AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

坂井豊作著<鍼術秘要 下の巻>現代文訳と解説

2025-02-16 | 古典概念の現代的解釈

鍼術秘要 上の巻の現代文訳と解説 https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/3c8fcd917865f6c0e1957f83c629908b

鍼術秘要 中の巻の現代文訳と解説   https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/a2b4f8109cb944ad7ca6494031605d7b


下の巻の印象


①<下の巻>は、多種多様の症状に対する針術を記しているが、治療方法はどれもほぼ同じで、胸鎖乳突筋、上肢の陰経陽経、下肢の陰経陽経、背部二行三行の皮下組織をつまんで(絡を診ると表現している)、緊張部に対してまんべんなく多数の横刺をするという治療につきる。すなわち病名にこだわらず、全身を流れる経絡の巡行を整えることにあるらしい。

②現代の内科疾患に相当すると思える症状で、かつ針灸の場でまず診ない病も次々に出てきた。現代医学ではこのような診断になるだろうと予想できるものもあれば、まったく分からない病名もあった。いずれにせよ現代医学の観点から眺めると、当時の医療の限界が知れる。坂井が著した治療方法で治るはずもなく、効果判定も甘い。参考になる治療法はないが、江戸時代当時の医家の疾病観を知ることができ、興味深いことではある。現代用語としては使われなくなった病名でも、こうではないかと思う現代疾患に置き換えてみた。

a.鼓腸とは腸内ガス貯留ではなく腹水のだろうか。腹皮に青筋が浮かぶ状態とは、腹壁静脈怒張でメデューサの頭だろうか。
b.痛風は昔も今も同じ病態だが、歴節風とはあちらこちらに移動する痛みのこと。さらに白虎歴節風は関節リウマチを意味する。鶴膝風とは変形性膝関節症で大腿筋が萎縮したせいで膝関節が大きく見える状態。  
c.委中毒とは、委中穴あたりにできた毛囊炎あるいは皮下膿瘍。
d.現代の梅毒は痛む病と認識されていないが、江戸時代には治療薬もないことから、ゆっくりと進行する死の病だった。梅毒骨痛とは、末期の梅毒で脊髄癆状態を示すものだろう。
e.排尿困難に対して、坂井豊作は独自の外科的治療を発案し試みている。小刀(ランセット)で直腸壁を開口し、膀胱直下の尿道まで刺入して尿道を傷付けると、排尿可能となると記している。前立腺肥大症に対する治療となるらしい。
f.結核のことを、当時は労咳(または労)とよんだ。結核によるリンパ節の腫れた部位により別々の異なった病名になった。瘰癧とは側頸部に、
気腫とはオトガイ下に、馬刀癧とは側胸部の生じた結核性リンパ節炎のことらしい。

③これまで疾病の機序や分類などの記載はなかったが、下の巻の「委中毒の針」あたりからは東洋医学的な病理説明が加わった。坂井豊作以外の者(同門の徒など)が代書したと思われた。


1.咳嗽の針

咳嗽に針術を施すのは、肺結核以外では針数を少なくし、数ヶ月の間は針を刺さなくてよい。そしてこの症状もまた服薬を主としないわけにはいかない。来院する多くは肺結核の治療になってしまうのだが。


2.頸項背等の強痛と肩痛の針


頸項背など強ばり痛んだり、肩痛に針するには、両耳下の大筋(=胸鎖乳突筋)、項の左右、両上腕外側の肘に至るまで刺し、それから背部二行線などを、定めた方法のように刺すべきである。


3.上腕痛の針


臑(=上腕)の痛みや、筋が固まって痛み、手を上げることができない、頭も回旋できない等の者に針するには、まず両耳下の胸鎖乳突筋を刺し、次に両肩を刺し、つぎに上腕外側の経を肩関節の角から経に沿って手首まで刺し、次に脇の下の前で、胸の方と上腕とを刺し、後図に示すように腋窩の後の経で。背中の方と上腕とを刺す。

この前後の二つの経で、上腕から肘までつかむように診察して、凝った部分を見つけたらすべて刺すべきである。次の背の二行も、第2腰椎から上を刺すべきである。まんでみて、ゴリゴリとした凝りが甚だしければ病んでいる絡である。この経を針する方法は、上から刺し始めて下に向かい、4寸ばかりの間に大抵3~4針ほど行う。わしづかみにして、そのゴリゴリとした凝りがはなはだしければ病絡と知るべきである。

 

4.鼓脹(=鼓腸)の針

鼓腸は難症であるが、腹皮に青筋が浮かんで見えないうちは、治すのが難しいわけでない。すでに青筋が浮いて見えるといっても、指でその皮膚を押してみると、指の跡がすぐに残る者(=軽度の浮腫)は、方剤を選び針術を併用するときは、それでも治るものである。

その皮膚に水が溜まり(=浮腫)、押圧した指跡がずっと消えない者は不治とする。 
※鼓腸:ここでいう鼓腸とは、腸内ガスの異常貯留ではなく、腹水を示すらしい。
※腹壁静脈の怒張(メデューサの頭);門脈圧亢進症の所見。肝硬変を考える。

その針術は、両耳下の大筋(=胸鎖乳突筋)、両肩両手の内外経を上から手首までと、背の二行線、三行線、両足の内外経を股から脛まで刺すこと、これらを定めた方法で行う。軽症であれば1ヶ月ばかり刺し、重症であれば2~3ヶ月ばかり刺さなければ治せない。


5.留飲(=胸焼け)の針

胸焼けの針は、両肩と背中の二行を肩のあたりから腰椎あたりまで刺すことが常套方であるが、また両うなじの筋、両上腕の内外の経、背中の二行を、上から腰までをことごとく刺す病状もある。病症によって斟酌すべきである。ただ服薬を主として、軽症は半月、重要では2ヶ月ばかり針すれば、必ず高い効果がある。

 

6.痛風の針(附、白虎歴節風)

※歴節風(れきせつふう):痛みが関節から関節へと歴(めぐ)っていく病で、痛風の一タイプ。
※関節リウマチのことを、白虎歴節風と称した。

痛風に針するには、胸鎖乳突筋、両肩、両上肢の内外の経、両腋の下の前後の経、背中の二行三行、両下肢の内外の経を、すべて定められた方法で刺すべきである。数か所の絡をつまんでみて、凝っている絡のある所は針を多くして、凝っていない所は針を少なくする。また痛みは甚だしいところは、最も多く刺すべきである。そしてこの痛風症は、時々針の瞑眩がおこり、種々の症状が現れることもあるが、恐れることではない。必ず効果ある印である。

白虎歴節風(=関節リウマチ)に針するには、その甚だしく痛む所には、手を近づけることも難しい。このような者には、医師の手を触る時、針を徐々に患者が気づかない程度に刺すようにする。
随分気長く、徐々に行うのがよい。このようにして二針あるいは三針した後は、普段通りに刺しても、格別に針の痛みを感じない。この症状に刺すにも、経絡に従ってさすことは常套法であるが、格別に針の痛みを感ずることはない。しかし一定の方式にとらわれず、ただその痛む絡に対して、上下左右に刺針する場合もある。


7.鶴膝風(=変形性膝関節症)の針

※鶴膝風:変形性膝関節症の一タイプ。脚が萎えて鶴のように細くなる状態。あるいは膝関節炎で関節が鶴の膝のように大きくなった状態。

変形性膝関節症による膝が腫脹して痛む症状では、両耳下の胸鎖乳突筋、両肩、両上肢の内外の経、両腋の前後の経、背中の二行三行、両股の内外などをすべてつかみ、凝っている絡あれば、定められた方法により刺して後、痛む膝に対しては関節リウマチの針と同じようにすべきである。

この変形性膝関節症と、慢性リウマチの痛みに対する針法は、医師を悩ませるものであるが、紙と筆を使ってこの術を詳しく書くことは難しく。生身の患者ごとに、しっかりと考え巡らすようにする。その痛む膝に針する場合、たいてい20ヶ所ほど刺すべきである。
この鶴膝風は、脾の湿熱で蒸されて発病するものである。なので水や血に原因があり、血の渋滞が原因でおこる症状では、下肢や膝頭の出たところなど、ことごとく腫れて痛むようになる。水の鬱滞から発する症は、股と大腿の肉は減らないが激痛であり、ついに膝の多くに膿が生ずるにようになる(化膿性膝関節炎?。腫れが水腫とすれば重度の膝関節症)


8.委中毒の針       


※委中毒=委中癰(よう)。膝関節の裏面にできる化膿した毛嚢炎や皮下膿瘍。

※癰:毛穴からの細菌が侵入した感染症。皮膚は赤く腫れて、疼痛を伴う。黄色ブドウ球菌が原因であることが多い。治療は、抗生物質の内服が必要である。皮膚切開が必要なことも多い。癰は、癤が悪化して複数の毛穴に細菌が感染することで引き起こされる疾患。排膿すると症状が改善され、2~4週間で治る。

本書でいう委中毒は、難症であることから、化膿性関節炎(関節内に細菌が侵入し化膿。関節局所の熱感・腫脹・疼痛の他に発熱)かもしれない。
その症状は、膝裏の陥凹部にある委中穴部が石のように硬く、わずかに赤く、わずかに腫れる。そして時期がすぎると暗紫色に変化し、自壊して液が流れる。その液は臭くて汚いので、触れないこと。
つぶれた後は、かえって大きく腫れ、疼痛、往来寒熱(熱が出たり引っ込んだり)し、膝頭の肉が削られたように細くなる。身体は痩せ、日ごとに疲労が増し、ついには死に至ることになる。                  
その病因は、遺伝性で脾胃不和し、経血が固まって発病することによる。針術を併用すれば必ず治療できるが、毒が十分に体内にある時は、治療は及ばない。その針術は、鶴膝風(=変形性膝関節症)と同じで、ただ患部に違いがあるのだから、その刺すところにも違いがあるだけである。


9.打撲の針


打撲症は、新旧ともに針術を施すのがよい。身体のどこであっても、みなその損傷した経絡を追って刺すべきである。たとえば手の曲池あたりを損傷すれば、肩のあたりからその経を追って手首あたりまで決まったやり方で刺す。その他どこの損傷であっても、みなこのやり方で行うとよい。


10.梅毒骨痛の針


※今日における梅毒は早期に医療にかかるのが普通なので、痛みを伴うまでには至ることはめったにない。ただし第4期(末期。罹患後10年以上)の神経梅毒になると、脊髄癆状態になることがある。脊髄癆は、脊髄の病変が徐々に進行し、体の痛み、瞳孔異常、歩行障害や感覚障害、排尿障害などが生じ、死に至ることも多い。江戸時代には効果のある治療法がなかったから梅毒による廃人や死が多かった。
戦後からはペニシリンなどの注射や内服で治ることができるようになった。

梅毒で骨が疼き、あるいは筋絡の一二ヶ所、あるいは三、四ヶ所も隆起して、膿潰せず、痛んで歩行も自由にできない者は、服薬を主として針術を併用するのがよい。その針術を施すには、おおよそ打撲の針のように行う。軽症であれば七日、あるいは二十一日ほど施術する。重症であれば12ヶ月ばかり施術すれば、大いに効果ある。


11.小便不利(=排尿困難)または小便閉塞


排尿困難はや小便閉塞に針するには、両肩と背中の2行に刺す。もし重症ならが三行と股の左右の内外の経を刺す。とりわけ重症であれば、左右の膝から下の内外の経をさすべきである。
会陰打撲により小便が出ない者は、カテーテルを入れようとしても進まず、漢方薬をさまざま試すも、なお小便は出ない場合、特殊な方法を会得した。それは、患者の肛門に指を入れ、膀胱口あたりに相当するところを押圧すれば、必ず膀胱は反応し、便意を催し気味になる。指を肛門の中に入れるのはたいてい1寸から1寸4~5分の間である。尿道の位置を見定め、ランセット(外科用の小さなメス)で切り、尿道まで穴をあけると、たちどころに小便が出るものである。もし出難い時は、その針痕からカテーテルを入れれば、小便がよく通ずるものである。その後に小便漏らす者はいなくなる。私も初めはこれを恐れたのだが、習熟するにつれて恐れはなくなった。膀胱口あたりを切開し、カテーテルで小便を取り、その後に小便する時は、尿道中の血尿もなくなり。針痕も塞がって、少しも害はない。(訳者註:これは前立腺肥大症に対し、前立腺自体に刺入している)


12.癇疾の針


※癇疾=神経が過敏になり、痙攣を起こす病気。癇癪を起こすの「癇」。主として子どもに起こる。疳疾とは別物。


癇疾は服薬治療を主とするところだが、針術を併用するのがよいやり方である。その針術は、両耳下の筋(=胸鎖乳突筋)、両肩、両上肢、背部の二行、両下肢の経絡をことごとく刺すべきである。この症の針は、めまいや下血、あるいは吐血することもあるが、これを恐れず、7~8日間あるいは15日間針すれば効果がみられる、しかし1~2ヶ月、あるいは4~5ヶ月間も治療しなければ、全治することがない者もいる。


13.疳疾の針


※疳疾:甘い物の食べ過ぎによって起こるという胃腸の病気。 主として子どもが起こす。
曲直瀬道三がいうには、日が経過し、食事量が多く肥えた人が罹患する病気である。
※曲直瀬道三(まなせどうさん):戦国時代の新興の医師。それ以前、僧侶は文字を読めることから医を兼ねており、単に症状に対して書物に書いてある通りの処方する存在さっだ。患者を診察し病態をつかみ薬を処方するという、今日の診療方式を始めて実践した。加えて初めての民間医学校を建設した。著書に「啓迪(けいてき)集」がある。斎藤道三(戦国大名)はまったくの別人。
※疳の虫切り:かつて疳の虫の治療として、お寺で「疳の虫封じ」が行われていた。乳幼児の手掌に呪文を書き、塩水で洗う。徐々に乾いていくと指の先に小さな糸状のものが湧いて出て、それがまるで虫のように見える。これを体内から疳の虫を追い出したと表現をする。
この種明かしは単純で、洗面器に入れた塩水の中に、少量の綿を混ぜておくもの。
※疳の虫は、やがて母乳は毒に変化するとされていた。この文言は、いつまでも母乳できない乳児をいましめたものである。実際、母乳だけでは栄養不足となるので、1歳半頃には離乳が必要である。

甘い食物に起因したひきつけ。二十歳より下の者を疳とよび、二十歳より上の者を勞という。その多くは、小児が肉を食べることが多い場合である。こってりしていて甘い味、甘味を食べることが多いことにより、脾胃に熱が過剰になり、あるいは積(しゃく)。あるいは疼痛などを生じている者である。
しかしながらその熱虚であるから、みだりに涼薬を飲みすぎではならない。その虚を治療する際も、温補を用いてはならない。疳には熱疳・冷疳・五疳の種類がある。五疳とは、驚疳・風疳・食疳・氣疳・急疳である。針術は、たいてい驚風の針の方法通りに行うとよい。


14.馬刀癧(馬刀瘰癧)の針    


※馬刀(=斬馬刀
ざんばとう)は、敵の馬を斬るのではなく、騎馬上から敵騎兵や歩兵めがけての突きや切り払いをおこなうもので、通常の太刀より長く刃先の方が重い。遠心力を利用して大きく振り回すので膂力が必要だった。

※瘰癧とは結核性頸部リンパ節炎のことで、塊が耳の前後、頥頷、頚喉、胸脇にできた。胸脇にできたもの(腋窩リンパ節炎)を、とくに馬刀癧とよんだ。いずれも感染巣から結核菌が運ばれて発症する。現在では結核よりも癌の方が問題視され、乳がんがリンパ節転移しているとして乳房切除の対象となる。
 


    
馬刀癧の症状に対する針も、前述した瘰癧のようにおこなってよい。

 15.氣腫の針

※気腫:今日で気腫というと閉塞性呼吸障害である肺気腫をさすが、本書では前頸部でオトガイ下に生じた結核性頸部リンパ節炎のことをさすらしい。結核は肺にできることが最も多いが、進行するといろいろな身体部位に結核菌が波及して、罹患部位に瘰癧(結核性リンパ節の腫脹)を発する。

気腫はおとがいの下に結核が波及して、外邪の影響を受けるたびに、赤く腫れて痛みがある。その傷口は、急には開くことはないが、後にはついに膿が潰れる、なかなか良くならない。この針は、瘰癧の針の方法と同じでよい。


16.蝦蟆瘟の針              

※蝦蟆(がま)とはガマガエルのことで、別称はヒキガエル。瘟とは発熱を意味する。
蝦蟆瘟(がまおん=流行性耳下腺炎)の別称は、おたふくかぜで、頬の唾液腺が腫脹しヒキガエルのようになる。ウィルス感染症。1~2週間で治癒する。
蝦蟆瘟の針法も、瘰癧の針のように行う。


17.傷寒發頤(はつい)の針       


※発頤:おとがい(=頤)に発生する一種の化膿性の感染。發頤の原因として、傷寒・温病・麻疹の後期に続発する。汗が滞って出にくいのが原因で「汗毒」ともいう。膿腫が次第に増大し熱痛も激しくなる。

傷寒とは、流行病のこと。針術は瘰癧ノ方法と同じようにする。

 

18.癖疾(かたかい)の針

癖疾は、一般にはカタカイ(語源不詳)とよぶ。胃腸に食物がたまり、腹がふくれる小児の病。この多くは乳母の六淫七情から起こる。飲食停滞し、邪氣との戦いで起こる。針法は、驚風(小児ひきつけ)の針と同じように行う。

        

19.小児驚風(小児のひきつけ)の針

小児のひきつけには陰陽の二型がある。身熱し、顔赤く、ちく搦(=筋痙攣)を起こし、目が上を見て、口を固くしめる者は、陽の急性の驚風である。

嘔吐して後、また嘔吐して下痢しない。日に日に虚弱となり、あるいは顔色は白く脾虚となる。あるいは冷えが原因でひきつけを発し、またひきつけは強いものではなく、目が上に向くのもわずかで、手足が微動するものは、陰の驚風とする。

針は両耳下の胸鎖乳突筋、両肩、上肢の内外の経を、肩関節のところから手足のまでを刺し、また両腋の下の前後経も凝りがあれば、すべて刺すのがよい。それより背の二行三行、両下肢の内外の経も、凝りあればことごとく刺すべきである。

それより背の両二行三行、両下肢の内外の経を、大腿ともに刺す。いずれの経であっても
つかんで凝った絡を発見したら針を多く刺す。凝った絡なければ針を少なく刺す。あるは刺さなくてもよい。これは陰陽の両症ともに同じ。


20.氣絶の針


肋骨、コメカミ、眉骨などの禁穴を打撲し、あるいは陰嚢を圧迫し、そのほか一切の気絶に対して針するには、風池、風府の2穴、カスミ目の部(?)に2穴。背中の二行を上から腰まで刺すべきである。

しかしながらこの症は、上唇をつまんで引き、人中穴のあたりが固くなる者と、小腹(=下腹部)が非常に柔らかい者は、蘇生できない。
また、神闕と湧泉とに針する。神闕は臍の中にあり、その穴を刺すには、臍より7~8分上で任脈の3分ばかり脇から臍の中心に向かって左右から刺す。湧泉は足心である。  この穴を刺すには、足の踵の内側の方から、足心へ向かって刺すようにし、両足それそれ2針ばかり行う。
また、一方、十四経中に「門」の名のある穴は、ことごとくこの方法で刺すがよい。その穴の取穴は以下の通り。以下経穴のみ記し、取穴法は省略。

雲門(肺)、梁門(胃)、關門(胃)、滑肉門(胃)、箕門(脾)、衝門(脾)、神門(心)
風門(膀)、殷門(膀)、魂門(膀)、肓門(膀)、金門(膀)、幽門(腎)、郄門(包)
液門(三)、耳門(三)、京門(胆)、章門(肝)、期門(肝)。瘂門(督)、石門(任)

以上の22穴への針で、気を内に閉じ込めておく理由は、その気を発達させようとするからである。これをもって閉じた門を開く正しい道だから、穴ごとに「門」の字がある。これゆえに長患いの病で虚の状態の者、あるいは陰陽の気を体内ですべて費やす者に対しては、効果がない。とはいえ、ただ禁穴を打撲し、あるいは異形の者に驚き、あるいは実症あるいは急病の者など、内に陰陽の気、いまだまた出しつくせず、気絶する症に施すべきである。
経穴の名といえど、古人のむやみな文字を用いないことで知るべきである。

気絶を救う処置  (略)

                      

 

14.馬刀癧(馬刀瘰癧)の針    
※馬刀は、騎馬上から敵騎兵や歩兵めがけての突きや切り払いをおこなうもので、通常の太刀より長く刃先の方が重い。遠心力を利用して大きく振り回す。
※瘰癧とは結核性頸部リンパ節炎のことで、塊が耳の前後、頥頷、頚喉、胸脇にできた。胸脇にできたものを、とくに馬刀癧とよんだ。
いずれも感染巣から結核菌が運ばれて発症する。 
    
馬刀癧の症状に対する針も、前述した瘰癧のようにおこなってよい。


15.氣腫の針

気腫はおとがいの下に結核が波及して、外邪の影響を受けるたびに、赤く腫れて痛みがある。その傷口は、急には開くことはないが、後にはついに膿が潰れる、なかなか良くならない。この針は、瘰癧の針の方法と同じでよい。
※気腫:今日で気腫というと閉塞性呼吸障害である肺気腫をさすが、本書では前頸部でオトガイ下に生じた結核性頸部リンパ節炎のことをさすらしい。

16.蝦蟆瘟の針              
※蝦蟆:ヒキガエルのこと。ガマガエルは別称。
蝦蟆瘟(がまおん=流行性耳下腺炎)の別称は、おたふくかぜで、頬の唾液腺が腫脹しヒキガエルのようになる。瘟は発熱を意味する。ウィルス感染症。1~2週間で治癒する。
蝦蟆瘟の針法も、瘰癧の針のように行う。

17.傷寒發頤(はつい)の針       
※発頤:おとがい(=頤)に発生する一種の化膿性の感染。發頤の原因として、傷寒・温病・麻疹の後期に続発する。汗が滞って出にくいのが原因で「汗毒」ともいう。膿腫が次第に増大し熱痛も激しくなる。
針術は瘰癧ノ方法と同じようにする。

 

 

19.癖疾(かたかい)の針
癖疾は、一般にはカタカイ(語源不詳)とよぶ。胃腸に食物がたまり、腹がふくれる小児の病。この多くは乳母の六淫七情から起こる。飲食停滞し、邪氣との戦いで起こる。針法は、驚風(小児ひきつけ)の針と同じように行う。
        

20.小児驚風(小児のひきつけ)の針
小児のひきつけには陰陽の二型がある。身熱し、顔赤く、ちく搦(=筋痙攣)を起こし、目が上を見て、口を固くしめる者は、陽の急性の驚風である。
嘔吐して後、また嘔吐して下痢しない。日に日に虚弱となり、あるいは顔色は白く脾虚となる。あるいは冷えが原因でひきつけを発し、またひきつけは強いものではなく、目が上に向くのもわずかで、手足が微動するものは、陰の驚風とする。

針は両耳下の胸鎖乳突筋、両肩、上肢の内外の経を、肩関節のところから手足のまでを刺し、また両腋の下の前後経も凝りがあれば、すべて刺すのがよい。それより背の二行三行、両下肢の内外の経も、凝りあればことごとく刺すべきである。

それより背の両二行三行、両下肢の内外の経を、大腿ともに刺す。いずれの経であっても
つかんで凝った絡を発見したら針を多く刺す。凝った絡なければ針を少なく刺す。あるは刺さなくてもよい。これは陰陽の両症ともに同じ。

21.疳疾の針
※疳疾:神経が過敏になって、けいれんなどを起こす病気。 疳の虫。また甘い物の食べ過ぎによって起こるという胃腸の病気。 主として子どもが起こす。
曲直瀬道三がいうには、日が経過し、食事量が多く肥えた人が罹患する病気である。
 甘い食物に起因したひきつけ(疳)を乾とよぶ。憔悴してちが少ない。二十歳より下の者を疳とよび、二十歳より上の者を勞という。その多くは、小児が肉を食べることが多い場合である。
こってりしていて甘い味、甘味を食べることが多いことにより、脾胃に熱が過剰になり、あるいは積(しゃく)。あるいは疼痛などを生じている者である。
しかしながらその熱虚であるゆえに、みだりに涼薬を飲みすぎではならない。その虚を
治療するも、きびすく温補を用いてはならない。そして熱疳・冷疳・五疳の種類がある。五疳とは、驚疳・風疳・食疳・氣疳・急疳である。
針術は、たいてい驚風の針の方法通りに行うとよい。
※曲直瀬道三(まなせどうさん):戦国時代の新興の医師。それ以前、僧侶は文字を読めることから医を兼ねており、単に症状に対して書物に書いてある通りの処方する存在さっだ。患者を診察し、病態をつかみ、薬を処方するという、今日の診療方式を始めて実践した。その上、初めての民間医学校を建設した。


22.氣絶の針
肋骨、コメカミ、眉骨などの禁穴を打撲し、あるいは陰嚢を圧迫し、そのほか一切の気絶に対して針するには、風池、風府の2穴、カスミ目の部(?)に2穴。背中の二行を上から腰まで刺すべき。
しかしながらこの症は、上唇をつまんで引き、人中穴のあたりが固くなる者と、小腹が非常に柔らかい者とは、蘇生できない。
また、神闕と湧泉とに針する。神闕は臍の中にあり、その穴を刺すには、臍より7~8分上で任脈の3分ばかり脇から臍の中心に向かって左右から刺す。湧泉は足心である。  この穴を刺すには、足の踵の内側の方から、足心へ向かって刺すようにし、両足それそれ2針ばかり行う。
また、一方、十四経中に「門」の名のある穴は、ことごとくこの方法で刺すがよい。その穴の取穴は以下の通り。以下経穴のみ記し、取穴法は省略。

雲門(肺)、梁門(胃)、關門(胃)、滑肉門(胃)、箕門(脾)、衝門(脾)、神門(心)
風門(膀)、殷門(膀)、魂門(膀)、肓門(膀)、金門(膀)、幽門(腎)、郄門(包)
液門(三)、耳門(三)、京門(胆)、章門(肝)、期門(肝)。瘂門(督)、石門(任)

以上の22穴への針で、気を内に閉じ込めておく理由は、その気を発達させようとするからである。これをもって閉じた門を開く正しい道だから、穴ごとに「門」の字がある。これゆえに長患いの病で虚の状態の者、あるいは陰陽の気を体内ですべて費やす者に対しては、効果がない。とはいえ、ただ禁穴を打撲し、あるいは異形の者に驚き、あるいは実症あるいは急病の者など、内に陰陽の気、いまだまた出しつくせず、気絶する症に施すべきである。
経穴の名といえど、古人のむやみな文字を用いないことで知るべきである。

気絶を救う処置  (略)
                        

 

 

 


坂井豊作著<鍼術秘要 上の巻>現代文訳と解説 ver.1.1

2025-02-15 | やや特殊な針灸技術

坂井豊作(1815〜1878年)は、江戸時代徳川末期の針医。坂井が48歳の時、小森頼愛(よりなる)典薬頭の門に入る。小森家に伝わる横刺術を研究し、1865年「鍼術秘要」を著わした。同世代の者で最も有名な者に石坂宗哲(『鍼灸説約』1812年)がいる。
 ※典薬頭:「典薬」は宮中や江戸幕府に仕えた医師のことで、「頭」は、その長官。 

坂井の鍼術の特徴は、経穴に刺すというより経絡に従って横刺するもので、経穴位置にこだわらず、丹念に指先で反応を捉えるのを特徴としていた。代田文誌は「針灸臨床ノート(下)」で、本書を、筋の反応点を指頭の触覚によってとらえ、これを克明に刺していったようで、それで著効をあげることができたのであろうと記した。代田文彦は、坂井豊作の横刺のことを「縫うように刺す」と表現していた。いわゆる鍼灸古典文献とは異なり、自分の考え方をしっかりと表明している点や、型にはまっていない記述スタイルが好印象である。

現代では、坂井流横刺は筋膜刺激として説明できそうだが、各症状に対する実際のテクニックはどのようなものだろうか。<鍼術秘要>は漢文で書かれているが、幸いなことに自然堂HPに、読み下し文が公開(漢方薬の説明部分は省略)されている。自然堂に感謝するとともに、これを底本として現代文への翻訳を試みた。本書は三部構成になっている。とりあえず「上」の部から着手してみた。ただし興味のわかない部分は省略した。
<鍼術秘要>には挿絵が多数載っている。なるべく鮮明な図をネットで発見して載せることにした。
本来、翻訳は私の得意な方ではなく、少なからず間違えもあると思う。間違えを発見された方は、
ご指摘をお願います。


1.はじめに

大昔からの治療の一つに針法があり、種々の病に施術した。しかし後世においてはついにその術を失った。その上、国中のヤブ医者が針術をするようになると、その方法がかえって道理のある術ということになってしまい、古人のやり方の針術を論じる者がいなくなった。
現在の針医と称する者は、口先では十四経の経穴を唱えてはいるが、その針治療する姿を見るに、腹痛む者には、その痛む処の筋を刺し、シコリのある者には、そのシコリ辺りを刺し、痙攣する者には、その痙攣部の筋を刺す、このような状態では、病んでいる経に針が命中することはない。もしも病経に命中した場合であっても、刺し方が正しくないが故に、針先がかすかに経絡にふれるに過ぎず、病を治すことは非常に稀である。私は古人の針の妙術を会得したわけではないが、現在の針の医術がつたないのを苦痛に感じ、ここに数十年間に経験してきたことを収録し、同志の者に示す。広く病人を救う手助けとなることを願うのみである。


2.針を腹部に刺す際の経絡の関係を論ずる

①針術が効果ある種々の疾患は、すべて肝の臓に関係することを知らねばならない。肝は筋を主どるからである。経絡は肉にあり、肉絡の集まるところは筋である。もし肝の臓が鬱滞し、あるいは心腎肝脾の四臓と調和しないときは、これらが主どる筋絡もまた鬱滞するから、肝はますます鬱滞して諸病を発症する。

②肝を池に例えると、筋絡は水路に例えられる。
雨が降って水があふれるような時、その池の水門が塞がっていたり、水路がつまっていたならば、池の土手は崩れ、また水路は壊れ、田園にまで被害がおよぶ。池の水はあふれ、水田が損害をうけるような頃に、池底をさらったり水門を開いたりしても事態は解決できない。

③肝の臓が鬱滞して、諸病が発症する時に際しては、腹部に針を刺すことに何の利点があろうか。ゆえに私の針術は、肝をはじめ他臓の部位に刺針せず、もっぱら経絡を刺すことにしている。水門を開き、水路に水を通せるようにしておけば、たとえ大雨が降って池が満水になっても、被害が及ぶことはないのである。
心腎肺脾の不和であれば肝が鬱滞し、種々の病が発症するといえども、その経絡に針を刺すならば、よく病苦を除く。これが私が数十年前から心がけていることである。

 初学の針(略):刺針の練習台として、ぬか枕を用意するという内容。本書では刺針に際して管針を使わず、捻挫針で刺入練習をしている。
 

3.針術の要点 

①私の針術は、直刺を好まず横刺をしている。なぜなら直刺は、針の根本まで肉中に入る場合でも、病経を通過するのは一~二分に過ぎない。これをもって効を得ることは少ない。横刺する時は、針先から針の根本まで、ことごとく病経に当たる。ゆえに直刺と比べれば、その効果は十倍となるからである。

※柳谷素霊は、その刺針のやり方は、押手の母指頭・示指頭で皮膚を撮み圧して、 針尖を指頭間に置き刺入する方法であり、この刺法は「霊枢官鍼篇」にあると記している。

②針を刺す時、深く肉中に入れたり、骨にあたる手応えを手に感じる時は、素早く抜き、改めて刺針し直すとよい。骨にあたれば針先は曲がり、あるいは折れることもある。
深く刺入する時は、禁針穴を貫いたり、心・肺・大動静脈に刺さることがあるからである。
首・肩・背中の第2~第5胸椎あたりでは、特に用心して直刺してはならない。誤って直刺したりすれば、その害は計り知れない。
また喉の下、胸骨の上際の陥凹しているところは、左右二寸ばかり間隙があり、慎重に針先が骨に触れないようにすべきである。この図も後に示す。

③下腹の丹田(=気海)を押按する際、はなはだ柔かく、押按すると溝のようになったり凹んだりする者には、針を施術してはならない。たとえ針しても治効を得ることはできない。
下腹を押按する際、皮膚表面が緊張してつっぱっていて、少し力を入れて按圧する時、腹底に力のない患者の多くは、心窩部や背部二行線がことごとくつっぱり、あるいは下痢している者である。このような者に針しても、治効は得難い。

④書物に掲げられた病のみ針術を行い、それ以外の病症には針してはならない、ということではない。この中のいくつかの病気に対しては針術は効果を得やすく、初学の者であっても患者を導きやすいからである。
針を刺して後、発熱・頭痛・上衝・目眩・嘔吐・食欲不振などの症状が出て、その病が一段と重く見えるみえることがある。これは針術の効果がある予兆であるから決して驚いてはならない。

⑤針術を施すには、まず布団を敷き、患者を側臥させ、足腰あたりに布団をかけ、風邪をひかせぬように注意すること。針術を終えた後といっても、たいてい半時(現在の約一時間)ばかりは静かに横臥させておくこと。

⑥すべて諸病の初発は軽症であるから、一日~二日または七~八日針して治す、とはいえ重症だったり半年や一二年の長い病期を経過した者は、たいてい五~六十日あるいは半年ばかりは治療すべきである。
慢性病や重病の者は、数十日あるいは数ヶ月間針すべき病状の場合、初回治療ではたいてい二十~三十ヶ所に刺針し、次の日から次第に多く刺し、百刺あるいは百四~五十ヶ所刺すこともある。

⑦すべての針術を施す際には、軽症重症に拘らず、遠くに出かけることや力仕事を禁ずる。
もしも遠くへ出歩いたり力仕事をしたりすれば、その病は元の状態に戻ってしまう。また足腰など下部の病では、下駄を履くのを禁ずること。

⑧針術を施すにおいて、患者は針の痛みに耐えかねることがある。これは呼吸閉塞の者または表熱のためにそうなっている者である。表熱のある者に針を刺す際、ところどころ刺痛を感ずる穴がある、これはその部に肺気が巡行していないので、皮膚が閉塞しているのが理由である、このような者は、指でこの辺りを揉んだりつかんだりして、運動させた後に刺すとよい。あるいはその痛む穴より5分ばかり傍に刺すとよい。

⑨表熱に対しては麻黄加柴胡あるいは小柴胡加麻黄葛根あるいは桂枝加葛根湯のような方剤を一~二日服用させて後に針をする。また常に呼吸閉塞の者は、この頃かかる症状や脉状を診察し、虚実を判定し、害がないようであれば麻黄湯・大青竜湯・葛根湯などを使って、後に針術を施すのがよい。

⑩十四経には数百数千の穴名があるり、それらの穴ごとに針の浅深・禁針などを説明している。それは直刺する場合の注意である。私の方法は横刺であるから、その見方とは別である。ただ十四経絡に従って針するのみである。

⑪刺した針が抜けにくい時は、その針の傍に別の針を一本刺せば、ただちに抜けやすくなるいものである。世にこれを迎え針という。

⑫針が筋中に折れ残った場合には、酸棗仁を一回煎服すれば抜け出ることもある。また筋肉中に消えてなくなることもある。またこの薬を服用しないで放置していたとしても、害となる者はいない。数日の後には小便となって出る者がいる。
医者になって間もなく、銀パイプの管を使って、尿閉を治療したことがある。誤って膀胱の出口あたりでカテーテルの先を切断してしまった。どうにもならず、クジラの長いペニスを膀胱内に送り進めると、その後に小便の出が良くなり、少しも害は起こらなかった。数年後であっても、患者はカテーテルの先端部は膀胱内に残留していることを気づかないと言った。その膀胱で消えてなくなるものだろうか? こうした経験から、銀パイプが膀胱内にあっても、害にはならないことを知るべきである。

⑬針術に補瀉の二つの方法がある。瀉針というのは針痕から病の気を漏らすようにする針のことをいう。補法というのは、血脈に穴を開けて、金気をつけて(?)体内に送り込むことである。ゆえに瀉針は、針を抜いた後に、その針痕を柔らかく揉み、あるいはさするのがよい。補の針は、針を抜いて直ちに指頭でその針痕に当て、気を漏らさないように、揉みつつ少し力を入れて押し込む。
ただし実際には補針の症状は非常に少なく、瀉針の症状ははるかに多い。補針を必要とする症状は、さまざまな病気のうち、温補剤を投与してから施術するのもよい。

⑭針を研ぐには、柔らかい砥石で針先を研ぎ、その後に厚い炭で針先を研ぐやり方がよい。

 五臓六腑を略図し、肝経を示す:横刺の治療対象は主に筋であり、五行で筋は肝に属するから、肝の治療が重要だと記した。
 古方、今方の漢方薬を説明し、対処法を示す(略)

 

4.腹痛の針
訳者註:示された診療法は、「肩こり」治療として記したものでないことに注意。横隔神経を介しての反射を利用したものだろう。座位で肩甲上部の僧帽筋をつまむよう引っ張り上げると、必ずゲップが出る患者がいたことを思い出した。

①触診法

  心下臍上が痛む者では、布団に側臥させ、腰から下にも布団をかぶせ、医師はその後ろに坐る。右手または左手の母指・示指・中指・環指の四指で首の根もとから肩先まで指でつまむと、下図のように肩の前後で、筋(肩甲上部僧帽筋)の境目を感ずる。それを指頭でつまんで、ゴリゴリとする。この時、患者も痛みを覚える。
凝った筋は大きく太く痛みが強い。肩の経絡の触診だけそうするのではなく、十四経絡みな同じく、この要領にする。

②刺針法
この肩甲上部にある経は、手の太陽小腸経である。首の付け根近くで後の処から、グリグリと凝った筋にかけて、肩の前方へ突き通すくらいに針を刺す。僧帽筋の前縁に向けて、後方から4~5分ずつ間を隔てて横刺する。およそ四~五本ほど針するとよい。
さらに肩井穴あたりの外方から、耳前の方に向け、斜めに一本刺すようにする。この刺針効果は、前記の針の二~三針と同様の効果をもつ妙術である。

その後、患者を腹臥位に寝かせ、片方の肩の小腸経と背中の膀胱経の二経にも刺すようにするほか、他部位にも同じように刺す。背部膀胱経の2行線(督脈の外方3寸)上では、第3胸椎の高さに並ぶように取穴する。上から下に斜刺し、椎骨に向かって少し斜めに刺す。(訳者註:皮下組織と筋をつまみ上げた状態で、横刺するのであれば、捻針で刺入したのだろう。杉山和一創案の管針法は、この150年前に誕生しているのだが)
第九胸椎の高さまで、少なくとも六~七本の針を刺すのが普通である。さらにその経絡上で殿部筋上際まで三~四針ほど刺すとよい。次に腹臥位のまま、もう片方の肩および背中の二行の走行に刺す。この背中の二行は足の太陽膀胱経になる。


5.足の太陽膀胱経の反応と刺針


①背部二行三行の反応の診かた

足の太陽膀胱経で背部二行と三行に針をするには、まず患者を側臥位にせしめ、医師はその後に座る。下図のように五指で脊椎の両傍にある溝をつくる筋を、両肩の下から臀部の上際まで、つまみ上げて診察する。ゴリゴリとして指に感ずる大絡(経脈から出た支流)は、健常者でも同様の所見をみるも、病者の肉絡は太く大きく、痛みを感ずることは健常者よりも甚だしい。この所見があるものを病んでいる絡とし、病絡でないものとの違いを分別する。

※訳者註:四指でつまみあげた組織は、最長筋とみなすのではなく、皮下組織だろう。それが太く大きく感ずるのは、浅層ファッシアが癒着していることを示すものだろう

①背部二行のへの横刺
背部の二行線に針する際、臍から上が痛む病症には、第二第三胸椎の両傍から、それぞれ1寸五~六分ばかりのところから、下図のように上から下に向け、少し椎体の方に斜めに向け、そのゴリゴリとする肉絡に刺すのだが、あまり深刺しないようにして、第九胸椎の両傍あたりまで二行の線に沿って、通常は左右それぞれ五~六針する。
ただし病の軽重によって、左右それぞれ二三針から七八針まですることもある。
第二腰椎より下は、針の数を少なくし、病症によっては針をしなくてもよい。

背中の左右の二行線三行線上で第二腰椎あたりの針は、側臥位で針を少し斜めに深く刺す。
ゴリゴリとする凝った絡と病症の状態によっては、脊椎の際(=背部一行線)から下方へ向け、少しくぼんだ方へ斜めに刺すこともある。ただし、このような針をする病症はかなり稀である。
 
※訳者註:胸椎から第一腰椎にかけて、背部二行線(棘突起外方1.5寸)から多数針を横刺するのに対し、第二腰椎以下の背部二行線にあまり針をしないのは、反応が出にくいからだろう。すなわち脊髄神経後枝の撮痛反応点が現れにくい領域だからだろう。

 

6.上腹の痛み

(中略)、臍上・心下・あるいは胸中が痛む者に針を施す場合、任脈に沿う痛みだけを問題にせず、両肩や背中の背部二行線上の、第二第三胸椎あたりから、第九胸椎あたりまで刺す。また前述したように首の両傍、両耳の後ろの筋、あるいは頸項、あるいは上腕あるいは腋窩の前後の経絡などに凝絡ある時は、すべてこれを刺すべきである。

針は第十胸椎より下に刺し、臀部の上部まで刺すこともある。

○ 心の痛みと胃部痛に対する針と方剤
心痛、胃部痛の針術とは、腹痛の針のやり方に従い、第2腰椎の上を刺すべきである。
◯咽喉が腫れて痛む時の針と方剤
 咽喉が痛む歳の針もまた心痛の針術と同様である。


7.下腹の痛み


臍下の下腹部が痛む者は、これも任脈だけを問題にせず、背中の背部二行、第二第三胸椎あたりから殿部上際まで刺すのがよい。

通常、腹痛の針は臍から上が痛む症状ならば、第二腰椎より上を多く刺し、臍から下が痛む症状なら、第二腰椎より下に繰り返し刺すのが普通である。それより三行線の章門から腰椎の上際まで刺すとよい。


8.腹の症状や腹のシコリに対する針


腹部の痙攣や硬結に対する針は、腹痛の針と同様である。

しかし臍のあたりで、石のように硬く可動性のないシコリでは、その腹の皮膚や表面の皮下脂肪はむしろ柔らかい。石のように固く塊の中には拍動があって(=腹部大動脈瘤?)、患者も非常に苦しむ。このような状況に対しては、背部の第二腰椎あたりで、その椎骨の際から、左右ともに脇腹の方に向け、針を少し斜めに向けて深く刺す。または左右の二行線においても、やはり針を深く刺すべきである。
そうとはいえ、この針は塊の状況により、斜刺あるいは直刺と適宜行う。また病症によっては三行から刺すこともある。私が針を深く刺すことは、この症にのみ限定して行っている。そしてこの針数は、病症に従い、適宜斟酌すべきである。その他の経絡に針することは、上記の通りである。
 回虫による痛みと食中毒による痛みは、服薬で効果あるもので、針術の主治ではない。

針術秘要 中の巻 現代文訳
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/3c8fcd917865f6c0e1957f83c629908b

 


間中喜雄著「PWドクター沖縄捕虜記」と平和碑  ver.2.2

2025-02-15 | 人物像

1.「PWドクター 沖縄捕虜記」とは

間中喜雄は医師となって間もなく招集を受け、5年余を軍隊で過ごしている。この間の最後の1年、すなわち終戦直前から沖縄本島での捕虜生活の様子が、自著「PWドクター 沖縄捕虜記」(1962年金剛社刊)に記録されている。なおPWとは、prisoner of war (戦争捕虜)のことである。私は35年ほど前に古本で800円で入手したが、すでに絶版で入手困難である。
間中が世間に広く知られる存在になるのは1950年の日本東洋医学会設立時頃からであり、以後は中国、アメリカ、フランス等世界中で講演活動することになる。
本書は、いわゆる"世に出る"前の下地形成の資料として格好な読み物となっている。

2.間中喜雄の前半生の年譜

明治44年 小田原生まれ
昭和10年(24歳)京都帝国大学医学部卒業。その後、東京で2年間の外科研修
昭和12年(26歳)父親の代から続く小田原の「間中外科病院」を継承
昭和15年7月(29歳)招集 東部12部隊野戦化学実験部に配属。その後復員。
昭和16年(30歳)宮古島、豊部隊山砲兵第28連隊に陸軍軍医中尉として再度配属。
昭和19年10月 アメリカ軍の宮古島空爆開始、以後連日のように空爆を受ける。
昭和20年9月(34歳)無条件降伏 
昭和20年11月 アメリカ占領軍が宮古島初上陸。捕虜となり、沖縄本島へ輸送。
         屋嘉戦争捕虜収容所で10日間過ごす
昭和20年末 嘉手納第7労働キャンプに移動。医師として10ヶ月間労働
昭和21年12月(35歳) 那覇港→名古屋、復員。10ヶ月間の労働賃金は90ドル。
           (以後省略)

3.PWドクター時代の間中先生の日常

間中喜雄(本書の主人公名は新納仁とした)は沖縄の一孤島である宮古島(本書でM島としている)に陸軍軍医中尉として配属された。宮古島は沖縄の遙か南200㎞下った孤島である。新納仁と名付けた理由は、神農神を思ったのだろう。間中は神農に特別の思い入れがあったようで、絵も描いている。神農は古代中国の神で、身近な草木の薬効を調べるために自ら舐めたという。中国最古の薬物書『神農本草経』の著者である。

宮古島に間中が配属されて数年後からアメリカ軍の空爆が連日のように始まり、軍事基地だけでなく市街地も廃墟同然となった。深刻な食糧難、非衛生状態の蔓延から、風土病であるマラリアが大流行していた。当時宮古島には、終戦当時2万人の日本兵がいた。

だが本書は、そうした凄惨な状況には触れていない。ユーモラスな自伝であり、終戦宣言後の混乱状態から書き起こしている。宮古島では激しい爆撃はあったが、アメリカ軍の上陸による戦闘はなかったためか、戦後に上陸したアメリカ占領軍に対しても、敵愾心がおきないらしく、元日本兵は従順にアメリカの指示通りに動いた。
(沖縄地上戦の後に捕虜となったものは、宮古島出身兵と異なり極限的な体験をした。捕虜生活というのは魂の抜け殻のようだったという。)

嘉手納労働キャンプで、初めてナマでアメリカ人の社会の一端を知ることとなり、カルチャーショックに襲われた。豊富な物資、機械化、スピーディーな事務処理、あけっぴろげな人間性について、驚きは大きかった。一方、厳しい軍紀下にあった日本軍内での将校や兵も、同じ捕虜として対等な立場になった。いままでの価値観や規律は一気に崩壊した。

本キャンプには、二千名ほどの捕虜が集められたが、英語の達者な者は2名のみ(うち1名は二世)。間中も少々英語を操れるというので、重宝された。
元々秀才だった間中にしても、ナマの英語を身近で見聞きするという生活は、初めての訳で、実践英語の良い英語訓練の場となった。手元に辞書がないので、相手の言っていることを推理する他なかった。アクセントを間違えたら、ありふれた言葉も通じないこと。自分はアメリカ日常用語を知らないことを痛感した。間中は近い将来、国際的に活躍することになるが、その下地が形成されたらしい。

一般兵(将校以外)は、強制労働で、木工、土工、給仕、コック、ペンキ吹きつけ、倉庫番、荷役、掃除など。午前8時出発、作業中止が午後4時、午後5時到着。土曜は半休で午後はスポーツ。祝祭日は休み。食い物は米軍と質・量ともに同じ。きびしく鍛え上げられた日本兵からすれば、非常に楽な生活だった。日本人は働き者が多く、しばらく作業所に通っているうちに信任を得てアメリカ軍の監督なしで作業する者も多くなった。
終いには、爆弾庫の管理、武器の管理まで捕虜に任せた。
敵と戦う必要がなく、食べ物も豊富にあるとなると、暇つぶしの方法が問題になってくる。

捕虜の一人が踊りのお師匠さんがいて、踊りの稽古が始まった。これが高じて、カテナ納涼大会が発足。盛大に踊りの輪ができた。やがて風呂設備や床屋、スポーツ施設(野球、ピンポン、バドミントン、バレーボール、バスケットボール)も完備。収容所同士のリーグ線や米軍と試合するのもできた。相撲では土俵もつくり、番付までできた。最も豪華だったのは演芸分隊で、田舎の芝居小屋ぐらいにはできた。この演芸が収容所生活最大の慰安だった。手元には脚本や参考書もないはずなのに、毎週出し物を工夫した。

4.面白かった文章の一部

1)宮古島の対空射撃について:我が軍の対空砲砲火は、まったく敵飛行機に当たらなかった。後期になると、砲弾を節約するため豊式爆弾を使用。豊式爆弾というのは要するに打ち上げ花火のことである。これで飛行機が落ちますか?と問うと「落ちはしまいが、敵は驚くだろう」(大きな音がするので)と答えた。
2)終戦後、宮古島にも飛行機がDDT(新型殺虫剤)を散布。人畜無害なのに、目立って蚊や蠅が減り、その効果に驚いた。
3)宮古島から沖縄本島への輸送船内では、あちらこちらで車座になってサイコロ、トランプなどの賭博横行。湯飲み大の缶詰を2缶配給された。1つはビスケット・レモンジュース・ジャム、もう1缶には、肉や豆が入っている。久しぶりの美味に、こんなうまいもんが世の中にあったのかと思う。
4)かつての大隊長も同じ捕虜キャンプに集められた。間中先生の姿をみて大隊長曰く「やあ貴公もここへ来たかや」と言ったといって、ご機嫌だった。同じ不幸は仲間が多いほど慰められるし、同じ幸福なら仲間が少ないほど得意なものである。
5)カデナ労働キャンプ内には、他に医師もいた。大柄なその医師に身長を問うと、「目の下170です」と奇妙な挨拶をした。
6)毎日、ジャムの5ガロン缶が十人に1つの割合で配給がある(1ガロン≒3.8リットル)。始めは珍しくてペロペロなめていたが、だんだんと飽きて見向きもしなくなる。そのジャムとイーストを混ぜて五ガロン缶に入れておいた。次の日衛生兵が大声を挙げて「できました。こりゃいけます‥‥」とジャム酒をもってきた。甘口のどぶろくと化した。酒の醸造法も、たちまちカデナ全体の流行になった。
7)ラジオで日本の君が代を放送した。日本を敵として戦ってきたはずの米兵たちが起立して敬意を表している。日本の捕虜たちは戦争が負ければ、国家もくそもあるものかいといった様子で知らん顔している。

 

5.間中喜雄の「平和碑」について

私は「PWドクター沖縄捕虜記」を読み、間中喜雄が太平洋戦争が苦しみの体験だったという印象は受けなかった。ところが最近、間中の地元である小田原市郊外の東泉院という禅寺に、間中作の「平和碑」のあることを知った。間中が死去したのは1989年なので、少なくとも30年以上前に作られたのだった。平和碑が完成した直後、同じ年の11月20日、肝臓癌のため間中病院にて死去した。結局、平和碑が間中喜雄最後の仕事となった。この碑が完成するまでは死ねないと思ったのだろうか。享年78才。間中は書画の才能もあったので、石版に文字を刻み石像も自作した。石碑の文章をみると、間中の戦争体験が悲痛であったことが改めて知れる。


碑文は、わが国に落とされた原爆の悲劇の記憶として平成元年11月(1989年)に造立したと書いてあった文章を見たのだが、造立の引き金になったのは、ベトナム戦争でのソンミ村虐殺事件に心痛めたことだという。

※ソンミ村虐殺事件:1968年3月16日、ベトナム戦争中、米兵部隊がソンミ村で民間人504人にも及ぶ大量虐殺をした事件。早朝5時30分、9機のヘリコプターから降り立った米兵は、民家と避難壕を捜索。逃げようとしたものは出るそばから射殺され、避難壕には手榴弾を投げ込み、無抵抗の村民を次々と殺害していった。映画、地獄の黙示録(1979年アメリカ映画。フランシス・コッポラ監督)が思い起こされる。

Youtube 映画、地獄の黙示録(ワーグナー、ワルキューレの騎行) https://www.youtube.com/watch?v=jp21T6Yx1qQ

東泉院入口

 

 

以前は自然のままだったが、石碑の文字の周りが白くなっている。誰かが文字を鮮明にさせるためにブラシで擦ったとみえる。

偶然だろうか。日差しの当たり具合が、劇的な効果を生んでいる。

「何のために死んだのか判らない人たちに捧ぐる碑」
平成元年十一月、間中喜雄によって小田原市久野の東泉院に造立された慰霊碑)

間中喜雄 平和碑

戦争の狂気が国々を侵すとき無数の
無辜の人々がいたましくもその犠牲になって殺されてゆく

辜(むこ):罪のない者

この碑文は、民間人が戦争で殺された不条理に対する無念を表しているものだ。脇にある詩碑の写しには次のように示されている。

九泉の地底より 千仞の天まで
一と数え 拾百千と読み 万億兆と叫び 
血を吐きて、なお反響も無き寂滅 
頭を打ちつけ 地団駄を踏み 転輾反側すれど こたえも無き無明 
迷蒙より諦観へ 暗黒より光明へ身をもんで求むれと無
真理は虚妄 善は仮象 愛染も空し
右顧左眄して 眼睛何を見んとするや 
須是を永遠とし 屈折し 展しまさぐり 喝仰し 何をか得たる
神神は死し 大地は枯渇し 七つの海に魚も住まず 
魂魄も息づかざるに いづかたに理想あるや
うめけ泣け苦しめ是れ 形骸を烈火に点し 無に帰れ 
すべてのもの失せて消滅せん

原爆の日にうたえる

間中喜雄(印)
平成元年十一月

 

 


柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」五臓六腑の鍼の解説 ver.4.1

2025-02-11 | 経穴の意味

 柳谷素霊著、秘法一本鍼伝書は60年ほど前に出版された本なので、知識的に古い部分があるのはやむを得ない。これを現代針灸的に整理する必要があるだろうが、とくに「五臓六腑の鍼」は、鍼灸で行う内臓治療のやり方を記しているのもで、本質的な問題の提示をしている。なお。本稿の針技法は、令和7年4月13日実施「一本針伝書実技セミナー」で講義と実技をする予定。

1.柳谷素霊「五臓六腑の鍼」の概説
  実際の記事を表に整理すると次のようになる。五臓六腑の鍼とは、膈兪、脾兪、腎兪の3種類をいう。各穴は、標準部位である棘突起下外方1.5寸ではなく、外方1寸としていることは、臨床的に重要な意味をもっている。さらに理解を助けるため、本内容を図示してみた。

 

 

2.横隔膜の神経支配

横隔膜中心部の神経支配はC3~C4、横隔膜辺縁部の神経支配はT7~T12肋間神経である。五臓六腑の針における響きを理解するには、横隔膜辺縁部すなわち肋間神経を上手に刺激させることにあるらしい。

素霊の五臓六腑の刺針のやり方は、胸椎Th7~Th12範囲内で、棘突起の外方から深刺して肋間神経に影響を与えることになるだろう。具体的には棘突起の外方1寸~1.5寸から脊椎方向に向けてほぼ直刺する。1寸程度刺入して、胸椎外縁をかすめるようにするとやや硬い組織(横突棘筋)に当たるので、当たったらそれをほぐすような気持ちで雀啄を10秒間ほど続けるとよい。すると患者は次第に心窩部あたりに柔らかい響きを感じるようになる。硬い組織に命中しない場合、響きは得られないので刺し直すが、硬い組織が発見でいない場合、この治療法は成立しない。
 ※横突棘筋:棘突起外方5分の深層にあり、横突起・棘突起・横突起に起始停止をもつ小さな筋の総称で、回旋筋、多裂筋、半棘筋がある)
一般的に肋間神経痛の治療は、昔から神経が深い処から浅い処に出てくる部と教えられてきたがこれは誤った方法であって、この治療では大した治効は得られない。本当は、肋間神経が神経根を出てすぐの処の深部筋を狙うべきで、私はこのあたりの筋緊張により肋間神経が絞扼されたのが本態性肋間神経痛の原因だと私は推測している。

 

3.一本鍼伝書で説明されている経穴

1)膈兪の針と脾兪の一本針


①外方1寸とする意義

一本鍼伝書の膈兪はTh7棘突起下外方1寸に、脾兪はTh11棘突起下外方1寸にとる。気胸予防だけでなく、このあたりが筋膜の重積部であると同時に筋膜癒着症状を起こしやすい部位になるからである。

②深部にある筋層を刺激する方法

気胸を避けるため、棘突起方向に向けて直刺する。1寸ほど刺入すると硬い筋膜にぶつかる。
硬い筋膜に針先が命中しても、ただちに響くことは少ない、。5~10秒間雀啄を続けているうちに、波紋のように響きが拡大する。響きの強弱は、雀啄の上下同の振幅で調整できる。細かな上下の雀啄の方が刺激が軟らかくなるなる。
なお1寸ほど直刺して硬い筋膜にぶつからない場合、響かせることはできないので、刺針部位を少しずらして再試行してみる。

③増強法

この技術は、少々難易度が高いので、経験の浅い者は、腹臥位ではなく座位で起立筋を緊張させた体位で、使用針も1~2番ではなく、5番程度を使い、響きを与えやすい条件で行うとよい。
膈兪・脾兪の針刺激→T7~T12肋間神経刺激→横隔膜辺縁部の響き(内臓に響いたような感覚)刺激との機序になる。


2)腎兪の一本針


横隔神経はTh7~Th12なので、腎兪から横隔神経を狙うのは難しいように思える。しかし腎兪レベルの椎体前面には横隔膜脚(横膈神経支配)
が付着しているので、この組織に影響を与えれば理論的には横隔神経に響かせることが可能かもしれない。石川太刀雄は、腎兪あたりに硬結が生ずる。小さな硬結なので見逃されることも多いと「内臓体壁反射」で指摘している。
横膈膜脚の過敏状態は、大腰筋・小腰筋・腰方形筋の緊張を惹起する。これらの筋は腰を形づくる筋のため、腰痛を起こしやすい。(細野八郎、下条喜信:内臓疾患に伴う横膈膜反射 その東洋医学的意義、国際鍼灸学会誌、1966)

柳谷は、腎兪の刺針深度を、寸6~4寸と幅をもたせて示しているが、4寸針を使えば横隔膜脚への直接刺針は可能かもしれない。私が普段から実践している志室から腰仙筋膜深葉の刺針が、横膈膜脚刺激になっているのかもしれない。細野八郎、下条喜信は大腰筋性腰痛の真因の一つに横膈膜脚の興奮にあるとする見方である。

柳谷は、膈兪や脾兪と異なって腎兪の響く部位を明記していない。また膈兪や脾兪が正座位で施術するのに対し、腎兪は長座位(膝を伸ばした座位)で刺針するとしている。長座位にするのは、腸腰筋を緊張させて刺針刺激に反応しやすくするためではないだろうかとも思う。

 


4.膈兪・肝兪・脾兪から心窩部~胃に響かせる針(森秀太郎)

内臓に響かせる針は、森秀太郎「はり入門」医道の日本社刊にもあり、柳谷と同じようなる内容のことを記してる。以下に該当部を抜粋する。

膈兪以上の高さの背部兪穴は正座させて取穴刺針し、肝兪以下の高さの背部兪穴は、伏臥位で取穴刺針している。胃部の痛みが甚だしいときは、背を丸めて膈兪・肝兪・脾兪などの経穴で圧痛のはなはだしいものを選び、刺針し雀啄法を行う。内側に向けてやや深く刺入すると心窩部に響き、胸がすいてくる。(以下略)
胃部に突然急激な痛みが起こり、しばらくしていると一時楽になるが、また痛くなるのを一般に痙攣性胃痛という。胆石疝痛、胃炎、胃潰瘍、回虫症などがあって原因はさまざまだが、(中略)まずは痛みを止めることが先決である。
止める方法は急性胃炎の場合とよく似ているが、脊柱の両側とくに膈兪、肝兪・脾兪などの経穴で圧痛の顕著なところを選び、5~6号のやや太い豪針で胃部に響くような雀啄法をしていると痛みが和らいでくる。

 

5.丸山昌朗らの研究

丸山昌朗らは、ある針響過敏者に刺針して針響を調べると、これまでの経絡走行によく似た響きとなったことを報告した。それにとどまらず、膈兪、督兪、八兪に刺針すると、これまで報告されていない響きの流れを発見し、それぞれ膈兪経、督兪経、八兪経と命名した。とくに督兪からの刺針では、胸郭をぐるりと一巡するような領域(ブラジャーのように)に響いたとする図が載っている。


この内容は、針灸師の間ではあまり注目を集めなかった。針響が経絡走行に似ていた特異体質者がいたとしても、これを通常体質者の治療に適用できるかは別問題だからである。ただし注目すべきは、督兪、膈兪、八兪が、横隔膜が胸壁に付着しているという点で、肋間神経に響かせやすいことを示唆していることである。私の普段の針灸臨床で、針響過敏者でなくても胃症状を訴える者に対しては、これらの穴に刺針して胃に響かすイメージで行うことが多い。このような針の方法があることを知っておくと、針灸治療の守備範囲が広がる。

 


前胸部ツボ名の由来 ver.1.2

2025-02-09 | 経穴の意味

1.前胸部経穴位置の特徴
 
前胸部は肺、心臓、乳房、横隔膜などで他に気管や胃などの重要組織があるが、前胸部のツボは、胸骨上もしくは肋間に整然と並んでいて、あまりに機械的すぎる印象を受けがちである。
では実際どういう構成になっているのだろうか。ツボの特性を大きく4つに分類して色分けして調べることにした。(下図)

①前胸部で<青色>で示したのは肺・呼吸器関係のツボである。昔の中国では肺はハスの花に例えられたこと、あるいは肺は現代と同じく呼吸作用で、他に宣散粛降作用がある関係で、解剖学敵な肺の位置より上になっているのだろうか。
②前胸部中央<赤色>には心臓・精神関連のツボがある。中医でいう心とは、血液ポンプ+ハート(精神)の作用になる。
③心関連のツボの周囲は<緑色>で、私の分類では区分・部屋・建物といった比喩的なものを示すツボがある。これには心を守る役割もあるのだろう。
大包は、私見であるが脾の大絡として胃泡の診察ポイントであり、胃や横隔膜の動きに関係していると解釈している。
④乳房と乳汁および胃の関連は<ピンク色>で示した。食竇穴は従来は食道と解釈すると位置的に横にありすぎて合理性がないので、私は胃泡を示すものにした。なお乳根穴は文字通り乳房と関係するが、胃の大絡として心尖拍動の診察点ともなる。

      

2.胸部経穴名の由来
巻末に提示した4種の文献を参考にしたが、不満が残ったので※印として自説を示した。

1)胸骨頸切痕ライン

①天突(任) 
胸骨頚切痕の上に向かう形。

②気舎(胃) 
「舎」=場所。肺(気の出入り)のある場所。

③缺盆(胃)  
欠けた盆のこと。丸い鎖骨窩を二分するのが鎖骨。これを欠けた鉢に例えた。缺盆骨=鎖骨のこと。


2)鎖骨下窩

①璇璣(任)  
北斗七星で、璇(せん)は2番星、璣(き)は3番星で、どちらも美しいという意味がある。璇には玉の次に美しいという意味もある。玉とは美しい宝石の頂点にあるもので、王に匹敵する価値があるが、王と区別するため王に「、」をつけた。璣は王+幾に分解できる。幾は幾何学の幾で、精密という意味がある。回転仕掛けの渾天儀(天体の動きを模した精密機器)のこと。星の運行は、人々に方角を教えてくれるばかりではなく、国家の命運をもにぎると考えられていた。

北斗七星が北極星を中心に規則正しく回転しているように、本穴も呼吸により上下に規則正しく動く。ちなみに1番星(北極星に最も近い星)の名は「天枢」という。天枢は回転扉の軸部分をいい、天枢を軸として上半身を折り曲げる処と考察した。扉自体は開閉で位置が変わるが、軸部分は位置を変えないので、北極星に似ている。

    渾天儀

②兪府(腎)   
 a.腎経の走行は肋骨を上行し、最後には、この穴に集結することを示す。
※b.「府」=は集合で肺の宣発作用、「兪」=輸送で肺の粛降作用をいう。すなわち兪府とは肺のもつ宣発粛降作用のこと。
 吸気時、体内の水分を一度肺の処まで引き上げ、息はく時に、その水分を内臓全体に、ジョウロで水をまくようにする。これはポンプの仕組みと同じ。

③気戸(胃)  
※前胸で、鎖骨と第1肋骨の間の小さな間隙を戸に例えた。気の出入りをする肺の入口。

3)第1肋間

①華蓋(任)
肺は蓮の華の形ににており、また天子の頭上にある絹の傘の形にも似ている。天子は華であり、その頭上にあるのが蓮花である。
天子の頭上を華蓋で覆うのは、遠目から見て、誰が最も偉いかを知らしめるためであろう。

ちなみに中国で祭礼の際に高貴な者が頭に載せているのは、冕冠(べんかん)という。四角い板状の前後から、旒(りゅう)という前後24本の簾が垂れ、個々に12個の飾り玉があり、視線を隠している。一説によると、一説によると皇帝は、あまりにも洞察力が鋭く、すべて見通すので、冕冠により世の中の見たくないものまで、見えてしまうのを防ぐ役割だという。しかし、冕冠は深編笠(一種のサングラス)のような役割があって、自分から相手は見えるのに、相手から自分は見えないという心理的優位性を目的としたものだと考えている。 

②彧中(腎)  
※「彧」=区切り、枠取り。肺と心の区切りのこと。

③庫房(胃)
「庫」は倉庫、「房」は厨房や工房。その下にある臓器「肺」を収納するための部屋。


4)第2肋間

①紫宮(任)  
天帝が住んでいる星、すなわち北極星を紫微星とよんだ。紫微星とは貴重な星の意味で、心臓の位置にある。

 

中国皇帝といえば古来から黄色(五行色体表の五方すなわち東・西・南・北・中央の中で、中央に相当するのが黄色)を最重要視しており、その代表が黄帝。

その一方、貝からとれる紫染料(これを貝紫とよぶ)が非常に希少で高価なことを知ると、紫も重視するよう変化した。北京にある昔の皇帝の住居(故宮)の別名を紫禁城という。これは一般人が入ることのできない特別な場所との意味がある。
(聖徳太子が制定した冠位十二階の最高位も紫色だったが、この染料は安価な紫芋(これを芋紫とよぶ)によるものだった。

②神蔵(腎)  
心に近い紫宮の両側で霊墟の上にあり、神霊(心)を守る。

③屋翳(胃)  
「翳」とは屋根、「翳」は羽でできたひさし。

④周栄(脾)  
「栄」は活力源で栄養素と同じ。全身に栄養素を巡らす。

4)第3肋間

①玉堂(任)  
玉堂=高貴な場所。皇帝の秘書。中国の科挙合格者の中でトップが配属される部門で、歴史編纂、皇帝の発言を記録する部署。

②霊墟(腎)
a.「墟」は土で盛られた高い山。 仰臥位になると霊墟は前胸部の高い位置になることから。       
b. 秦始皇帝が築いた運河のこと。中国の桂林市興安県に現存している。

③膺窓(胃) 
「膺」は胸、「窓」は気と光を通すところ。胸の辺縁にあり、本丸に
換気と光を通す役割。

④胸郷(脾)
※「郷」は人が集まる村々(=故郷など)のこと。胸郭はタル型をしていて、その
側面中央の断面積が最も広い処になる。
吸い込んだ清気(≒空気)がたくさん貯まる処として胸郷と名づけた。

5)第4肋間

①膻中(任)  
a.両乳間の間を膻という。膻にはヒツジのような生臭い。乳児がいる女性では仰臥位で寝ている時など、乳頭から漏れ出た乳汁がこの部に溜まるので生臭くなることがある。

b.君主(心)の住まいである宮城(心包)の別名。

②神封(腎)  
※「神」=心、「封」=境界線。胸中線の脇で心に近い部。

③乳中(胃)  
乳頭部

④天池(包)   
肋間のくぼみのような池(汗をかくところ)

⑤天渓(脾)  
この場合の「渓」は、乳汁分泌を川に例えている。

⑥輒筋(胆)  
「輒」は荷車の左右の側板をいい、荷崩れしないで多くの荷物を積めるようにしたもの。これが転じて胸横部の前鋸筋をさす。
※「輒」には耳タブのように軟らかいとの意味がある。これは前鋸筋筋腹の形容になっている。

⑦淵腋(胆)  
 脇の下に隠れる水溜まり。腋下の汗をかきやすい部。

                                   
6)第5肋間

①中庭(任) 
「庭」=宮殿(君主)正面の庭園。膻中(宮殿)の下に位置する。胸骨体下端の陥み(胸骨体下端)で、腹直筋停止部になる。

②歩廊(腎) 
「廊」とは建築用語で、2列の柱を繋ぐために作られた通路(腹直筋停止)のこと。歩道橋がその典型。中庭穴を跨ぐ通路のように左右の肋軟骨上に歩廊穴がある。


③乳根(胃)
 乳頭の根元。乳根は胃の大絡であり、心拍による左前胸部の上下動を虚里(わずかな振幅)の動ととらえたのだろう。

④食竇(脾)  
※「竇」=洞。私は、左食竇は胃泡のことと解釈している。胃の中に食物が入る場所との意味。  

従来の説では「食道」と解釈するが、本穴の位置は前正中付近にはないので、本説の信憑性は疑問である。


7)胸骨弓縁、その他
①極泉(心)  
泉(汗)がわき出る最も高いところ。

②期門(肝) 
十二正経は肺経の中府から始まり、肝経の期門で終わる。一周りしたとの意味。

③日月(胆)   
日月(胆募)の上方5分には期門(肝募)がある。

※「肝胆相照らす」との表現にあるように、両雄とも相手に影響を与え合う存在。期門と日月は影響を受け合うことを示す。

④章門(肝)  
※「章」=ひとまとまり。他の肋骨と異なり、本穴は第11肋骨前端という浮遊肋骨
にあることを示す。

⑤京門(胆)
※「京」はみやこという意味の他に、高い丘の意味がある。京門は第12肋骨前端という浮遊肋骨にあることを示す。

⑥大包(脾)   
脾の大絡として、内臓診察点。

※左大包は胃泡を示す(打診で鼓音の存在で調べたのだろう)。その上の横隔膜の動きにも関与。横隔膜は陰である胸部臓腑と陽である腹部臓腑の境界。
 仰臥位で食竇を打診すると太鼓音になることと同じ。

⑦鳩尾(任)  
剣状突起が鳩の尾の形に似ていることから。

 

引用文献
①森和監修 王暁明ほか著「経穴マップ」医歯薬
②周春才著 土屋憲明訳「まんが経穴入門」医道の日本社
③ネット:翁鍼灸治療院 HP
④ネット:経穴デジタル辞典  ALL FOR ONE
⑤漢和辞典「漢字源」学研

 


第10回針灸奮起の会実技セミナー  現代針灸からみた「秘法一本針伝書」 のご案内

2025-02-07 | 講習会・勉強会・懇親会

A.本セミナー参加のお誘い
 
「秘法一本針伝書」は、柳谷素霊が行った針灸局所治療を紹介している。ただし"伝書”とは、昔から伝承された秘技という意味もあるから、必ずしも素霊自身が見出した治療とは限らないかもしれない。
本書のような局所治療法は、現代針灸派にとっても興味深いが、類書と同様、本書も治療法の根拠を示していない。ゆえに針灸初心者は、素霊がどうしてこのような治をするのか理解できないだろうが、一定の針灸臨床経験があり、すでに自分のやり方を確立している者にとっては、素霊の方法と比較することで、いろいろな点を発見できるだろう。要するに者によって本書の価値は変化するのである。そこで過去のブログで、なぜ素霊がこうした内容を記したのかを推察するとともに、現代針灸から検討を加えてみた。今回のセミナーは、その集大成といえる。とはいえ古い書なので現代針灸的観点からすれば納得できない点も多々あった。素霊の示した治療法は二十症状に対するものだが、これでは余りにも少ない。そのため最小限と思える☆印の症状を付け加え、私の見解を付け加えることにした。 


B.セミナーの要項


1.会場:
国立市中1丁目集会所:東京都国立市中1丁目10-34       
   JR中央線国立駅、南口下車徒歩3分

2.開催時間 午後4時~6時30分頃 ※これまでより1時間30分、開始時刻を早めました。ご注意ください。
3.定員:各回とも12名(定員になり次第〆切) 見学は2名以内。
4.日程(基本的に第2第4日曜) 残席は2月7日現在の状況です。
 第一回 3月9日(日曜)  B.腰下肢     満席+見学2名
 第二回 3月23日(日曜)   C.膝痛・頸痛・肩背・上肢     満席+見学2名
 第三回 4月13日(日曜)   D.体幹内臓     満席+見学2名
 第四回 4月27日(日曜)   A.五官科(歯科、鼻科)  満席 見学2名、受入れ可能です
 第五回 5月18日(日曜)   A.五官科(耳科、眼科、咽喉科) 満席 見学2名、受入れ可能です
     事前に調べておきたい方は「テキストPDF希望」と記したメールを下さい。各回とも開催日の1週間前には、テキスト完成します。完成次第、メールに添付します。

5.会費:一般8000円、学生7000円、見学4000円。当日払い。領収書発行します。
6.お持ちいただくもの 
 ①柳谷素霊著「秘法一本針伝書」
  お持ちでない方はPDFを送りしますので、「秘法一針伝書PDF希望」と書いたEメールを下さい。(無料)
 ②各回オリジナルカラーテキストを配布。針灸実技用の道具類も支給。
 ③筆記用具はご持参ください。
7.懇親会
  講習会後、駅前の居酒屋にて懇親会実施。 飲食費は3000~3500円程度(当日受付)
8.参加お申し込み方法
      参加御希望の方は、①参加希望会のテーマと開催予定日、②氏名、③住所、④電話、⑤Eメールアドレスを、Eメールまたは電話でお伝えください。折り返しご連絡を差し    上げます。お申し込み〆切は各回とも開催前日午後3時頃までとします。ただし参加者12名に達した場合、その時点で受付終了します。なお各回ごとに見学者は2名以内        限定です。
  連絡先:あんご針灸院 似田 敦(にただあつし) 
   電話042(576)4418 
   メールアドレス nitadakai825@jcom.zaq.ne.jp

 

C.セミナーの概要  ( )内はテキストページ数
  ☆の症状は、一本針伝書になく、私が独自に取り上げた治療法になる。

A.五官科(22ページ)

 第1章      上歯痛の針(客主人)
 第2章      下歯痛の針(頬車)
 第3章     ☆顎関節症(下関、頬車)、舌痛(上廉泉)、歯肉痛(歯肉局所)
 第4章      鼻病一切の針(印堂)
 第5章         耳中疼痛の針(完骨)
 第6章      耳鳴の針(頬車)
 第7章       眼疾一切の針(風池)
 第8章       咽の病の針(合谷)

B.腰下肢痛(10ページ)

 第9章   下肢後側痛の針(外大腸兪・坐骨神経ブロック点)<座骨神経痛>
 第10章   下肢外側の病の針(環跳)
       ☆下肢内側の病の針(陰包)
 第11章   下肢前側の病の針(居髎)
 第12章  ☆腰重と下肢不定症状の針(仙腸関節刺針)<仙腸関節機能障害>
 
C.膝関節痛・肩関節痛・肩甲上部コリ・肩甲間部コリ(11ページ)
 第13章  ☆膝痛の針(内外膝眼、鶴頂、鵞足、委中)
    第14章   五十肩外転制限の針(肩髃、肩髎、肩井斜刺)
 第15章  ☆結帯動作制限の針(天宗と肩貞) と結髪動作制限の針(膏肓水平刺と臑兪)
 第16章   肩甲間部のコリの針(モーレー点) 
 第17章   肩甲上部のコリの針(肩井) 

D.体幹内臓症状(13ページ)

 第18章   排尿痛の針(中極・関元)
 第19章  便秘の針(左四満外方5分)
 第20章  上実下虚の針(崑崙)
 第21章  五臓六腑の針(華陀夾脊)

 

※参考:今回セミナーの元ネタとなった「AN現代針灸治療」ブログ

第1 上歯痛の鍼(客主人) 
第2 下歯痛の鍼(頬車)
   ①2022/09/31:歯のくいしばりに対して顎二腹筋後腹への運動針が有効な例
   ②2023/01/17:顎関節症の針灸治療 改訂2版
   ③2023/05/23:歯周病に対する局所刺針の方法と女膝の灸 ver.1.8
   ④2024/07/13:上歯痛の針灸治療ver.2.0
   ⑤2024/08/01:下歯痛の針灸治療ver.1.2        
   ⑥2024/08/06:三叉神経第Ⅲ枝関連の顔面骨孔への刺針 
   ⑦2014/09/14:舌痛症の針灸治療 ver.1.2
第3 鼻病一切の鍼(印堂) 
   ①2017/07/19:嗅覚障害の針灸治療
   ②2002/12/06:慢性副鼻腔炎の針灸に上星の灸とマイクロライド長期投与
   ③2022/12/14:慢性副鼻腔炎と花粉症 ver.1.3    
第4 耳鳴の鍼(頬車) 
第5 耳中疼痛の鍼(完骨) 
   ①2006/03/15:耳鳴治療と舌咽神経ブロック針
   ②2010/07/16:顎関節症由来の耳鳴りに対する針灸①
   ③2013/07/24:耳鳴りの治療改訂版 その2
  ④2015/01/30:新・耳鳴の針灸治療 鼓室神経刺激と顔面神経下顎縁枝刺激 ver.1.1
   ⑤2017/10/10:耳鳴りの針灸治療まとめ2017年版
   ⑥2021/09/20:質問紙を使った耳鳴分析と鍼灸の奏功例 ver.1.1
   ⑦2023/02/11:難聴・耳鳴りに対する側頸部治療穴の理解 ver.1.2
第6 眼疾一切の鍼(風池) 
   ①2011/11/09:緊張性頭痛に対するトリガーポイント治療の整理 その3
   ②2012/10/14:緊張性頭痛治療に効果的な天柱・上天柱の刺針体位 ver.1.2
   ③2015/01/14:調節性眼精疲労に対する針灸治療の考察
   ④2021/01/08:眼窩内刺針が刺激対象とするもの ver.2.2
   ⑤2021/10/08:眼精疲労の鑑別と針灸治療
   ⑥2023/01/20:私の行っている眼窩内刺針の方法 ver.1.5
第7 喉の病の鍼(合谷)
   ①2015/03/17:大椎・治喘・定喘の効能
   ②2021/07/26:咽頭・喉頭症状に対する現代鍼灸
   ③2021/09/09:咽喉異常感症(咽頭神経症)の針灸治療・手技療法ver.2.0
   ④2023/01/13:咳嗽の針灸治療
   ⑤2023/08/18:喉頭症状に対する前頸部の針灸治療点の整理 ver.1.1
第10 下肢後側痛の鍼(外大腸兪・坐骨神経ブロック点)
   ①2006/03/10:腰下肢症状の診断
   ②2020/10/11:腰部神経根症に対する大腰筋刺針と坐骨神経刺針ver.1.3
   ③2021/03/03:「秘法一本鍼伝書」②<下肢後側痛の鍼>の現代鍼灸からの検討ver.1.1
   ④2023/12/19:居髎と環跳の位置と臨床運用
第11 下肢外側の病の鍼(環跳) (「下肢内側の病の鍼」含む)
   ①2006/07/11:殿部~下肢外側痛の病態と針灸治療(とくに小殿筋筋痛症)
   ②2017/05/05:殿部深部筋のMPSと坐骨神経痛
   ③2018/08/13:「秘法一本鍼伝書」③<下肢外側の病の鍼>の現代鍼灸からの検討
   ④2019/06/08:大腿外側痛の病態把握と針灸治療
   ⑤2021/07/11:<下肢内側痛の鍼>の現代鍼灸からの検討 ver.2.1
第12 下肢前側の病の鍼(居髎) 
   ①2010/12/28:股関節部痛に対する小殿筋深刺と、大腿直筋刺針の工夫 ver.1.2
   ②2015/08/23:変形性股関節症の針灸臨床 ver 1.5
   ③2018/06/04:大腰筋性腰痛の症状と鍼治療 ver.1.1
   ④2019/03/18:「秘法一本針伝書」①<下肢前側の病の鍼>の現代鍼灸からの検討ver.1.1
第16 四十腕五十肩の鍼(肩髃、肩髎) 
   ①2006/03/11:肩関節痛に対する巨骨斜刺+肩前斜刺
   ②2012/10/09:五十肩で上腕外側痛を生じる理由と治療法
   ③2013/05/12:肩関節痛に対する肩髃から肩髎への透刺(柳谷素霊の方法)
   ④2018/08/21:「秘法一本鍼伝書」⑤<上肢外側痛の鍼>の現代鍼灸からの検討ver.1.2
   ⑤2018/08/21:「秘法一本鍼伝書」⑥<上肢内側痛の鍼>の現代鍼灸からの検討
   ⑥2022/01/07:五十肩の鍼灸治療を苦手とする理由ver.1.1
   ⑦2024/05/11:肩中兪刺針の針響 ver.1.2
   ⑧2024/07/26:肩関節外転制限の針灸治療法ver.2.0
   ⑨2024/07/27:結髪・結帯制限の針灸治療理論
   ⑩2024/07/28:結髪・結帯制限の針灸治療技法
第17 肩甲間部のコリの鍼(缺盆) 
第18 肩甲上部のコリの鍼(肩井移動穴)
   ①2006/06/09:頸神経叢刺激点としての天窓
   ②2006/06/09:腕神経叢刺激点としての天鼎・肩中兪
   ③2024/05/11:肩中兪刺針の針響 ver.1.2
   ④2010/07/15:肩甲骨上角のコリに肩外兪運動針、肩甲骨部~肩甲上部のコリに附分斜刺
   ⑤2012/10/10:肩甲骨裏面に自覚するコリの正体と刺針法 ver.2.0
   ⑥2017/02/07:肩甲上部と側頸部のコリへの解剖学的針灸と坂井流横刺
   ⑦2022/02/15:膏肓穴についてver.1.2
   ⑧2024/11/01:柳谷素霊著、「秘法一本針伝書」肩甲間部のコリの針の考察ver.1.4
第13 急性淋病の鍼(中極・関元)p 32  
   ①2023/08/14:切迫性尿失禁が中髎の灸1回で改善した自験例(69才、男)
   ②2023/11/25 :尿路結石の疝痛は、側臥位での外志室深刺が効く理由 ver.1.1
   ③2024/11/03:「秘法一本鍼伝書」にみる急性淋病の針治療について
第14 実証便秘の鍼(左四満外方5分)p 34
          ※臍下2寸に石門をとり、外方5分に四満をとる。
第15 虚証便秘の鍼(左四満外方5分)p 36
   ①2013/09/08:痙攣性便秘と各種下痢に対する針灸治療
   ②2024/11/05:成書にみる便秘の局所治療穴
第19 上実下虚証の鍼(崑崙)
   ①2017/02/24:冷え性に対する針灸治療ver.3.3
   ②2022/12/15:足冷の針灸治療理論とテクニックver.1.1
   ③2024/11/19:柳谷素霊「秘法一本針伝書:上実下虚の針の考察
第20 五臓六腑の鍼(華陀鍼法)(脊柱棘突起外方5分
   ①2011/01/09:膻中穴圧痛の古典的意味と現代医学的意味 ver.1.2
   ②2018/05/25:腹診に関する現代医学的解釈 ver.2.0
   ③2019/12/10:心下痞硬・胸脇苦満の病態生理と針灸治療
   ④2020/12/10:柳谷素霊の「五臓六腑の針」と私の刺針技法の比較
   ⑤2023/08/30:胃倉・魂門の刺針目標
   ⑥2023/10/04:柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」五臓六腑の鍼の解説 ver.3.0
第8  上肢外側痛の鍼(肩髃)p22  →「四十腕五十肩の鍼」参照
第9  上肢内側痛の鍼(肩貞)p24   →「四十腕五十肩の鍼」参照


腕神経叢刺針部位の検討 ver.1.3

2025-01-29 | 頸肩腕症状

上肢に神経痛様の痛みがある場合、腕神経叢の興奮を疑い、腕神経叢への刺針を行うことになる。これには腕神経叢直接刺激と、前斜角筋に刺針して間接的に腕神経叢に影響を与える方法がある。これらの刺激と、よく似たものが現代医学的にも、いくつか知られているので、比較検討してみた。 

1.腕神経叢ブロック鎖骨上法

神経ブロックでは、腕神経叢ブロック鎖骨上法が、針灸で行う腕神経叢刺に類似のものであろう。鎖骨左右中の中点、上下の骨幅の中点から上方1.5㎝から刺入するもので、腕神経叢を直接刺激する。本法は直下に肺尖があるので、深刺することはできないという意味で危険性がある。

2.モーレー Morley  点

腕神経叢ブロック鎖骨上法の部位より、わずかに内側にあるのはモーレー点であり、鎖骨上縁の前斜角筋部を直接圧迫するものである。胸鎖乳突筋鎖骨枝の外縁で鎖骨上縁。モーレー点を直刺すると、前斜角筋に命中し、その深部にある腕神経叢を刺激でき、上肢に響きを与えることができる。この刺針法は、現在私が常用している方法となっている。仰臥位、側臥位、座位いずれでも刺針可能だが、仰臥位での施術が響かせやすく、かつ安定している。この施術点は臨床上、後述する中国式天鼎と同一だといえるかもしれない。

 

3.エルブ  Erb  点

モーレー点の、少し上方にはエルブ点がある。頚部が伸展され,肩甲部が下方に牽引されると、上位型麻痺(C5C6神経=エルブ麻痺)が起こり、上肢が挙上位のまま牽引されると下位型麻痺(=クルンプケ)麻痺となる。エルブ麻痺は分娩時に新生児の肩が産道にぶつかって生じやすいので、とくに分娩麻痺との別称をもつ。なおオートバイ事故など強大な外力が加わると全型麻痺となる。エルブ麻痺では、手首から先は動くが肩や肘が動かない。C5神経麻痺では肩の挙上困難(三角筋麻痺)、C6神経麻痺では前腕屈曲困難(上腕二頭筋麻痺)を生じるためである。エルブ麻痺などの頸神経損傷は、強い力が短時間に加わった結果、すなわち急性症という特徴がある。 
 エルブ点は、仰臥位、治療側の反対に顔を向かせる。鎖骨内側1/3で、鎖骨上縁から3㎝上方の頸側にある。上肢の小指側の痛み、シビレに対しては鎖骨上縁を刺入点とし、
母指側の痛み、シビレであれば鎖骨上縁から1.5cm~2cmを刺入点とする。

 

 4.天鼎の位置(日本式と中国式)

腕神経叢刺を行う経穴といえば中国式天鼎を思い浮かべるのだが、日本製天鼎と比較してみたい。 

1)日本式天鼎

東洋療法学校協会の経穴教科書の天鼎は、「喉頭隆起の高さで胸鎖乳突筋前縁に扶突をとり、扶突の高さで胸鎖乳突筋後縁にそって下方1寸の部」としている。喉頭隆起の高さは、C4,C5棘突起(仰臥位時でマクラを使用しない時)なので、天鼎の高さはC5,6棘突起ぐらいになってしまう。腕神経叢を刺激するのであれば、高すぎる部位である。
2)中国式天鼎
甲状軟骨と胸鎖関節の中点の高さで、胸鎖乳突筋後縁から下方1寸にとる。だいたいエルブ点より2㎝下方(エルブ点とクルンプケ点の中点あたり)になると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


坂井豊作著<鍼術秘要 中の巻>現代文訳と解説

2025-01-16 | 古典概念の現代的解釈

  2024年12月23日<鍼術秘要 上之巻>当ブログで現代文訳をしてみた。今回は、引き続き<中之巻>の現代文訳を試みた。

<針術秘要 上の巻>ブログ
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/preview20?eid=3c8fcd917865f6c0e1957f83c629908b&t=1737037410507

要点
①坂井豊作は、上巻の冒頭で、五臓六腑の中で肝が最も重要だと記しているが、実際の針灸臨床の話になると肝の話はまったく出てこなくなった。理論家ではなく根っからの臨床家なのだろう。経絡走行の話は出てくるが、経穴の話も少数しか出てこないのにも驚く。
②中巻では疾病ごとに治療法を示しているが、どれもやり方は共通している。症状に肝経する経絡を定め、凝って痛む処をつまみ、筋に沿って何本も横刺するという方法につきるようだ。経絡の走行といっても、並行に走行している経は何本もあるわけで、それらについても反応点には斜刺べきだと記しているのは、治療効果にこだわる臨床家のやり方だといえるだろう。横刺する方向は、経絡走行にこだわっていない。やりやすい方向に斜刺すればよいらしい。
③もっぱら症状に対する針灸治療法について記しているが、症状が起きている根本原因については、考えが及んでいない。これは江戸時代当時のものとしては、やむを得ないことだろう。下手に考えが及びすぎて、東洋医学理論につかりすぎても困ったことになる。
④図が非常に多いので、理解しやすいだろう。
⑤歯周病(歯槽膿漏)は、江戸時代には走馬牙疳ということは初耳であった。口臭が強い病という意味らしい。走馬牙疳との単語は中国語にもあった。

 

1.疝痛の針

疝痛(差し込むような腹痛)に針するには、まず耳の後ろで、胸鎖乳突筋を四指でつかみ、斜めに浅く刺す。また4~5分ばかり間隔を開けて、3~4針ばかりく浅く斜めに刺すようにする。これは手の少陽三焦経の流れである。刺すような痛みがある場合、腹に関連した首肩の経絡を刺してもよい。

背中には一行二行三行の線が併走しているが、これらには座位で刺す。臍から上に症状が強い場合、針は第2腰椎両側の上部に刺す。臍から下に症状が強い場合、第2腰椎両側の下部を刺すのが常である。

 

首の針は、深く直刺してはならない。首には禁穴はあるから、気を付けて針先を接触させることのないようにする。【図11】

 

 腰部に刺す際、腸骨にぶつかって針先が曲がる恐れがあるような時は、図12のよう下から上方向に刺すのがよい。章門も下方に刺すことが普通だが、腸骨に針がぶつかる時は、下から上に向けて刺すべきである。【図12】

 

2.陰嚢腫痛の針

陰囊が腫れて痛む者には、首の両筋、両肩、背中の両側二行三行に定められたやり方で刺し、大腿内側上際の経絡を、臍の内面に向かって、その絡に沿って上より順番に刺すべし。(図15) 大腿内側では、足の太陰脾経だけでなく、足の少陰腎経と足の厥陰肝経も前後にあるから、それらの経にも沿うように刺すべきである。

 

股の根元より胆経に沿って膝蓋骨の少し後の方に向かい、またその経絡上にある足三里の筋溝を、上から下に足くるぶしの方に向かい、図のように刺すとよい。この足の少陽胆経の両傍に足の太陽経と足の陽明胃経とがある。陰嚢が疝痛・腫脹する者は、疝痛専門診療科で方剤を選んだ方がよい。


                   

足の外側に、図14のように太陽膀胱経、少陽胆経、陽明胃経の3経あって、その少陽胆経を股の根元のところを、少し後ろの方へ斜めにして、膝の外側のところまで、その経に沿って、5~6針するのが普通だが、その前後の膀胱経も胃経もつかんでみて、凝った絡あれば、凝りのある絡に沿って刺すべきである。


股の外側にある少陽胆経を刺し終えて、次にその経を追って膝から外踝の上際まで刺すこと、たいてい4~5針ほど刺すようになる
下腿前面で膝から下に向かい、足外果の上際までを少し後方へ斜めに4~5本ばかり刺すのが普通だが、このところにもその前後の膀胱経や胃経にコリがあれば、その凝った経絡に沿って刺すべきである。【図16】

 

 

この図では針を左右交えて刺しているが、必ずこのように刺さねばならないということではない。上に述べたように、少陽胆経を少し後ろのほうへ斜めにして、下の法へ向かってさすことが通常である、前後の経絡にコリがある時は、その経絡に沿って刺そうとして、このように交差した図になる。(図15)

下肢の内側には足の厥陰肝経、太陰脾経、少陰腎経などがあって。前図のように、つまんで、太陰脾経をとり、また上から少し後の法へ斜に刺すことが常套法であるが、その前後の肝経、腎経などの経絡にコリがあれば、そのコリのある経絡に沿って大腿の根元から内くるぶしあたりまで刺すべきである。針数も前に述べたやり方通りにするのがよい。

 

 

 

3.腰痛の針と方剤

腰痛は多い疾患で、差し込むような痛みで発症する。他の症から腰痛となる者もいるが、針術は異なるものではない。
その針は、首の両傍の筋、両肩、背中の二行三行などに刺すことになるが、下部の病だから臍の後に当たる第2腰椎より上を少なく刺し、第2腰椎より下を多く刺す。
腰臀部筋の痛む者があるが、臀の肉は厚いから針を刺すといっても、他の経には効果を得ることはできない。そうしたわけでこの部には針数を少なくし、やはり第2腰椎より臀部の上際までの経絡に多数刺すべきである。
それより両脚の股の内外ともにすでに記したように、上から膝までを刺した図をすでに示した。
その内外経を刺すにも、前述したように四指でつまんで、凝りの甚だしい経絡に多く刺し、凝りのない経絡には少なく刺すのがよい。これより膝以下の経絡を、内外ともに指定したように刺すべきである。

 

4.頭痛針及方剤 附梅毒頭痛

頭瘟(頭のボーッとした感じ)の針は頭痛の針の方法に準ずる。
頭痛症で、桂枝湯、麻黄湯、葛根湯などの外感から発するような場合は、もっぱら湯薬で治療すべきなのだが、針術を併用してもよい。その他の頭痛も、湯薬と併用すべきである。
その方法は、頚の髪際の辺りから大椎のところまでを、椎骨の際より、左右へ斜めに図のように刺すこと、各3針ばかりすることが常套法であるが、症状によっては、脊椎の両傍のコリのスジを耳の方から図18のように脊椎に向け、少し斜めに刺すべきである。それより両耳の後へ絡をすでに示した方法で刺し、次に両肩と左右の背中の二行を、第2腰椎あたりまで刺すようにする(図18)

 

頭部の丹毒の針と方剤
頭部の丹毒の針術は、頭痛の針の方法に準ずる。

 

5.かすみ目の針術

眼がかすんで、雲霧の中にいるような状態では、まず風池と風府の二穴を刺す(図19)。この2穴を刺すには、上から下へ刺し、あるいは上の右、または左の方からこの穴に向かって、少し斜めに刺し、あるいは右または左の傍からこの穴に向かって、横に刺すこともある。
どこから刺す場合であっても、随分浅くして、針先の頭骨に命中しないように刺すべきである。

それより上腕の外側を肩の曲がりのところまで、背の方から1~2寸ばかり下をつかんでみると、筋溝があって、ゴリゴリとて指頭に反応を捉えることができる。これは手の少陽三焦経である。

この一二寸ばかりのところから、少し前方へ斜めにして下に向かい刺すこと3~4針ばかり施す。その三四針ばかりの間は大抵3~4寸ほどの間になる。それよりこの経に沿って、肘から先の1~2寸ばかりのところにから手首に向かい、三四寸ばかりの間を、下に向けて三四針ほどする。

督脈で額の髪際より項の髪際までを一尺二寸として、項の髪際から上1寸のところに風府の穴がある。
風池の穴をとるには、風府の穴の通りの横に、耳の下の脳空穴の後にあって、指で押せば耳へ響くところである。

             

 

6.歯痛の針 附走馬牙疳(=歯周病)

 歯の痛みに針するには、首の両傍の胸鎖乳突筋を刺し、それから肩を刺し、上腕外側の経を刺すこと。もし左側の歯痛がある者は、左の経を多く刺し、右側の歯痛がある者は、右の経を多く刺すべきである。あるいは背部の二行を刺してもよい。
 走馬牙疳(そうまげかん。歯がくさくなる病。現代でいう歯周病)の針は、上述したような針を施し、かつ背部二行の通りを肩から腰までと三行とを刺し、次に股の外経(図もすでに上述した)を刺すことはすでに説明した。

 馬牙疳(=歯周病)に針して、その刺した経、あるいは一身に痛みが出ることが時々ある。これは驚くことではない。まさに治そうちして眩暈が出ている状態である。

歯痛に針術を施すことは、大抵一度刺して、急激にその痛みが治する者が多いが、十人に1~2人は2~3日刺さなければ、治らないこともある。一度針して治る者といっても、服薬しないと再び痛みが出る者も、また十人に1~2人はある。
しかしながら2~3日刺してもも、治せない者においては、服薬させるのがよい。

 


7.口中腫痛と舌病の針

口中が腫れて痛む、あるは舌がはれてただれる者に針することは、軽症では歯痛と同様に扱う。重症の場合、走馬牙疳のように治療する。

耳痛の針そして梅毒聾        
※梅毒の自覚症状は粘膜のただれ、脱毛など皮膚症状が有名だが、眼や耳(内耳)に病変が出現することもある。これを「眼梅毒」「耳(内耳)梅毒」とよぶ。感染の早期から、潜伏期間を経た晩期いずれも起こりうる。

上気しての耳鳴、耳腫れ、耳痛、あるいは梅毒により、耳が聞こえない者は、耳下の胸鎖乳突筋と両肩とを刺し、右が痛む者は右の方に多く刺し、左が痛む者は左の方に多く刺す。これより背中の二行の通りを肩から腰までを、みな指示通りに刺すべきである。
もし股の内または外の経にコリがあれば、ことごとく刺すべきである。



8.怔忡そして胸悸の針(附頭眩驚悸)

※怔仲(せいちゅう)とは体を動かすことでひどくなる動悸のこと胸悸とは、、胸がキュッとしめつけられること。頭眩とは頭に感ずるめまい、驚悸とは、驚いて動悸すること。

驚悸(驚いて胸がドキドキする)の針は、ともに両耳下の胸鎖乳突筋と両肩と両上腕の肩の曲がりの所から、手首までを規程のように刺し、この上腕の両側に手の陽明大腸軽と手の太陽小腸軽がある。いずれの経でっも凝った絡あれば、みな指示したように刺すべきである。
次に両上腕の前のほうの脇で、手の厥陰心包経を、(後に示す図あり)また手首まで8~9針から12~13針ばかり刺す。また手首まで8~9針から12~13針ほど刺す。この経の両傍に手の少陰心経と手の太陰肺経とがある。いずれも凝った絡があれば、ことごとく刺すべきである。(図後に示した。)次に背の両二行を、肩から腰までと両三行とを皆指定通りにさすべし。

 

9.癆瘵の針       

 勞瘵(ろうさい)は労咳ともいう。現代でいう肺結核のこと。癆瘵は非常に難病で、治するものは十人に一人のみである。そうであっても病因を究明し、脈の虚実を診察し、方剤がこの疾病に適し、保護を慎重に行い、その上で針術を併用する時は、たいてい12人中、5~6人を治せるだろう。その針術を施す方法は、両耳下の筋ン、首の両筋、両肩、両手の内外経、背中の左右二行、三行、両足の内外経などを、ことごと規定したように 刺すのがよい。
軽症であれば2~3ヶ月間針すれば、必ず好転のきざしがみられるものである。重症の場合、半年あるいは一年の間針すれば、大いに効果あるものである。


10.婦人血塊の針

婦人の血塊症(子宮から血の塊が出る)は、腕のよい針医だとしても、強い薬を与えるのを躊躇する。または薬を与えた場合でも、ただちに効かせるのが難しい場合には、針を併用して大いに効果がある。
その針法は、両耳下の胸鎖乳突筋、両肩、左右の背中の二行を、肩から腰までの諸経を刺すべきである。もし足が痙攣して痛む者は、大腿内側の太陰脾経と、外またの少陽胆経とを刺す。ここに経を刺すが、しっかりと筋をつかんで、凝った絡に刺すべきである。
もし手が痙攣した痛む者は、上腕の少陽三焦経と、脇下の前方の経、あるいは腋下の後方の経、腋下の前後の経を(取る図を後に示す)上から手首まで刺すこと、指示のに従って実施する。
また、婦人の少腹の右または左に塊があって、時々上下にあるいは左右に動く場合、
気分が悪く、腹痛・上気・頭痛など、一般には血の道と称する症状のようで、月経期に発症する症状のある者は、前に記した血塊の針のように刺すのがよい。


11.婦人血欝の針

婦人の血欝(=血行不良)の針は、両耳下の胸鎖乳突筋、両肩、両上内外の経、背の左右二行三行を肩から腰に施術する。両足の内外の経などをことごとく定められたやり方で刺すのがよい。
しかしながらこの症状では、針による瞑眩が出現して、人によっては一升もしくは二升の吐血や下血することもある。これは病に効ある兆候だから、驚くべきことではない。その術を施すには、軽症であれ一ヶ月ばかり刺すが、重症であれば2~3ヶ月刺さないと治らない。


 


腓腹筋外側頭の痛む患者の針灸治療   ver.1.2

2025-01-16 | 下肢症状

1.腓腹筋外側頭部が痛む患者

腰殿部に症状はないのに、正座時に腓腹筋外側頭部が痛むという患者の治療を何例か経験した。正座しても膝関節痛はないのだが、この部が痛むという。この部は腓腹筋外側頭のトリガーポイントであろう。

 

 

2.腓腹筋外側頭部が痛む患者の針灸治療

膝窩部の痛みに対しては、伏臥位にて委中附近の症状部に刺針するのが一般的だろうが、この方法では改善できない。膝を90度屈曲位にして出現する痛む局部の硬結に刺針すると、比較的簡単に膝窩痛がとれる。このことは本ブログで報告済である。
※膝窩部の痛みで、そこに筋緊張が確認できる場合、これを「膝窩筋腱炎」という名称をネットで与えることを知った。

腓腹筋外側頭部痛の場合も同様に、膝屈曲位で腓腹筋外側頭部の症状部に、寸6#2程度で軽い手技針を施すと、治療直後から改善することが多い。

3.小殿筋トリガーポイントの放散痛部位ではないのか?

最近、59歳女性の患者を治療する機会があった。多愁訴だが、その一つに「膝の裏にモノがはさまっているようだ」との訴えがあった。膝窩を診察すると、ベーカー嚢腫はなく、圧痛点も少ないので膝窩筋腱炎ではなく、坐骨神経痛にも該当しなかった。委中周りのシコリに刺針しても治療無効だった。そこで腓腹筋外側頭部の筋痛として捉え、尻と下腿の間にマクラを挟んだ状態で正座させ、腓腹筋外側頭の圧痛点に刺針し、症状軽減した。なお、通常の正座位ではなく、膝裏にマクラを挟んだのは、正座をしても膝痛となるのではなく、腓腹筋への刺針をしやすくするための工夫である。

ただ、来院する度にこのような治療をしているわけで、症状をもたらしている根本があるのではないか、と思った。本患者は外臀部のコリも強く訴えていることから、小殿筋トリガーの放散痛として腓腹筋外側頭部の異物感が生じているのではいだろうか? 本患者にしても小殿筋に強度の筋硬結をみたので、横座り位で居髎に深刺を併用している。

小殿筋と中殿筋への刺針は、私オリジナルの横座り位からの居髎深刺を行うことで、治療の手応えを感じた。(側臥位で居髎深刺ではシコリに当たらなかった)。小殿筋のコリと腓腹筋のコリの間には相関性があるのかもしれない。なお中殿筋TPと小殿筋TPは、いずれも臀下肢部に出現するが、中殿筋の放散痛は膝関節より上に出現し、小殿筋の放散痛は、膝関節を越えて下肢に出現するという区別がある。ただし実際の治療にあたっては、横座り位で、3寸#10番くらいの針で、居髎から直刺して深部にある筋硬結に当てることが重要であり、中殿筋と小殿筋の鑑別はたいして重要な要素とはならないだろう。
居髎の取穴:上前腸骨棘と大転子を結んだ線を3等分し、上前腸骨棘側から1/3の処。

大腿外側痛の病態把握と針灸治療 2019.6.8 ブロク
小殿筋刺針の技法
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/03c8b1fc1f9c88bc3814afbb3daad2a8

 

5.腓骨頭直下の痛みは膝窩筋の放散痛由来か?

右足の最近腓骨頭直下で、陽陵泉の下方1寸あたりが、膝の曲げ伸ばしの際に痛むという患者が、立て続けに2名来院した。トレーニングやりすぎが原因だという。
局所を触診しても圧痛硬結がなく、試しに刺針して足関節の自動運動をやらせてみたが、やはりこの部痛みは改善しなかった。
そこで、小殿筋放散痛、梨状筋の放散痛を考え、居髎と坐骨神経ブロック点に刺針し、症状部に響かせてみた。そして膝の自動運動をやらせてみると、やや有効だった。
しかしもっとスパッと治療できるのではないかと考え、正座位で上述の腓腹筋外側頭の圧痛をみると非常に痛がった。そこで正座位で尻と下腿の間にマクラを挟んだ状態で、腓腹筋外側頭を触診すると明確な圧痛点を発見し、手技針してみると、先ほどよりも膝の曲げ伸ばしが楽にできるようだった。そこでさらに、立膝位で、委中あたりの圧痛を探ると強い圧痛があったので、そこにも刺針した。
以上の経過から、患者の訴える腓骨筋外側頭の痛みは、実は膝窩筋の放散痛だったのではないかと理解した。

 


排尿後のちょい漏れに会陰部の押圧

2024-12-28 | 泌尿・生殖器症状

残念なことに、私は十年ほど前から、排尿後に尿のちょい漏れが生ずるようになり、パンツを濡らすことが多くなった。程度的に深刻なものではないが、気にはしていた。排尿して、トイレから出た後、5~10秒してから尿が漏れる。

そのような折、ABCテレビ令和6年12月20日放送、「TV番組ナイトインナイト(旧称ナイトスクープ)」で、私と同じ症状をもった56歳男性が登場、自分は残尿の効くツボを見つけたとのことで、その方法を実演してみせた。ぬいぐるみのゾウを使い、その鼻の根もとの下部分をやさしくこすりつけるように押圧するとのことだったが、今ひとつ正確な部位が不明で、また押圧の手技については説明不足だった。
ともかく番組では尿漏れのある中高年男性10人中6名に有効であり、私自身も有効だったことから、押圧部位と押圧要領、および効果のあった理由を調べてみることにした。


1.排尿後尿滴下の原因

こうしたケースの尿漏れは、膀胱機能は正常であることから尿漏れに該当せず、正確には「排尿後尿滴下」とよぶ。

男性の尿道は20cmの長さがあり、膀胱内にある尿を出し切ったとしても、尿道内には尿が溜まっている。若い頃は小便終了時、尿道の元の部分にある球海綿体筋を収縮させ尿道に残った尿を出し切ることができるが、50歳を過ぎた頃から、球海綿体筋収縮力は低下するので、尿道内に尿が残存するようになる。 その結果、トイレを終えた後しばらくしてから、尿道に残っていた尿がモレ出てしまう。一方、女性の尿道は4cmと短いので排尿後尿滴下は起こらないが、中年以降で重いものを持ち上げたり、笑ったりなど腹に力を入れた瞬間、腹圧性尿失禁を起こすことが多い。


 




ペニスが外に出ているのは全体の 3/4で、根元1/4は骨盤底筋群の隙間に埋まっている。この根元にあるのが球海綿体筋(BC筋 Bulbocavernosus Muscle)で、小便を押し出して切り、精液を押しだす役割もある。球海綿体筋が鍛えられることで射精の勢いが強まり、射精時の快感が増すとされる。ちなみにPC筋(恥骨尾骨筋)は肛門を絞める役割で、BC筋とともにEDで鍛えるべき筋として知られている。

ペニス全体を下支えしている。球海綿体筋はペニスが勃起するときに海綿体に血液を送るポンプの役割もあり、精液を出す時には律動的に動くので、EDの際の筋訓練対象にもなっている。球海綿体筋が強いとペニスの根元もしっかりして上向きのペニスとなり簡単には「中折れ」 を起こさない。


2.球海綿体筋の押圧

球海綿体筋は、会陰穴あたりに存在する。ここを指頭で押圧しつつ、ペニス前方へこすり上げるようにする。この絞る動作をミルキング milking とよぶ、。 普通milkは名詞で牛乳という意味。動詞では乳を絞り出すという意味になる。ミルキングとは、「絞り出すこと」こと。
    
排尿直後、小便が出なくなった後、この会陰部から前方にミルキングすると、尿道中の小便が押し出され、尿道口から残尿が出てくれば有効である。

 

 

 

 

 

 

 


歯ぎしりと歯の噛みしめの針灸治療 ver.1.1

2024-12-18 | 歯科症状

1.ブラキシズム bruxism とは
 
歯ぎしりや、噛みしめはブラキシズム(口腔内悪習慣)と総称される。歯ぎしりや噛みしめは無意識で行っており、浅い睡眠中あるいは、日中ではストレスによる緊張、何かに長時間集中してる時に多い。
この状態が続くと、上下の歯の摩耗、閉口筋である咬筋の過緊張が生ずるので、顎関節症を併し、また頸肩背部や頭痛の原因になったりもする。歯のくいしばりは、歯ぎしりに比べて、噛む力は弱く噛む時間も短いので、 顎関節症の範疇とみなすこともできる。


2.睡眠相の性質


睡眠にはノンレム睡眠とレム睡眠の周期があり、一晩の睡眠では下図のように、睡眠相は5~6繰り返す。


1)ノンレム睡眠(徐波睡眠)  non-rapid eye movement sleep


睡眠は、まずノンレム睡眠(徐波睡眠)から始まる。
ノンレム睡眠は、睡眠の前半に多く現れる。大脳皮質休息の意義がある。大脳の休息では大脳身体抑制が外れるので、夢をみない一方、寝返りやいびき、歯ぎしりなど無目的に身体が動く。 

2)レム睡眠  


瞼の下で眼が動くので、REM(Rapid Eye Movement 急速眼球運動)睡眠とよぶ。レム睡眠の意義は身体休息で、骨格筋は弛緩して寝返りなどの動きはなが、精神は活動して夢をみる。

日中活動時は、交感神経優位状態が持続している。レム睡眠は、きつく巻かれたゼンマイを緩めるように、副交感神経優位状態にする役割がある。
レム睡眠が出現するのは入眠90分後からなので、仮に1時間睡眠を断続的に8回とって合計8時間睡眠になったとしても、レム睡眠時間は不足し、身体の疲労回復はできないので動物本能が低下(≒自律神経不安定)する。

2.ブラキシズムの針灸治療
 
ブラキシズムの針灸治療は数例の患者を経験したが、いずれも初回治療で効果があった。しばらくすると再発するが、針灸施術すると再び改善に効果があったこのことから針灸適応症だという印象である。


1)鎮静作用のある治療

  
大脳の疲労による全身的な運動筋の支配の低下なので、無意味な動きが出現する。したがっ睡眠時に生ずるブラキシズムの場合、深いレベルの睡眠に誘導、すなわちぐっすりと眠れるようにる対策が必要である。
スマホやPC操作などの操作に熱中して、ブラキシズムが生じているならば、その行為以外に、機能があまりコントロールされていないことを意味するので、休息や気分転換が必要である。

一言でいえば、大脳の疲労回復が治療目標である。より正確には大脳疲労がもたらした筋疲労復が治療目標である。

針灸では、鎮静作用をもたらす治療法が知られている。頭皮上の圧痛点、項部筋、胸鎖乳突筋圧痛を探り、置針する方法が多用される。
 
①上天柱深刺

取穴:天柱の上方で、風池(後頭骨とC1後結節間で、瘂門と乳様突起の間)の並び。
意義:深刺すると、僧帽筋→頭板状筋→頭半棘筋と通過し、大後頭直筋に至る。置針するとが多い。
  
②頭部圧痛点へ刺針
検者の指頭(指腹ではない)で、患者頭皮をゴシゴシとこすりつるように探り、陥下を探る。陥下には骨のくぼみと限局性皮下浮腫があるが、後者が反応点であり、やや強く押圧すると、患者は針で刺されたかのような強い痛みを感じる。圧痛点が治療点となる。斜刺で置針または単刺する。
   
③太陽刺針

眼裂外端と眉毛外端を結んだ中点から、外方1寸耳側を取穴する。こめかみ部。側頭筋の浅層に側頭部浅層脂肪体があり、2層の筋膜が2層になっているので、グリグリと指でよく動く。眼精疲労やコメミ痛に対し、側頭筋筋膜の緊張緩和目的で置針または単刺する。
 
2)顎関節症の治療


①咬筋緊張の改善   
強く閉口する際には閉口筋とくに咬筋に負担が加わる。大迎~頬車あたりから咬筋へ刺入る。開口制限が合併している者には、開口筋である外側翼突筋への刺激(下関深刺)を併用す


②顎二腹筋後腹の緊張の改善

顎二腹筋は咀嚼筋ではないが、本筋前腹は下顎の突き出し作用があり、本筋後腹は下顎の引きつけ作用がある。なお顎二腹筋は顔面神経支配であり、咀嚼筋は三叉神経支配になる。大きく開口する際、開口筋である外側翼突筋収縮に加え、顎二腹筋前腹が緊張して下顎の突き出し機能が働く。(鯉が口を大きく開く時、口が前に突き出るのを観察できるのと同じ理由)

 

それとは逆で、顎二腹筋後腹が収縮すると下顎骨の引きつけ力が増強する。歯ぎしりは強くかみしめた状態で下顎を側方や後方に強く引きつける動作で、そこでは顎二腹筋後腹が強く働く。その状態が続くと疲労して痛みが生じるようになる。

顎二腹筋後腹への刺針は、仰臥位で上背部にマクラを入れ、頸を過伸展肢位にする。これは顎二腹筋を伸張させた状態にするものである。この状態で顎二腹筋後腹(天容~舌骨部あたり)圧痛硬結に刺針する。

 

4.レム睡眠改善の針灸の考え方(参考)

レム睡眠は交感神経興奮状態を鎮静させる治療方針になり、背部兪穴への軽い刺激が適する。皮下筋膜を緩める目的になる。


令和6年、針灸奮起の会忘年会と新年からの計画

2024-12-09 | 講習会・勉強会・懇親会

令和6年も12月を迎え、忘年会シーズンが到来。
針灸奮起の会の忘年会は、12月7日(土曜)に有志8名が集い、立川市の中華料理店「華縁」で実施した。
各人、来年の抱負を語っていた。私は来年の針灸奮起の会のテーマとして、柳谷素霊著「秘法針灸一本針伝書」を現代針灸的立場から解説し実技すると説明した。3~4回シリーズで行うことになるだろう。本書については何度も本ブログAN現代針灸治療で取り上げており、その再整理の形となると思う。

奥左より、岡本雅典・似田敦・加藤美香子・小野寺文人
手前左より、笠貴乃・岩下宗子・吉田美沙子・服部政博(敬称略)

<秘法一本針伝書目次>

第1 上歯痛の鍼(客主人) 
第2 下歯痛の鍼(頬車)
第3 鼻病一切の鍼(印堂) 
第4 耳鳴の鍼(頬車) 
第5 耳中疼痛の鍼(完骨) 
第6 眼疾一切の鍼(風池) 
第7 喉の病の鍼(合谷)
第8  上肢外側痛の鍼(肩髃) →「四十腕五十肩の鍼」参照
第9  上肢内側痛の鍼(肩貞)  →「四十腕五十肩の鍼」参照
第10 下肢後側痛の鍼(外大腸兪・坐骨神経ブロック点)
第11 下肢外側の病の鍼(環跳)  (「下肢内側の病の鍼」含む)
第12 下肢前側の病の鍼(居髎) 
第13 急性淋病の鍼(中極・関元)  
第14 実証便秘の鍼(左四満外方5分)
第15 虚証便秘の鍼(左四満外方5分)
第16 四十腕五十肩の鍼(肩髃、肩髎) 
第17 肩甲間部のコリの鍼(缺盆) 
第18 肩甲上部のコリの鍼(肩井移動穴)
第19 上実下虚証の鍼(崑崙)
第20 五臓六腑の鍼(華陀鍼法)(脊柱棘突起外方5分)


肩関節外転制限の針灸治療法 ver.2.1

2024-12-04 | 肩関節痛

1.肩関節の外転運動の機序

 

①肩甲上腕関節において、凸面である上腕骨と比較して凹面である肩甲骨関節窩は比較的広い。これにより上腕骨頭が上下に辷る仕組みがある。
②上腕骨頭を回転させて上腕を外転させるには、まず上腕骨頭の回転軸を定めなければならない。そのため肩腱板が緊張して上腕骨頭と肩甲骨関節窩を固定させる必要がある。固定させる役割は肩腱板(とくに棘上筋部)が担当する。回転軸を固定した後に、三角筋中部線維が収縮して上腕骨の外転運動が行われる。
③上腕骨の外転90°までは、手掌を下にしても動かすことはできるが、それ以上の外転では、上腕骨大結節が肩峰に衝突するのでできない。
④上腕骨の大結節が肩峰にぶつからないようにするには、上腕骨を外旋し上腕骨大結節を肩峰に潜らす必要がある。そのためには手掌を上に向けた状態(外旋位)で外転させるのことで、外転180度できるようになる。

2.棘上筋の退行変性の病態生理 

肩関節疾患のほとんどは上腕ROM制限と痛みを生ずる。上腕外転筋は、棘上筋と三角筋中部線維である。両筋に障害を生ずるのは、肩腱板炎・肩腱板部分断裂・凍結肩など主要な肩疾患である。
 
上述したように上腕を外転させる機能があるのは三角筋中部線維と棘上筋である。この両者では、圧倒的に棘上筋と棘上筋につづく腱板部分が脆弱である。この部分は肩峰下滑液包や肩甲棘に圧迫されたり、摩擦されたりするため虚血が生じやすく、変形・断裂・石灰沈着などを引き起こしやすい。この部をカリエは危険区域と称した。現在でも筋腱付着部症(エンテソパチー enthesopathy)とよばれる病態になる。棘上筋の筋力自体の低下により外転制限が生じているわけではない。 

筋が緊張し、短縮すると腱に加わる牽引力は増し、とくに構造的に脆弱な腱付着部に大きな負担が加わる。腱付着部に微小外傷が生じ、その発生と修復のバランスが崩れることで症状が引き起こされる。病態としては腱炎そのものである。

肩腱板のすぐ上には肩峰下滑液包があり、腱板の炎症は二次的に肩峰下滑液包炎を起こしやすい。そして肩峰下滑液包炎の程度が強ければ、夜間痛関節の腫脹・熱感など急性の関節炎症状を併発する。
なお肩腱板炎は肩腱板部分断裂と問診や理学検査のみからは鑑別がつきにくいが、高齢者ではほとんどが肩腱板部分断裂である。


 

4)腱板炎の炎症拡大
    
肩腱板に生じた炎症は、すぐ上方に接する肩峰下滑液包に波及し、摩擦を減らすために滑液量滑量が増えたり滑膜が肥厚してくる。この状態を肩峰下滑液包炎とよぶ。滑液包の体積が増すので、肩峰下との摩擦はさらに増加して痛みも増加する。筋の滑りが悪くなった結果、上腕をぐるぐる回すと、そのたびに肩峰の奥あたりがコキコキあるいはジャリジャリ音を発し、音がするというあたりに術者の手を当てると、震動を感じることができる。

 

3.肩関節外転制限の針灸治療技法
 
1)肩髃から棘上筋腱への刺針

肩腱板炎の多くは棘上腱に相当する腱板部位に限局して痛む。棘上筋腱は、大結節に付着するので、本稿ではこの部に肩髃をとる。座位で患側の腕を自分の腰にあてがい、肩関節45度外転位とする。肩髃(大結節と肩峰間)を刺入点に刺針点とし、床に平衡に3㎝程度刺入すると、針先が棘上筋腱の虚血好発部(カリエのいう危険区域)に達する。
この肢位で刺針する理由は、肩を外転すると肩腱板の筋収縮により上腕骨頭が降下して肩関節腔が開き、刺入しやすくなるためである。以前筆者は、後述する<肩井の斜刺>に比べて効果が少ないと考えていたが、3㎝以上刺入(したがって寸6ではなく2寸針を使用)することで、治療効果を得ることが
できた。以前の2㎝程度の深さの針では針先が危険区域に達しなかったらしい。

この治療では肩髃を刺入点として棘上筋腱に沿って深刺水平刺するが、それだけでは効き目が弱い場合を考え、肩髎を刺入点として棘上筋腱を側面から刺激することを併用することも考えてよいだろう。

     
 

2)肩井から棘上筋腱への刺針

肩井から直刺深刺すると、僧帽筋→肩峰下滑液包→棘上筋→肩甲骨に入るが、これでは治療効果が得られない。棘上筋の障害部は棘上筋の筋よりも腱部分なので、肩井から肩峰方向に刺針して棘上筋腱に命中させるのがよい。側臥位または座位で行う。僧帽筋→肩峰下滑液包→棘上筋と入れ、痛くない範囲で上腕の外転運動を行わせる。この施術は3寸針を使った斜刺になる。治療効果は高い、強刺激になりやすいという欠点がある。なお本法では患者自身の手を腰に当てさせる必要はない。

 

 

3)三角筋停止部刺針(臂臑)

頻度は少ないが、料理人や美容師などなど腕を長時間上げて作業することの多い職業では、上腕骨の三角筋粗面(三角筋の上腕骨停止部)に骨付着部炎(エンテソパチー)を生じ、上腕が上がらないことがある。この圧痛点の存在を患者は気づかないことも多い。前述の肩腱板の障害では「肩を上げる際の痛み」になるのに対し、三角筋の障害では、肩を上げ続ける肢位できない」というようになる。

本症も三角筋停止部の筋腱付着部症(=エンテソパチー)である。
三角筋停止部刺針(臂臑)の圧痛点に刺針しながら肩の自動外転運動を行わせると改善することが多い。なお臂臑は、腕の付け根と肘を結んだの中央にとるとされるが、実際には三角筋停止部に取穴した方がよい。
臂臑(大腸):上腕骨外側の上(肩髃)から曲池に向かう線で上1/3。三角筋停止部。

「腕を長くは上げていられない」という特徴的な訴えになる。「鍼灸治療は痛む姿勢にして、痛む処を施術すればよい」というのが治療の定石なので、本例も施術体位に一工夫する。患者を椅子に座らせ、患側肩が正面にくるよう患者と直角位置に術者も座る。患者の患肢を術者の肩井あたりに載せる。この姿勢で腕を上げるよう指示し、術者はその腕を抑えることで。三角筋の等尺性収縮となり、その時生ずる運動痛(=圧痛点)である臑兪を施術するのがよい。

 

※使用した経穴の位置(現行の学校協会の方法とは異なる)

肩前(新穴)
上腕骨頭部前面、結節間溝部。この結節間溝に上腕二頭筋長頭腱が走る。実際には上腕二頭筋長頭腱々炎はまれな疾患であり、肩前に圧痛が現れることは少ない。すなわち実際に肩前穴に治療点を求める機会はマレである。

肩髃(大腸)
教科書には「上腕90度外転時、肩関節付近にできる2つの穴のうち、前方の穴」と記載されている。本稿では中国の文献に従い、肩峰と大結節間にできる溝中を肩髃穴とした。

肩髃穴は棘上筋腱が大結節に起始する部位なので、臨床で使う機会は非常に多い。

肩髎(三焦)
教科書には「上腕90度外転時、肩関節付近にできる2つの穴のうち、後方の穴」とある。本稿では肩峰外端の後下際にとる。大結節を挟んで、前方が肩前穴、後方に肩髎。本穴は棘上筋腱を側面から刺激する意味がある。

 




鍼灸院でのベル麻痺・ハント症候群の予後推定と治療点の選択 ver.3.2

2024-12-03 | 頭顔面症状

1.末梢性顔面麻痺と症状の関係
       
顔面神経(広義)は、運動神経性の顔面神経(狭義)と知覚・副交感性の中間神経に大別される。各神経枝の障害で、顔面麻痺以外にも、聴覚過敏・味覚障害・唾液分泌障害・涙分泌障害などの症状を呈する。

   
末梢性特発性の顔面麻痺の大部分は、顔面神経管内の浮腫が原因だとされる。顔面神経管の直径は、管の上部~膝神経節部の直径は1㎜、茎乳突孔附近で直径2㎜と非常に細い。この管内のどの部分で顔面神経の浮腫が生じているかによって、症状は異なってくる。

     
顔面神経や伴走する中間神経から分岐した神経枝が圧迫されて機能障害を起こすこともある。中間神経の膝神経節を帯状疱疹ウィルスが侵す疾患をラムゼイ・ハント症候群とよぶ。ハント症候群では顔面麻痺に加え、耳介~外耳道痛も生ずる。 また第8脳神経を侵すとめまいが生ずる。

 
 

①鼓索神経分岐より末梢の障害:顔面麻痺のみで、ベル麻痺の典型。
②鼓索神経分岐部の障害:上記+口症状(唾液分泌減少と舌前方2/3の味覚消失)
③あぶみ骨筋神経の分岐部:上記+耳症状(聴覚過敏)
④大錐体神経節の分岐部:上記+眼症状(涙分泌減少)。顔面神経膝状神経痛(外耳部痛・耳介後部の激痛)はハント症候群で生ずる。

 


2.ベル麻痺 Bell palsy


1)原因

顔面神経膝神経節での単状疱疹ウィルス再活性化(70%の者に本ウィルスが存在)や神経炎→顔面神経管内での浮腫→神経損傷。

2)医療施設でのベル麻痺の治療

①初期治療

病・医院での治療は、発病当初は入院による副腎皮質ステロイド(一時的に生体の自然治癒力を増強させる方向で働く。抗炎症、浮腫改善)の10日間大量点滴療法を行う。入院不能な場合は外来によるステロイド内服漸減療法12日間が標準治療となる。ベル麻痺の原因は単状疱疹ウィルスなので、残存ウィルスを死滅させる目的で抗ウィルス剤が使われることも多い。
自然治癒率は約70%。ベル麻痺と診断された者の中には、通称<隠れハント症候群>(無疱疹性帯状疱疹)とよばれる病態が10~20%あるとされ、これらが治癒率を下げている要因となっているらしい。

    
麻酔科医は連日の星状神経節ブロックを推奨している。顔面部交感神経機能を遮断 → 相対的に副交感神経機能を更新させる → 顔面血流量を増加して自然治癒力を高める増強される、との観点。ただしエビデンスに乏しい。 
  
②予後不良者の治療

治癒まで3ヶ月以上かかると判定された場合、病的共同運動(4ヶ月以降:たとえば閉眼すると口が動き、口を開閉すると眼も閉じる)やワニの涙現象(食物を食べると涙が出る。これは唾液を出そうとすると涙腺分泌が刺激される)が出現しやすい。漠然と様子をみるのではなく、ステロイド追加投与さらには顔面神経管開放術(圧迫された顔面神経の周りの骨を取り除く手術)を行う方がよい。


3.顔面神経走行と顔面麻痺の針灸治療


1)針灸院での予後推定


一般に発症してすぐに針灸を求める患者は少ない。医療施設で治療を続けるも、発症後7~10日間は目立った効果が現れなないので不安になり、針灸にも通院してみようかと考えるようになるのだろう。予後良好の場合は3週問以内に回復が始まり8割は自然治癒するとされているので、発症1~2週後に針灸に来院すれば、タイミング的に自然回復時期に針灸治療を行っていることになり、患者には針灸治療でベル麻痺が治ったような印象を与えることになる。このことは針灸院の経営上有利なことではある。 

   
しかし残り2割は速やかには麻痺は回復せず、長い者で半年以上を要し、かつ麻痺が残存する。では8割の早期回復者と2割の回復に時間がかかる者の事前予想はどのようにすべきなのだろうか。

   
実はこれも分かっていて、発症7~10日で予後判定可能なNET(電気生理学的検査)検査が、予後の目安となる。
NETは、顔面神経本幹または分枝を電気刺し、顔面表情筋の収縮度合をみるもので、収縮が観察できる最小閾値と健側を比較する。これは針灸臨床で用いられることの多い低周波治療器で代用できる。顔面神経数カ所に直接刺針し、そこにパルスを流すようにする。健常者に行えば、顔面表情筋の攣縮が観察できる。しかし顔面神経に鍼が命中していない場合、表情筋攣縮はほとんど生じない(通電電流量を一定以上に上げると刺痛を訴える)

①NET(神経興奮性検査)で、異常を認めるものは治癒率が悪い。
②発症後、3か月過ぎているものは治癒率が悪い。
③新鮮例で、NET検査が良好なベル麻痺は、90%治癒する。
④治療は、頻回行うほどよいので、最初は毎日または隔日治療とし、改善の進行につれて週2回さらには週1回というように、間隔あけていく。
 
2)低周波置針通電治療の是非

   
かつては置針した低周波をつないだものだが、現在では筋攣縮しないほど高い周波数(100ヘルツ程度)で通電するか、または通電せず単に置針するかになる。 というのは、低周波刺激をすることで後遺症(病的共同運動=閉眼すると口の周りが動く、口を動かすと目が閉じる など)が強化されすぎ、病的共同運動プログラムが助長されるという。
このことは分離=(巧緻)運動回復の妨げになる。
   
そもそも単なる置針と置針+通電との治療効果に差があるかどうかは有用性が確認されていない。しかし患者にしてみれば、通電してもらった方が<治療してもらった感>があるだろうから、高い周波数(100ヘルツ程度)で通電するのも一つのアイデアだろう。



3)顔面神経に対する刺激点

  
顔面神経の顔面部走行は、翳風部から起こり、耳垂の直下を通り、顔面部に扇型に広がる。 翳風穴と耳垂が顔面に付着する部の中央(深谷流難聴穴)の2点に10~20分間の置針を行う。

①翳風刺針
耳垂後方で、乳様突起と下顎骨の間に翳風をとる。顔面神経幹が茎乳突孔を出る部である。凹みの底の骨にぶつかるように刺入する。正しく刺入すれば無痛で針響もない。しかし刺入方向を誤ると強い刺痛を与えることも多い。技術的難易度の高い刺針となる。


②下耳痕刺針

耳垂が付着している頬部の中点。深谷伊三郎「難聴穴」(≒下耳痕穴)のことでもある。深谷氏の難聴穴は施灸する旨が書かれている。中国の新穴に耳痕穴があって、そのすぐ下方にあることから下耳痕と私が命名した。私の下耳痕は刺針しなくては用を足せない。というのは5㎜~1㎝刺針して顔面神経幹に当てるのを意図しているからである。顔面神経幹に当てても針響は得られないので、顔面神経幹の命中したか否かを調べるため、パルス(1~2ヘルツ)通電しながら刺入し、唇や頬が最も攣縮する深さ(5㎜~1㎝)で針を留める。置針中はパルスはしない。
 

 

※下耳痕穴から直刺2㎝すると、舌咽神経の分枝の鼓室神経(鼓膜の知覚支配)に命中し耳中に響く。この刺針は難聴耳鳴の治療に使うことが多い。
すなわち下耳痕穴は、浅層の顔面神経幹刺激として顔面麻痺に適応があり、があり深層の鼓室神経刺激することで難聴耳鳴に用いられる興味深い穴である。

 
③耳下腺神経叢刺針

顔面神経は、茎乳突孔から頭蓋外に出て、耳垂の深部を通過し、耳下腺神経叢中を走る。耳下腺神経叢の中で多数分岐し、それぞれの顔面表情筋方向に放射状に走行する。
耳垂部から顎角部にかけては顔面神経走行が密なので、経穴では、頬車~大迎の範囲に集中的に刺針すると顔面神経に命中しやすい。


 

4.顔面表情筋に対応する刺針

顔面表情筋に対する針灸は、顔面表情筋が多数ある中で、特に目の周囲や口裂周囲の筋群が  外観からの観察で繊細な表情をくみ取りやすく、これらの筋を中心にピックアップした、これは後述の<柳原40点法>に準拠した筋にもなっている

1)後頭前頭筋の前頭筋(額に横シワ、眼を見開く)→陽白
2)鼻根筋(眉間の横シワ)→印堂
3)眼輪筋
眼瞼部(眼を軽く閉じる) →睛明、瞳子髎、承泣
眼窩部(眼を強く閉じる、片目つむり) →四白など眼輪筋眼瞼部の外周
   ※眼を開けるのは上眼挙筋(動眼神経)
4)頬筋(頬ふくらまし、頬側面の食物を追い出す、トランペット吹く)→外地倉
5)口輪筋(口すぼめ、口笛)→地倉、水溝、上承漿
6)大頬骨筋(「イーッ」と歯を見せる)→ 顴髎
7)口角下制御筋(口を「へ」の字に曲げる)→オトガイ穴(=口角の下1寸)    
     

5.施術の目的と方法

1)施術目的
顔面麻痺になると顔面表情筋が動かないので筋萎縮する。すると神経が回復しても動きが復しなくなる。(完全麻痺になって1年から1年半ほどで後戻りしない表情筋委縮になる)

治療目的は、動かなくなった筋緊張をゆるめ、萎縮することを防止することにある。

2)麻痺筋に対する施術方法
40点柳原法を参考に、とくに眼症状(兎眼、ベル現象)、口症状(口すぼめ、口をイーっと引く、頬ふくらまし)のチェックを行い、動きの鈍い筋を探り出し、その問題筋に置針(10~30分)する。


6.顔面麻痺の評価

1)40点柳原法

顔面麻痺の評価として、「40点柳原法」が広く普及している。顔面の主な表情を10カ所選び、4点=健側と明らかな差がない、2点=筋緊張と運動性の減弱、0点=喪失とする。
0~8点=完全麻痺、10~20点=中等度麻痺、22~40点=軽度麻痺と評価。

 

2)私流簡易評価法
 
40点柳原法」は実施に時間を要するので、経過を追うのも大変である。もっと手軽にかつ定量的(ミリ単位)に表記できるものとして、筆者は次の4点で経過を追うようにしている。

①兎眼の上下瞼間の長さ(眼輪筋)
②イーツと歯を見せた時、静止時に比べて口角がどの程度動くか(大頬骨筋)
③口をすぼませた時、静止時に比べて口角がどの程度動くか(口輪筋)
④口をふくらませた状態で、頬を軽く叩いた時、息が漏れないか(頬筋)


7.ラムゼイ・ハント Ramsay Hunt 症侯群  

顔面麻痺を起こす最多の疾患はベル麻痺だが、次いで多いのがハント症候群である。  


1)原因

顔面神経膝神経節に潜伏感染した水痘・帯状疱疹ウィルスの再活性化による顔面神経障害。

2)症状
顔面麻痺症状+耳症状(外耳道や耳介の痛みと小水疱)を起こす。ときに聴神経を侵してめまいを生ずることもある。

①末梢性顔面麻痺

②聴神経症状:難聴・耳鳴・めまい     ※聴神経とは、内耳神経の別称のことである。
③中間神経膝状部神経痛:外耳道(軟口蓋部)や耳介の痛みを伴う小水疱(帯状疱疹)


3)予後

全体としては自然治癒率40%。うち完全麻痺(上記①②③症状あり)の場合、自然治癒率10%、不全麻痺(上記①と③のみ)の自然治癒率は66%。
ハント症候群はベル麻痺に比べ、侵害部分は広汎なため、自然治癒率は低い。
※針灸治療法自体は、ベル麻痺と変わらないが、ベル麻痺以上に頻回に施術する必要がある。

 


Th12/ L1とTh7/Th8  脊髄神経後枝の症状に対する背部一行刺針 ver.1.1

2024-12-02 | 腰背痛

1.メニュエ Maigné  症候群(=胸腰椎接合部症候群)  ※旧称はメイン症候群

1)病態

Maigné とは発見したフランス人研究者の名前で、これまでメインと表記されていたが、岡本雅典氏によるとフランスでの発音ではメニュエと発音するということを、現地のフランス人から指摘されたという。以後はメインではなくメニュエと称することにしたい。

メニュエ 症候群は胸腰椎移行部(Th12/L1棘突起間)の椎間関節症による後枝興奮症状のことをいう。 Maigné が提唱した。構造的に胸椎間は回旋の可動性があるが、腰椎間は屈曲伸展の可動性はあっても回旋可動性はない。上体を大きく回旋した場合、胸椎の各椎体は少しずつずれ、胸椎全体では大きく胸椎をひねることを可能にしている。しかしTh12椎体の回旋力は第1腰椎は回旋しないことで受け流すことができず、Th12/L1棘突起間には強い力学的ストレスが加わる。するとこのあたりの椎間関節近傍を走行する脊髄神経後枝が刺激され、脊髄神経後枝の神経支配である筋が緊張し、皮膚に痛みを感ずる。

この皮膚痛の領域は、①上殿部が中心だが、②側殿部、③鼠径部に痛みを起こす場合の3通りがありそれぞれ撮痛帯の出現する。中心となるのは①でTh11~L4脊髄神経後枝外側枝で、上殿皮神経の別称をもつ。
これら3方向の痛みは、どれもTh12/L1棘突傍の刺針で改善する場合が多い。
 
Maigné 症候群は国内ではマイナーだが、欧米で詳しく調べられている。PCで「Maigné syndrome」を検索していただきたい。撮痛との関係もしっかり記載されている。

 

2)川井貞文氏の症例報告

以前、代田文彦監修「鍼灸臨床生情報」医道の日本社1999.1.1発行 を読み返していたら、川井貞文氏(日産玉川病院東洋医学科)の症例報告が目にとまり、おもわず喝采を叫びたくなった。
上殿部痛に対し、Th12棘突起傍の灸頭針で改善した例を報告した。患者は胃が悪くなると、左上殿部痛が出るのだが、上殿部を治療するよりも、Th12棘突起傍の刺針が効果あると報告した。
これは典型的なメニュエ症候群だといえる。本患者の上殿部痛はTh12/L1後枝によるものだが、同時に小野寺殿部圧痛点でもある。

 小野寺殿部圧痛点と上部消化器疾患の関連機序は、小野寺直助が記載している。なお代田文誌は「鍼灸臨床ノート」の中で、「小野寺殿部圧痛点と脾兪圧痛は相関性がある」とする旨を記している。小野寺殿点と脾兪は、同じ高さの脊髄神経後枝なのでそういうことになるのだろう。上図の青枠内は、中側嘉志馬著、守一雄改訂「触診と圧診」金原出版、昭和53年7月20日発行(絶版)の中で発見した。ただし青枠外を筆者が推定して付け足した。

 

 

2.帯脈穴の圧痛の解釈

帯脈穴は臍の高さで側腹部中央にある。本穴は、その名称から帯下との関連を連想させるためか婦人科疾患時に使用されているようである。

前段で、Th12/L1脊髄神経後枝が上殿部痛をもたらすことを説明したが、背部の脊髄神経後枝は、どの高さでも神経根から斜外下方に規則的に走行し、皮膚を知覚支配している。
帯脈穴部の皮膚知覚も脊髄神経後枝支配になる。帯脈から斜上内方に撮痛帯をたどっていくと、Th7前後の棘突起に交差するであろう。Th7前後の後枝反応が帯脈に圧痛や撮痛をもたらしていることが想定される。このような見解から、筆者は数ヶ月前から帯脈と中部胸椎一行圧痛反応の相関性を調べたが、確かに関連があるとの印象をもった。
最近では仰臥位で左右帯脈の圧痛を調べることで胸椎椎間関節症の有無を予想するようになった。そして帯脈の圧痛は、Th7近辺の圧痛ある背部一行に刺針することで帯脈圧痛の変化を調べてる。帯脈の圧痛が直後に消えることはないが、一週間後宇の再診時に調べると、圧痛軽減していることが多いようだ。