その温泉宿は群馬県と新潟県にまたがる
三国峠という所にあった。
二千メートル級の山々の間を縫うようにして抜けていく峠道の端で、
世間一般では、イワユル
「苗場(なえば)」
として認識されているであろう場所だ。
季節は春の入りの頃で、
周囲の山の峰々には未だ白い雪がたくさん残っていた。
僕はそんな場所で野暮用をこなしていたのだが、
思いの外、その用事が長引いてしまい。
やむなく当日の午後遅く、
滑り込むようにして古風で鄙びた(ひなびた)
温泉宿を押さえることにしたのだ。
その適当に押さえた温泉宿の向かいには、
長年に渡り峠の客を奪い合ってきたであろう、
ライバルと思われる日本有数規模の巨大リゾートホテルもあったのだが、
僕が押さえたその温泉宿には、
そんな合理化された巨大ホテルとの競争にも耐え勝ってきた
風格みたいなものが漂っていた。
しかし、何よりも、
かなり疲れていた僕は小綺麗でモダンな建物や部屋よりも
良質な温泉を求めていたのだ。
宿の名前は
「本陣(ほんじん)」
温泉は三国峠温泉といい、幾つかある風呂の内、
メインとなる露天風呂は24時間いつでも入れるらしい。
部屋を押さえるときに見たホームページによれば、
「本陣(ほんじん)」というのは、
江戸の昔より天皇の使者である勅使や公家、大名、
公用で旅をする幕府の役人などが泊るための宿を
指していう言葉のようだった。
そんな「本陣」として創業されたという歴史を持つ宿の外観には、
その成り立ちに対する誇りや気概みたいなものが漂っていて、
老舗的な重みもたたえていた。
長きに渡り頑張って来たであろう
運営の努力も苦労も疲れみたいなものも良く見てとれた。
きっと、時代という恐ろしく早く流れる化け物に、
なんとか食らいついていこうと、
必死の増改築や変化を繰り返してきたのだろう。
当然、それは、中で働いている人々にしても同じはずで。
しかし、そんな数々の変化や判断は正常進化といえるものでもあり、
それらが決して誤ったものではなかったということも、また、
建物がまとうオーラは物語っていた。
「嫌いじゃないな。ここ」
その宿屋に入る時、
僕はそんなことをつぶやいた。
フロントでチェックインをして、
僕が案内されたのは二階にある部屋だった。
フロントの横には鈍い銀色に光るエレベーターがあって、
僕はそれに乗り込むことになった。
エレベーターは古い建物の雰囲気とは少しばかり混じりが悪いもので、
そこだけがまったく違う時空にあるようにも思えた。
部屋に入ると一息ついて、
少しばかりゆっくりとした時を過ごし、
そして、目的でもあった由緒ある温泉に入ってみようかと、
僕は浴衣に着替えてまた部屋を出ることにした。
温泉は一階にあるらしく、
受付をしたカウンターの前を通り過ぎた更に奥にあるようだった。
部屋を出た僕は再び時空の違う銀色のエレベーターに乗り、
一階へと降りていった。
一階でエレベーターを降りると、ふと、
エレベーターホールの脇にある古い木製の飾り棚が目についた。
それは、ついさっき、
チェックインをした後に乗った時には
気にも留めなかったものだったのだが、
今度は手荷物などの注意を奪われるものがなかったせいか、
その棚の上に飾り置かれていたモノに妙に目が行って、
しばらく目が離せなくなってしまった。
「お地蔵さん、だ、、」
それは、高さ20センチ程の小さめの鋳物の像で。
なんとも言えないかわいらしさと、
どこか癒される笑みを湛えたお地蔵さんだった。
なんともなしに、
僕はそのお地蔵さんと向き合うこととなってしまった。
それは偶然であるのに必然で。
はるか以前から決められていたことだったかのように、
何故か確信に満ちて、引き寄せられもした時間だった。
「これ、これ」
ふと、耳の奥の方で声が聞こえた。
いや、バカな。
そんなはずはない。
ココには今、自分以外には誰もいないじゃないか。
「これ、これ、、」
また、聞こえた。
「ようきたの」
その声は、どうしても、
小さなお地蔵さんの像から聞こえてきていた。
僕は幾度か首を振り、
周りと上下を見回し、
なんとか自分を取り戻すように思考を整え。
一つ息を飲み込んで。
そうして、もう一度お地蔵さんを見てみた......のだが.......
それでも、どうしても、否定をしても、
その不思議な声はお地蔵さんから響いてくるようだった。
「ヌシは地蔵の意味をわかっておるかの?」
さいわい辺りに人はいない。
これなら少しであれば大丈夫かもしれない......
僕はその非現実的な世界に身を置く意思を固めることにした。
自分の意識をお地蔵さんのものと思しき声に
合わせてみることにしたのだ—————
————————続く。
少し前に泊まった三国峠にある温泉宿のお風呂は
ナカナカに良い湯でした♪(^^)
敬愛する村上春樹さんによれば、
「作家とは、言わばプロの嘘の紡ぎ手」
とのことで。
「物語を通じて人々の魂がかけがえのないものであることを
示し続けることが作家の義務であることを信じて疑いません」
「これこそが、我々が日々、
大真面目にフィクションをでっち上げている理由なのです」
などとも言っていました。
確かに小説とは時にメタファーであって。
真実を虚構のように、
虚構を真実のように、
そんな風にして描かれているのだろうと思います。
なんだかチョット面白くも思えます。(^^)
☆アホで陳腐な小説風の!?過去記事さん達☆
「マグリット」
「マグリット 2」
「マグリット 3」
「大丈夫」
三国峠という所にあった。
二千メートル級の山々の間を縫うようにして抜けていく峠道の端で、
世間一般では、イワユル
「苗場(なえば)」
として認識されているであろう場所だ。
季節は春の入りの頃で、
周囲の山の峰々には未だ白い雪がたくさん残っていた。
僕はそんな場所で野暮用をこなしていたのだが、
思いの外、その用事が長引いてしまい。
やむなく当日の午後遅く、
滑り込むようにして古風で鄙びた(ひなびた)
温泉宿を押さえることにしたのだ。
その適当に押さえた温泉宿の向かいには、
長年に渡り峠の客を奪い合ってきたであろう、
ライバルと思われる日本有数規模の巨大リゾートホテルもあったのだが、
僕が押さえたその温泉宿には、
そんな合理化された巨大ホテルとの競争にも耐え勝ってきた
風格みたいなものが漂っていた。
しかし、何よりも、
かなり疲れていた僕は小綺麗でモダンな建物や部屋よりも
良質な温泉を求めていたのだ。
宿の名前は
「本陣(ほんじん)」
温泉は三国峠温泉といい、幾つかある風呂の内、
メインとなる露天風呂は24時間いつでも入れるらしい。
部屋を押さえるときに見たホームページによれば、
「本陣(ほんじん)」というのは、
江戸の昔より天皇の使者である勅使や公家、大名、
公用で旅をする幕府の役人などが泊るための宿を
指していう言葉のようだった。
そんな「本陣」として創業されたという歴史を持つ宿の外観には、
その成り立ちに対する誇りや気概みたいなものが漂っていて、
老舗的な重みもたたえていた。
長きに渡り頑張って来たであろう
運営の努力も苦労も疲れみたいなものも良く見てとれた。
きっと、時代という恐ろしく早く流れる化け物に、
なんとか食らいついていこうと、
必死の増改築や変化を繰り返してきたのだろう。
当然、それは、中で働いている人々にしても同じはずで。
しかし、そんな数々の変化や判断は正常進化といえるものでもあり、
それらが決して誤ったものではなかったということも、また、
建物がまとうオーラは物語っていた。
「嫌いじゃないな。ここ」
その宿屋に入る時、
僕はそんなことをつぶやいた。
フロントでチェックインをして、
僕が案内されたのは二階にある部屋だった。
フロントの横には鈍い銀色に光るエレベーターがあって、
僕はそれに乗り込むことになった。
エレベーターは古い建物の雰囲気とは少しばかり混じりが悪いもので、
そこだけがまったく違う時空にあるようにも思えた。
部屋に入ると一息ついて、
少しばかりゆっくりとした時を過ごし、
そして、目的でもあった由緒ある温泉に入ってみようかと、
僕は浴衣に着替えてまた部屋を出ることにした。
温泉は一階にあるらしく、
受付をしたカウンターの前を通り過ぎた更に奥にあるようだった。
部屋を出た僕は再び時空の違う銀色のエレベーターに乗り、
一階へと降りていった。
一階でエレベーターを降りると、ふと、
エレベーターホールの脇にある古い木製の飾り棚が目についた。
それは、ついさっき、
チェックインをした後に乗った時には
気にも留めなかったものだったのだが、
今度は手荷物などの注意を奪われるものがなかったせいか、
その棚の上に飾り置かれていたモノに妙に目が行って、
しばらく目が離せなくなってしまった。
「お地蔵さん、だ、、」
それは、高さ20センチ程の小さめの鋳物の像で。
なんとも言えないかわいらしさと、
どこか癒される笑みを湛えたお地蔵さんだった。
なんともなしに、
僕はそのお地蔵さんと向き合うこととなってしまった。
それは偶然であるのに必然で。
はるか以前から決められていたことだったかのように、
何故か確信に満ちて、引き寄せられもした時間だった。
「これ、これ」
ふと、耳の奥の方で声が聞こえた。
いや、バカな。
そんなはずはない。
ココには今、自分以外には誰もいないじゃないか。
「これ、これ、、」
また、聞こえた。
「ようきたの」
その声は、どうしても、
小さなお地蔵さんの像から聞こえてきていた。
僕は幾度か首を振り、
周りと上下を見回し、
なんとか自分を取り戻すように思考を整え。
一つ息を飲み込んで。
そうして、もう一度お地蔵さんを見てみた......のだが.......
それでも、どうしても、否定をしても、
その不思議な声はお地蔵さんから響いてくるようだった。
「ヌシは地蔵の意味をわかっておるかの?」
さいわい辺りに人はいない。
これなら少しであれば大丈夫かもしれない......
僕はその非現実的な世界に身を置く意思を固めることにした。
自分の意識をお地蔵さんのものと思しき声に
合わせてみることにしたのだ—————
————————続く。
少し前に泊まった三国峠にある温泉宿のお風呂は
ナカナカに良い湯でした♪(^^)
敬愛する村上春樹さんによれば、
「作家とは、言わばプロの嘘の紡ぎ手」
とのことで。
「物語を通じて人々の魂がかけがえのないものであることを
示し続けることが作家の義務であることを信じて疑いません」
「これこそが、我々が日々、
大真面目にフィクションをでっち上げている理由なのです」
などとも言っていました。
確かに小説とは時にメタファーであって。
真実を虚構のように、
虚構を真実のように、
そんな風にして描かれているのだろうと思います。
なんだかチョット面白くも思えます。(^^)
☆アホで陳腐な小説風の!?過去記事さん達☆
「マグリット」
「マグリット 2」
「マグリット 3」
「大丈夫」
このお地蔵さん
ほんわかする可愛らしさですね。
今まで、どれだけの人が
声を聞けたんでしょうね?!
気になります^_^