エリクソンの小部屋

エリクソンの著作の私訳を載せたいと思います。また、心理学やカウンセリングをベースに、社会や世相なども話題にします。

発達トラウマ障害(DTD)の診断も、オーダーメイド?

2016-07-09 09:10:56 | ヴァン・デ・コーク教授の「トラウマからの

 

 

 

 
子どもが繰り返しやることには、計り知れない価値がある
   あなたは生きていて良いんだよ!  対等になるには、強い立場のものが弱い立場の人の下に立つとき。理解、understandは、その意味で対等の時でな......
 

   今朝も、今から7年前、311(2011)を遡って2年前、ヴァン・デ・コーク教授が、2009年に出した、発達トラウマ障害(DTD : developmental trauma disorder)をDSM-にハッキリと入れてね、という提案書(http://www.traumacenter.org/announcements/DTD_papers_Oct_09.pdf) の84日目。

  今朝は、未来の方向性 の続き。

 

 

 

 

 

 次です。発達トラウマ障害(DTD)の症状そのものが、今後の研究に役立ちます。おそらく、私どもでしたら、発達トラウマ障害(DTD)の症状に含めた方が良いと思うけれども、ケチがついてまだ発達トラウマ障害(DTD)の症状になっていない症状が、ほんとうは妥当性があるのかもしませんね。他の症状が、言葉遣いを見直しするのに、役立つかもしれません。

 

 

 

 

 

 発達トラウマ障害(DTD)の診断も、民主主義の原則通り、既製品ではなくて、オーダーメイドですから、今後も、より善いものにすべく、話し合いで変更可能なものなんです。

 当たり前のようで、日本のように、物事や仕組みを「既製品」のように勘違いする人が多い社会では、診断の中身も変わるんだ、ということは、ある意味驚きかもしれません。

 

 

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児童精神科医でも、発達トラウマ障害(DTD)のことを知らない人が多数派、という驚き

2016-07-09 08:37:58 | ブルース・ペリー教授の『犬』

 

 

 
本気は、キラリッ‼
  日本の家族が、家族同士で、諍いあい、口答えを言いあい、こころ密かに傷つけあい、殺し合うのは、2人の時間が、圧倒的に貧しいからです。忙しさ、せわしなさ=心の貧しさ ですよ......
 

 

 発達トラウマ障害DTD愛着障害の子ども学校や児童施設や病院などで、税金でやってる「サービス」が、現実には、子どもの傷に塩を塗る虐待になっている、ということなんですね。子どもの発達のこと、発達トラウマ障害(DTD)のことを知らない人が関わると、「よかれ」と思ってやってることが、禁忌」や「虐待」になってしまう場合がほとんどなんです。恐ろしいことですね。

 ブルース・ペリー教授の The boy who was raised as a dog の第6章、本のタイトルにもなっている「犬として育てられた少年」のp.137の第3パラグラフから。

 

 

 

 

 

 しかし、数か月後、ジェーンは、何かおかしい、と思い始めたんです。コナーが友達の赤ちゃんほど育っていないように感じたんですね。コナー君は、お座りもできないし、寝返りもしないし、ハイハイもしませんでした。それは、他の赤ちゃんでしたら、できてることでした。育たないことを心配して、ジェーンは行きつけの小児科を訪ねました。その小児科医は、身体の病気でしたら、診断も治療も優れてたんですが、心の病気や情緒的な課題のことはあまり知りませんでしたし、その診断もできませんでした。その小児科医は、自分の子どももいませんでしたし、ほとんどの医者と同様に、子どもの心の病気や情緒的な課題について、教育を受けていなかったのです。

 

 

 

 

 

 普通ですと、小児科医くらいは、発達トラウマ障害(DTD)のことを知っていると思うでしょ。あるいは、児童精神科医なら、発達トラウマ障害(DTD)のことを知ってると思いますでしょ。ところが、子どもの心の病気を扱う公立小児病院の「副院長」で大学の教員でもある人が、発達トラウマ障害(DTD)のことも知らないので、その診断もできない、というのが、日本の驚くべき現実なんです。なぜなら、児童精神科医の教育プログラムには、発達トラウマ障害(DTD)のことがないからです。

 

 

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演じること、プレイの不思議、陽気で楽しい、プレイフルの不思議

2016-07-09 03:29:50 | 聖書の言葉から

 

 
エリクソンの言葉には、言葉にも、遊びがある
  エリクソンは、日常的に使う言葉を、ライフサイクルの中で使い直すことによって、日ごろ私どもが気付かずに過ごすことが非常におおい、人生の中にある価値や、人生に対する態度を、......
 

 

 発達トラウマ障害(DTD)の子ども。エドワードの面倒をみていたティナは、自分が酷い関わりしかできてないことが分からないから、「良いこと」をしていると勘違いしてたんですね。

 The body keeps the score : brain, mind, body in the healing of trauma 『虐待されたら、意識できなくても、身体は覚えてますよ : 脳と心と身体がトラウマを治療する時どうなるか?』p.347のブランク後の、最後のパラグラフから。エドワードの昔語りの続きです。

 

 

 

 

 

 「その時、私は喚き出したんです。部屋を出ようとしたんです。でもね、別の役者が2人とも、実に大男なんですけれども、私を抑えつけたんです。2人は私を椅子に座らせたんですが、私と言えば、振るえ慄いていたんです。それで、ティナが言ったんです。「お前はお前の母親だ、お前はこの話しをすることになろう。お前はお前の母親だ、自分で自分を生み出すことになろう。そして、じぶんじしんにむかっていうことになろう、そうしなさいってね。お前は死なないだろう。お前は確信しているに違いない。確信下に違いないこと、それは、あの幼子の誕生だ、お前は決して死ぬことはない、ということ。

 

 

 

 

 

 リチャード2世のセリフなのに、まるでエドワード自身が言った言葉見たい。演じていたはずなのに、何時の間にか、自分、≪本当の自分≫を取り戻すことに繋がっている…。

 

 

 

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インターメッツォ : トラウマと陽気で楽しい生き方

2016-07-09 02:22:01 | 聖書の言葉から

 

 

 

 
子どもが繰り返しやることには、計り知れない価値がある
   あなたは生きていて良いんだよ!  対等になるには、強い立場のものが弱い立場の人の下に立つとき。理解、understandは、その意味で対等の時でな......
 

 

 人間らしい、陽気で楽しい生き方は、人から人へと移るですが、そこには、日々の礼拝(らいはい、ないしは、れいはい)ある形の関わりの繰り返し、が大事になるのです。

 日々の礼拝は、じゃあ、退屈なものになるかと言えば、逆ですね。

 日々の礼拝は、新鮮な驚きと、心の底からの悦びで満ちているのです。一度味わったら、止められません

 その辺の事情を、今宵もエリクソンに学びます。Toys and reasons: Stages in the ritualization of experience.p.42から。

 

 

 

 

 

 もしも、私どもがある遊びの中に、トラウマになっている経験を「乗り越える」ことがあることが分かれば 私どもが特に心の留めておきたいのは、まさに陽気で楽しいという要素そのもののお陰で、トラウマになっている経験が、人生をもう一度やり直すチャンスになるんだ、ということなんです。

 

 

 

 

 

 これと同じことに気付くことは、真摯に、真面に、臨床をしていれば、そんなに難しいことではありません。

 ですから、発達トラウマ障害(DTD)の子ども達の臨床を、真摯に、真面にしてきたヴァン・デ・コーク教授も、当然そのことに気付くことができました。

 発達トラウマ障害(DTD)の子ども達のセラピーだけではなくて、発達トラウマ障害(DTD)の子ども達との関わりの基本が、陽気で楽しい関わり、ということになってんですね。

 面白いでしょ。

 


 

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