オカマじゃないのよ!オカマじゃないのよ!
御釜神社(* ̄ー ̄*)
宮城県は塩釜市にある由緒深い神社でございます。
先日、仙台に行った時にちょこっと寄らせてもらいました。
塩釜市(塩竈、塩竃、鹽竈)の由来ともなっている陸奥国一宮、
塩竈神社(しおがまじんじゃ)の末社であり、
「日本三奇」と呼ばれる「日本で最も奇妙なもの」とされてきた、
塩を作るための大きな「御釜=おかま」を!
御神体としてして祀っている神社さんです。
そういう意味では「塩竈」の地名というのは、
この神社の方が本当の由来元である......!?
とも言える様な場所です。
この、鍵で硬く閉ざされた扉の向こうにあるのですのよ。
そのオカマさんが。
なんだか神々しいッス......
御釜へと続く扉は普段は固く閉じられているのですが、
境内の中にある社務所の呼び鈴をジリジリリィ......と鳴らすと、
もし、その時にいらっしゃれば、
このオカマを何千年に渡り守り通して来ている
「釜守=かまもり」と呼ばれる方が出てきてくれて、
鍵を開け、その伝説の御釜を見せてくれます。
その際、この御釜にまつわる数々の逸話や歴史のお話などもしてくれて。
その不思議さをたっぷりと味わえたりします。
現在祀られている御釜は1000年から800年前に作られたものだそうで、
元を辿れば数千年とも数万年とも語られる、
神代の昔からあったものだとのこと。
この地の名前の基ともなり、
今持ってその名を全国に轟かせるほどの御神体さん。
当然、写真などは一切禁じられています。
実際その御釜を目にすると......
いやはや......
ちょっと言葉を失うくらい。
しかし、意図しない笑みが自然とこぼれてきてしまうくらいの
神々しい何か?を僕は感じてしまいました。
ネット上ではイラストや写真も見つかるようなので、
興味ある方は探してみてください。
そんな御釜は全部で4基。
鉄製で直径1.5メートルぐらい。
大きくて丸い、底浅で平たいもの。
それらが天井も無い野ざらしの空間にシンプルに並べ置かれています。
昔はもっとあった様なのですが、
何度か盗難にあってきて、今の数になっているのだそうです。
その4っつの釜の後方、
一段高いところには簾(すだれ)がかけられた祭壇があります。
御釜の中に入っている水は、
全体的にはクッキリとした黄色い濁りで見えていました。
その中に、鉄の古さからかサビがあちこちから溶け出していて、
部分的には赤茶けていたりもします。
その水というのは、
毎年7月5日に御釜の掃除と共に新しい海水を入れ替える
「御水変神事=おみずかえしんじ」
という儀式で御釜に注ぎ込まれるのだそうで、
その日から先、一年間は、
水の「手入れ」は一切されることはなく、
雨の日も、晴れの日も、嵐の日も、日照りの日も、
野ざらしの空間にただひたすら放って置かれるのだそうです。
釜守の方は毎日毎日、その釜の水に何か変化がないか?どうか?
をじっと見守るのだそうです。
そしてもし、御釜の水に何かの変化があったら......
ソレはこの国に何か大きな出来事が起こる時.....
時の権力者や、誰かに、ソレを伝えなければいけない......
とされてきているのだそうで。
実際、現在の釜守である西村さんという女性の方も、
そんな不思議な出来事を経験しているそうで。
ソレは東日本大震災の日の朝。
野に晒され常に濁っている御釜の水が、
その日ばかりは4基のうちの2つが、何故か?
綺麗に澄んでいたのを訪れた参拝者の方達と一緒に目撃し、
「もしかしたら......コレは何か起こる前兆なのでは.......」
と感じ、直ぐに本宮、
塩竈神社の方に伝えに走ったのだそうです。
なんだか不思議な話で。。
2004年の新潟中越地震前には黒、
2008年の岩手・宮城内陸地震前には朱色に変化したそうです。
仙台の盟主「伊達政宗」の病気の時も水が変化をし、
他にも正保2年(1645年)、万治元年(1658年)、万治3年(1660年)、
寛文10年(1670年)から寛文10年11年(1671年)......
ウィキペディアなどによれば、
吉凶に関わらず事変的な出来事に際し、
幾度もの水の変化というのが記録されているそうです。
とても不思議な話で。。
この不思議な御釜神社の主祭神は、
本宮の塩竈神社さんと同じく鹽土老翁神(しおつちのおおおじ)。
僕らの間では、通称、塩爺(しおじい)さん。
この国に塩造り......製塩を教え伝えたたとされる神様です。
常にニコやかで、好々爺といった雰囲気で、
偉い神様なのに決して威張りもせず。
派手な身なりもせず。
多くの人々から愛されていた神様だと伝わり聞きます。
その愛され方は同じ神々の間でもまったく同じの様で、
「神の中の神」
と、多くの尊敬も集めていたそうです。
わかりやすい言い方をすれば、
浦島太郎のお話の元となっている海幸彦と山幸彦の神話で、
山幸彦さんを乙姫さんのいる龍宮城へ案内した神様というのが、
この塩爺さんだったりします(^^)
さて、
この御釜さん.....
次はいつ変わる!?
なんてコトが起きるのでしょうか......
ちょっと気になりつつも、本宮の塩竈神社にもご挨拶。
本家本元の神塩も買っちゃったりして。
なんに使おうかしらん♪(^^)
この神社さん達のある一帯は、
時折このブログにも登場する親愛なる友、グルメ王「K様」が生まれ育った地。
幼少の頃の遊び場でもあったそうです。
表参道の入り口、直ぐそばには、
幼い彼が通い親しんだ駄菓子屋的!?なお店があるらしく、
「ぜひそこのマコロンを食べてくれ!!」
と、熱くプッシュされました。
「マコロン!?マカロンだろ!?えっ?」
と。
「いや違う。マコロンだ。マコ。間違いない。
うまいから。まじ」
と。
「、、そーなんだ......まころん。。ね。はいはい......」
と。
そして見つけたお店はマジでマコロン......(;゜○゜)
マコロンヤ......マコロン屋?
塩竈の「御釜伝説」並みの衝撃と怪しさが120%。
オカマじゃないのよ。オカマじゃないのよ。
マカロンじゃないのよ。マカロンじゃないのよ。
ユーわ何しに日本へ!?
しかし!
食に関しては今まで一度も期待を裏切ったコトのない!
グルメ王K様のお言葉。
信じて買いきった塩釜市の伝説のお菓子!
「マコロン」!
イザ!!
.......
.......
ノーコメント!(●・ω・)ゞ
その店内で、
あまりに美味しそーな「B級オーラ」を放っていたコロッケパン。
とてもオイスィーかったの!マ━(*゜Д゜)人(゜Д゜*)━ス!
御釜神社(* ̄ー ̄*)
宮城県は塩釜市にある由緒深い神社でございます。
先日、仙台に行った時にちょこっと寄らせてもらいました。
塩釜市(塩竈、塩竃、鹽竈)の由来ともなっている陸奥国一宮、
塩竈神社(しおがまじんじゃ)の末社であり、
「日本三奇」と呼ばれる「日本で最も奇妙なもの」とされてきた、
塩を作るための大きな「御釜=おかま」を!
御神体としてして祀っている神社さんです。
そういう意味では「塩竈」の地名というのは、
この神社の方が本当の由来元である......!?
とも言える様な場所です。
この、鍵で硬く閉ざされた扉の向こうにあるのですのよ。
そのオカマさんが。
なんだか神々しいッス......
御釜へと続く扉は普段は固く閉じられているのですが、
境内の中にある社務所の呼び鈴をジリジリリィ......と鳴らすと、
もし、その時にいらっしゃれば、
このオカマを何千年に渡り守り通して来ている
「釜守=かまもり」と呼ばれる方が出てきてくれて、
鍵を開け、その伝説の御釜を見せてくれます。
その際、この御釜にまつわる数々の逸話や歴史のお話などもしてくれて。
その不思議さをたっぷりと味わえたりします。
現在祀られている御釜は1000年から800年前に作られたものだそうで、
元を辿れば数千年とも数万年とも語られる、
神代の昔からあったものだとのこと。
この地の名前の基ともなり、
今持ってその名を全国に轟かせるほどの御神体さん。
当然、写真などは一切禁じられています。
実際その御釜を目にすると......
いやはや......
ちょっと言葉を失うくらい。
しかし、意図しない笑みが自然とこぼれてきてしまうくらいの
神々しい何か?を僕は感じてしまいました。
ネット上ではイラストや写真も見つかるようなので、
興味ある方は探してみてください。
そんな御釜は全部で4基。
鉄製で直径1.5メートルぐらい。
大きくて丸い、底浅で平たいもの。
それらが天井も無い野ざらしの空間にシンプルに並べ置かれています。
昔はもっとあった様なのですが、
何度か盗難にあってきて、今の数になっているのだそうです。
その4っつの釜の後方、
一段高いところには簾(すだれ)がかけられた祭壇があります。
御釜の中に入っている水は、
全体的にはクッキリとした黄色い濁りで見えていました。
その中に、鉄の古さからかサビがあちこちから溶け出していて、
部分的には赤茶けていたりもします。
その水というのは、
毎年7月5日に御釜の掃除と共に新しい海水を入れ替える
「御水変神事=おみずかえしんじ」
という儀式で御釜に注ぎ込まれるのだそうで、
その日から先、一年間は、
水の「手入れ」は一切されることはなく、
雨の日も、晴れの日も、嵐の日も、日照りの日も、
野ざらしの空間にただひたすら放って置かれるのだそうです。
釜守の方は毎日毎日、その釜の水に何か変化がないか?どうか?
をじっと見守るのだそうです。
そしてもし、御釜の水に何かの変化があったら......
ソレはこの国に何か大きな出来事が起こる時.....
時の権力者や、誰かに、ソレを伝えなければいけない......
とされてきているのだそうで。
実際、現在の釜守である西村さんという女性の方も、
そんな不思議な出来事を経験しているそうで。
ソレは東日本大震災の日の朝。
野に晒され常に濁っている御釜の水が、
その日ばかりは4基のうちの2つが、何故か?
綺麗に澄んでいたのを訪れた参拝者の方達と一緒に目撃し、
「もしかしたら......コレは何か起こる前兆なのでは.......」
と感じ、直ぐに本宮、
塩竈神社の方に伝えに走ったのだそうです。
なんだか不思議な話で。。
2004年の新潟中越地震前には黒、
2008年の岩手・宮城内陸地震前には朱色に変化したそうです。
仙台の盟主「伊達政宗」の病気の時も水が変化をし、
他にも正保2年(1645年)、万治元年(1658年)、万治3年(1660年)、
寛文10年(1670年)から寛文10年11年(1671年)......
ウィキペディアなどによれば、
吉凶に関わらず事変的な出来事に際し、
幾度もの水の変化というのが記録されているそうです。
とても不思議な話で。。
この不思議な御釜神社の主祭神は、
本宮の塩竈神社さんと同じく鹽土老翁神(しおつちのおおおじ)。
僕らの間では、通称、塩爺(しおじい)さん。
この国に塩造り......製塩を教え伝えたたとされる神様です。
常にニコやかで、好々爺といった雰囲気で、
偉い神様なのに決して威張りもせず。
派手な身なりもせず。
多くの人々から愛されていた神様だと伝わり聞きます。
その愛され方は同じ神々の間でもまったく同じの様で、
「神の中の神」
と、多くの尊敬も集めていたそうです。
わかりやすい言い方をすれば、
浦島太郎のお話の元となっている海幸彦と山幸彦の神話で、
山幸彦さんを乙姫さんのいる龍宮城へ案内した神様というのが、
この塩爺さんだったりします(^^)
さて、
この御釜さん.....
次はいつ変わる!?
なんてコトが起きるのでしょうか......
ちょっと気になりつつも、本宮の塩竈神社にもご挨拶。
本家本元の神塩も買っちゃったりして。
なんに使おうかしらん♪(^^)
この神社さん達のある一帯は、
時折このブログにも登場する親愛なる友、グルメ王「K様」が生まれ育った地。
幼少の頃の遊び場でもあったそうです。
表参道の入り口、直ぐそばには、
幼い彼が通い親しんだ駄菓子屋的!?なお店があるらしく、
「ぜひそこのマコロンを食べてくれ!!」
と、熱くプッシュされました。
「マコロン!?マカロンだろ!?えっ?」
と。
「いや違う。マコロンだ。マコ。間違いない。
うまいから。まじ」
と。
「、、そーなんだ......まころん。。ね。はいはい......」
と。
そして見つけたお店はマジでマコロン......(;゜○゜)
マコロンヤ......マコロン屋?
塩竈の「御釜伝説」並みの衝撃と怪しさが120%。
オカマじゃないのよ。オカマじゃないのよ。
マカロンじゃないのよ。マカロンじゃないのよ。
ユーわ何しに日本へ!?
しかし!
食に関しては今まで一度も期待を裏切ったコトのない!
グルメ王K様のお言葉。
信じて買いきった塩釜市の伝説のお菓子!
「マコロン」!
イザ!!
.......
.......
ノーコメント!(●・ω・)ゞ
その店内で、
あまりに美味しそーな「B級オーラ」を放っていたコロッケパン。
とてもオイスィーかったの!マ━(*゜Д゜)人(゜Д゜*)━ス!