永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(823)

2010年09月19日 | Weblog
2010.9/19  823

四十六帖 【椎本(しひがもと)の巻】 その(42)

 「またゐざり出でて、『かの障子は、あらはにもこそあれ』と、見おこせ給へる用意、うちとけたらぬさまして、よしあらむと覚ゆ。頭つき、かんざしの程、今すこしあてになまめかしきさまなり」
――もう一人の姫君(大君)がいざり出て来られて、「あちらの障子は、向こうから丸見えかもしれませんよ」と、こちらに目を向けられるお心遣いは油断のないご様子で、なかなか奥深い人に思われます。頭つき髪の生え際などは、先の人より今ひときわ上品で雅やかにみえます――

 侍女が、

「『あなたに屏風も添へて立てて侍りつ。急ぎてしものぞき給はじ』と若き人々何心なく言ふあり。『いみじうもあるべき業かな』とて、うしろめたげにゐざり入り給ふほど、気高う心にくきけはひ添ひて見ゆ」
――「でも、あちらには屏風も添えて立ててございます。(薫中納言が)すぐ覗いてもごらんになりますまい」と若い女房が事もなげに言っています。「覗かれては大変なことですよ」と、不安そうにいざり入られるご様子は、心憎いほど気高く趣深い――

「黒き袷一襲、同じやうなる色合いを着給へれど、これはなつかしうなまめきて、あはれげに、心ぐるしう覚ゆ。髪さはらかなる程に落ちたるなるべし、末すこし細りて、色なりとかいふめる、翡翠だちていとをかしげに、糸をよりかけたるやうなり」
――(大君は)黒い袷(あわせ)を一重ね召して、妹君と同じような色合いのお召物を着ていらっしゃいますが、こちらの方はいっそう優しく上品で、あわれぶかく痛々しいほどに見えます。髪がさわやかな程に少なくなっているのは、この程の御苦労に抜け落ちたのでしょうか。末の方は少し細って緑の黒髪とでもいうのでしょうか、翡翠のように美しく、絹の糸をよりかけたようです――

「紫の紙に書きたる経を、片手に持ち給へる手つき、かれよりも細さまさりて、痩せ痩せなるべし。立ちたりつる君も、障子口に居て、何事にかあらむ、こなたを見おこせて笑ひたる、いと愛敬づきたり」
――紫の紙に記した経文を片手に持ったお手つきは、妹君より少し華奢で細々としていらっしゃる。立っていらっしゃるお方も、障子口に佇んで、何を言われたのか、姉君(大君)の方にお笑いになっておられるのが、ほんとうにあでやかでいらっしゃる――

◆ゐざる=姫君達はこの時代、膝行で移動する。膝で歩く。

◆髪さはらか=髪爽らか=髪がすっきりとしている

◆色なりとかいふめる=当時「色なる髪」といって、光沢があって乱れない髪について言う語。後世の「緑の黒髪」と同じ。

◆翡翠だちて=かわせみの羽に似て。

◆写真:宇治の「椎本」の古蹟跡

四十六帖 【椎本(しひがもと)の巻】 終わり。

では9/21に。