――終いには、匂宮も本心から実に妬ましく、ちょっとやそっとの女には心を動かしそうにない薫が、これ程深く思っているのだから、余程の姫君たちに違いないと、早くも宇治へのあこがれが募っていくのでした――

◆かやすき程=か(接頭語)易きほど=軽い身分であれば

◆すかまほしく=好かまほしく=浮気がしたい

◆はべべかめり=侍べべかめり=あるようでございます。

◆こちごちしう=骨骨しき=ごつごつしていて、柔らかみやなめらかさがないさま。無骨なさま。

ではまた。