雲は完璧な姿だと思う。。

いつの日か、愛する誰かが「アイツはこんな事考えて生きていたのか、、」と見つけてもらえたら。そんな思いで書き記してます。

「青き炎」海賊編 2

2016-12-17 00:10:15 | 凄い
そして、更にシビレルのがこの出光興産の「所縁の地」のこと。
創業者の出光佐三さんの出身地でもある創業の地というのがなんと、
北九州、宗像(むなかた)の地。
その地には日本の海運を司る女神さん達が住まう宮......
宗像三女神の総本宮「宗像大社」があります。
僕は、映画を見ている最中、終始、
主人公の国岡さん(=出光さん=岡田准一さん)の後ろにいつも、
この三女神の姿を幻視していました。
そして、その女神様たちの後ろには、
荒涼とした砂漠の都市のビジョンと共に、とても大きな、アノ!
神様の御姿も......

「タイトル含めてナニ言ってんのかわっかんねーよっ!」

なんて声を受け止めつつも......

つづくのだ!(。・ω・。)ノ




とても大きな、アノ!神様とは、
三女神の父神......スサノオさん。
須佐之男命。素戔男尊。スサノヲ。
日本を最初に国へと纏め上げていった真の大王。
海をわたってきた大王。
青き炎」を宿す神。
今回の記事のタイトルがなぜ?
「青き炎」のシリーズとなっているのか。
それは、そう言うことなのです。
スサノオさんはどこから来たのか?
そんな話しなのです。
「青き炎 4」の最後部分に記した



——————————大王「スサノオ」とは、
晩年の「須佐の地の王=須佐の王」に由来するのだと思います——————————



という一文に関しての、もう一つの意味を開く、



そんな話なのです。



石油メジャーに押しつぶされそうになった
出光興産と日本に対応してくれた「イラン」とは、
以前は「ペルシャ帝国」と呼ばれていた国です。
「ペルシャ=ペルシア」とは、
その起源は「メソポタミア文明」にまで遡ることが出来て。
更にその大元は「シュメール」と呼ばれています。

そんなわけで、
イランには世界最古の文明遺跡が沢山あるのですが、中でも、
シュメールと並ぶ世界最古の文明の一つに
「エラム=Elam」
と呼ばれるものがあります。
現在、考古学的に立証されているエラムの起源は......
紀元前3500年以上前に迄さかのぼれます。

今から数えると5500年以上も前に栄えた文明となるわけです。

そんなエラムという文明には「エラム語」という独自の言葉があり。
その言葉は更に
「原エラム語」という言語にまで原型を辿ることが出来ます。
「原エラム語」というのは、
いわゆる「楔形文字=くさびがたもじ」であって。
言語学的には人類最古の文字の一つともされています。
とても難解で、未だ解読が出来ていない文字でもあります。

面白いことに、
この地域で起こった世界最古級の言葉や高度な文明のルーツは、
今もってまったく分かっておらず。
それらを築いたシュメール人の人種としての起源やルーツも
全くわかっていません。

彼らはどこからこの地にやって来たのか?

いつからこの地にいたのか?

他の地域とはかけ離れた、独自の進化系統を持つ人種なのか!?

それは、今現在も世界中の学者さん達が日夜研究しているという状況。

この部分は、
僕にはとても興味深い話のようにも思えるのですが......
シュメールの人々が古代アフリカや地中海、
ヨーロッパ世界などの西方地域からやって来た......
と考えているだけでは、
この謎はずーっと解けないのかも?しれません。



初めに言葉があった。

言葉は神と共にあった。

言葉は神であった。

この言葉は、初めに神と共にあった。



有名な「聖書」冒頭の一節。
言葉や言語をたどると、
もしかしたら本当に神に辿りつくのかもしれません。



古(いにしえ)の時代。
現在のイラン国に広がっていたこの地域の国家は
「ジグラット=ジッグラト」
と呼ばれる神殿を中心にまとまっていた城郭都市でした。
小高い丘の上に石やレンガの高い壁を張り巡らした都市国家の形。
かの「ローマ帝国」を築いた都市国家の原型とも言えます。
ソレは、前回記事の冒頭で、
僕が映画を見ながら幻視していたものでもあって、
そのイメージはネット写真などを探すと、大体ですが、
こんな感じでしょうか......



エラム語を持っていた「原エラム国」に関しても、
こんな遺跡群がちゃんと発見されていて。
その存在は考古学的にも既に立証されてもいます。
そして、つい最近、
その原エラム国の「首都」の遺跡も発見されました。
それは人類最古の文化遺跡の一つであり、とても貴重なモノ。
当然、世界遺産にも登録されました。
そんな「原エラム国」の「首都遺跡」は、
ネットの写真をお借りするとこんな感じで......







個人的にはとても行ってみたいところなのですが......
このエラムの首都の遺跡からは

「目には目を。歯には歯を......」

のフレーズであまりに有名な
「ハムラビ法典(ハンムラビ法典)」
が刻まれた貴重な大きな石碑も発見されています。



剣(つるぎ)なども。



他にも古くて貴重な遺物が沢山発見されているのですが、
それらの多くは、
現在フランスのルーブル美術館に収蔵されているようです。
そして最後に、ちゃんと。
今から5000年以上前に栄えたその「原エラム国」の中心都市......
「首都の名前」を、しっかりとココに記しておこうとも思います。



その名は「SUSA」



「スサ」



「スーサ」



この地を治めていた人は、
きっと「スサの王」であったと思います。
加えて、どーも、この地域を治める王様は代々!?
ライオン好きのようでして......
「スサの遺跡」を始めとする古代エラムやシュメール文明の遺跡群からは、
左右にライオンを従えている王や、
時にライオンの首根っこを捕まえている、
勇ましい王の姿が刻まれているレリーフなども沢山残されています。



上はスサで発掘されたスフィンクスの壁画。
僕が映画館で幻視していたもの。
下は、様々な遺跡群から。





ルーブル美術館に運ばれたものの中にも、
ライオンを抱え込んでいる巨大な王のレリーフがあります。
これは伝説の「ギルガメシュ王」とされているようですが、
百獣の王を従えさせるくらいの力を持っていることも、
王の証となっていたのでしょうか......



そもそも、
日本の神社における狛犬はどう見ても犬などではなく。
紛れもなくライオンさんであって。

そんな神社の入り口の「様式」は、

いったい、

どこから来ているのでしょうか。

ごまかしの無い、真っ直ぐな心で見て考えてみれば、
誰にでも様々なことが見えて来るのではないかと思えます。
今回のこのお話も、
そのまま真っ直ぐ、
いつか記した「もののべ」「もののべ 2」という記事に繋がったりもします。
宗像三女神さん達に関しては、この「諏訪徒然」や「諏訪徒然 2」、
あの時の気持ち」という記事にも繋がっていきます。

そしてまた、近々、
三女神を祀る宗像大社や......宇佐神宮!などの話も、
ここで記せればいいなぁ、と。
そんな日も近づいている様に感じていたりもします。
その話はきっと、
多くの学者さん達が血眼になって解き明かそうとしているこの国のロマン......
邪馬台国の話し......
などとも繋がるような気もしていて。
いずれにせよ、何かを見つけるときは、
いつもまっすぐな心が必要となるように僕には思えていたりします。

街中でよく見かける「出光」のガソリンスタンドの看板も、
今回記したこんな物語に思いを巡らせながら眺めて見ると、
ちょっとまた違った感じで!?
見えてくるかもしれません(^^)



出光佐三さん亡き後の出光興産は、
何かと問題含みの会社になっているようですが。
北九州、宗像の地で旗をあげていた頃のスピリット......
「青き炎」の様なスピリットを、
今再び必要とされているような時期なのかもしれません。

終戦の二日後。
出光佐三さんは、
全てに対し不安に慄いて(おののいて)いる大勢の社員に向かって、
こんな話をしたそうです。



「愚痴をやめよ。
世界無比の三千年の歴史を見直せ。
そして今から建設にかかれ」



そして、その言葉に続き、
当時多くの企業が人員整理を推し進めている中で、
約1千名もの従業員の首を



「一人も切らない!」



ということも宣言したそうです。
日章丸事件の裁判に臨んだ際には、
佐三さんは法廷で裁判長にこんなことも言ったそうです。



「この問題は国際紛争を起こしておりますが、
私としては、日本国民の一人として、
俯仰天地(ふぎょうてんち)に愧じない(はじない)
行動をもって終始することを、裁判長にお誓いいたします」



そんな出光さんが亡くなられた時、
時の天皇、昭和天皇はこんな歌を詠み残したそうです......



——————出光佐三逝く 三月七日
国のため ひとよつらぬき 尽くしたる 
きみまた去りぬ さびしと思ふ———————



愚痴をやめよ。
世界無比の八千年の歴史を見直せ。
そして今から建設にかかれ。



☆「青き炎」シリーズ過去記事☆
青き炎」「2」「3」「4
大和編
海賊編」 「2
番外編
氷川編
素粒子編
首塚編」「2」「3」「4


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コメント (14)
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