2010.6/28 779回
四十五帖 【橋姫(はしひめ)の巻】 その(40)
薫は、その御文の袋を何気ない風に取り隠しつつ、お心の内で、
「かやうの古人は、問はず語りにや、あやしきことの例に言ひ出づらむ、と、苦しく思せど、かへすがへすも散らさぬ由を誓ひつる、さもや、」
――
思い乱れていらっしゃる。
薫は、朝の御粥(おんかゆ)、強飯(こわいい)などを召しあがってから、八の宮に辞去の御挨拶をなさいます。
「昨日はいとま日なりしを、今日は内裏の御物忌もあきぬらむ、院の女一の宮、なやみ給ふ御とぶらひに必ず参るべければ、方々いとまなく侍るを、またこの頃過ぐして、山の紅葉ちらぬさきに参るべき」
――昨日は休日でしたが、今日は宮中の物忌も終わったことでしょう。また、冷泉院の女一の宮のご病気のお見舞いに必ず参上しなければなりませんので、何かと忙がしゅうございますので、又しばらく置きまして山の紅葉が散る前に参上いたしましょう――
と申し上げます。八の宮は、
「かくしばしたち寄らせ給ふ光に、山の陰も、少し物あきらむる心地してなむ」
――貴方様がときどきお立ち寄りくださるお陰をもちまして、山奥の侘びしい山荘も少しは明るくなる感じがいたします――
と、御礼を申されます。
薫は京にお帰りになって早速、弁の君から手渡された袋をご覧になりますと、
「唐の浮線綾を縫ひて、『上』といふ文字を上に書きたり。細き組して口の方を結ひたるに、かの御名の封つきたり」
―舶来の綾布を縫い付けて「上」という文字を上に書いて、細い組み紐で口の方を結んであって、柏木の花押をもって封がしてありました――
◆浮線綾(ふせんりょう)=文様の線を浮かせて織った綾。
◆「上」=「上」は奉るの意。文の類であることを隠して、貴重の品と見せるための処置
◆かの御名の封つきたり=(本居宣長の指摘では)柏木自身が封をしたのではなく、弁の君がこれを秘蔵するためにしたものであろう
ではまた。
四十五帖 【橋姫(はしひめ)の巻】 その(40)
薫は、その御文の袋を何気ない風に取り隠しつつ、お心の内で、
「かやうの古人は、問はず語りにや、あやしきことの例に言ひ出づらむ、と、苦しく思せど、かへすがへすも散らさぬ由を誓ひつる、さもや、」
――
思い乱れていらっしゃる。
薫は、朝の御粥(おんかゆ)、強飯(こわいい)などを召しあがってから、八の宮に辞去の御挨拶をなさいます。
「昨日はいとま日なりしを、今日は内裏の御物忌もあきぬらむ、院の女一の宮、なやみ給ふ御とぶらひに必ず参るべければ、方々いとまなく侍るを、またこの頃過ぐして、山の紅葉ちらぬさきに参るべき」
――昨日は休日でしたが、今日は宮中の物忌も終わったことでしょう。また、冷泉院の女一の宮のご病気のお見舞いに必ず参上しなければなりませんので、何かと忙がしゅうございますので、又しばらく置きまして山の紅葉が散る前に参上いたしましょう――
と申し上げます。八の宮は、
「かくしばしたち寄らせ給ふ光に、山の陰も、少し物あきらむる心地してなむ」
――貴方様がときどきお立ち寄りくださるお陰をもちまして、山奥の侘びしい山荘も少しは明るくなる感じがいたします――
と、御礼を申されます。
薫は京にお帰りになって早速、弁の君から手渡された袋をご覧になりますと、
「唐の浮線綾を縫ひて、『上』といふ文字を上に書きたり。細き組して口の方を結ひたるに、かの御名の封つきたり」
―舶来の綾布を縫い付けて「上」という文字を上に書いて、細い組み紐で口の方を結んであって、柏木の花押をもって封がしてありました――
◆浮線綾(ふせんりょう)=文様の線を浮かせて織った綾。
◆「上」=「上」は奉るの意。文の類であることを隠して、貴重の品と見せるための処置
◆かの御名の封つきたり=(本居宣長の指摘では)柏木自身が封をしたのではなく、弁の君がこれを秘蔵するためにしたものであろう
ではまた。