新・本と映像の森 70 西園寺一晃『青春の北京 北京留学の十年』中公文庫、1973年
さいおんじ かずてる。308ページ、定価220円
この「本と映像の森」で扱うのは「推薦図書」「好い本」だけではない。「よくない本」「悪い本」も同じように取り上げる。
そういう意味では「よくない本」「悪い本」も、「読まなくていい本」「読んではいけない本」ではない。
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西園寺さんは、有名な日中友好家で元華族の西園寺公一さんの長男。父のいた北京へ、中学生の時、1958年(昭和33年)に留学してそれから10年を北京ですごす。
これは、その10年の「新中国発見」と青春の記録である。といえば、大事なことが抜けてしまう。
つまり、1966年の中国文化革命(文革)、西園寺さんの言い方では「プロレタリア文化大革命」が起こり、それに対する賛否で人々が大論争した時期が含まれている。
それに至るまでに、いくつもの問題を著者は体験する。以下、著者の言うように、列挙して見た。この時代に、そう見えた、ということである。
① 戦争中の日本軍が犯した過ち ・・・・これだけは「ほんとう」だと思う
② 戦後、「自然災害」と称したもの
③ 中国共産党と政府の一部に巣くう「修生主義者」派と「毛沢東」派との軋轢
④ インド政府との中印国境紛争
⑤ ソ連共産党との「中ソ論争」
見かけ上、④および⑤において、中国共産党の方が一見「まとも」に見えた。しかし、今の段階で、あの「中ソ論争」をどうぼくたちが見るか、発表論文に即した精しい分析をすべきではないか、と思う。
あの時代の「論争」や「ソ連共産党の中国共産党批判」や「の中国共産党のソ連共産党批判」に何か「意味」や「真実」はないのか。
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全体を通じて印象的なのは、「社会主義」を旗印にする国は、とにかく「政治討議」が多いということ。
ボクは思う。「真実は討議結果では決まらない」。討議や投票で決められるのは、その時点での「多数意見」だ。それが真実と一致はしない。
ボクの読んだ限りでは、西園寺さんの言論は「中国共産党の毛沢東派」の規制の範囲内を出ていないと思う、残念ながら。
この後、西園寺さんが「朝日新聞」記者になり、思想はどうなったのか。どうなってゆくのか興味がある。つまり西園寺さんが毛沢東盲従→中国盲従から脱せられたかどうか、ということだが。
西園寺さんは最初から中国盲従ではなくて、事実を探求した結果として中国に賛同したのだという意見もあろう。
論議をしよう。