永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(826)

2010年09月25日 | Weblog
2010.9/25  826
四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(3)

 薫自身の大君に対する恋心は、大君がこのように何かとお話をそらしてしまわれるご様子ですので、その先へとお心を打ち明けることもできず、極まり悪げに匂宮の御意中だけを、真面目にお話になります。

「さしも御心に入るまじきことを、かやうの方にすこしすすみ給へる御本性に、きこえそめ給ひけむまけじ魂にやと、とざまかうざまに、いとよくなむ御けしき見奉る。まことにうしろめたくはあるまじげなるを、などかくあながちにしも、もて離れ給ふらむ」
――匂宮はそれほどお気に召しそうもないことでも、こういう方面にかけましては、突き進むご性質ですから、中の君の事も一旦申し出された意地からではないかと、あれこれと宮のご意向を探ってみました。その点、匂宮については決してご心配になることはなさそうです。それなのに、なぜあなたはそうむやみに匂宮を無視なさるのですか――

「世のありさまなどおぼしわくまじくは見奉らぬを、うたて、とほどほしくのみもてなさせ給へば、かばかりうらなく頼みきこゆる心に違ひてうらめしくなむ。ともかくもおぼしわくらむ様などを、さわやかに承りにしがな」
――あなたは世の中のこと(男女の)などご理解無くはないでしょうに、妙に疎遠にばかりなさいますので、これほど心底からお頼りしています私の心とすれ違うのを怨めしく存じます。とにかくご分別の程を今日ははっきりお聞かせ頂きたいものです――

 と、畳みかけておっしゃいます。大君は、

「違へじの心にてこそは、かうまであやしき世のためしなるありさまにて、へだてなくもてなし侍れ。それをおぼしわかざりけるこそは、浅き事もまじりたる心地すれ」
――あなた様のお心に背くまいと思えばこそ、これ程風変わりな例ともなりそうな身の上でありながら、お親しく申しているのでございます。それが分かって頂けなかったとはあなたのお志に浅い点がおありのように思います――

 さらに大君はお続けになります。

では9/27に。

源氏物語を読んできて(825)

2010年09月25日 | Weblog
2010.9/23  825

四十六帖 【総角(あげまき)の巻】 その(2)

「結びあげなるたたりの、簾のつまより、几帳のほころびに透きて見えければ、その事と心得て、『わが涙をば玉にぬかなむ』とうち誦し給へる、伊勢の御もかうこそはかりけめ、と、をかしくきこゆるも、内の人は、聞き知り顔に、さし答へ給はむもつつましくて、『物とはなしに』とか、貫之がこの世ながらの別れをだに、心細き筋にひきかけけむを、など、げに故言ぞ、人の心をのぶるたよりなりけるを、思ひ出で給ふ」
――ふとそのとき、糸繰り台が御簾の端の几帳を透かして見えましたので、薫は名香(みょうごう)の糸を造っておられるのだとお気づきになって、「より合せ泣くなる声を糸にしてわが涙をば玉にぬかなむ」と伊勢の古歌を口ずさまれます。姫君たちも折からのあわれに誘われて、伊勢の悲しみ(仕えていた后の崩御に詠んだうた)も、さぞかしこの通りであったろうと、お心に沁みるのでしたが、心得顔にさし出がましくお答えしますのも気が負けて、ただ心の内で、紀貫之が「糸による物ならなくに別路の心細くも思ほゆるかな」と死別ではなく生別であっても心細いと歌ったものなどを、なるほど古歌こそは人の心を慰めるこの上ないよすがであるとお思いになるのでした――

 薫は姫君たちに代わって、追善のために仏前で読み上げる御願文をしたためておられたそのついでに、

「(歌)あげまきに長きちぎりをむすびこめおなじ所によりもあはなむ」
――(歌)名香の糸を幾度も同じところに結び目が出あうあげ巻結びにするように、わたしもあなたと永久に逢える契りを結びたいものです――

 とご自分の意を書いて大君にお見せになりますと、またいつもの、と煩わしくはお思いになるものの、返歌に

「(返歌)ぬきもあへずもろき玉のをに長きちぎりをいかがむすばむ」
――(歌)つなぎとめも出来ずに散る涙の玉のようなはかない私の命ですのに、末長い契りなど、どうして結べましょう――

 と書かれてありました。薫は、片糸だけで縒り逢わないならば、生きる甲斐がないと、恨めしげに思い沈まれるのでした。

◆たたり=字は「絡垜」と書く。四角形の台に三本の柱を立てた糸繰り具。糸をよるときなどに使う。糸巻き。

◆伊勢(いせ)=平安前期の女流歌人。三十六歌仙の一人。伊勢の守藤原継陰の女(むすめ)。宇多天皇の皇后温子に仕えた。その宇多天皇に愛され、行明(ゆきあき)親王を生んで伊勢の御(いせのご)と称された。歌風は上品で優美。歌集に『伊勢集』がある。

では9/25に