鍼術秘要 上の巻の現代文訳と解説 https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/3c8fcd917865f6c0e1957f83c629908b
鍼術秘要 中の巻の現代文訳と解説 https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/a2b4f8109cb944ad7ca6494031605d7b
下の巻の印象
①<下の巻>は、多種多様の症状に対する針術を記しているが、治療方法はどれもほぼ同じで、胸鎖乳突筋、上肢の陰経陽経、下肢の陰経陽経、背部二行三行の皮下組織をつまんで(絡を診ると表現している)、緊張部に対してまんべんなく多数の横刺をするという治療につきる。すなわち病名にこだわらず、全身を流れる経絡の巡行を整えることにあるらしい。
②現代の内科疾患に相当すると思える症状で、かつ針灸の場でまず診ない病も次々に出てきた。現代医学ではこのような診断になるだろうと予想できるものもあれば、まったく分からない病名もあった。いずれにせよ現代医学の観点から眺めると、当時の医療の限界が知れる。坂井が著した治療方法で治るはずもなく、効果判定も甘い。参考になる治療法はないが、江戸時代当時の医家の疾病観を知ることができ、興味深いことではある。現代用語としては使われなくなった病名でも、こうではないかと思う現代疾患に置き換えてみた。
a.鼓腸とは腸内ガス貯留ではなく腹水のだろうか。腹皮に青筋が浮かぶ状態とは、腹壁静脈怒張でメデューサの頭だろうか。
b.痛風は昔も今も同じ病態だが、歴節風とはあちらこちらに移動する痛みのこと。さらに白虎歴節風は関節リウマチを意味する。鶴膝風とは変形性膝関節症で大腿筋が萎縮したせいで膝関節が大きく見える状態。
c.委中毒とは、委中穴あたりにできた毛囊炎あるいは皮下膿瘍。
d.現代の梅毒は痛む病と認識されていないが、江戸時代には治療薬もないことから、ゆっくりと進行する死の病だった。梅毒骨痛とは、末期の梅毒で脊髄癆状態を示すものだろう。
e.排尿困難に対して、坂井豊作は独自の外科的治療を発案し試みている。小刀(ランセット)で直腸壁を開口し、膀胱直下の尿道まで刺入して尿道を傷付けると、排尿可能となると記している。前立腺肥大症に対する治療となるらしい。
f.結核のことを、当時は労咳(または労)とよんだ。結核によるリンパ節の腫れた部位により別々の異なった病名になった。瘰癧とは側頸部に、気腫とはオトガイ下に、馬刀癧とは側胸部の生じた結核性リンパ節炎のことらしい。
③これまで疾病の機序や分類などの記載はなかったが、下の巻の「委中毒の針」あたりからは東洋医学的な病理説明が加わった。坂井豊作以外の者(同門の徒など)が代書したと思われた。
1.咳嗽の針
咳嗽に針術を施すのは、肺結核以外では針数を少なくし、数ヶ月の間は針を刺さなくてよい。そしてこの症状もまた服薬を主としないわけにはいかない。来院する多くは肺結核の治療になってしまうのだが。
2.頸項背等の強痛と肩痛の針
頸項背など強ばり痛んだり、肩痛に針するには、両耳下の大筋(=胸鎖乳突筋)、項の左右、両上腕外側の肘に至るまで刺し、それから背部二行線などを、定めた方法のように刺すべきである。
3.上腕痛の針
臑(=上腕)の痛みや、筋が固まって痛み、手を上げることができない、頭も回旋できない等の者に針するには、まず両耳下の胸鎖乳突筋を刺し、次に両肩を刺し、つぎに上腕外側の経を肩関節の角から経に沿って手首まで刺し、次に脇の下の前で、胸の方と上腕とを刺し、後図に示すように腋窩の後の経で。背中の方と上腕とを刺す。
この前後の二つの経で、上腕から肘までつかむように診察して、凝った部分を見つけたらすべて刺すべきである。次の背の二行も、第2腰椎から上を刺すべきである。まんでみて、ゴリゴリとした凝りが甚だしければ病んでいる絡である。この経を針する方法は、上から刺し始めて下に向かい、4寸ばかりの間に大抵3~4針ほど行う。わしづかみにして、そのゴリゴリとした凝りがはなはだしければ病絡と知るべきである。
4.鼓脹(=鼓腸)の針
鼓腸は難症であるが、腹皮に青筋が浮かんで見えないうちは、治すのが難しいわけでない。すでに青筋が浮いて見えるといっても、指でその皮膚を押してみると、指の跡がすぐに残る者(=軽度の浮腫)は、方剤を選び針術を併用するときは、それでも治るものである。
その皮膚に水が溜まり(=浮腫)、押圧した指跡がずっと消えない者は不治とする。
※鼓腸:ここでいう鼓腸とは、腸内ガスの異常貯留ではなく、腹水を示すらしい。
※腹壁静脈の怒張(メデューサの頭);門脈圧亢進症の所見。肝硬変を考える。
その針術は、両耳下の大筋(=胸鎖乳突筋)、両肩両手の内外経を上から手首までと、背の二行線、三行線、両足の内外経を股から脛まで刺すこと、これらを定めた方法で行う。軽症であれば1ヶ月ばかり刺し、重症であれば2~3ヶ月ばかり刺さなければ治せない。
5.留飲(=胸焼け)の針
胸焼けの針は、両肩と背中の二行を肩のあたりから腰椎あたりまで刺すことが常套方であるが、また両うなじの筋、両上腕の内外の経、背中の二行を、上から腰までをことごとく刺す病状もある。病症によって斟酌すべきである。ただ服薬を主として、軽症は半月、重要では2ヶ月ばかり針すれば、必ず高い効果がある。
6.痛風の針(附、白虎歴節風)
※歴節風(れきせつふう):痛みが関節から関節へと歴(めぐ)っていく病で、痛風の一タイプ。
※関節リウマチのことを、白虎歴節風と称した。
痛風に針するには、胸鎖乳突筋、両肩、両上肢の内外の経、両腋の下の前後の経、背中の二行三行、両下肢の内外の経を、すべて定められた方法で刺すべきである。数か所の絡をつまんでみて、凝っている絡のある所は針を多くして、凝っていない所は針を少なくする。また痛みは甚だしいところは、最も多く刺すべきである。そしてこの痛風症は、時々針の瞑眩がおこり、種々の症状が現れることもあるが、恐れることではない。必ず効果ある印である。
白虎歴節風(=関節リウマチ)に針するには、その甚だしく痛む所には、手を近づけることも難しい。このような者には、医師の手を触る時、針を徐々に患者が気づかない程度に刺すようにする。
随分気長く、徐々に行うのがよい。このようにして二針あるいは三針した後は、普段通りに刺しても、格別に針の痛みを感じない。この症状に刺すにも、経絡に従ってさすことは常套法であるが、格別に針の痛みを感ずることはない。しかし一定の方式にとらわれず、ただその痛む絡に対して、上下左右に刺針する場合もある。
7.鶴膝風(=変形性膝関節症)の針
※鶴膝風:変形性膝関節症の一タイプ。脚が萎えて鶴のように細くなる状態。あるいは膝関節炎で関節が鶴の膝のように大きくなった状態。
変形性膝関節症による膝が腫脹して痛む症状では、両耳下の胸鎖乳突筋、両肩、両上肢の内外の経、両腋の前後の経、背中の二行三行、両股の内外などをすべてつかみ、凝っている絡あれば、定められた方法により刺して後、痛む膝に対しては関節リウマチの針と同じようにすべきである。
この変形性膝関節症と、慢性リウマチの痛みに対する針法は、医師を悩ませるものであるが、紙と筆を使ってこの術を詳しく書くことは難しく。生身の患者ごとに、しっかりと考え巡らすようにする。その痛む膝に針する場合、たいてい20ヶ所ほど刺すべきである。
この鶴膝風は、脾の湿熱で蒸されて発病するものである。なので水や血に原因があり、血の渋滞が原因でおこる症状では、下肢や膝頭の出たところなど、ことごとく腫れて痛むようになる。水の鬱滞から発する症は、股と大腿の肉は減らないが激痛であり、ついに膝の多くに膿が生ずるにようになる(化膿性膝関節炎?。腫れが水腫とすれば重度の膝関節症)
8.委中毒の針
※委中毒=委中癰(よう)。膝関節の裏面にできる化膿した毛嚢炎や皮下膿瘍。
※癰:毛穴からの細菌が侵入した感染症。皮膚は赤く腫れて、疼痛を伴う。黄色ブドウ球菌が原因であることが多い。治療は、抗生物質の内服が必要である。皮膚切開が必要なことも多い。癰は、癤が悪化して複数の毛穴に細菌が感染することで引き起こされる疾患。排膿すると症状が改善され、2~4週間で治る。
本書でいう委中毒は、難症であることから、化膿性関節炎(関節内に細菌が侵入し化膿。関節局所の熱感・腫脹・疼痛の他に発熱)かもしれない。
その症状は、膝裏の陥凹部にある委中穴部が石のように硬く、わずかに赤く、わずかに腫れる。そして時期がすぎると暗紫色に変化し、自壊して液が流れる。その液は臭くて汚いので、触れないこと。
つぶれた後は、かえって大きく腫れ、疼痛、往来寒熱(熱が出たり引っ込んだり)し、膝頭の肉が削られたように細くなる。身体は痩せ、日ごとに疲労が増し、ついには死に至ることになる。
その病因は、遺伝性で脾胃不和し、経血が固まって発病することによる。針術を併用すれば必ず治療できるが、毒が十分に体内にある時は、治療は及ばない。その針術は、鶴膝風(=変形性膝関節症)と同じで、ただ患部に違いがあるのだから、その刺すところにも違いがあるだけである。
9.打撲の針
打撲症は、新旧ともに針術を施すのがよい。身体のどこであっても、みなその損傷した経絡を追って刺すべきである。たとえば手の曲池あたりを損傷すれば、肩のあたりからその経を追って手首あたりまで決まったやり方で刺す。その他どこの損傷であっても、みなこのやり方で行うとよい。
10.梅毒骨痛の針
※今日における梅毒は早期に医療にかかるのが普通なので、痛みを伴うまでには至ることはめったにない。ただし第4期(末期。罹患後10年以上)の神経梅毒になると、脊髄癆状態になることがある。脊髄癆は、脊髄の病変が徐々に進行し、体の痛み、瞳孔異常、歩行障害や感覚障害、排尿障害などが生じ、死に至ることも多い。江戸時代には効果のある治療法がなかったから梅毒による廃人や死が多かった。戦後からはペニシリンなどの注射や内服で治ることができるようになった。
梅毒で骨が疼き、あるいは筋絡の一二ヶ所、あるいは三、四ヶ所も隆起して、膿潰せず、痛んで歩行も自由にできない者は、服薬を主として針術を併用するのがよい。その針術を施すには、おおよそ打撲の針のように行う。軽症であれば七日、あるいは二十一日ほど施術する。重症であれば12ヶ月ばかり施術すれば、大いに効果ある。
11.小便不利(=排尿困難)または小便閉塞
排尿困難はや小便閉塞に針するには、両肩と背中の2行に刺す。もし重症ならが三行と股の左右の内外の経を刺す。とりわけ重症であれば、左右の膝から下の内外の経をさすべきである。
会陰打撲により小便が出ない者は、カテーテルを入れようとしても進まず、漢方薬をさまざま試すも、なお小便は出ない場合、特殊な方法を会得した。それは、患者の肛門に指を入れ、膀胱口あたりに相当するところを押圧すれば、必ず膀胱は反応し、便意を催し気味になる。指を肛門の中に入れるのはたいてい1寸から1寸4~5分の間である。尿道の位置を見定め、ランセット(外科用の小さなメス)で切り、尿道まで穴をあけると、たちどころに小便が出るものである。もし出難い時は、その針痕からカテーテルを入れれば、小便がよく通ずるものである。その後に小便漏らす者はいなくなる。私も初めはこれを恐れたのだが、習熟するにつれて恐れはなくなった。膀胱口あたりを切開し、カテーテルで小便を取り、その後に小便する時は、尿道中の血尿もなくなり。針痕も塞がって、少しも害はない。(訳者註:これは前立腺肥大症に対し、前立腺自体に刺入している)
12.癇疾の針
※癇疾=神経が過敏になり、痙攣を起こす病気。癇癪を起こすの「癇」。主として子どもに起こる。疳疾とは別物。
癇疾は服薬治療を主とするところだが、針術を併用するのがよいやり方である。その針術は、両耳下の筋(=胸鎖乳突筋)、両肩、両上肢、背部の二行、両下肢の経絡をことごとく刺すべきである。この症の針は、めまいや下血、あるいは吐血することもあるが、これを恐れず、7~8日間あるいは15日間針すれば効果がみられる、しかし1~2ヶ月、あるいは4~5ヶ月間も治療しなければ、全治することがない者もいる。
13.疳疾の針
※疳疾:甘い物の食べ過ぎによって起こるという胃腸の病気。 主として子どもが起こす。曲直瀬道三がいうには、日が経過し、食事量が多く肥えた人が罹患する病気である。
※曲直瀬道三(まなせどうさん):戦国時代の新興の医師。それ以前、僧侶は文字を読めることから医を兼ねており、単に症状に対して書物に書いてある通りの処方する存在さっだ。患者を診察し病態をつかみ薬を処方するという、今日の診療方式を始めて実践した。加えて初めての民間医学校を建設した。著書に「啓迪(けいてき)集」がある。斎藤道三(戦国大名)はまったくの別人。
※疳の虫切り:かつて疳の虫の治療として、お寺で「疳の虫封じ」が行われていた。乳幼児の手掌に呪文を書き、塩水で洗う。徐々に乾いていくと指の先に小さな糸状のものが湧いて出て、それがまるで虫のように見える。これを体内から疳の虫を追い出したと表現をする。
この種明かしは単純で、洗面器に入れた塩水の中に、少量の綿を混ぜておくもの。
※疳の虫は、やがて母乳は毒に変化するとされていた。この文言は、いつまでも母乳できない乳児をいましめたものである。実際、母乳だけでは栄養不足となるので、1歳半頃には離乳が必要である。
甘い食物に起因したひきつけ。二十歳より下の者を疳とよび、二十歳より上の者を勞という。その多くは、小児が肉を食べることが多い場合である。こってりしていて甘い味、甘味を食べることが多いことにより、脾胃に熱が過剰になり、あるいは積(しゃく)。あるいは疼痛などを生じている者である。
しかしながらその熱虚であるから、みだりに涼薬を飲みすぎではならない。その虚を治療する際も、温補を用いてはならない。疳には熱疳・冷疳・五疳の種類がある。五疳とは、驚疳・風疳・食疳・氣疳・急疳である。針術は、たいてい驚風の針の方法通りに行うとよい。
14.馬刀癧(馬刀瘰癧)の針
※馬刀(=斬馬刀 ざんばとう)は、敵の馬を斬るのではなく、騎馬上から敵騎兵や歩兵めがけての突きや切り払いをおこなうもので、通常の太刀より長く刃先の方が重い。遠心力を利用して大きく振り回すので膂力が必要だった。
※瘰癧とは結核性頸部リンパ節炎のことで、塊が耳の前後、頥頷、頚喉、胸脇にできた。胸脇にできたもの(腋窩リンパ節炎)を、とくに馬刀癧とよんだ。いずれも感染巣から結核菌が運ばれて発症する。現在では結核よりも癌の方が問題視され、乳がんがリンパ節転移しているとして乳房切除の対象となる。
馬刀癧の症状に対する針も、前述した瘰癧のようにおこなってよい。
15.氣腫の針
※気腫:今日で気腫というと閉塞性呼吸障害である肺気腫をさすが、本書では前頸部でオトガイ下に生じた結核性頸部リンパ節炎のことをさすらしい。結核は肺にできることが最も多いが、進行するといろいろな身体部位に結核菌が波及して、罹患部位に瘰癧(結核性リンパ節の腫脹)を発する。
気腫はおとがいの下に結核が波及して、外邪の影響を受けるたびに、赤く腫れて痛みがある。その傷口は、急には開くことはないが、後にはついに膿が潰れる、なかなか良くならない。この針は、瘰癧の針の方法と同じでよい。
16.蝦蟆瘟の針
※蝦蟆(がま)とはガマガエルのことで、別称はヒキガエル。瘟とは発熱を意味する。蝦蟆瘟(がまおん=流行性耳下腺炎)の別称は、おたふくかぜで、頬の唾液腺が腫脹しヒキガエルのようになる。ウィルス感染症。1~2週間で治癒する。
蝦蟆瘟の針法も、瘰癧の針のように行う。
17.傷寒發頤(はつい)の針
※発頤:おとがい(=頤)に発生する一種の化膿性の感染。發頤の原因として、傷寒・温病・麻疹の後期に続発する。汗が滞って出にくいのが原因で「汗毒」ともいう。膿腫が次第に増大し熱痛も激しくなる。
傷寒とは、流行病のこと。針術は瘰癧ノ方法と同じようにする。
18.癖疾(かたかい)の針
癖疾は、一般にはカタカイ(語源不詳)とよぶ。胃腸に食物がたまり、腹がふくれる小児の病。この多くは乳母の六淫七情から起こる。飲食停滞し、邪氣との戦いで起こる。針法は、驚風(小児ひきつけ)の針と同じように行う。
19.小児驚風(小児のひきつけ)の針
小児のひきつけには陰陽の二型がある。身熱し、顔赤く、ちく搦(=筋痙攣)を起こし、目が上を見て、口を固くしめる者は、陽の急性の驚風である。
嘔吐して後、また嘔吐して下痢しない。日に日に虚弱となり、あるいは顔色は白く脾虚となる。あるいは冷えが原因でひきつけを発し、またひきつけは強いものではなく、目が上に向くのもわずかで、手足が微動するものは、陰の驚風とする。
針は両耳下の胸鎖乳突筋、両肩、上肢の内外の経を、肩関節のところから手足のまでを刺し、また両腋の下の前後経も凝りがあれば、すべて刺すのがよい。それより背の二行三行、両下肢の内外の経も、凝りあればことごとく刺すべきである。
それより背の両二行三行、両下肢の内外の経を、大腿ともに刺す。いずれの経であっても
つかんで凝った絡を発見したら針を多く刺す。凝った絡なければ針を少なく刺す。あるは刺さなくてもよい。これは陰陽の両症ともに同じ。
20.氣絶の針
肋骨、コメカミ、眉骨などの禁穴を打撲し、あるいは陰嚢を圧迫し、そのほか一切の気絶に対して針するには、風池、風府の2穴、カスミ目の部(?)に2穴。背中の二行を上から腰まで刺すべきである。
しかしながらこの症は、上唇をつまんで引き、人中穴のあたりが固くなる者と、小腹(=下腹部)が非常に柔らかい者は、蘇生できない。
また、神闕と湧泉とに針する。神闕は臍の中にあり、その穴を刺すには、臍より7~8分上で任脈の3分ばかり脇から臍の中心に向かって左右から刺す。湧泉は足心である。 この穴を刺すには、足の踵の内側の方から、足心へ向かって刺すようにし、両足それそれ2針ばかり行う。
また、一方、十四経中に「門」の名のある穴は、ことごとくこの方法で刺すがよい。その穴の取穴は以下の通り。以下経穴のみ記し、取穴法は省略。
雲門(肺)、梁門(胃)、關門(胃)、滑肉門(胃)、箕門(脾)、衝門(脾)、神門(心)
風門(膀)、殷門(膀)、魂門(膀)、肓門(膀)、金門(膀)、幽門(腎)、郄門(包)
液門(三)、耳門(三)、京門(胆)、章門(肝)、期門(肝)。瘂門(督)、石門(任)
以上の22穴への針で、気を内に閉じ込めておく理由は、その気を発達させようとするからである。これをもって閉じた門を開く正しい道だから、穴ごとに「門」の字がある。これゆえに長患いの病で虚の状態の者、あるいは陰陽の気を体内ですべて費やす者に対しては、効果がない。とはいえ、ただ禁穴を打撲し、あるいは異形の者に驚き、あるいは実症あるいは急病の者など、内に陰陽の気、いまだまた出しつくせず、気絶する症に施すべきである。
経穴の名といえど、古人のむやみな文字を用いないことで知るべきである。
気絶を救う処置 (略)
14.馬刀癧(馬刀瘰癧)の針
※馬刀は、騎馬上から敵騎兵や歩兵めがけての突きや切り払いをおこなうもので、通常の太刀より長く刃先の方が重い。遠心力を利用して大きく振り回す。
※瘰癧とは結核性頸部リンパ節炎のことで、塊が耳の前後、頥頷、頚喉、胸脇にできた。胸脇にできたものを、とくに馬刀癧とよんだ。
いずれも感染巣から結核菌が運ばれて発症する。
馬刀癧の症状に対する針も、前述した瘰癧のようにおこなってよい。
15.氣腫の針
気腫はおとがいの下に結核が波及して、外邪の影響を受けるたびに、赤く腫れて痛みがある。その傷口は、急には開くことはないが、後にはついに膿が潰れる、なかなか良くならない。この針は、瘰癧の針の方法と同じでよい。
※気腫:今日で気腫というと閉塞性呼吸障害である肺気腫をさすが、本書では前頸部でオトガイ下に生じた結核性頸部リンパ節炎のことをさすらしい。
16.蝦蟆瘟の針
※蝦蟆:ヒキガエルのこと。ガマガエルは別称。
蝦蟆瘟(がまおん=流行性耳下腺炎)の別称は、おたふくかぜで、頬の唾液腺が腫脹しヒキガエルのようになる。瘟は発熱を意味する。ウィルス感染症。1~2週間で治癒する。
蝦蟆瘟の針法も、瘰癧の針のように行う。
17.傷寒發頤(はつい)の針
※発頤:おとがい(=頤)に発生する一種の化膿性の感染。發頤の原因として、傷寒・温病・麻疹の後期に続発する。汗が滞って出にくいのが原因で「汗毒」ともいう。膿腫が次第に増大し熱痛も激しくなる。
針術は瘰癧ノ方法と同じようにする。
19.癖疾(かたかい)の針
癖疾は、一般にはカタカイ(語源不詳)とよぶ。胃腸に食物がたまり、腹がふくれる小児の病。この多くは乳母の六淫七情から起こる。飲食停滞し、邪氣との戦いで起こる。針法は、驚風(小児ひきつけ)の針と同じように行う。
20.小児驚風(小児のひきつけ)の針
小児のひきつけには陰陽の二型がある。身熱し、顔赤く、ちく搦(=筋痙攣)を起こし、目が上を見て、口を固くしめる者は、陽の急性の驚風である。
嘔吐して後、また嘔吐して下痢しない。日に日に虚弱となり、あるいは顔色は白く脾虚となる。あるいは冷えが原因でひきつけを発し、またひきつけは強いものではなく、目が上に向くのもわずかで、手足が微動するものは、陰の驚風とする。
針は両耳下の胸鎖乳突筋、両肩、上肢の内外の経を、肩関節のところから手足のまでを刺し、また両腋の下の前後経も凝りがあれば、すべて刺すのがよい。それより背の二行三行、両下肢の内外の経も、凝りあればことごとく刺すべきである。
それより背の両二行三行、両下肢の内外の経を、大腿ともに刺す。いずれの経であっても
つかんで凝った絡を発見したら針を多く刺す。凝った絡なければ針を少なく刺す。あるは刺さなくてもよい。これは陰陽の両症ともに同じ。
21.疳疾の針
※疳疾:神経が過敏になって、けいれんなどを起こす病気。 疳の虫。また甘い物の食べ過ぎによって起こるという胃腸の病気。 主として子どもが起こす。
曲直瀬道三がいうには、日が経過し、食事量が多く肥えた人が罹患する病気である。
甘い食物に起因したひきつけ(疳)を乾とよぶ。憔悴してちが少ない。二十歳より下の者を疳とよび、二十歳より上の者を勞という。その多くは、小児が肉を食べることが多い場合である。
こってりしていて甘い味、甘味を食べることが多いことにより、脾胃に熱が過剰になり、あるいは積(しゃく)。あるいは疼痛などを生じている者である。
しかしながらその熱虚であるゆえに、みだりに涼薬を飲みすぎではならない。その虚を
治療するも、きびすく温補を用いてはならない。そして熱疳・冷疳・五疳の種類がある。五疳とは、驚疳・風疳・食疳・氣疳・急疳である。
針術は、たいてい驚風の針の方法通りに行うとよい。
※曲直瀬道三(まなせどうさん):戦国時代の新興の医師。それ以前、僧侶は文字を読めることから医を兼ねており、単に症状に対して書物に書いてある通りの処方する存在さっだ。患者を診察し、病態をつかみ、薬を処方するという、今日の診療方式を始めて実践した。その上、初めての民間医学校を建設した。
22.氣絶の針
肋骨、コメカミ、眉骨などの禁穴を打撲し、あるいは陰嚢を圧迫し、そのほか一切の気絶に対して針するには、風池、風府の2穴、カスミ目の部(?)に2穴。背中の二行を上から腰まで刺すべき。
しかしながらこの症は、上唇をつまんで引き、人中穴のあたりが固くなる者と、小腹が非常に柔らかい者とは、蘇生できない。
また、神闕と湧泉とに針する。神闕は臍の中にあり、その穴を刺すには、臍より7~8分上で任脈の3分ばかり脇から臍の中心に向かって左右から刺す。湧泉は足心である。 この穴を刺すには、足の踵の内側の方から、足心へ向かって刺すようにし、両足それそれ2針ばかり行う。
また、一方、十四経中に「門」の名のある穴は、ことごとくこの方法で刺すがよい。その穴の取穴は以下の通り。以下経穴のみ記し、取穴法は省略。
雲門(肺)、梁門(胃)、關門(胃)、滑肉門(胃)、箕門(脾)、衝門(脾)、神門(心)
風門(膀)、殷門(膀)、魂門(膀)、肓門(膀)、金門(膀)、幽門(腎)、郄門(包)
液門(三)、耳門(三)、京門(胆)、章門(肝)、期門(肝)。瘂門(督)、石門(任)
以上の22穴への針で、気を内に閉じ込めておく理由は、その気を発達させようとするからである。これをもって閉じた門を開く正しい道だから、穴ごとに「門」の字がある。これゆえに長患いの病で虚の状態の者、あるいは陰陽の気を体内ですべて費やす者に対しては、効果がない。とはいえ、ただ禁穴を打撲し、あるいは異形の者に驚き、あるいは実症あるいは急病の者など、内に陰陽の気、いまだまた出しつくせず、気絶する症に施すべきである。
経穴の名といえど、古人のむやみな文字を用いないことで知るべきである。
気絶を救う処置 (略)