2000/5/下旬 南会津・三岩岳
残雪の谷筋は雪解け水が大きな流れを つくり、轟々と音を立てながら落ちていく。
本日は実に天気が良好であり、おおいに汗しながら登る私に、その流れは 涼しい風と新鮮な水の香りをプレゼントしてくれた。
ぶなの新緑に生命の息吹という「美」を視覚的に感じながら、 思わず独りつぶやく
「気持ちがいいってのはこういうことだよなあ。」
最高の天気にぶなの森の恵み。そして静かな山々。行く先には今日の目的地である 三岩岳が真っ白に雪をかぶって鎮座する。
尾根に取り付きしばらくすると 途切れ途切れだった残雪もその量を増し、すでに一面の雪景色となっていた。
目に眩しい新緑は一面の残雪と相反してこの森でも春が近い事を物語っている。
ぶなの幹の根元がポッカリと丸く地表を露呈している。
山に従事する方々はこれが春の兆しである目安にしていると 以前伝え聞いた事がある。
そんな事を思い出しながら歩く私の額からは既に汗が流れ、顎の先から 滴り落ちていた。
三岩岳が眼前に現われた。
大きな岩が三つ山頂近くに突起しているのが目印だ。
そんな爽快な状況とは裏腹に、すでにこの時私は青色吐息。 これまでの急登の連続でダウン寸前であった。
思えば、ココ最近の生活環境は筋力はもちろん体力を培うには 程遠いものだった。
しかしここは踏ん張りどころ。明日の筋肉痛を予感しながら足を前へ突き出す と今日の陽気で柔らかくなった雪はアイゼンも利かずに滑る事が何度もあった。
ああ、つかれた。急登の連続
あれからどのくらい経っただろうか?
容赦なく照りつける太陽と体力不足に何度も天を仰ぎながらここまで来たが 未だに登りが続く。
雪上にへたり込み水筒に雪を入れてキンと冷やしてから頂く。
この季節はこういう事が出来るからうれしいなあと、だらしない姿勢で休憩していると 上の方から人の声がする。本日入山パ-ティ-が下山をしてきた。
こんな情けない姿は見せられない。姿勢を正し、息を整え、いざ出発。
しかし、疲れはごまかせたのだろうか?妙に元気な中高年パ-ティ-と 2言3言会話をして別れた。
彼らは私の進むスピ-ドとは段違いに速く、 まるで滑るように見る見る姿が小さくなっていった。
雪に埋もれた三岩小屋三岩小屋に到着した。
ようやく安堵の時が来た。まずは一休み。今後の事はそれから考えよう。
このたびの山行、実は様々な目的とル-ト、時間は3日を用意していた。
この三岩岳は、第7回公演でも紹介した南会津・会津駒-朝日岳の稜線上に 位置し、唯一公認の登山道が存在する。そしてここから隣の窓明山までは縦走路が 敷かれているのである。
調子がよければ、縦走路を一気に・・・という計画から、窓明山までという計画、 とりあえず三岩岳からの偵察と、3パタ-ンを考えていたが、 息も絶え絶えの私に、もはや縦走路を 一気に行く気力はない。稜線を眺めた結果、 窓明山から先に行く事も3日という限られた時間では無理があった。
雪上でラジオを聞いたり雲を見てのんびりと過ごしながら想いを巡らせた。
今日そして明日、明後日・・・。
とりあえず、考えながら三岩岳山頂へと空身で向かうことにした。
山頂手前の大雪原山頂へは、なだらかな雪原を歩く。
そこはまるでスキ-場のようにもみえる。
このだだっ広い雪原、独り占め。
今までのようにテントと3日分の ずっしりと重い荷物がない事に気を良くして、所かまわずジグザグ に歩いてみたり、無意味に寝転がって見たり。
山で至福の一時である。
程よく高度を稼いだら このたびの第一の目的、会津朝日岳への稜線の確認だ。
右手前から、窓明山、坪入山。
左で稜線が隠れてから高幽山、梵天岳、その先にド-ム状の丸山岳。
その向こうに会津朝日岳と稜線はうねりながら連なる。
朝日岳から見た時より稜線が見通しよい。
情報がほとんどない山域の為、私にとってこれだけでも充分な収穫といえた。
三岩岳から会津駒への稜線山頂はなぜかそこだけ雪が溶けていた。
その向こうの景色に期待しながら最後の登りを行く。
そこに広がるのはここから会津駒ケ岳への稜線。
例年にない残雪らしく もうすぐ6月だというのに稜線の雪は落ちきっていない。
下手に歩けば 雪のせり出しと共に一気に谷底に転がり落ちそうだ。
そんな恐怖とは裏腹に楽しい楽しい山座同定。
春霞で遠望は利かないが、先の会津朝日、会津駒、帝釈山、七が岳、日光男体山。
よく見ると稜線の向こうに燧ケ岳のテッペンが見える。
日光に照らされた山頂の岩はとても温かく、昼寝でもしたい衝動に駆られた。
窓明山のアップ下りはグリセ-ド(もどき)、 シリセ-ド、大股歩き・・・なんでもアリだ。
笑みを浮かべながらもこの先の予定で頭を悩ませる。
行動パタ-ンは3つ。
1.このまま往路を下る。
2.小屋に泊まって明日下る。
3.小屋に泊まって窓明山まで稜線を行く。
それを踏まえて、今ある情報は、
●3日分の食料、水の確保と装備は万全である事、
●窓明山までの稜線も雪のせり出しとそれらに亀裂が入っている事、
●窓明山まで行ってもそこからはバリエ-ションを下る事、
●ラジオで聞いた明日の天気はよくないらしい事、
●雲の様子と気圧計もそれを物語っている事、
そして決断、即下山。
雪面に写る自分の影陽も傾き、透き通った光から黄色い 光に変わった頃、私はカメラを構えて雪面に写る自分の姿を写真に納めた。
ここまでの下りで自問自答していた。
この山域は今後の課題として目指していいものか?
それには何が必要か?
今日の即下山が正解だったか?
・・・・・・・・・・・?
ともかく、今の私には全てが大きすぎるテ-マである事に間違いはない。
本日の決断も、明日まで様子を見る事はいくらでも出来た。
しかし根本的な体調と体力の不調でなにができるのか?
中途半端に望みを繋がずにここで悪い流れを断ち切りたかった。
自分への戒めを込めて、「顔を洗って出直してこい。」と言ったつもりだ。
未だ開けない縦走路。
失敗は必然的な物。偶然の成功を追い求めては取り返しがつかなくなる。
そして失敗は成功の土台となる。
sak