2006/1月上旬 八ヶ岳西面・小同心クラック
赤岳鉱泉
見上げる空に満天の星が輝いていた
マイナス12℃
美濃戸口の車内でこの気温だった。
あまりの寒さに寝坊することすら苦痛となり、準備に取り掛かかる。
結局、この出来事が緩みがかっている気持ちを引き締めてくれた。
未だ明け切らぬ闇にヘッデンを灯す。闇の向こうにこれから始まる山行への期待と不安を感じながら。
赤岳鉱泉へと着くころ、空は星空から青空へと変わっていた。
大同心稜
大同心稜は急激に高度を上げるとともに息も上がる。 とはいえトレ-スの恩恵に賜り、なぁんにも考えずに右、左、右と足を出していけばその先へと導かれる。
上昇する体温とは裏腹にこの低温で冷されたピッケルを持つ右手だけは二重の手袋をもろともせずピリピリと痺れた。
『自分の要素は決して好ましいことばかりではなかった。 誰かに解ってほしい時も無くは無いが、如何に近しくともそれは困難であろう。』
そうやって私は幾年月を過していくのか。
樹林帯を抜け眼前に大同心の姿が見えると俄然、心の高揚を覚える。
小同心
大同心から小同心へのトラバ-スはシ-ズン初めのギコチなさで我ながら不安を感じざるを得ない。
それでもまあ、非現実な山岳景観に酔いしれ、あまりの寒さに痺れていた指の事を一時は忘れさせてくれる。
『満たされないのも孤独なのも呪うのも、いつしか自分を責めては納得させてきた事も、 もっと奔放に生きてこれなかったことへの後悔もあるはずだ。 でもそれが道だとうすうす感じているから諦めだってする。』
そうやってあなたは幾年月を過していくのか。
小同心基部からは左上のチムニ-へと吸い込まれていく。
時折、岩に付いた雪が綿毛のようにふわふわと風に乗って飛ばされて行く様が印象的であった。
好天、微風、コンディションは言う事無い。唯一つ、未だに上がらない気温は「寒い」を通り越して「痛」かった。
指は凍えて痺れるばかり。頬はこわばり「ビレイ解除」が旨く発音できないほどだ。
ランナウト
1ピッチ、フォロ-
正面フェ-スから左上でチムニ-。凍えた手と体でギコチなく何とか。
2ピッチ、リ-ド
はじめこそ体が硬かったものの、やがて勘を取り戻す。しかしピンが見つからず、なむなくランナウト。 緊張する場面。慎重にスタンスを選び、確実に前歯を乗せていく。岩角で支点をとって一安心。 チムニ-は徐々に広がっていく。ここは大胆に両手両足を突っ張って体を上げ、突き出たところが小テラス。
3ピッチ、フォロ-
左のクラックをいく。少々かぶった岩を抱えて右を行くか左をいくか、このアタリは各々思い描いたム-ブでもって痛快に越えていく。
4ピッチ、リ-ド
肩からは草付きをひとのぼりでカシラ。なんてこと無い登りだけど小同心を詰めるピッチは心に余裕を持ってのんびりと。
ここからはしばらくコンテで横岳直下。そこから1ピッチで横岳山頂、終了点である。
大同心ルンゼ
下山は大同心ルンゼから大同心稜。
今まさに登ってきた小同心を眺めながら高度を下げていく。
つまりは、誰しも永続的に充たされることは無いのだろう。 としても、今の自分はずいぶん充たされているのだろうと思い至る。
だからこそ、こうしてツルベで行くことも、登攀を語り合うこともできる。 儚いこの一瞬に笑い合える仲間がいる。これが自然である。
そうやって幾年月、綿毛のようにふわふわと自分は重ねられていく。
sak