AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

排尿後のちょい漏れに会陰部の押圧

2024-12-28 | 泌尿・生殖器症状

残念なことに、私は十年ほど前から、排尿後に尿のちょい漏れが生ずるようになり、パンツを濡らすことが多くなった。程度的に深刻なものではないが、気にはしていた。排尿して、トイレから出た後、5~10秒してから尿が漏れる。

そのような折、ABCテレビ令和6年12月20日放送、「TV番組ナイトインナイト(旧称ナイトスクープ)」で、私と同じ症状をもった56歳男性が登場、自分は残尿の効くツボを見つけたとのことで、その方法を実演してみせた。ぬいぐるみのゾウを使い、その鼻の根もとの下部分をやさしくこすりつけるように押圧するとのことだったが、今ひとつ正確な部位が不明で、また押圧の手技については説明不足だった。
ともかく番組では尿漏れのある中高年男性10人中6名に有効であり、私自身も有効だったことから、押圧部位と押圧要領、および効果のあった理由を調べてみることにした。


1.排尿後尿滴下の原因

こうしたケースの尿漏れは、膀胱機能は正常であることから尿漏れに該当せず、正確には「排尿後尿滴下」とよぶ。

男性の尿道は20cmの長さがあり、膀胱内にある尿を出し切ったとしても、尿道内には尿が溜まっている。若い頃は小便終了時、尿道の元の部分にある球海綿体筋を収縮させ尿道に残った尿を出し切ることができるが、50歳を過ぎた頃から、球海綿体筋収縮力は低下するので、尿道内に尿が残存するようになる。 その結果、トイレを終えた後しばらくしてから、尿道に残っていた尿がモレ出てしまう。一方、女性の尿道は4cmと短いので排尿後尿滴下は起こらないが、中年以降で重いものを持ち上げたり、笑ったりなど腹に力を入れた瞬間、腹圧性尿失禁を起こすことが多い。


 




ペニスが外に出ているのは全体の 3/4で、根元1/4は骨盤底筋群の隙間に埋まっている。この根元にあるのが球海綿体筋(BC筋 Bulbocavernosus Muscle)で、小便を押し出して切り、精液を押しだす役割もある。球海綿体筋が鍛えられることで射精の勢いが強まり、射精時の快感が増すとされる。ちなみにPC筋(恥骨尾骨筋)は肛門を絞める役割で、BC筋とともにEDで鍛えるべき筋として知られている。

ペニス全体を下支えしている。球海綿体筋はペニスが勃起するときに海綿体に血液を送るポンプの役割もあり、精液を出す時には律動的に動くので、EDの際の筋訓練対象にもなっている。球海綿体筋が強いとペニスの根元もしっかりして上向きのペニスとなり簡単には「中折れ」 を起こさない。


2.球海綿体筋の押圧

球海綿体筋は、会陰穴あたりに存在する。ここを指頭で押圧しつつ、ペニス前方へこすり上げるようにする。この絞る動作をミルキング milking とよぶ、。 普通milkは名詞で牛乳という意味。動詞では乳を絞り出すという意味になる。ミルキングとは、「絞り出すこと」こと。
    
排尿直後、小便が出なくなった後、この会陰部から前方にミルキングすると、尿道中の小便が押し出され、尿道口から残尿が出てくれば有効である。

 

 

 

 

 

 

 


腓腹筋外側頭の痛む患者の針灸治療   ver.1.1

2024-12-26 | 下肢症状

1.腓腹筋外側頭部が痛む患者

腰殿部に症状はないのに、正座時に腓腹筋外側頭部が痛むという患者の治療を何例か経験した。正座しても膝関節痛はないのだが、この部が痛むという。この部は腓腹筋外側頭のトリガーポイントであろう。

 

 

2.腓腹筋外側頭部が痛む患者の針灸治療

膝窩部の痛みに対しては、伏臥位にて委中附近の症状部に刺針するのが一般的だろうが、この方法では改善できない。膝を90度屈曲位にして出現する痛む局部の硬結に刺針すると、比較的簡単に膝窩痛がとれる。このことは本ブログで報告済である。
※膝窩部の痛みで、そこに筋緊張が確認できる場合、これを「膝窩筋腱炎」という名称をネットで与えることを知った。

腓腹筋外側頭部痛の場合も同様に、膝屈曲位で腓腹筋外側頭部の症状部に、寸6#2程度で軽い手技針を施すと、治療直後から改善することが多い。

3.小殿筋トリガーポイントの放散痛部位ではないのか?

最近、59歳女性の患者を治療する機会があった。多愁訴だが、その一つに「膝の裏にモノがはさまっているようだ」との訴えがあった。膝窩を診察すると、ベーカー嚢腫はなく、圧痛点も少ないので膝窩筋腱炎ではなく、坐骨神経痛にも該当しなかった。委中周りのシコリに刺針しても治療無効だった。そこで腓腹筋外側頭部の筋痛として捉え、尻と下腿の間にマクラを挟んだ状態で正座させ、腓腹筋外側頭の圧痛点に刺針し、症状軽減した。なお、通常の正座位ではなく、膝裏にマクラを挟んだのは、正座をしても膝痛となるのではなく、腓腹筋への刺針をしやすくするための工夫である。

ただ、来院する度にこのような治療をしているわけで、症状をもたらしている根本があるのではないか、と思った。本患者は外臀部のコリも強く訴えていることから、小殿筋トリガーの放散痛として腓腹筋外側頭部の異物感が生じているのではいだろうか? 本患者にしても小殿筋に強度の筋硬結をみたので、横座り位で居髎に深刺を併用している。

小殿筋と中殿筋への刺針は、私オリジナルの横座り位からの居髎深刺を行うことで、治療の手応えを感じた。(側臥位で居髎深刺ではシコリに当たらなかった)。小殿筋のコリと腓腹筋のコリの間には相関性があるのかもしれない。なお中殿筋TPと小殿筋TPは、いずれも臀下肢部に出現するが、中殿筋の放散痛は膝関節より上に出現し、小殿筋の放散痛は、膝関節を越えて下肢に出現するという区別がある。ただし実際の治療にあたっては、横座り位で、3寸#10番くらいの針で、居髎から直刺して深部にある筋硬結に当てることが重要であり、中殿筋と小殿筋の鑑別はたいして重要な要素とはならないだろう。
居髎の取穴:上前腸骨棘と大転子を結んだ線を3等分し、上前腸骨棘側から1/3の処。


大腿外側痛の病態把握と針灸治療 2019.6.8 ブロク
小殿筋刺針の技法
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/03c8b1fc1f9c88bc3814afbb3daad2a8


腕神経叢刺針部位の検討 ver.1.2

2024-12-24 | 頸肩腕症状

上肢に神経痛様の痛みがある場合、腕神経叢の興奮を疑い、腕神経叢への刺針を行うことになる。これには腕神経叢直接刺激と、前斜角筋に刺針して間接的に腕神経叢に影響を与える方法がある。これらの刺激と、よく似たものが現代医学的にも、いくつか知られているので、比較検討してみた。 

1.腕神経叢ブロック鎖骨上法

神経ブロックでは、腕神経叢ブロック鎖骨上法が、針灸で行う腕神経叢刺に類似のものであろう。鎖骨左右中の中点、上下の骨幅の中点から上方1.5㎝から刺入するもので、腕神経叢を直接刺激する。本法は直下に肺尖があるので、深刺することはできないという意味で危険性がある。

2.モーレー Morley  点

腕神経叢ブロック鎖骨上法の部位より、わずかに内側にあるのはモーレー点であり、鎖骨上縁の前斜角筋部を直接圧迫するものである。胸鎖乳突筋鎖骨枝の外縁で鎖骨上縁。モーレー点を直刺すると、前斜角筋に命中し、その深部にある腕神経叢を刺激でき、上肢に響きを与えることができる。この刺針法は、現在私が常用している方法となっている。仰臥位、側臥位、座位いずれでも刺針可能。この施術点は臨床上、後述する中国式天鼎と同一だといえるかもしれない。

 

3.エルブ  Erb  点

モーレー点の、少し上方にはエルブ点がある。頚部が伸展され,肩甲部が下方に牽引されると、上位型麻痺(C5C6神経=エルブ麻痺)が起こり、上肢が挙上位のまま牽引されると下位型麻痺(=クルンプケ)麻痺となる。エルブ麻痺は分娩時に新生児の肩が産道にぶつかって生じやすいので、とくに分娩麻痺との別称をもつ。なおオートバイ事故など強大な外力が加わると全型麻痺となる。エルブ麻痺では、手首から先は動くが肩や肘が動かない。C5神経麻痺では肩の挙上困難(三角筋麻痺)、C6神経麻痺では前腕屈曲困難(上腕二頭筋麻痺)を生じるためである。エルブ麻痺などの頸神経損傷は、強い力が短時間に加わった結果、すなわち急性症という特徴がある。 
 エルブ点は、仰臥位、治療側の反対に顔を向かせる。鎖骨内側1/3で、鎖骨上縁から3㎝上方の頸側にある。

 

 

5.天鼎の位置(日本式と中国式)

腕神経叢刺を行う経穴といえば中国式天鼎を思い浮かべるのだが、日本製天鼎と比較してみたい。 
1)日本式天鼎
東洋療法学校協会の経穴教科書の天鼎は、「喉頭隆起の高さで胸鎖乳突筋前縁に扶突をとり、扶突の高さで胸鎖乳突筋後縁にそって下方1寸の部」としている。喉頭隆起の高さは、C4,C5棘突起(仰臥位時でマクラを使用しない時)なので、天鼎の高さはC5,6棘突起ぐらいになってしまう。腕神経叢を刺激するのであれば、高すぎる部位である。
2)中国式天鼎
甲状軟骨と胸鎖関節の中点の高さで、胸鎖乳突筋後縁から下方1寸にとる。だいたいエルブ点より2㎝下方(エルブ点とクルンプケ点の中点あたり)になると思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


坂井豊作著<鍼術秘要 上の巻>現代文訳と解説

2024-12-23 | やや特殊な針灸技術

坂井豊作(1815〜1878年)は、江戸時代徳川末期の針医。坂井が48歳の時、小森頼愛(よりなる)典薬頭の門に入る。小森家に伝わる横刺術を研究し、1865年「鍼術秘要」を著わした。同世代の者で最も有名な者に石坂宗哲(『鍼灸説約』1812年)がいる。
 ※典薬頭:「典薬」は宮中や江戸幕府に仕えた医師のことで、「頭」は、その長官。 

坂井の鍼術の特徴は、経穴に刺すというより経絡に従って横刺するもので、経穴位置にこだわらず、丹念に指先で反応を捉えるのを特徴としていた。代田文誌は「針灸臨床ノート(下)」で、本書を、筋の反応点を指頭の触覚によってとらえ、これを克明に刺していったようで、それで著効をあげることができたのであろうと記した。また代田文彦は、坂井豊作の横刺のことを「縫うように刺す」と表現していた。いわゆる鍼灸古典文献とは異なり、自分の考え方をしっかりと表明している点や、型にはまっていない記述スタイルが好印象である。

今日、坂井流横刺は筋膜刺激として説明できそうだが、各症状に対する実際のテクニックはどのようなものだろうか。<鍼術秘要>は漢文で書かれているが、幸いなことに自然堂HPに、読み下し文が公開(漢方薬の説明部分は省略)されている。自然堂に感謝するとともに、これを底本として現代文への翻訳を試みた。本書は三部構成になっている。とりあえず「上」の部から着手してみた。ただし興味のわかない部分は省略した。
<鍼術秘要>には挿絵が多数載っている。なるべく鮮明な図をネットで発見して載せることにした。
本来、翻訳は私の得意な方ではなく、少なからず間違えもあると思う。間違えを発見された方は、
ご指摘をお願います。


1.はじめに

大昔からの治療の一つに針法があり、種々の病に施術した。しかし後世においてはついにその術を失った。その上、国中のヤブ医者が針術をするようになると、その方法がかえって道理のある術ということになってしまい、古人のやり方の針術を論じる者がいなくなった。
現在の針医と称する者は、口先では十四経の経穴を唱えてはいるが、その針治療する姿を見るに、腹痛む者には、その痛む処の筋を刺し、シコリのある者には、そのシコリ辺りを刺し、痙攣する者には、その痙攣部の筋を刺す、このような状態では、病んでいる経に針が命中することはない。もしも病経に命中した場合であっても、刺し方が正しくないが故に、針先がかすかに経絡にふれるに過ぎず、病を治すことは非常に稀である。私は古人の針の妙術を会得したわけではないが、現在の針の医術がつたないのを苦痛に感じ、ここに数十年間に経験してきたことを収録し、同志の者に示す。広く病人を救う手助けとなることを願うのみである。


2.針を腹部に刺す際の経絡の関係を論ずる

①針術が効果ある種々の疾患は、すべて肝の臓に関係することを知らねばならない。肝は筋を主どるからである。経絡は肉にあり、肉絡の集まるところは筋である。もし肝の臓が鬱滞し、あるいは心腎肝脾の四臓と調和しないときは、これらが主どる筋絡もまた鬱滞するから、肝はますます鬱滞して諸病を発症する。

②肝を池に例えると、筋絡は水路に例えられる。
雨が降って水があふれるような時、その池の水門が塞がっていたり、水路がつまっていたならば、池の土手は崩れ、また水路は壊れ、田園にまで被害がおよぶ。池の水はあふれ、水田が損害をうけるような頃に、池底をさらったり水門を開いたりしても事態は解決できない。

③肝の臓が鬱滞して、諸病が発症する時に際しては、腹部に針を刺すことに何の利点があろうか。ゆえに私の針術は、肝をはじめ他臓の部位に刺針せず、もっぱら経絡を刺すことにしている。水門を開き、水路に水を通せるようにしておけば、たとえ大雨が降って池が満水になっても、被害が及ぶことはないのである。
心腎肺脾の不和であれば肝が鬱滞し、種々の病が発症するといえども、その経絡に針を刺すならば、よく病苦を除く。これが私が数十年前から心がけていることである。

 初学の針(略):刺針の練習台として、ぬか枕を用意するという内容。本書では刺針に際して管針を使わず、捻挫針で刺入練習をしている。
 

3.針術の要点 

①私の針術は、直刺を好まず横刺をしている。なぜなら直刺は、針の根本まで肉中に入る場合でも、病経を通過するのは一~二分に過ぎない。これをもって効を得ることは少ない。横刺する時は、針先から針の根本まで、ことごとく病経に当たる。ゆえに直刺と比べれば、その効果は十倍となるからである。

②針を刺す時、深く肉中に入れたり、骨にあたる手応えを手に感じる時は、素早く抜き、改めて刺針し直すとよい。骨にあたれば針先は曲がり、あるいは折れることもある。
深く刺入する時は、禁針穴を貫いたり、心・肺・大動静脈に刺さることがあるからである。
首・肩・背中の第2~第5胸椎あたりでは、特に用心して直刺してはならない。誤って直刺したりすれば、その害は計り知れない。
また喉の下、胸骨の上際の陥凹しているところは、左右二寸ばかり間隙があり、慎重に針先が骨に触れないようにすべきである。この図も後に示す。

③下腹の丹田(=気海)を押按する際、はなはだ柔かく、押按すると溝のようになったり凹んだりする者には、針を施術してはならない。たとえ針しても治効を得ることはできない。
下腹を押按する際、皮膚表面が緊張してつっぱっていて、少し力を入れて按圧する時、腹底に力のない患者の多くは、心窩部や背部二行線がことごとくつっぱり、あるいは下痢している者である。このような者に針しても、治効は得難い。

④書物に掲げられた病のみ針術を行い、それ以外の病症には針してはならない、ということではない。この中のいくつかの病気に対しては針術は効果を得やすく、初学の者であっても患者を導きやすいからである。
針を刺して後、発熱・頭痛・上衝・目眩・嘔吐・食欲不振などの症状が出て、その病が一段と重く見えるみえることがある。これは針術の効果がある予兆であるから決して驚いてはならない。

⑤針術を施すには、まず布団を敷き、患者を側臥させ、足腰あたりに布団をかけ、風邪をひかせぬように注意すること。針術を終えた後といっても、たいてい半時(現在の約一時間)ばかりは静かに横臥させておくこと。

⑥すべて諸病の初発は軽症であるから、一日~二日または七~八日針して治す、とはいえ重症だったり半年や一二年の長い病期を経過した者は、たいてい五~六十日あるいは半年ばかりは治療すべきである。
慢性病や重病の者は、数十日あるいは数ヶ月間針すべき病状の場合、初回治療ではたいてい二十~三十ヶ所に刺針し、次の日から次第に多く刺し、百刺あるいは百四~五十ヶ所刺すこともある。

⑦すべての針術を施す際には、軽症重症に拘らず、遠くに出かけることや力仕事を禁ずる。
もしも遠くへ出歩いたり力仕事をしたりすれば、その病は元の状態に戻ってしまう。また足腰など下部の病では、下駄を履くのを禁ずること。

⑧針術を施すにおいて、患者は針の痛みに耐えかねることがある。これは呼吸閉塞の者または表熱のためにそうなっている者である。表熱のある者に針を刺す際、ところどころ刺痛を感ずる穴がある、これはその部に肺気が巡行していないので、皮膚が閉塞しているのが理由である、このような者は、指でこの辺りを揉んだりつかんだりして、運動させた後に刺すとよい。あるいはその痛む穴より5分ばかり傍に刺すとよい。

⑨表熱に対しては麻黄加柴胡あるいは小柴胡加麻黄葛根あるいは桂枝加葛根湯のような方剤を一~二日服用させて後に針をする。また常に呼吸閉塞の者は、この頃かかる症状や脉状を診察し、虚実を判定し、害がないようであれば麻黄湯・大青竜湯・葛根湯などを使って、後に針術を施すのがよい。

⑩十四経には数百数千の穴名があるり、それらの穴ごとに針の浅深・禁針などを説明している。それは直刺する場合の注意である。私の方法は横刺であるから、その見方とは別である。ただ十四経絡に従って針するのみである。

⑪刺した針が抜けにくい時は、その針の傍に別の針を一本刺せば、ただちに抜けやすくなるいものである。世にこれを迎え針という。

⑫針が筋中に折れ残った場合には、酸棗仁を一回煎服すれば抜け出ることもある。また筋肉中に消えてなくなることもある。またこの薬を服用しないで放置していたとしても、害となる者はいない。数日の後には小便となって出る者がいる。
医者になって間もなく、銀パイプの管を使って、尿閉を治療したことがある。誤って膀胱の出口あたりでカテーテルの先を切断してしまった。どうにもならず、クジラの長いペニスを膀胱内に送り進めると、その後に小便の出が良くなり、少しも害は起こらなかった。数年後であっても、患者はカテーテルの先端部は膀胱内に残留していることを気づかないと言った。その膀胱で消えてなくなるものだろうか? こうした経験から、銀パイプが膀胱内にあっても、害にはならないことを知るべきである。

⑬針術に補瀉の二つの方法がある。瀉針というのは針痕から病の気を漏らすようにする針のことをいう。補法というのは、血脈に穴を開けて、金気をつけて(?)体内に送り込むことである。ゆえに瀉針は、針を抜いた後に、その針痕を柔らかく揉み、あるいはさするのがよい。補の針は、針を抜いて直ちに指頭でその針痕に当て、気を漏らさないように、揉みつつ少し力を入れて押し込む。
ただし実際には補針の症状は非常に少なく、瀉針の症状ははるかに多い。補針を必要とする症状は、さまざまな病気のうち、温補剤を投与してから施術するのもよい。

⑭針を研ぐには、柔らかい砥石で針先を研ぎ、その後に厚い炭で針先を研ぐやり方がよい。

 五臓六腑を略図し、肝経を示す:横刺の治療対象は主に筋であり、五行で筋は肝に属するから、肝の治療が重要だと記した。
 古方、今方の漢方薬を説明し、対処法を示す(略)

 

4.腹痛の針
訳者註:示された診療法は、「肩こり」治療として記したものでないことに注意。横隔神経を介しての反射を利用したものだろう。座位で肩甲上部の僧帽筋をつまむよう引っ張り上げると、必ずゲップが出る患者がいたことを思い出した。

①触診法

  心下臍上が痛む者では、布団に側臥させ、腰から下にも布団をかぶせ、医師はその後ろに坐る。右手または左手の母指・示指・中指・環指の四指で首の根もとから肩先まで指でつまむと、下図のように肩の前後で、筋(肩甲上部僧帽筋)の境目を感ずる。それを指頭でつまんで、ゴリゴリとする。この時、患者も痛みを覚える。
凝った筋は大きく太く痛みが強い。肩の経絡の触診だけそうするのではなく、十四経絡みな同じく、この要領にする。

②刺針法
この肩甲上部にある経は、手の太陽小腸経である。首の付け根近くで後の処から、グリグリと凝った筋にかけて、肩の前方へ突き通すくらいに針を刺す。僧帽筋の前縁に向けて、後方から4~5分ずつ間を隔てて横刺する。およそ四~五本ほど針するとよい。
さらに肩井穴あたりの外方から、耳前の方に向け、斜めに一本刺すようにする。この刺針効果は、前記の針の二~三針と同様の効果をもつ妙術である。

その後、患者を腹臥位に寝かせ、片方の肩の小腸経と背中の膀胱経の二経にも刺すようにするほか、他部位にも同じように刺す。背部膀胱経の2行線(督脈の外方3寸)上では、第3胸椎の高さに並ぶように取穴する。上から下に斜刺し、椎骨に向かって少し斜めに刺す。(訳者註:皮下組織と筋をつまみ上げた状態で、横刺するのであれば、捻針で刺入したのだろう。杉山和一創案の管針法は、この150年前に誕生しているのだが)
第九胸椎の高さまで、少なくとも六~七本の針を刺すのが普通である。さらにその経絡上で殿部筋上際まで三~四針ほど刺すとよい。次に腹臥位のまま、もう片方の肩および背中の二行の走行に刺す。この背中の二行は足の太陽膀胱経になる。


5.足の太陽膀胱経の反応と刺針


①背部二行三行の反応の診かた

足の太陽膀胱経で背部二行と三行に針をするには、まず患者を側臥位にせしめ、医師はその後に座る。下図のように五指で脊椎の両傍にある溝をつくる筋を、両肩の下から臀部の上際まで、つまみ上げて診察する。ゴリゴリとして指に感ずる大絡(経脈から出た支流)は、健常者でも同様の所見をみるも、病者の肉絡は太く大きく、痛みを感ずることは健常者よりも甚だしい。この所見があるものを病んでいる絡とし、病絡でないものとの違いを分別する。

※訳者註:四指でつまみあげた組織は、最長筋とみなすのではなく、皮下組織だろう。それが太く大きく感ずるのは、浅層ファッシアが癒着していることを示すものだろう

①背部二行のへの横刺
背部の二行線に針する際、臍から上が痛む病症には、第二第三胸椎の両傍から、それぞれ1寸五~六分ばかりのところから、下図のように上から下に向け、少し椎体の方に斜めに向け、そのゴリゴリとする肉絡に刺すのだが、あまり深刺しないようにして、第九胸椎の両傍あたりまで二行の線に沿って、通常は左右それぞれ五~六針する。
ただし病の軽重によって、左右それぞれ二三針から七八針まですることもある。
第二腰椎より下は、針の数を少なくし、病症によっては針をしなくてもよい。

背中の左右の二行線三行線上で第二腰椎あたりの針は、側臥位で針を少し斜めに深く刺す。
ゴリゴリとする凝った絡と病症の状態によっては、脊椎の際(=背部一行線)から下方へ向け、少しくぼんだ方へ斜めに刺すこともある。ただし、このような針をする病症はかなり稀である。
 
※訳者註:胸椎から第一腰椎にかけて、背部二行線(棘突起外方1.5寸)から多数針を横刺するのに対し、第二腰椎以下の背部二行線にあまり針をしないのは、反応が出にくいからだろう。すなわち脊髄神経後枝の撮痛反応点が現れにくい領域だからだろう。

 

6.上腹の痛み

(中略)、臍上・心下・あるいは胸中が痛む者に針を施す場合、任脈に沿う痛みだけを問題にせず、両肩や背中の背部二行線上の、第二第三胸椎あたりから、第九胸椎あたりまで刺す。また前述したように首の両傍、両耳の後ろの筋、あるいは頸項、あるいは上腕あるいは腋窩の前後の経絡などに凝絡ある時は、すべてこれを刺すべきである。

針は第十胸椎より下に刺し、臀部の上部まで刺すこともある。

○ 心の痛みと胃部痛に対する針と方剤
心痛、胃部痛の針術とは、腹痛の針のやり方に従い、第2腰椎の上を刺すべきである。
◯咽喉が腫れて痛む時の針と方剤
 咽喉が痛む歳の針もまた心痛の針術と同様である。


7.下腹の痛み


臍下の下腹部が痛む者は、これも任脈だけを問題にせず、背中の背部二行、第二第三胸椎あたりから殿部上際まで刺すのがよい。

通常、腹痛の針は臍から上が痛む症状ならば、第二腰椎より上を多く刺し、臍から下が痛む症状なら、第二腰椎より下に繰り返し刺すのが普通である。それより三行線の章門から腰椎の上際まで刺すとよい。


8.腹の症状や腹のシコリに対する針


腹部の痙攣や硬結に対する針は、腹痛の針と同様である。

しかし臍のあたりで、石のように硬く可動性のないシコリでは、その腹の皮膚や表面の皮下脂肪はむしろ柔らかい。石のように固く塊の中には拍動があって(=腹部大動脈瘤?)、患者も非常に苦しむ。このような状況に対しては、背部の第二腰椎あたりで、その椎骨の際から、左右ともに脇腹の方に向け、針を少し斜めに向けて深く刺す。または左右の二行線においても、やはり針を深く刺すべきである。
そうとはいえ、この針は塊の状況により、斜刺あるいは直刺と適宜行う。また病症によっては三行から刺すこともある。私が針を深く刺すことは、この症にのみ限定して行っている。そしてこの針数は、病症に従い、適宜斟酌すべきである。その他の経絡に針することは、上記の通りである。
 回虫による痛みと食中毒による痛みは、服薬で効果あるもので、針術の主治ではない。

 

 

 


歯ぎしりと歯の噛みしめの針灸治療 ver.1.1

2024-12-18 | 歯科症状

1.ブラキシズム bruxism とは
 
歯ぎしりや、噛みしめはブラキシズム(口腔内悪習慣)と総称される。歯ぎしりや噛みしめは無意識で行っており、浅い睡眠中あるいは、日中ではストレスによる緊張、何かに長時間集中してる時に多い。
この状態が続くと、上下の歯の摩耗、閉口筋である咬筋の過緊張が生ずるので、顎関節症を併し、また頸肩背部や頭痛の原因になったりもする。歯のくいしばりは、歯ぎしりに比べて、噛む力は弱く噛む時間も短いので、 顎関節症の範疇とみなすこともできる。


2.睡眠相の性質


睡眠にはノンレム睡眠とレム睡眠の周期があり、一晩の睡眠では下図のように、睡眠相は5~6繰り返す。


1)ノンレム睡眠(徐波睡眠)  non-rapid eye movement sleep


睡眠は、まずノンレム睡眠(徐波睡眠)から始まる。
ノンレム睡眠は、睡眠の前半に多く現れる。大脳皮質休息の意義がある。大脳の休息では大脳身体抑制が外れるので、夢をみない一方、寝返りやいびき、歯ぎしりなど無目的に身体が動く。 

2)レム睡眠  


瞼の下で眼が動くので、REM(Rapid Eye Movement 急速眼球運動)睡眠とよぶ。レム睡眠の意義は身体休息で、骨格筋は弛緩して寝返りなどの動きはなが、精神は活動して夢をみる。

日中活動時は、交感神経優位状態が持続している。レム睡眠は、きつく巻かれたゼンマイを緩めるように、副交感神経優位状態にする役割がある。
レム睡眠が出現するのは入眠90分後からなので、仮に1時間睡眠を断続的に8回とって合計8時間睡眠になったとしても、レム睡眠時間は不足し、身体の疲労回復はできないので動物本能が低下(≒自律神経不安定)する。

2.ブラキシズムの針灸治療
 
ブラキシズムの針灸治療は数例の患者を経験したが、いずれも初回治療で効果があった。しばらくすると再発するが、針灸施術すると再び改善に効果があったこのことから針灸適応症だという印象である。


1)鎮静作用のある治療

  
大脳の疲労による全身的な運動筋の支配の低下なので、無意味な動きが出現する。したがっ睡眠時に生ずるブラキシズムの場合、深いレベルの睡眠に誘導、すなわちぐっすりと眠れるようにる対策が必要である。
スマホやPC操作などの操作に熱中して、ブラキシズムが生じているならば、その行為以外に、機能があまりコントロールされていないことを意味するので、休息や気分転換が必要である。

一言でいえば、大脳の疲労回復が治療目標である。より正確には大脳疲労がもたらした筋疲労復が治療目標である。

針灸では、鎮静作用をもたらす治療法が知られている。頭皮上の圧痛点、項部筋、胸鎖乳突筋圧痛を探り、置針する方法が多用される。
 
①上天柱深刺

取穴:天柱の上方で、風池(後頭骨とC1後結節間で、瘂門と乳様突起の間)の並び。
意義:深刺すると、僧帽筋→頭板状筋→頭半棘筋と通過し、大後頭直筋に至る。置針するとが多い。
  
②頭部圧痛点へ刺針
検者の指頭(指腹ではない)で、患者頭皮をゴシゴシとこすりつるように探り、陥下を探る。陥下には骨のくぼみと限局性皮下浮腫があるが、後者が反応点であり、やや強く押圧すると、患者は針で刺されたかのような強い痛みを感じる。圧痛点が治療点となる。斜刺で置針または単刺する。
   
③太陽刺針

眼裂外端と眉毛外端を結んだ中点から、外方1寸耳側を取穴する。こめかみ部。側頭筋の浅層に側頭部浅層脂肪体があり、2層の筋膜が2層になっているので、グリグリと指でよく動く。眼精疲労やコメミ痛に対し、側頭筋筋膜の緊張緩和目的で置針または単刺する。
 
2)顎関節症の治療


①咬筋緊張の改善   
強く閉口する際には閉口筋とくに咬筋に負担が加わる。大迎~頬車あたりから咬筋へ刺入る。開口制限が合併している者には、開口筋である外側翼突筋への刺激(下関深刺)を併用す


②顎二腹筋後腹の緊張の改善

顎二腹筋は咀嚼筋ではないが、本筋前腹は下顎の突き出し作用があり、本筋後腹は下顎の引きつけ作用がある。なお顎二腹筋は顔面神経支配であり、咀嚼筋は三叉神経支配になる。大きく開口する際、開口筋である外側翼突筋収縮に加え、顎二腹筋前腹が緊張して下顎の突き出し機能が働く。(鯉が口を大きく開く時、口が前に突き出るのを観察できるのと同じ理由)

 

それとは逆で、顎二腹筋後腹が収縮すると下顎骨の引きつけ力が増強する。歯ぎしりは強くかみしめた状態で下顎を側方や後方に強く引きつける動作で、そこでは顎二腹筋後腹が強く働く。その状態が続くと疲労して痛みが生じるようになる。

顎二腹筋後腹への刺針は、仰臥位で上背部にマクラを入れ、頸を過伸展肢位にする。これは顎二腹筋を伸張させた状態にするものである。この状態で顎二腹筋後腹(天容~舌骨部あたり)圧痛硬結に刺針する。

 

4.レム睡眠改善の針灸の考え方(参考)

レム睡眠は交感神経興奮状態を鎮静させる治療方針になり、背部兪穴への軽い刺激が適する。皮下筋膜を緩める目的になる。


令和6年、針灸奮起の会忘年会と新年からの計画

2024-12-09 | 講習会・勉強会・懇親会

令和6年も12月を迎え、忘年会シーズンが到来。
針灸奮起の会の忘年会は、12月7日(土曜)に有志8名が集い、立川市の中華料理店「華縁」で実施した。
各人、来年の抱負を語っていた。私は来年の針灸奮起の会のテーマとして、柳谷素霊著「秘法針灸一本針伝書」を現代針灸的立場から解説し実技すると説明した。3~4回シリーズで行うことになるだろう。本書については何度も本ブログAN現代針灸治療で取り上げており、その再整理の形となると思う。

奥左より、岡本雅典・似田敦・加藤美香子・小野寺文人
手前左より、笠貴乃・岩下宗子・吉田美沙子・服部政博(敬称略)

<秘法一本針伝書目次>

第1 上歯痛の鍼(客主人) 
第2 下歯痛の鍼(頬車)
第3 鼻病一切の鍼(印堂) 
第4 耳鳴の鍼(頬車) 
第5 耳中疼痛の鍼(完骨) 
第6 眼疾一切の鍼(風池) 
第7 喉の病の鍼(合谷)
第8  上肢外側痛の鍼(肩髃) →「四十腕五十肩の鍼」参照
第9  上肢内側痛の鍼(肩貞)  →「四十腕五十肩の鍼」参照
第10 下肢後側痛の鍼(外大腸兪・坐骨神経ブロック点)
第11 下肢外側の病の鍼(環跳)  (「下肢内側の病の鍼」含む)
第12 下肢前側の病の鍼(居髎) 
第13 急性淋病の鍼(中極・関元)  
第14 実証便秘の鍼(左四満外方5分)
第15 虚証便秘の鍼(左四満外方5分)
第16 四十腕五十肩の鍼(肩髃、肩髎) 
第17 肩甲間部のコリの鍼(缺盆) 
第18 肩甲上部のコリの鍼(肩井移動穴)
第19 上実下虚証の鍼(崑崙)
第20 五臓六腑の鍼(華陀鍼法)(脊柱棘突起外方5分)


肩関節外転制限の針灸治療法 ver.2.1

2024-12-04 | 肩関節痛

1.肩関節の外転運動の機序

 

①肩甲上腕関節において、凸面である上腕骨と比較して凹面である肩甲骨関節窩は比較的広い。これにより上腕骨頭が上下に辷る仕組みがある。
②上腕骨頭を回転させて上腕を外転させるには、まず上腕骨頭の回転軸を定めなければならない。そのため肩腱板が緊張して上腕骨頭と肩甲骨関節窩を固定させる必要がある。固定させる役割は肩腱板(とくに棘上筋部)が担当する。回転軸を固定した後に、三角筋中部線維が収縮して上腕骨の外転運動が行われる。
③上腕骨の外転90°までは、手掌を下にしても動かすことはできるが、それ以上の外転では、上腕骨大結節が肩峰に衝突するのでできない。
④上腕骨の大結節が肩峰にぶつからないようにするには、上腕骨を外旋し上腕骨大結節を肩峰に潜らす必要がある。そのためには手掌を上に向けた状態(外旋位)で外転させるのことで、外転180度できるようになる。

2.棘上筋の退行変性の病態生理 

肩関節疾患のほとんどは上腕ROM制限と痛みを生ずる。上腕外転筋は、棘上筋と三角筋中部線維である。両筋に障害を生ずるのは、肩腱板炎・肩腱板部分断裂・凍結肩など主要な肩疾患である。
 
上述したように上腕を外転させる機能があるのは三角筋中部線維と棘上筋である。この両者では、圧倒的に棘上筋と棘上筋につづく腱板部分が脆弱である。この部分は肩峰下滑液包や肩甲棘に圧迫されたり、摩擦されたりするため虚血が生じやすく、変形・断裂・石灰沈着などを引き起こしやすい。この部をカリエは危険区域と称した。現在でも筋腱付着部症(エンテソパチー enthesopathy)とよばれる病態になる。棘上筋の筋力自体の低下により外転制限が生じているわけではない。 

筋が緊張し、短縮すると腱に加わる牽引力は増し、とくに構造的に脆弱な腱付着部に大きな負担が加わる。腱付着部に微小外傷が生じ、その発生と修復のバランスが崩れることで症状が引き起こされる。病態としては腱炎そのものである。

肩腱板のすぐ上には肩峰下滑液包があり、腱板の炎症は二次的に肩峰下滑液包炎を起こしやすい。そして肩峰下滑液包炎の程度が強ければ、夜間痛関節の腫脹・熱感など急性の関節炎症状を併発する。
なお肩腱板炎は肩腱板部分断裂と問診や理学検査のみからは鑑別がつきにくいが、高齢者ではほとんどが肩腱板部分断裂である。


 

4)腱板炎の炎症拡大
    
肩腱板に生じた炎症は、すぐ上方に接する肩峰下滑液包に波及し、摩擦を減らすために滑液量滑量が増えたり滑膜が肥厚してくる。この状態を肩峰下滑液包炎とよぶ。滑液包の体積が増すので、肩峰下との摩擦はさらに増加して痛みも増加する。筋の滑りが悪くなった結果、上腕をぐるぐる回すと、そのたびに肩峰の奥あたりがコキコキあるいはジャリジャリ音を発し、音がするというあたりに術者の手を当てると、震動を感じることができる。

 

3.肩関節外転制限の針灸治療技法
 
1)肩髃から棘上筋腱への刺針

肩腱板炎の多くは棘上腱に相当する腱板部位に限局して痛む。棘上筋腱は、大結節に付着するので、本稿ではこの部に肩髃をとる。座位で患側の腕を自分の腰にあてがい、肩関節45度外転位とする。肩髃(大結節と肩峰間)を刺入点に刺針点とし、床に平衡に3㎝程度刺入すると、針先が棘上筋腱の虚血好発部(カリエのいう危険区域)に達する。
この肢位で刺針する理由は、肩を外転すると肩腱板の筋収縮により上腕骨頭が降下して肩関節腔が開き、刺入しやすくなるためである。以前筆者は、後述する<肩井の斜刺>に比べて効果が少ないと考えていたが、3㎝以上刺入(したがって寸6ではなく2寸針を使用)することで、治療効果を得ることが
できた。以前の2㎝程度の深さの針では針先が危険区域に達しなかったらしい。

この治療では肩髃を刺入点として棘上筋腱に沿って深刺水平刺するが、それだけでは効き目が弱い場合を考え、肩髎を刺入点として棘上筋腱を側面から刺激することを併用することも考えてよいだろう。

     
 

2)肩井から棘上筋腱への刺針

肩井から直刺深刺すると、僧帽筋→肩峰下滑液包→棘上筋→肩甲骨に入るが、これでは治療効果が得られない。棘上筋の障害部は棘上筋の筋よりも腱部分なので、肩井から肩峰方向に刺針して棘上筋腱に命中させるのがよい。側臥位または座位で行う。僧帽筋→肩峰下滑液包→棘上筋と入れ、痛くない範囲で上腕の外転運動を行わせる。この施術は3寸針を使った斜刺になる。治療効果は高い、強刺激になりやすいという欠点がある。なお本法では患者自身の手を腰に当てさせる必要はない。

 

 

3)三角筋停止部刺針(臂臑)

頻度は少ないが、料理人や美容師などなど腕を長時間上げて作業することの多い職業では、上腕骨の三角筋粗面(三角筋の上腕骨停止部)に骨付着部炎(エンテソパチー)を生じ、上腕が上がらないことがある。この圧痛点の存在を患者は気づかないことも多い。前述の肩腱板の障害では「肩を上げる際の痛み」になるのに対し、三角筋の障害では、肩を上げ続ける肢位できない」というようになる。

本症も三角筋停止部の筋腱付着部症(=エンテソパチー)である。
三角筋停止部刺針(臂臑)の圧痛点に刺針しながら肩の自動外転運動を行わせると改善することが多い。なお臂臑は、腕の付け根と肘を結んだの中央にとるとされるが、実際には三角筋停止部に取穴した方がよい。
臂臑(大腸):上腕骨外側の上(肩髃)から曲池に向かう線で上1/3。三角筋停止部。

「腕を長くは上げていられない」という特徴的な訴えになる。「鍼灸治療は痛む姿勢にして、痛む処を施術すればよい」というのが治療の定石なので、本例も施術体位に一工夫する。患者を椅子に座らせ、患側肩が正面にくるよう患者と直角位置に術者も座る。患者の患肢を術者の肩井あたりに載せる。この姿勢で腕を上げるよう指示し、術者はその腕を抑えることで。三角筋の等尺性収縮となり、その時生ずる運動痛(=圧痛点)である臑兪を施術するのがよい。

 

※使用した経穴の位置(現行の学校協会の方法とは異なる)

肩前(新穴)
上腕骨頭部前面、結節間溝部。この結節間溝に上腕二頭筋長頭腱が走る。実際には上腕二頭筋長頭腱々炎はまれな疾患であり、肩前に圧痛が現れることは少ない。すなわち実際に肩前穴に治療点を求める機会はマレである。

肩髃(大腸)
教科書には「上腕90度外転時、肩関節付近にできる2つの穴のうち、前方の穴」と記載されている。本稿では中国の文献に従い、肩峰と大結節間にできる溝中を肩髃穴とした。

肩髃穴は棘上筋腱が大結節に起始する部位なので、臨床で使う機会は非常に多い。

肩髎(三焦)
教科書には「上腕90度外転時、肩関節付近にできる2つの穴のうち、後方の穴」とある。本稿では肩峰外端の後下際にとる。大結節を挟んで、前方が肩前穴、後方に肩髎。本穴は棘上筋腱を側面から刺激する意味がある。

 




鍼灸院でのベル麻痺・ハント症候群の予後推定と治療点の選択 ver.3.2

2024-12-03 | 頭顔面症状

1.末梢性顔面麻痺と症状の関係
       
顔面神経(広義)は、運動神経性の顔面神経(狭義)と知覚・副交感性の中間神経に大別される。各神経枝の障害で、顔面麻痺以外にも、聴覚過敏・味覚障害・唾液分泌障害・涙分泌障害などの症状を呈する。

   
末梢性特発性の顔面麻痺の大部分は、顔面神経管内の浮腫が原因だとされる。顔面神経管の直径は、管の上部~膝神経節部の直径は1㎜、茎乳突孔附近で直径2㎜と非常に細い。この管内のどの部分で顔面神経の浮腫が生じているかによって、症状は異なってくる。

     
顔面神経や伴走する中間神経から分岐した神経枝が圧迫されて機能障害を起こすこともある。中間神経の膝神経節を帯状疱疹ウィルスが侵す疾患をラムゼイ・ハント症候群とよぶ。ハント症候群では顔面麻痺に加え、耳介~外耳道痛も生ずる。 また第8脳神経を侵すとめまいが生ずる。

 
 

①鼓索神経分岐より末梢の障害:顔面麻痺のみで、ベル麻痺の典型。
②鼓索神経分岐部の障害:上記+口症状(唾液分泌減少と舌前方2/3の味覚消失)
③あぶみ骨筋神経の分岐部:上記+耳症状(聴覚過敏)
④大錐体神経節の分岐部:上記+眼症状(涙分泌減少)。顔面神経膝状神経痛(外耳部痛・耳介後部の激痛)はハント症候群で生ずる。

 


2.ベル麻痺 Bell palsy


1)原因

顔面神経膝神経節での単状疱疹ウィルス再活性化(70%の者に本ウィルスが存在)や神経炎→顔面神経管内での浮腫→神経損傷。

2)医療施設でのベル麻痺の治療

①初期治療

病・医院での治療は、発病当初は入院による副腎皮質ステロイド(一時的に生体の自然治癒力を増強させる方向で働く。抗炎症、浮腫改善)の10日間大量点滴療法を行う。入院不能な場合は外来によるステロイド内服漸減療法12日間が標準治療となる。ベル麻痺の原因は単状疱疹ウィルスなので、残存ウィルスを死滅させる目的で抗ウィルス剤が使われることも多い。
自然治癒率は約70%。ベル麻痺と診断された者の中には、通称<隠れハント症候群>(無疱疹性帯状疱疹)とよばれる病態が10~20%あるとされ、これらが治癒率を下げている要因となっているらしい。

    
麻酔科医は連日の星状神経節ブロックを推奨している。顔面部交感神経機能を遮断 → 相対的に副交感神経機能を更新させる → 顔面血流量を増加して自然治癒力を高める増強される、との観点。ただしエビデンスに乏しい。 
  
②予後不良者の治療

治癒まで3ヶ月以上かかると判定された場合、病的共同運動(4ヶ月以降:たとえば閉眼すると口が動き、口を開閉すると眼も閉じる)やワニの涙現象(食物を食べると涙が出る。これは唾液を出そうとすると涙腺分泌が刺激される)が出現しやすい。漠然と様子をみるのではなく、ステロイド追加投与さらには顔面神経管開放術(圧迫された顔面神経の周りの骨を取り除く手術)を行う方がよい。


3.顔面神経走行と顔面麻痺の針灸治療


1)針灸院での予後推定


一般に発症してすぐに針灸を求める患者は少ない。医療施設で治療を続けるも、発症後7~10日間は目立った効果が現れなないので不安になり、針灸にも通院してみようかと考えるようになるのだろう。予後良好の場合は3週問以内に回復が始まり8割は自然治癒するとされているので、発症1~2週後に針灸に来院すれば、タイミング的に自然回復時期に針灸治療を行っていることになり、患者には針灸治療でベル麻痺が治ったような印象を与えることになる。このことは針灸院の経営上有利なことではある。 

   
しかし残り2割は速やかには麻痺は回復せず、長い者で半年以上を要し、かつ麻痺が残存する。では8割の早期回復者と2割の回復に時間がかかる者の事前予想はどのようにすべきなのだろうか。

   
実はこれも分かっていて、発症7~10日で予後判定可能なNET(電気生理学的検査)検査が、予後の目安となる。
NETは、顔面神経本幹または分枝を電気刺し、顔面表情筋の収縮度合をみるもので、収縮が観察できる最小閾値と健側を比較する。これは針灸臨床で用いられることの多い低周波治療器で代用できる。顔面神経数カ所に直接刺針し、そこにパルスを流すようにする。健常者に行えば、顔面表情筋の攣縮が観察できる。しかし顔面神経に鍼が命中していない場合、表情筋攣縮はほとんど生じない(通電電流量を一定以上に上げると刺痛を訴える)

①NET(神経興奮性検査)で、異常を認めるものは治癒率が悪い。
②発症後、3か月過ぎているものは治癒率が悪い。
③新鮮例で、NET検査が良好なベル麻痺は、90%治癒する。
④治療は、頻回行うほどよいので、最初は毎日または隔日治療とし、改善の進行につれて週2回さらには週1回というように、間隔あけていく。
 
2)低周波置針通電治療の是非

   
かつては置針した低周波をつないだものだが、現在では筋攣縮しないほど高い周波数(100ヘルツ程度)で通電するか、または通電せず単に置針するかになる。 というのは、低周波刺激をすることで後遺症(病的共同運動=閉眼すると口の周りが動く、口を動かすと目が閉じる など)が強化されすぎ、病的共同運動プログラムが助長されるという。
このことは分離=(巧緻)運動回復の妨げになる。
   
そもそも単なる置針と置針+通電との治療効果に差があるかどうかは有用性が確認されていない。しかし患者にしてみれば、通電してもらった方が<治療してもらった感>があるだろうから、高い周波数(100ヘルツ程度)で通電するのも一つのアイデアだろう。



3)顔面神経に対する刺激点

  
顔面神経の顔面部走行は、翳風部から起こり、耳垂の直下を通り、顔面部に扇型に広がる。 翳風穴と耳垂が顔面に付着する部の中央(深谷流難聴穴)の2点に10~20分間の置針を行う。

①翳風刺針
耳垂後方で、乳様突起と下顎骨の間に翳風をとる。顔面神経幹が茎乳突孔を出る部である。凹みの底の骨にぶつかるように刺入する。正しく刺入すれば無痛で針響もない。しかし刺入方向を誤ると強い刺痛を与えることも多い。技術的難易度の高い刺針となる。


②下耳痕刺針

耳垂が付着している頬部の中点。深谷伊三郎「難聴穴」(≒下耳痕穴)のことでもある。深谷氏の難聴穴は施灸する旨が書かれている。中国の新穴に耳痕穴があって、そのすぐ下方にあることから下耳痕と私が命名した。私の下耳痕は刺針しなくては用を足せない。というのは5㎜~1㎝刺針して顔面神経幹に当てるのを意図しているからである。顔面神経幹に当てても針響は得られないので、顔面神経幹の命中したか否かを調べるため、パルス(1~2ヘルツ)通電しながら刺入し、唇や頬が最も攣縮する深さ(5㎜~1㎝)で針を留める。置針中はパルスはしない。
 

 

※下耳痕穴から直刺2㎝すると、舌咽神経の分枝の鼓室神経(鼓膜の知覚支配)に命中し耳中に響く。この刺針は難聴耳鳴の治療に使うことが多い。
すなわち下耳痕穴は、浅層の顔面神経幹刺激として顔面麻痺に適応があり、があり深層の鼓室神経刺激することで難聴耳鳴に用いられる興味深い穴である。

 
③耳下腺神経叢刺針

顔面神経は、茎乳突孔から頭蓋外に出て、耳垂の深部を通過し、耳下腺神経叢中を走る。耳下腺神経叢の中で多数分岐し、それぞれの顔面表情筋方向に放射状に走行する。
耳垂部から顎角部にかけては顔面神経走行が密なので、経穴では、頬車~大迎の範囲に集中的に刺針すると顔面神経に命中しやすい。


 

4.顔面表情筋に対応する刺針

顔面表情筋に対する針灸は、顔面表情筋が多数ある中で、特に目の周囲や口裂周囲の筋群が  外観からの観察で繊細な表情をくみ取りやすく、これらの筋を中心にピックアップした、これは後述の<柳原40点法>に準拠した筋にもなっている

1)後頭前頭筋の前頭筋(額に横シワ、眼を見開く)→陽白
2)鼻根筋(眉間の横シワ)→印堂
3)眼輪筋
眼瞼部(眼を軽く閉じる) →睛明、瞳子髎、承泣
眼窩部(眼を強く閉じる、片目つむり) →四白など眼輪筋眼瞼部の外周
   ※眼を開けるのは上眼挙筋(動眼神経)
4)頬筋(頬ふくらまし、頬側面の食物を追い出す、トランペット吹く)→外地倉
5)口輪筋(口すぼめ、口笛)→地倉、水溝、上承漿
6)大頬骨筋(「イーッ」と歯を見せる)→ 顴髎
7)口角下制御筋(口を「へ」の字に曲げる)→オトガイ穴(=口角の下1寸)    
     

5.施術の目的と方法

1)施術目的
顔面麻痺になると顔面表情筋が動かないので筋萎縮する。すると神経が回復しても動きが復しなくなる。(完全麻痺になって1年から1年半ほどで後戻りしない表情筋委縮になる)

治療目的は、動かなくなった筋緊張をゆるめ、萎縮することを防止することにある。

2)麻痺筋に対する施術方法
40点柳原法を参考に、とくに眼症状(兎眼、ベル現象)、口症状(口すぼめ、口をイーっと引く、頬ふくらまし)のチェックを行い、動きの鈍い筋を探り出し、その問題筋に置針(10~30分)する。


6.顔面麻痺の評価

1)40点柳原法

顔面麻痺の評価として、「40点柳原法」が広く普及している。顔面の主な表情を10カ所選び、4点=健側と明らかな差がない、2点=筋緊張と運動性の減弱、0点=喪失とする。
0~8点=完全麻痺、10~20点=中等度麻痺、22~40点=軽度麻痺と評価。

 

2)私流簡易評価法
 
40点柳原法」は実施に時間を要するので、経過を追うのも大変である。もっと手軽にかつ定量的(ミリ単位)に表記できるものとして、筆者は次の4点で経過を追うようにしている。

①兎眼の上下瞼間の長さ(眼輪筋)
②イーツと歯を見せた時、静止時に比べて口角がどの程度動くか(大頬骨筋)
③口をすぼませた時、静止時に比べて口角がどの程度動くか(口輪筋)
④口をふくらませた状態で、頬を軽く叩いた時、息が漏れないか(頬筋)


7.ラムゼイ・ハント Ramsay Hunt 症侯群  

顔面麻痺を起こす最多の疾患はベル麻痺だが、次いで多いのがハント症候群である。  


1)原因

顔面神経膝神経節に潜伏感染した水痘・帯状疱疹ウィルスの再活性化による顔面神経障害。

2)症状
顔面麻痺症状+耳症状(外耳道や耳介の痛みと小水疱)を起こす。ときに聴神経を侵してめまいを生ずることもある。

①末梢性顔面麻痺

②聴神経症状:難聴・耳鳴・めまい     ※聴神経とは、内耳神経の別称のことである。
③中間神経膝状部神経痛:外耳道(軟口蓋部)や耳介の痛みを伴う小水疱(帯状疱疹)


3)予後

全体としては自然治癒率40%。うち完全麻痺(上記①②③症状あり)の場合、自然治癒率10%、不全麻痺(上記①と③のみ)の自然治癒率は66%。
ハント症候群はベル麻痺に比べ、侵害部分は広汎なため、自然治癒率は低い。
※針灸治療法自体は、ベル麻痺と変わらないが、ベル麻痺以上に頻回に施術する必要がある。

 


Th12/ L1とTh7/Th8  脊髄神経後枝の症状に対する背部一行刺針 ver.1.1

2024-12-02 | 腰背痛

1.メニュエ Maigné  症候群(=胸腰椎接合部症候群)  ※旧称はメイン症候群

1)病態

Maigné とは発見したフランス人研究者の名前で、これまでメインと表記されていたが、岡本雅典氏によるとフランスでの発音ではメニュエと発音するということを、現地のフランス人から指摘されたという。以後はメインではなくメニュエと称することにしたい。

メニュエ 症候群は胸腰椎移行部(Th12/L1棘突起間)の椎間関節症による後枝興奮症状のことをいう。 Maigné が提唱した。構造的に胸椎間は回旋の可動性があるが、腰椎間は屈曲伸展の可動性はあっても回旋可動性はない。上体を大きく回旋した場合、胸椎の各椎体は少しずつずれ、胸椎全体では大きく胸椎をひねることを可能にしている。しかしTh12椎体の回旋力は第1腰椎は回旋しないことで受け流すことができず、Th12/L1棘突起間には強い力学的ストレスが加わる。するとこのあたりの椎間関節近傍を走行する脊髄神経後枝が刺激され、脊髄神経後枝の神経支配である筋が緊張し、皮膚に痛みを感ずる。

この皮膚痛の領域は、①上殿部が中心だが、②側殿部、③鼠径部に痛みを起こす場合の3通りがありそれぞれ撮痛帯の出現する。中心となるのは①でTh11~L4脊髄神経後枝外側枝で、上殿皮神経の別称をもつ。
これら3方向の痛みは、どれもTh12/L1棘突傍の刺針で改善する場合が多い。
 
Maigné 症候群は国内ではマイナーだが、欧米で詳しく調べられている。PCで「Maigné syndrome」を検索していただきたい。撮痛との関係もしっかり記載されている。

 

2)川井貞文氏の症例報告

以前、代田文彦監修「鍼灸臨床生情報」医道の日本社1999.1.1発行 を読み返していたら、川井貞文氏(日産玉川病院東洋医学科)の症例報告が目にとまり、おもわず喝采を叫びたくなった。
上殿部痛に対し、Th12棘突起傍の灸頭針で改善した例を報告した。患者は胃が悪くなると、左上殿部痛が出るのだが、上殿部を治療するよりも、Th12棘突起傍の刺針が効果あると報告した。
これは典型的なメニュエ症候群だといえる。本患者の上殿部痛はTh12/L1後枝によるものだが、同時に小野寺殿部圧痛点でもある。

 小野寺殿部圧痛点と上部消化器疾患の関連機序は、小野寺直助が記載している。なお代田文誌は「鍼灸臨床ノート」の中で、「小野寺殿部圧痛点と脾兪圧痛は相関性がある」とする旨を記している。小野寺殿点と脾兪は、同じ高さの脊髄神経後枝なのでそういうことになるのだろう。上図の青枠内は、中側嘉志馬著、守一雄改訂「触診と圧診」金原出版、昭和53年7月20日発行(絶版)の中で発見した。ただし青枠外を筆者が推定して付け足した。

 

 

2.帯脈穴の圧痛の解釈

帯脈穴は臍の高さで側腹部中央にある。本穴は、その名称から帯下との関連を連想させるためか婦人科疾患時に使用されているようである。

前段で、Th12/L1脊髄神経後枝が上殿部痛をもたらすことを説明したが、背部の脊髄神経後枝は、どの高さでも神経根から斜外下方に規則的に走行し、皮膚を知覚支配している。
帯脈穴部の皮膚知覚も脊髄神経後枝支配になる。帯脈から斜上内方に撮痛帯をたどっていくと、Th7前後の棘突起に交差するであろう。Th7前後の後枝反応が帯脈に圧痛や撮痛をもたらしていることが想定される。このような見解から、筆者は数ヶ月前から帯脈と中部胸椎一行圧痛反応の相関性を調べたが、確かに関連があるとの印象をもった。
最近では仰臥位で左右帯脈の圧痛を調べることで胸椎椎間関節症の有無を予想するようになった。そして帯脈の圧痛は、Th7近辺の圧痛ある背部一行に刺針することで帯脈圧痛の変化を調べてる。帯脈の圧痛が直後に消えることはないが、一週間後宇の再診時に調べると、圧痛軽減していることが多いようだ。

 


針灸院でのマイナ保険証導入問題

2024-12-02 | 雑件

和6年12月1日夜、ネットでNHKニュースを開いたら、次のような見出しが目に飛び込んできた<しんきゅう院など施術所 マイナ保険証導入に戸惑いの声も 長野 2024年12月1日 20時54分>   以下は記事の要約。


12月2日から健康保険証の新規発行が停止され、針灸院でも、マイナ保険証を利用することが増えるが導入には困難も多く、戸惑いの声も聞かれる。

針灸院でも、保険で施術を行うところは、原則マイナ保険証などを利用した仕組みの導入が義務づけられるが、その導入は2割未満と進んでいない。
全国3万5000余りのあん摩マッサージ指圧師・針灸師の施設における導入は、令和6年10月17日時点で、16.6%にとどまっている。なお柔道整復師は全国4万7000余りの施設で54%。


当院でも昨日11月30日をもって、30年続けた保険施術を中止した。業務形態が零細で、71歳と古希を越えた現在、新たにPCを買い替え、マイナンバーカード読み取り装置を導入してネットにつなげるといった一連の取り組みは、億劫である。機械ものなので調子が悪くなることもあるだろう。これが病医院ならば電話一本でサービスマンが修理に駆けつけることだろうが、当院では「本日は保険施術中止」となってしまう。

 

厚生省は「施術者が全員70歳以上か、視覚に障害がある場合は、義務化の対象外とする」との通達を10月になって出したというが、通達が遅すぎる。患者への周知をはかるため当院ではすでに半年前から院内に案内板を表示している。マイナンバーカード義務化の対象外としても、患者が保険証を持参せずマイナンバーカードを持参した患者に保険施術を行うことはできないである。

 

話は変わるが、私も一人の患者として、以前から所持しているマイナンバーカードを保険証に紐づけしてもらうため、かかりつけの医院を訪問した。しかしカードリーダーにセットしても<期限れ>と表示された。私のカードは来年の11月に有効期限なので、期限切れにはなっていない。困っていると受付の方に「市役所に相談してみてください」といわれ、その日のうちに市役所のマイナンバーの窓口に行った。「5年ほど前に、市役所から書類が届かなかったか?」と質問され、そういえば昔、そうした封書が届いたが、いくつもの暗証番号を記入する欄があり、内容も理解でなかったので放置していた。それでもこれまで何の不自由もなかった。
「以前の暗証番号がわかりますか?」と問われるも9年のことでしかも暗証番号は5~6個あって記憶になかった。すると新たな暗証番号を登録しますといわれ、同一の暗証番号をPC画面に打ち込んだ。これでマイナンバーカードが現役状態となったという。有効期限はあと1年あり、その時は新たな顔写真を持参して、再度市役所で手続きが必要だともいわれた。
次回、病院に行った際、このマイナンバーカードを持参して、備え付けのカードリーダーにセットし、暗証番号を入力すれば保険証との紐つけが完了するらしい。

 


東洋医学人体構造モデルの改訂版

2024-11-29 | 古典概念の現代的解釈

私は、東洋医学人体構造モデルを作成しようとしている。肺が気のポンプであるとするならば、心は血のポンプに相当する。肺のポンプ図化は以前から提示していたが、同じ要領で心のポンプ図を作成したので紹介する。

肺ポンプを作動するための、シリンダーの柄は横隔膜につながっている。横隔膜の上下運動の結果、呼吸が可能となる。肺を動かしているのは、横隔膜運動といってよい。
同じことが心についてもいえる。心ポンプの働きにより、血の循環が可能となる。ただし心ポンプのシリンダーの柄はどこにもつながっていない。シリンダーを動かすことは生命維持にとって非常に重要なことに違いはないので、この心ポンプのシリンダーを動かす作用が心包だと私は考えている。

 肺=気ポンプ機械自体  
 気ポンプを動かす力(呼吸)は、横隔膜運動
 心=血ポンプ機械自体 
 血ポンプを動かす力(心拍)は、心包の作用 
 心包=心拍動作用

 以前も書いたが、死ぬと心拍が停止するというのは、心包機能が停止した結果である。 同様に考え、死ぬと体温低下するというのは、三焦機能が停止した結果である。

なお肝は従来、丸印として記号化していたが、肝の血を貯蔵するという機能をプールのようなイメージにみたて、大きな四角形に変更した。以上の作業で、五臓のイメージをシンボル化できたように思う。


 

※ダニエル・キーオン著「閃(ひらめ)く経絡」医道の日本社刊では独創的な東洋医学的アプローチを展開し、人体構造モデルを発表した。

→「閃く経絡」の人体五臓図の解釈(「閃く経絡」の読み解き その2)
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/d8e9a3159d2c63513b06bdd18a2805e2


上歯痛の針灸治療 ver.2.1

2024-11-28 | 歯科症状

歯痛には次の3種類がある。 
①原発性歯痛:歯牙、歯周囲組織に器質的変化があるもの。最も多い。通称は虫歯。
②続発性歯痛:全身性疾患(白血病、敗血症、梅毒、糖尿病)の一部分症状。
③放散性歯痛:歯牙および歯周囲組織に隣接する器官の疾患により、歯にも原因があるように感じられる疼痛。眼、耳、鼻の疾患に由来することが多い。

針灸治療は、虫歯(齲歯)由来であれば、神経興奮そのものなので、あまり効果が期待できない。続発性歯痛であれば原疾患の治療を優先させる。しかしながら放散性歯痛のように、歯周囲組織に痛みの原因があれば、効果が期待できる。そしてこのタイプの痛みは歯科が苦手としている歯肉の充血も針灸の適応である。

 

1.客主人移動穴刺針(柳谷素霊著「秘法一本針伝書」)

①体位:痛む歯を上にした側臥位。口を閉めさせておく。響いたら、口を閉じたまま「ウーッ」と発声させるように指示しておく。

②取穴:耳前頬骨弓の上縁を指で触診しつつ前方へ指を移動する。側頭動脈と頬骨弓との分かれ目より1.5寸で、一筋越せば指頭に陥没の部を触れるところ。
③刺針:寸3の#2にて、針を頬骨弓をくぐらせるようにし、針柄をほとんど皮膚に接触させるくらいにして、徐々に刺入、1~2寸刺して痛む歯に針の響きが得たら、針を揺り動かす。「ウーッ」と患者が言えば抜針。抜針後はただちに指頭で刺針部位を圧迫(青あざを予防)。もし出血斑ができたら、マグレインを貼ると退色が早くなる。

 

※近年、東洋療法学校協会編「経穴経絡学」では、客主人穴のことを上関穴と改称した。それなりに根拠はあるだろうが、客主人のニュアンスが失われたことが残念である。客主人の意味は、<頬骨を隔てて主人である下関穴と対照的な処で、主人と同じ重要な賓客>
といった意味になる。本稿では上関ではなく客主人と称することにした。ちなみに客主人の主治は、上奥歯痛くらいなのに対し、下関の主治は上奥歯痛・顎関節症Ⅰ型とⅢ型、顔面麻痺などが思いつく。使用頻度としては下関の方がはるかに高く、下関はやはり”主人”の価値があるといえる。

 

2.客主人移動穴刺針の治効理由

1)上顎神経刺激

上述の素霊一本針を行うと、針先は頬骨弓の深部で、上顎神経を刺激できるようだ。素霊の一本針では、水平刺しているようだが、上顎神経に近づけるためには針先は鼻尖に向けて斜刺した方がよい。上顎神経は、前歯槽神経や後歯槽神経に分岐するから、上歯痛(奥歯でも前歯でも)
効きそうだ。ただし虫歯には効かず、放散性歯痛に対する効果だろう。この場合の放散性歯痛とは、第一に側頭筋の過緊張があげられる。



2)側頭筋刺激

上記刺針で、刺入点直下にあるのは側頭筋であり、針先に当たるのも側頭筋である。側頭筋の深部には側頭頭頂筋(顔面神経支配)があるが、今日では退化していて役割を失っている。側頭筋の運動針は、側頭筋中に刺針した状態で、力を入れて咬む動作をさせることである。ちなみに側頭頭頂筋は表情筋に分類され、ウサギなどの動物が外敵を察知しようと耳介を動かす意味がある。



側頭筋にトリガーが発生すると。上歯痛が生ずることがあることがトラベルらにより確かめられている。
上前歯となるか上奥歯となるかは、側頭筋トリガーの位置により異なる。

 


下歯痛の針灸治療ブログ
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/b079b179c8745443a182851a600501a0


歯周炎に対する針灸の限界(75歳、男性) 

2024-11-27 | 歯科症状

主訴:歯が浮く。左上奥歯が痛むので、固形物が食べられない。

現病歴
数日前から 噛む動作で、左上奥歯が痛む。歯が浮く感じがする。
歯科に行くと抗生物質を3日分投与され、これにより症状は1/3となるも、固形物が噛めず、ずっとお粥をたべているという。


所見
強い圧痛を、左上第1小臼歯と第2小臼歯の歯肉部に認める。
噛むように指示すると上下の前歯先端がぶつかるが、その時上下の奥歯は接触せず、痛むことはない。これは切端咬合とよばれ、上下の前歯が「毛抜き」のようにぶつかっている咬合不正である。固い物を噛むと奥歯が痛むというので、ティッシュを丸めて左奥歯の痛む処に置いて噛む動作をさせ、痛みを再現させることができた。


考察

歯が浮くとの訴えから、歯根膜炎を疑った。歯根膜炎の原因は、歯周炎のことも多いが単なる疲労でも生ずるので、治療できるのではないかと予想した。ただし抗生物質が有効だったことから、細菌感染症すなわち歯周炎を疑い、総合的に歯肉部に膿が貯まり、それが歯根膜を刺激しているなら治療困難だろうとも予想した。高齢者においては多少なりとも歯周炎は存在する。


針灸治療方針

歯肉炎の治療の基本は、歯肉マッサージとプラークコントロールである。針灸治療方針もその延長上にあるわけで、針灸ならではの劇的な好転ができるわけでもない。
針灸治療としては、痛む歯の処にティッシュを噛ませ、痛みを誘発。その時出現した頬部圧痛点数か所から細針で直刺し、歯肉内に入れることにした。この治療で、ある程度の歯肉の鬱滞を改善でき鎮痛効果は期待できる。ただし、本治療は、歯肉の内側(舌側)からの施術が困難な点にあるといえる。


      

治療効果
①まずは寸6#針で左上歯肉部の圧痛点数か所から刺針したが無効。
  この時の刺針は、頬部圧痛点から歯肉に入れ、針先は歯根にぶつけるようにした。

②次に痛む歯部にティッシュを噛ませ、痛みを誘発させた状態で上と同じ手技で数か所刺針し、噛む際の痛みは大幅に軽減した。

③他に圧痛点を探ってみると、左上犬歯そして左下小臼歯まで圧痛が移動したので、強く噛んだ状態にさせ刺針。するとやはり痛みは減ったが、また別の部位が痛むという結果で、何度か症状を追いかけて刺針したが、結局圧痛は最初の位置に戻ってしまった。

④痛む歯肉部ではなく、素霊の上歯痛の針として客主人から下方への斜刺(上歯槽神経傍刺。下歯痛の針として頬車(下歯槽神経傍刺)も追加したが、痛みを追いかけている状 態は変化なかった。      

⑤同様の治療を5日間で3回行った。治療直後は症状軽減したが、結局は痛みなく固形物を噛める程度の改善はなかった。
針灸の限界が明らかになり、治療中止とした。結局、歯科での抜歯を含む排膿処置が必要なケースだったのだろう。
結局、疾患名に対する針灸治療という安直な方法では、正しい治療に至らず、病態把握が正しい治療を導く唯一の道であることを改めて思い知らされた。

 


柳谷素霊著「秘法一本針伝書」上実下虚の針の考察

2024-11-19 | 末梢循環器症状

 以前から私は、柳谷素霊の「秘法一本針伝書」の、それぞれの刺針技法を自分なりに分析しているのだが、最後まで残ったが<上実下虚の針としての崑崙>だった。上実下虚は、東洋医学ではよく使われる所見の一つだが、針灸でその治療は可能か否かは別問題だ。素霊はどのような所見をもって上実下虚と判断したのだろうか。
ヒトは足が温かく頭が涼しい状態だと快適である。これが上虚下実で、類義語に頭寒足熱がある。これとは逆に頭がのぼせ、足冷のある状態を上実下虚とよぶ。
上実下虚をわかりやすく例えるなら、ヤカンの空焚き状態である。正常であれば丹田の熱で腎水が熱せられ、体温をつくり体幹内臓が正常に機能する条件をつくっている。しかし腎水が無くなれば、乾いた熱(火)が舞い上がり、赤目、赤ら顔、めまい、のぼせなどを生ずる。このような状況の治療には、対症治療としては頭を冷やすことだろうが、本治法としては腎水を注入(=脱水時の補液)が必要となるだろう。
 

1.「一本針伝書」崑崙の刺針法

一本針伝書の崑崙の取穴と刺針:
①<立位で全身に力を入れつつ崑崙あたりでアキレス腱の前縁に張ったスジ様のものを爪先で前後に探れば、ビンビンとする細い索状のものが触れる。このものの前際が崑崙である。穴位より内方に向けて、索状の際を、針尖を通過させるようにし、足踵中に入れるように刺入する。>
→→「ピンピンとする細き索状のものの前際」 とは長拇趾屈筋腱の前縁.。「足跟中に入らせるように」  で、跟腱とはアキレス腱のことで、アキレス腱方向に刺入する。ここでは踵骨部の長拇趾屈筋腱の傍を通過させ、踵骨に命中するようにする。「立位にて両手や腹に力を入れて」とは筋緊張により促通しやすい条件にせしめ、長拇趾屈筋腱を刺激することでⅠb抑制を誘発させる。脛骨神経に当てるのであれば、膀胱経ではなく腎経側から刺入した方がよく、太谿あたりを刺入点とすべきだろう。

②<立位にて両手や腹に力を入れて....>
→筋緊張により促通条件を増し、崑崙あたりに刺針して、長拇趾屈筋腱を刺激することでⅠb抑制を発動させ、同筋緊張を緩める。なお長拇趾屈筋は、下 腿後側深部筋で、腓腹筋やヒラメ筋の深層にある。フクラハギがつる原因筋の一つ。

③<一退三進、四方をせん別するように針灸。なお響きあれば弾振する。響きが上に応じて頭に至れば大いに効果あり。また弾振連続すれば、次第に上部の鬱滞する気血下降し、頭が冷えるように感ずるようになれば、効のある証拠である。術者は患者の顔や脈に十分注意し、患者の顔が蒼白となったり、脈が細沈(≒触れにくくなる)ならば直ちに針を抜去して患者を正座または仰臥せしむる。
→→「せん(金+賛)」とは突き通すこと。針を乱針術のように刺入し、響きを得るようにするというが、頭にまで響きを得ることは実際は困難である。素霊の文章表現でも
<頭が冷えるように感ずるようになれば、効のある証拠である>としていて、頭が冷えるように手技針せよとは書いていない。めったに起こらない現象だからに違いない。その一方で、立位で崑崙に強刺激の針をする際、顔面蒼白とが脈が弱くなるなどへの避ける対処法を記している。これは迷走神経反射である。すなわち脳貧血を起こす一歩手前まで誘導すると考えるに至った。すなわち結構リスクのある治療法といえるのではないだろうか。この脳貧血は明らかに頭に至る響きとは異なる現象だろう。

 

2.冷え性の原因と針灸治療

上実下虚は、下肢冷と上逆の合併といえる要素がある。冷え性の治療については、本ブログでも書いてきたが、再掲載する。
機能的な冷え症の3大原因は、①熱が逃げる(放熱)、②熱の製造力不足、③熱が回らないの三つ。うち、衣類による防寒は①の対策である。治療としては②と③を考える。

冷え性に対する針灸治療 ver3.3
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/b0cd645261ae6728f3964824e827a558


1)熱の製造不足

 原理的には基礎代謝上昇ホルモン(甲状腺ホルモン)に働きかける。
甲状腺機能低下症では、冷え・脱毛・色黒、易疲労など腎虚症状になる。
針灸治療では、身体をすっきりさせ、疲労回復を治療目標にする。
 
2)熱がまわらない  →対処法:腰仙部を加熱することで、足を温める

①腰仙部の長時間温補(筆者の方法)
治療室内は適温に保つ。伏臥位にて腰仙部を露出させ、赤外線(または遠赤外線)照射実施する。照射部以外は頭部を除き、バスタオルなどで覆い放熱を予防する。深部までの加熱を行うため照射間は温和な加熱で20分またはそれ以上必要である。その加熱要領は、ローストビーフを焼くコツに似ている。火を肉の芯まで通さねばならず、それには長時間の弱火がよい。短時間の強では肉の表面が焦げ、中はナマ焼け。
この時重要なのは、足は直接温めないことである。腰仙を温めることにより、患者自身の動脈血流増加により足部膚温を上昇させることが大切。逆にいうなら足部皮膚温が上昇するまで、腰仙を温め続ける。

②仙骨部へのこんにゃく温灸  (浅野周:北京堂鍼灸HPより)
コンニャクを丸ごとを熱湯で10分ほどゆでる。コンニャクを取り出しタオルにくるむ。伏臥位で患者の仙骨部に置き、20~30分間程度温める。ただし本法では置鍼の併用困難。

③腰仙部の多壮灸(郡山七二「現代針灸治法録」)
冷え症には、腰仙骨部の経穴を数カ所(たとえば、大腸兪や次髎)選び、多壮灸する。壮数は多いほどよいということだが、実際追試してみると、足部温度を上昇するほど灸の壮数を重ねることは困難だった。 
     
3.冷え性の針灸の原理
 
1)針灸刺激の非特異的作用

皮膚刺激により、末梢血流改善や筋緊張改善が生じ、また刺針部に発赤(フレア)が生じる。針灸に限らず、寒冷時に手をこすり合わせると少し手は温まる。拍手を続けても手は温まる。この機序は軸索反射で説明できる。冷え性の対処法として、手掌をこすり合わせるだけでなく、筋や関節を刺激することも有効。

岡本雅典氏の見解:患者の手指足指の間に術者の指を入れ、ひっぱりつつ強く掌屈・背屈させる。私も体験してみたが、かなり痛かった。その程度強くやらないと効きが悪いらしい。関節受容器は関節包や関節靭帯の機械的な変形を感知。受容器にはパチニ小体、ルフィニ終末、靭帯受容器、自由神経終末がある。 
・ルフィニ終末:関節運動の最終域で活性化し、特に他動運動に反応する傾向がある。      
・パチニ小体:運動中の機械刺激に対して反応するが、非運動中は反応しない。
 
2)グロムス機構の操作



上図②は、井穴刺激で、指末端グロムス(詳細後述)のある処である。③は手指間グロムスである。

①グロムス機構
    
末梢血液循環は、動脈→毛細血管→静脈という構造になる。しかしこの流れとは別に末梢毛細血を経由ぜず、細動脈→細静脈あるい細動脈→細動脈へとショートカットするルートが手指や足指に存在する。この部位を動脈吻合(=グロムス機構)とよぶ。

動静脈吻合は表皮から1㎜奥にある。動静脈吻合の基本的役割は余分な熱逃がすこと。動静脈吻合の開閉制御は交感神経による。
 暑い日→動静脈吻合を開放して末梢血流を増やし放熱量を増加させる。核心温の上昇防止の意味。この時の動静脈吻合不全では熱中症になる。
 寒い日→動静脈吻合を閉じて末梢血流量減らし、熱の放出を防ぎ、核心温の低下防止。その代償として四肢の「冷え」生ずる。


②グロムスを刺激する針灸アイデア

足や手の冷えでは、正常皮膚温と冷えのある部の境界が触診で明瞭になる。ここがグロムスが開き、グロムス装置以下の血流が減少している結果である。この温度境界部分を刺激してグロムスの開閉を人為的に操作することを試みたのだが、無効だった。
その結果、四肢グロムスを刺激することよりも、核心温度を下げないことが重要である。基本的には防寒衣類、手袋やマフラーなどで対応、それに加え治療室内では室内を十分暖房しておき、その上で腰仙骨部の温補をする。立位や座位状態にある患者を、十数分間仰臥位をとらせると、基本的に身体は副感神経優位になり、結果として足の温かくなるから、冷え症の治療は仰臥で行うべきである。
就寝時の足冷対策として普通に行われるのは、靴下を履いたまま寝ること、電気毛布や足部にアンカを使用することだろう。これらは足冷の治療にはならないが、入眠しやす   くはなる。
 寒冷時、就寝前に風呂に入ることは、脳の加熱を促進させる行為なので、睡眠時には余剰の熱を手足から放散する必要がある。この結果、布団に入った瞬間からポカポカと手足が温かく、快適な睡眠が得られやすくなる。
   

※就寝時の足冷えに足先を膝窩に持って行き、自分の体温で温める方法   
私は普段は冷え症を自覚しないが、寒い時期に夜布団入る時、足が冷たく感じ、なかなか足が温まらな  いので寝付けなかった。ある時冷たくなった足尖を、対側の膝部に当てた状態で、はさみ込むように膝屈曲させてみると、気持ちよい温感が指先に感じられた(伝導性の熱移動)。1~2分経ち、足先が温まったら、反対側足指も同じようにする。数回にわたって左右交互に足先を温ることで足が温まる。 


3)不眠と冷え性の関係

睡眠の意義は脳の加熱を防ぐことにある。睡眠時には脳血流量が減るが、延髄の深部温設定も下がる。この指示に従い、余剰の熱は手足か放散される。この熱が布団に伝わり、布団が暖かくなり、手足も温まる。身体が副交感神経優位体勢となって眠る体勢が整う。足冷が強い者は、四肢から放熱できるほどの熱量が十分ない(四肢から放熱するなら、核心温度が下がり過ぎる)


3.のぼせ(逆上)                                                  

のぼせは東洋医学では陰虚火旺で、腎水不足により火力が強くなり過ぎた状態である。上衝ともいいう。治療は補腎であり、同時に脾を強めて腎に水を回すことを考える。興味深い見方ではあるが、実効性がある理論なのだろうかと常々考えている。
のぼせとは、「頭顔面に限局したほてり」といえる。顔面や頭部の血管が拡張して起こる現象になる。脱水による発汗不足が体温上昇やほてりを感ずることはあるだろうが、これは危機的状況で、輸液による水分補給が必要。

江戸時代には、長寿の灸として足三里に灸することが流行した。<外台秘要>には「人、四十にして三里に灸せざれば、目暗きなり」と記載されているという。当時、中風(脳卒中)になるのは、ノボセが原因だとされ、足三里の灸は、気を下にさげる効果があるということで、長寿の灸として推奨された。


 
1)機能性のぼせの3大原因


①熱い風呂

熱い湯船に長時間首までつかっている時、誰でものぼせてくる。これは首から下の身体が温められ、ここから放熱はできず、代償的に顔や頭から盛んに熱を放散しようとして、浅層静脈の血流量が増加している状態。熱中症も同じ。老人では暑さを感ぜず、喉の乾きも自覚できないから熱中症になりやすい。(視床下部の口渇中枢機能低下)
  
②更年期障害(最も多い)

更年期または卵巣・子宮の摘出手術後精神緊張に伴う自律神経異常。
周期的発作的に生じるのぼせ・発汗異常は更年期障害特有。
卵巣からの女性ホルモン分泌不足←下垂体前葉からの性腺刺激ホルモン分泌増大して、もっと女性ホルモンを出せと命令→しかし更年期では卵巣機能低下して女性ホルモンが出ない→もっと性腺刺激ホルモンを出せと命令。この時、下垂体前葉では、波状にパッパッと分泌。これと同期してノボセ・ほてり・発汗異常発現するという。
更年期障害対する女性ホルモン注射→対症療法として、のぼせ・ほてり・発汗亢進に効果的。
  
③精神緊張:精神緊張時には大脳に一度に多量の血液が流れ、また脳内深部温が上昇して顔や耳が赤くなり熱っぽくなる(脳深部温上昇に対する放熱効果。恥をかいた時や、不慣れなスピーチをする時など。このような場合、対処法として顔面を冷たい水で冷やすとよい。

 
2)足が火照って眠れない状態

   
四肢は、断熱材である皮下組織と、血行豊富な真皮、血行のない表皮の三層構造になっている。寒い時期は真皮に行く血行は乏しいので皮膚温は冷たいが、皮下組織の断熱材があるので四肢深部温は比較的温かい。


一方、暑い時期は手掌や足底など動静脈吻合の豊富な部位から余剰の熱を放出するので、手は温かいが、これも程度を越えると、手足が火照るという症状が生ずる。

とくに火照りは、就寝前に意識する。というのは人間の体温は、日中活動時には高値にセットされており、脳内温度も同様に覚醒状態が続くにつれて高くなる。しかしこの状態が続くとやがて脳内はオーバーヒートを予防するため、意識を鈍化させることで脳内血流量を減少させようとして眠くなる。

脳内血流量の減少をさせるための方法として効率的なのが、手掌や足底から放熱で、その結果として手足のほてりが生ずる。この対策にはアイスノンなどを首の下に置く方法もあるが、これを中断すると余計ほてるかもしれない。
関節症の治療は一般的に温めるが、近年では非常に低温の冷気を吹き付ける治療がある。これは一旦、冷やすことにより、二次的な生体反応として温まる反応を利用しており、この反応は深部も温まり長持ちする。
足がほてる際、足を熱い湯中に入れた後、まもなく足のほてりを感じなくなることを経験した。つまり足のほてりセンサーの誤作動をリセットするのだろうと思えた。

                    

令和6年11月16日、針灸学校教員メンバーを中心としてベテラン勢4名で国立市「しんさく」で飲み会を実施しました。お題は「一本針伝書」の上実下虚の針についてでした。
写真左から順に、寺師健、似田敦、岡本雅典、筒井宏史(敬称略)。

 


上天柱刺針と下玉枕刺針のねらい目の違い ver.1.1

2024-11-16 | 歯科症状

筆者は以前から上天柱刺針と下玉枕刺針の違いに注目していた。この度、筆者の推測を裏付ける症例を体験したので報告する。

1.上天柱

後頭骨の後下方の下項線には後頭下筋の一つである大後頭直筋の骨付着部がある。大後頭直筋へ刺針するには、C1-C2後正中から外方1.3寸に天柱穴をとり、その上方約1寸でC1-後頭骨間に上天柱(奇穴)から深刺する。上天柱から深刺直刺すると、僧帽筋→頭半棘筋→大後頭直筋と入ってゆく。大後頭直筋は、頭蓋骨-C1の屈曲伸展に関与し、頸椎に対する頭蓋骨のブレ防止の機能をもつ。したがって本筋の緊張では動揺性めまいや眼精疲労を生ずることがある。
 
なお天柱穴から直刺深刺する意味は分からなかった。これは天柱が無意味といのではなく、どこに天柱を取穴するかという解釈の違いによるものだろう。


 

2.下玉枕
 
後頭骨の後下部で下項線の上1~2寸上方には上項線があり、頭半棘筋が停止する。上項線から上には、表情筋としての前頭-後頭筋があるだけで、頸筋はない。上項線の直下には下玉枕がある。頭半棘筋は、Th3棘突起を起始として後頭骨上項点に停止する強大な筋で、下に向いてしまう顔面を引っぱり上げる役割があり、また頭蓋骨の重量を支持する役割もある。

下玉枕から直刺すると薄い頭半棘筋停止部に入り、その下に筋はなく骨があるのみ。したがって下天柱は深刺はできず、右玉枕からの刺針は、左玉枕方向に斜刺することになる。

1)症例(78歳、女性):慢性メニエール病による項部の強いコリを伴うツマリ感。

2週間に1回、上記症状で長期来院し、上天柱・風池・完骨・太陽・通天に中国針刺針、20分置鍼。治療後は症状大幅に軽減している。現在めまい発作は起きないが、軽度難聴が出現。
ある時、いつもの刺針点とは別の処に鈍痛がするというので、その位置を診ると、左下玉枕であった。浅層に骨があるので、下玉枕を刺入点として右下玉枕方向に1寸ほど刺入、頭半棘筋の停止あたりに、他の治療穴と同時に置鍼20分した。治療後は症状軽減していた。


2)症例(42歳、男性)顎関節症Ⅲb型と後頸緊張症状の症例報告


①現病歴
5年ほど前から辛くてどうしようもなくなると当院に来院するようになった。現在、年に数回来院する。主訴はいつも同じで、左顎関節の動きが悪く後頸部痛があること。開口すると、左顎関節が詰まり、滑らかに動かないという。開口時のクリック音なし。左顎関節症Ⅲb型と判定した。

顎関節円板の慢性的な脱臼に対する針灸治療は、下関から聴宮方向に斜刺深刺し、外側翼突筋上頭の顎関節円板に付着するあたりを狙うのが私の治療パターンになる。寸6#2で実施すると反応が弱かったので2寸#8の針で刺し直した。10秒ほど置針すると、ちょうど悪い処に響いているとの訴えがえられた。5分間置針して抜針。

※下関から直刺深刺すると外側翼筋下頭刺激になり、Ⅰ型顎関節症による開口制限によく効く。

すると今度後頸部の頸板状筋あたりがつらいというので、下風池(C2棘突起下外方1.3寸)から直刺。ちなみに頭板状筋は、C1C2間の回旋機能を担当している。
その直後から、後頭下部がつらく感じると訴えた。そこで座位にして私の常套法である上天柱部深刺を行った。たいていの患者は、この治療で満足するのだが、本患者は面白いことに「そこが頸筋の最上部ですか?」と言った。私は「さらに上方にも筋があるから、そこに刺針しますか?」との質問に、「やってみて下さい」ということで、下玉枕から頭半棘筋停止に向けて刺入、直刺すると骨にぶつかるので、対側の下玉枕へと斜刺した。10秒ほど置針していると、「頸が次第にゆるんでいるのが分かる」と言った。結局この患者は、この針で満足したようだった。


②症例を通じて学んだこと


以前から顎関節と頸椎には密接な関係があることを、整体やカイロプラクティック分野で指摘されてはいたが、内容が宣伝に偏り、エビデンスも不十分なので距離をおいていた。ただ本症例の治療を経験してみて、両者間に関連性のあることが理解できた。その理論的背景には次のものを発見した。

a.開口すると、C2に対してC1が前方に辷るとされ、顎関節症で円滑に開口できない場合、C1C2間の歪みは大きくなる。すなわち顎関節症は上部頸椎アラインメントを乱す方向に働くようだ。


b.頸椎と頭蓋骨の接合部を支点とすると、頭蓋骨の重心はやや前方にあるので、この状態では顔が下に垂れてしまう。後頭骨を下方に引っぱる筋があることで頭蓋骨の重量バランスが保たれる。  後頭骨を下方に引っぱる筋とは、後頭下筋および頭半棘筋である。上天柱は大後頭直筋の起始であり、下玉枕は頭半棘筋の起始である。