AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

柳谷素霊著「秘法一本針伝書」上実下虚の針の考察

2024-11-19 | 末梢循環器症状

 以前から私は、柳谷素霊の「秘法一本針伝書」の、それぞれの刺針技法を自分なりに分析しているのだが、最後まで残ったが<上実下虚の針としての崑崙>だった。上実下虚は、東洋医学ではよく使われる所見の一つだが、針灸でその治療は可能か否かは別問題だ。素霊はどのような所見をもって上実下虚と判断したのだろうか。
ヒトは足が温かく頭が涼しい状態だと快適である。これが上虚下実で、類義語に頭寒足熱がある。これとは逆に頭がのぼせ、足冷のある状態を上実下虚とよぶ。
上実下虚をわかりやすく例えるなら、ヤカンの空焚き状態である。正常であれば丹田の熱で腎水が熱せられ、体温をつくり体幹内臓が正常に機能する条件をつくっている。しかし腎水が無くなれば、乾いた熱(火)が舞い上がり、赤目、赤ら顔、めまい、のぼせなどを生ずる。このような状況の治療には、対症治療としては頭を冷やすことだろうが、本治法としては腎水を注入(=脱水時の補液)が必要となるだろう。
 

1.「一本針伝書」崑崙の刺針法

一本針伝書の崑崙の取穴と刺針:
①<立位で全身に力を入れつつ崑崙あたりでアキレス腱の前縁に張ったスジ様のものを爪先で前後に探れば、ビンビンとする細い索状のものが触れる。このものの前際が崑崙である。穴位より内方に向けて、索状の際を、針尖を通過させるようにし、足踵中に入れるように刺入する。>
→→「ピンピンとする細き索状のものの前際」 とは長拇趾屈筋腱の前縁.。「足跟中に入らせるように」  で、跟腱とはアキレス腱のことで、アキレス腱方向に刺入する。ここでは踵骨部の長拇趾屈筋腱の傍を通過させ、踵骨に命中するようにする。「立位にて両手や腹に力を入れて」とは筋緊張により促通しやすい条件にせしめ、長拇趾屈筋腱を刺激することでⅠb抑制を誘発させる。脛骨神経に当てるのであれば、膀胱経ではなく腎経側から刺入した方がよく、太谿あたりを刺入点とすべきだろう。

②<立位にて両手や腹に力を入れて....>
→筋緊張により促通条件を増し、崑崙あたりに刺針して、長拇趾屈筋腱を刺激することでⅠb抑制を発動させ、同筋緊張を緩める。なお長拇趾屈筋は、下 腿後側深部筋で、腓腹筋やヒラメ筋の深層にある。フクラハギがつる原因筋の一つ。

③<一退三進、四方をせん別するように針灸。なお響きあれば弾振する。響きが上に応じて頭に至れば大いに効果あり。また弾振連続すれば、次第に上部の鬱滞する気血下降し、頭が冷えるように感ずるようになれば、効のある証拠である。術者は患者の顔や脈に十分注意し、患者の顔が蒼白となったり、脈が細沈(≒触れにくくなる)ならば直ちに針を抜去して患者を正座または仰臥せしむる。
→→「せん(金+賛)」とは突き通すこと。針を乱針術のように刺入し、響きを得るようにするというが、頭にまで響きを得ることは実際は困難である。素霊の文章表現でも
<頭が冷えるように感ずるようになれば、効のある証拠である>としていて、頭が冷えるように手技針せよとは書いていない。めったに起こらない現象だからに違いない。その一方で、立位で崑崙に強刺激の針をする際、顔面蒼白とが脈が弱くなるなどへの避ける対処法を記している。これは迷走神経反射である。すなわち脳貧血を起こす一歩手前まで誘導すると考えるに至った。すなわち結構リスクのある治療法といえるのではないだろうか。この脳貧血は明らかに頭に至る響きとは異なる現象だろう。

 

2.冷え性の原因と針灸治療

上実下虚は、下肢冷と上逆の合併といえる要素がある。冷え性の治療については、本ブログでも書いてきたが、再掲載する。
機能的な冷え症の3大原因は、①熱が逃げる(放熱)、②熱の製造力不足、③熱が回らないの三つ。うち、衣類による防寒は①の対策である。治療としては②と③を考える。

冷え性に対する針灸治療 ver3.3
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/b0cd645261ae6728f3964824e827a558


1)熱の製造不足

 原理的には基礎代謝上昇ホルモン(甲状腺ホルモン)に働きかける。
甲状腺機能低下症では、冷え・脱毛・色黒、易疲労など腎虚症状になる。
針灸治療では、身体をすっきりさせ、疲労回復を治療目標にする。
 
2)熱がまわらない  →対処法:腰仙部を加熱することで、足を温める

①腰仙部の長時間温補(筆者の方法)
治療室内は適温に保つ。伏臥位にて腰仙部を露出させ、赤外線(または遠赤外線)照射実施する。照射部以外は頭部を除き、バスタオルなどで覆い放熱を予防する。深部までの加熱を行うため照射間は温和な加熱で20分またはそれ以上必要である。その加熱要領は、ローストビーフを焼くコツに似ている。火を肉の芯まで通さねばならず、それには長時間の弱火がよい。短時間の強では肉の表面が焦げ、中はナマ焼け。
この時重要なのは、足は直接温めないことである。腰仙を温めることにより、患者自身の動脈血流増加により足部膚温を上昇させることが大切。逆にいうなら足部皮膚温が上昇するまで、腰仙を温め続ける。

②仙骨部へのこんにゃく温灸  (浅野周:北京堂鍼灸HPより)
コンニャクを丸ごとを熱湯で10分ほどゆでる。コンニャクを取り出しタオルにくるむ。伏臥位で患者の仙骨部に置き、20~30分間程度温める。ただし本法では置鍼の併用困難。

③腰仙部の多壮灸(郡山七二「現代針灸治法録」)
冷え症には、腰仙骨部の経穴を数カ所(たとえば、大腸兪や次髎)選び、多壮灸する。壮数は多いほどよいということだが、実際追試してみると、足部温度を上昇するほど灸の壮数を重ねることは困難だった。 
     
3.冷え性の針灸の原理
 
1)針灸刺激の非特異的作用

皮膚刺激により、末梢血流改善や筋緊張改善が生じ、また刺針部に発赤(フレア)が生じる。針灸に限らず、寒冷時に手をこすり合わせると少し手は温まる。拍手を続けても手は温まる。この機序は軸索反射で説明できる。冷え性の対処法として、手掌をこすり合わせるだけでなく、筋や関節を刺激することも有効。

岡本雅典氏の見解:患者の手指足指の間に術者の指を入れ、ひっぱりつつ強く掌屈・背屈させる。私も体験してみたが、かなり痛かった。その程度強くやらないと効きが悪いらしい。関節受容器は関節包や関節靭帯の機械的な変形を感知。受容器にはパチニ小体、ルフィニ終末、靭帯受容器、自由神経終末がある。 
・ルフィニ終末:関節運動の最終域で活性化し、特に他動運動に反応する傾向がある。      
・パチニ小体:運動中の機械刺激に対して反応するが、非運動中は反応しない。
 
2)グロムス機構の操作



上図②は、井穴刺激で、指末端グロムス(詳細後述)のある処である。③は手指間グロムスである。

①グロムス機構
    
末梢血液循環は、動脈→毛細血管→静脈という構造になる。しかしこの流れとは別に末梢毛細血を経由ぜず、細動脈→細静脈あるい細動脈→細動脈へとショートカットするルートが手指や足指に存在する。この部位を動脈吻合(=グロムス機構)とよぶ。

動静脈吻合は表皮から1㎜奥にある。動静脈吻合の基本的役割は余分な熱逃がすこと。動静脈吻合の開閉制御は交感神経による。
 暑い日→動静脈吻合を開放して末梢血流を増やし放熱量を増加させる。核心温の上昇防止の意味。この時の動静脈吻合不全では熱中症になる。
 寒い日→動静脈吻合を閉じて末梢血流量減らし、熱の放出を防ぎ、核心温の低下防止。その代償として四肢の「冷え」生ずる。


②グロムスを刺激する針灸アイデア

足や手の冷えでは、正常皮膚温と冷えのある部の境界が触診で明瞭になる。ここがグロムスが開き、グロムス装置以下の血流が減少している結果である。この温度境界部分を刺激してグロムスの開閉を人為的に操作することを試みたのだが、無効だった。
その結果、四肢グロムスを刺激することよりも、核心温度を下げないことが重要である。基本的には防寒衣類、手袋やマフラーなどで対応、それに加え治療室内では室内を十分暖房しておき、その上で腰仙骨部の温補をする。立位や座位状態にある患者を、十数分間仰臥位をとらせると、基本的に身体は副感神経優位になり、結果として足の温かくなるから、冷え症の治療は仰臥で行うべきである。
就寝時の足冷対策として普通に行われるのは、靴下を履いたまま寝ること、電気毛布や足部にアンカを使用することだろう。これらは足冷の治療にはならないが、入眠しやす   くはなる。
 寒冷時、就寝前に風呂に入ることは、脳の加熱を促進させる行為なので、睡眠時には余剰の熱を手足から放散する必要がある。この結果、布団に入った瞬間からポカポカと手足が温かく、快適な睡眠が得られやすくなる。
   

※就寝時の足冷えに足先を膝窩に持って行き、自分の体温で温める方法   
私は普段は冷え症を自覚しないが、寒い時期に夜布団入る時、足が冷たく感じ、なかなか足が温まらな  いので寝付けなかった。ある時冷たくなった足尖を、対側の膝部に当てた状態で、はさみ込むように膝屈曲させてみると、気持ちよい温感が指先に感じられた(伝導性の熱移動)。1~2分経ち、足先が温まったら、反対側足指も同じようにする。数回にわたって左右交互に足先を温ることで足が温まる。 


3)不眠と冷え性の関係

睡眠の意義は脳の加熱を防ぐことにある。睡眠時には脳血流量が減るが、延髄の深部温設定も下がる。この指示に従い、余剰の熱は手足か放散される。この熱が布団に伝わり、布団が暖かくなり、手足も温まる。身体が副交感神経優位体勢となって眠る体勢が整う。足冷が強い者は、四肢から放熱できるほどの熱量が十分ない(四肢から放熱するなら、核心温度が下がり過ぎる)


3.のぼせ(逆上)                                                  

のぼせは東洋医学では陰虚火旺で、腎水不足により火力が強くなり過ぎた状態である。上衝ともいいう。治療は補腎であり、同時に脾を強めて腎に水を回すことを考える。興味深い見方ではあるが、実効性がある理論なのだろうかと常々考えている。
のぼせとは、「頭顔面に限局したほてり」といえる。顔面や頭部の血管が拡張して起こる現象になる。脱水による発汗不足が体温上昇やほてりを感ずることはあるだろうが、これは危機的状況で、輸液による水分補給が必要。

江戸時代には、長寿の灸として足三里に灸することが流行した。<外台秘要>には「人、四十にして三里に灸せざれば、目暗きなり」と記載されているという。当時、中風(脳卒中)になるのは、ノボセが原因だとされ、足三里の灸は、気を下にさげる効果があるということで、長寿の灸として推奨された。


 
1)機能性のぼせの3大原因


①熱い風呂

熱い湯船に長時間首までつかっている時、誰でものぼせてくる。これは首から下の身体が温められ、ここから放熱はできず、代償的に顔や頭から盛んに熱を放散しようとして、浅層静脈の血流量が増加している状態。熱中症も同じ。老人では暑さを感ぜず、喉の乾きも自覚できないから熱中症になりやすい。(視床下部の口渇中枢機能低下)
  
②更年期障害(最も多い)

更年期または卵巣・子宮の摘出手術後精神緊張に伴う自律神経異常。
周期的発作的に生じるのぼせ・発汗異常は更年期障害特有。
卵巣からの女性ホルモン分泌不足←下垂体前葉からの性腺刺激ホルモン分泌増大して、もっと女性ホルモンを出せと命令→しかし更年期では卵巣機能低下して女性ホルモンが出ない→もっと性腺刺激ホルモンを出せと命令。この時、下垂体前葉では、波状にパッパッと分泌。これと同期してノボセ・ほてり・発汗異常発現するという。
更年期障害対する女性ホルモン注射→対症療法として、のぼせ・ほてり・発汗亢進に効果的。
  
③精神緊張:精神緊張時には大脳に一度に多量の血液が流れ、また脳内深部温が上昇して顔や耳が赤くなり熱っぽくなる(脳深部温上昇に対する放熱効果。恥をかいた時や、不慣れなスピーチをする時など。このような場合、対処法として顔面を冷たい水で冷やすとよい。

 
2)足が火照って眠れない状態

   
四肢は、断熱材である皮下組織と、血行豊富な真皮、血行のない表皮の三層構造になっている。寒い時期は真皮に行く血行は乏しいので皮膚温は冷たいが、皮下組織の断熱材があるので四肢深部温は比較的温かい。


一方、暑い時期は手掌や足底など動静脈吻合の豊富な部位から余剰の熱を放出するので、手は温かいが、これも程度を越えると、手足が火照るという症状が生ずる。

とくに火照りは、就寝前に意識する。というのは人間の体温は、日中活動時には高値にセットされており、脳内温度も同様に覚醒状態が続くにつれて高くなる。しかしこの状態が続くとやがて脳内はオーバーヒートを予防するため、意識を鈍化させることで脳内血流量を減少させようとして眠くなる。

脳内血流量の減少をさせるための方法として効率的なのが、手掌や足底から放熱で、その結果として手足のほてりが生ずる。この対策にはアイスノンなどを首の下に置く方法もあるが、これを中断すると余計ほてるかもしれない。
関節症の治療は一般的に温めるが、近年では非常に低温の冷気を吹き付ける治療がある。これは一旦、冷やすことにより、二次的な生体反応として温まる反応を利用しており、この反応は深部も温まり長持ちする。
足がほてる際、足を熱い湯中に入れた後、まもなく足のほてりを感じなくなることを経験した。つまり足のほてりセンサーの誤作動をリセットするのだろうと思えた。

                    

令和6年11月16日、針灸学校教員メンバーを中心としてベテラン勢4名で国立市「しんさく」で飲み会を実施しました。お題は「一本針伝書」の上実下虚の針についてでした。
写真左から順に、寺師健、似田敦、岡本雅典、筒井宏史(敬称略)。

 


上天柱刺針と下玉枕刺針のねらい目の違い ver.1.1

2024-11-16 | 歯科症状

筆者は以前から上天柱刺針と下玉枕刺針の違いに注目していた。この度、筆者の推測を裏付ける症例を体験したので報告する。

1.上天柱

後頭骨の後下方の下項線には後頭下筋の一つである大後頭直筋の骨付着部がある。大後頭直筋へ刺針するには、C1-C2後正中から外方1.3寸に天柱穴をとり、その上方約1寸でC1-後頭骨間に上天柱(奇穴)から深刺する。上天柱から深刺直刺すると、僧帽筋→頭半棘筋→大後頭直筋と入ってゆく。大後頭直筋は、頭蓋骨-C1の屈曲伸展に関与し、頸椎に対する頭蓋骨のブレ防止の機能をもつ。したがって本筋の緊張では動揺性めまいや眼精疲労を生ずることがある。
 
なお天柱穴から直刺深刺する意味は分からなかった。これは天柱が無意味といのではなく、どこに天柱を取穴するかという解釈の違いによるものだろう。


 

2.下玉枕
 
後頭骨の後下部で下項線の上1~2寸上方には上項線があり、頭半棘筋が停止する。上項線から上には、表情筋としての前頭-後頭筋があるだけで、頸筋はない。上項線の直下には下玉枕がある。頭半棘筋は、Th3棘突起を起始として後頭骨上項点に停止する強大な筋で、下に向いてしまう顔面を引っぱり上げる役割があり、また頭蓋骨の重量を支持する役割もある。

下玉枕から直刺すると薄い頭半棘筋停止部に入り、その下に筋はなく骨があるのみ。したがって下天柱は深刺はできず、右玉枕からの刺針は、左玉枕方向に斜刺することになる。

1)症例(78歳、女性):慢性メニエール病による項部の強いコリを伴うツマリ感。

2週間に1回、上記症状で長期来院し、上天柱・風池・完骨・太陽・通天に中国針刺針、20分置鍼。治療後は症状大幅に軽減している。現在めまい発作は起きないが、軽度難聴が出現。
ある時、いつもの刺針点とは別の処に鈍痛がするというので、その位置を診ると、左下玉枕であった。浅層に骨があるので、下玉枕を刺入点として右下玉枕方向に1寸ほど刺入、頭半棘筋の停止あたりに、他の治療穴と同時に置鍼20分した。治療後は症状軽減していた。


2)症例(42歳、男性)顎関節症Ⅲb型と後頸緊張症状の症例報告


①現病歴
5年ほど前から辛くてどうしようもなくなると当院に来院するようになった。現在、年に数回来院する。主訴はいつも同じで、左顎関節の動きが悪く後頸部痛があること。開口すると、左顎関節が詰まり、滑らかに動かないという。開口時のクリック音なし。左顎関節症Ⅲb型と判定した。

顎関節円板の慢性的な脱臼に対する針灸治療は、下関から聴宮方向に斜刺深刺し、外側翼突筋上頭の顎関節円板に付着するあたりを狙うのが私の治療パターンになる。寸6#2で実施すると反応が弱かったので2寸#8の針で刺し直した。10秒ほど置針すると、ちょうど悪い処に響いているとの訴えがえられた。5分間置針して抜針。

※下関から直刺深刺すると外側翼筋下頭刺激になり、Ⅰ型顎関節症による開口制限によく効く。

すると今度後頸部の頸板状筋あたりがつらいというので、下風池(C2棘突起下外方1.3寸)から直刺。ちなみに頭板状筋は、C1C2間の回旋機能を担当している。
その直後から、後頭下部がつらく感じると訴えた。そこで座位にして私の常套法である上天柱部深刺を行った。たいていの患者は、この治療で満足するのだが、本患者は面白いことに「そこが頸筋の最上部ですか?」と言った。私は「さらに上方にも筋があるから、そこに刺針しますか?」との質問に、「やってみて下さい」ということで、下玉枕から頭半棘筋停止に向けて刺入、直刺すると骨にぶつかるので、対側の下玉枕へと斜刺した。10秒ほど置針していると、「頸が次第にゆるんでいるのが分かる」と言った。結局この患者は、この針で満足したようだった。


②症例を通じて学んだこと


以前から顎関節と頸椎には密接な関係があることを、整体やカイロプラクティック分野で指摘されてはいたが、内容が宣伝に偏り、エビデンスも不十分なので距離をおいていた。ただ本症例の治療を経験してみて、両者間に関連性のあることが理解できた。その理論的背景には次のものを発見した。

a.開口すると、C2に対してC1が前方に辷るとされ、顎関節症で円滑に開口できない場合、C1C2間の歪みは大きくなる。すなわち顎関節症は上部頸椎アラインメントを乱す方向に働くようだ。


b.頸椎と頭蓋骨の接合部を支点とすると、頭蓋骨の重心はやや前方にあるので、この状態では顔が下に垂れてしまう。後頭骨を下方に引っぱる筋があることで頭蓋骨の重量バランスが保たれる。  後頭骨を下方に引っぱる筋とは、後頭下筋および頭半棘筋である。上天柱は大後頭直筋の起始であり、下玉枕は頭半棘筋の起始である。

 


仙腸関節異常の病態生理と針灸治療技法の完成 ver.1.5

2024-11-07 | 腰下肢症状

私はこれまで、何回か仙腸関節刺針についてブログに書いてきた。これは10年以上にわたる学習と臨床の段階的成果なのだが、今振り返ると古かったり、同じような内容を別のところで断片的に書いていたりで、まとめて見ることも難しくなってきた。そこで今回は、仙腸関節刺針について、これまでの報告を整理する一方、過去の断片的内容を削除することにした。


1.仙腸関節異常の概念

整体やカイロの治療で、たびたび仙腸関節の異常が指摘されるが、整形外科ではあまり注目されていない。一部の医師の間ではAKA療法(エイケーエイ療法 Arthr oKinematic Approach 関節運動学的手法)または、博多節夫医師によるAKA博多法が行われている。AKA療法は仙腸関節の隙間を手で広げたり、関節面同士を辷らしたりすることで動かなくなっていた仙腸関節の動きを回復させるようにするものだが、術者自身の手指の感覚で微妙な力加減を要するもので、独学で習得することは難しい。当院にもAKA療法を受けたという患者がこれまでに何人か来院していて、その治療法で改善はなかっととのこと。結局AKAとても万能でないことを示唆するものとなっている。

仙腸関節の遊びは3ミリほどあり、少しグラついている状態が正常である。このグラつきは中腰姿勢で最も大きい。中腰姿勢で腰を捻ったりして異常な外力が仙腸関節に加わると、関節の遊びを越え、関節面は少しずれた状態で固定してしまう。古い雨戸を引っ張り出そうと変に力を入れた途端、雨戸は中途半端な位置のまま、動かなくなるのと同じ状態である。

2.症状

関節のズレた状態そのものは痛みをもたらさないが、間もなく周囲の筋や靱帯が異常興奮し、仙腸関節部に鈍痛を覚えるようになる。人によっては下肢の大腿部や足首に関連痛を感じ、むしろ関連痛部位を苦痛として感じる者がおり、診断を難しくさせている。

3.診断

ただし関連痛部位には圧痛所見はないこと。仙腸関節部に顕著な圧痛(これをワンフィンガーテストとよぶ)があること。静的腰痛(同じ姿勢を続けていると痛む)であることなどから、本症であることを推察できる。なおパトリックテストは正常であることが大部分なので参考にならない。
要するに神経学的に説明のつかない下肢症状とワンフィンガーテスト圧痛(+)であれば、仙腸関節機能障害を疑う。そして仙腸関節部を刺激して症状が改善することが治療的診断になる。



4.私の針灸治療の発展

1)初期:患側下の側臥位で行った仙腸関節刻面への刺針

脊柱骨盤模型で観察すると、仙骨腸関節は意外と深い処にあり、その関節刻面は台形になっていることを再発見した。骨盤背部から仙腸関節関節面に刺入するには、左右の上後腸骨棘と同じ高さにある仙骨棘突起を結ぶ直線の中点を刺入点とし、外下方に斜め45度方向に4~5㎝入すればよいことを確認した。なお鍼をその角度で刺入するには、患側を下にした側臥位またはシムス肢位で実施するのがやりやすいので、この方法で実際の仙腸関節機能障害を疑う患者に試してみた。

この刺針でうまく症状部に一致した再現痛が得られれば効果大だが、響かないことの方が多く、この場合には治療効果はほとんど得られなかった。


2)改良その1:患側上の側臥位で行った仙腸関節刻面への刺針

前記の方法でなぜ効かなかったのかを考えてみると、仙腸関節に力学的ストレスが加わらず、この周囲筋が緩んだ状態になっている処に刺針してはダメだと思い、今度は仙腸関節刺針に運動鍼を併用するため、患側上の側臥位で仙腸関節刻面(正確には骨間仙棘靱帯)への刺針(置針10分)に替えてみた。この体位で仙腸関節に入れるには、切皮した鍼を斜め上前方45度の角度で入れる必要があって、多少面倒だったが、慣れてくるとスムーズにできるようになった。

さらに所定の処に鍼先が達した後、患側(上になった下肢)の大腿前面を自分の腹に近づけ、そして遠ざける自動運動を10回実施させた。この時、仙腸関節は少々動くことになり、施術者は患者の動きに合わせて鍼を雀啄した。
この工夫により、治療効果は驚くほどになった。

 

 

 

3)改良その2:股関節屈伸自動運動から、股関節外旋運動への変更

仙腸関節の動きは、大腿前面を腹に近づける動作(股関節屈曲)よりも、側臥位で横になった大腿を立てる運動(股関節外旋)の方が、より大きいのではないかと考え、股関節外旋自動運動に変更した。「殿と踵を動かさないように固定し、膝を立てたり横にしたり」と説明して、患者の足首を押さえながら膝を立て、再び横に戻すという動作を指導するとよい。なお刺針自体は前記と同じである。
この運動方法に変更して、治療効果が改善したとは思えないが、前記の大腿屈伸運動は、当院のようにベッドが壁に寄せて設置している場合には、施術者側にもっと近づいて横になるように体位変更が必要となることあって、少々面倒だった。これが解消できたことは実地面で助かっている。


3)改良その3:後仙骨靭帯刺針(村上栄一・黒澤大輔両氏による)

十年ほど前、私はMPS研究会に入会していた際に知った技法を紹介する。
これまで主に骨間仙棘靭帯を、仙腸関節痛の原因としてきたが、最近になって仙棘靭帯よりも後仙骨靭帯の関与の方が大きいとの説が出てきた。これまでの自分のやり方で、十分な治療効果を得られてきたので、それ以上の刺針技法は不要だと思ったが、手持ちの切り札は多いに越したことがない。そこで後仙骨靭帯刺激に応じた手法を検討することにした。
骨間仙棘靭帯刺針で効果の薄い症例に対しては、やや後正中よりに斜刺し仙骨面にぶつけるような針をしてみたい。

ベッドの手前に立たせ、両手をベッドの上において、上体を30度屈曲位置で安静させる。仙腸関節上内方から斜め外下方に23Gブロック注射 針を入れて、骨間靱帯に入れる。痛みが症状部に放散すれば成功。この後に局麻液を注射する。



最近、2ヶ月来の左上殿部~大腿外側という症例を経験した。先ずは患側上の側臥位で2寸針を使って患側上の仙腸関節運動鍼法を行ったが、患部に響かせることはできず、治療効果も乏しかった。そこで今度は村上栄一・黒澤大輔両氏の立位前屈30度で、両手をベッドにおく姿勢で鍼灸鍼で刺激してみた。すると患部にズンと響かせることができ、症状も非常に軽減した。
    
立位状態前屈位で仙腸関節を刺激する方法は、仙腸関節周囲の筋や靱帯が張り詰めた状態にあるせいか、従来の私の方法に比べ、症状部に響きを与えやすい印象をもった。本法では2㎝ほど斜刺すると抵抗のある組織に当たるが、抵抗ある中を刺入していき、症状部に響きを得ることができれば成功である。   



最初は、立位前屈では、ベッドの横で、ベッド向きに立たせ、両手掌をベッド天板につけるように行ったのだが、これでは効果が劣った。ベッドに両手をつけさせるのではなく、ベッドは無関係で、できるだけ深く前屈させ、手は患者本人の膝~下腿にもってくるように変更した。この肢位にさせた状態で、患側仙腸関節に1㎝間隔で2寸#8中国針を3本刺入、雀啄10秒実施し抜針。このように刺針体位をマイナーチェンジしたことにより、つらかった腰仙部鈍重が、急激になくなるのだった。十年以上の試行錯誤で、ついに完成形に達したと思った。

 

6.仙腸関節矯正手法  

前述した鍼の技法は、仙腸関節に溜まった筋痙攣や疼痛を、針によって一過性に軽減するものであって、あくまでも対症療法である。本治法は、仙腸関節のズレたまま固まった状態を、ズレのない状態に戻すことであるが、仙腸関節の筋や靭帯を針で緩めている状態であれば、何かのきっかけでロックがはずれて正常に復しやすくはなるだろう。そのきっかけをつくるのが次の仙腸関節ストレッチ体操である。

1)左右の仙腸関節を開くための徒手矯正


 

仙腸関節を背面からみると、仙骨は腸骨にハの字型にはめ込まれている。仙腸関節は上体を前屈する(これを仙骨前傾とよぶ)と少し緩むので、前方(腹側)に動きやすくなる。また上体を反らす(仙骨後傾)ときつく噛み合うことになる。仙腸関節のズレの多くは、上体前屈時の仙腸関節が緩んで関節が動きやすくなった時に生ずる。

 

2)仙腸関節のひねり是正の徒手矯正

積極的に仙腸関節のひねりによるゆがみを矯正するには、健側下肢を引くようにベッドに載せ、下腹を突き出すような重心移動を行う。この姿勢を1回1~3分間保持する。(最初は1分間くらい)この場合、健側の右仙腸関節は締まる動きとなるが、左仙腸関節は開く動きとなる。

 


 

3)骨盤矯正ゴムベルト療法(商:リフォーマーベルト)

リフォーマーベルドはそれなりの効果があるが、XL・L・M・Sとい4種類のサイズが市販されていて、常時ラインアップを揃えておかないと肝腎な時に役立たない。送料の関係で不足分を一枚だけ買い足すことは割高になり、面倒なので当院では取り扱いを中止し、前述したような仙腸関節徒手矯正を行うことにした。どうしても必要な場合、患者自身ネットで注文するようにお願いした。


①生ゴムでできたバンドを、左右の上後腸骨棘を中心軸として覆うように巻きつける。
②腸関節の上に親指を入れ動かせる程度のきつさにする。
③肩幅程度に足を広げて立つ。腰を水平に、大きく円を描くようにゆっくり回す。朝晩2回、左回しと右回しをそれぞれ50回行なう。腰を回す時、膝をあまり曲げず、足を浮かさず回すのがコツ。運動時以外はゆるく巻いておいてもよい。就寝時はベルトをはずす。

 




 


成書にみる便秘の局所治療穴

2024-11-05 | 腹部症状

 まずは便秘の基本的分類を示す。

この分類で、針灸適応となるのは痙攣性便秘で、これは過敏性腸症候群の便秘型でもある。
過敏性腸症候群の便秘型は、大腸運動を支配する迷走神経の過緊張のため腸が痙攣し、下方に押し出せない状態。いわば急性便秘の状態で腹痛(+)。兎糞便(コロコロと硬い)。グル音増強。左下腹のS状結腸部に強い痛みがあるなどの症状や所見がみられる。尿路結石や胆嚢症での、中腔器官の痙攣による痛みは針灸でも効果あるのと同じで、痙攣性便秘も針灸の適応になる。

弛緩性便秘は、腹痛(-)で本人にも切迫感がない。基本的に慢性便秘であり、大腸刺激作用のある市販の便秘薬を使っている者も多く、いわば刺激されることに慣れていて、針灸も反応しづらい。針灸が
効きづらいのは直腸性便秘も同様である。糞便が直腸に入ると、直腸内壁が伸張しその刺激は骨盤神経を経て脳に伝わり便意を感ずる。しかし排便を我慢する ことが習慣になっている者は、機械的な刺激によっても便意を感じにくくなる。直腸を刺激しても、その刺激が脳に達しないので便秘が起こらないのである。
木下晴都は、便秘の針は難しく、針灸が奏功したとしても一回の排便させる効果しかないと記している(最新針灸治療学)。

効く効かないとは無関係に、私の所有している針灸書から、便秘の治療穴について書かれているものを整理してみた。この類の作業は、これまで何回となくやってきた。同様のテーマの前作は< 便秘に関する局所針灸治療点の検討 ver.3.0>  だったのだが、新たな知見があったので新たに書き改め、前作は破棄した。

           


    1.腰部

大腸の上行結腸と下行結腸は後腹膜に固定されていて、腰部後壁と大腸間に後腹膜は存在しない。この臓器を刺激するには、腹部ではなく腰部からの刺激が適する。
一般的に上行結腸は便秘の治療点とならず、下行結腸刺激を刺激目的では、左大腸兪・左腰宜(ようぎ=別称、便通穴)などを刺激する。これらの穴から刺針すると、腰部筋→後腹膜→下行結腸に入る。
上行結腸と下行結腸の内縁には腎臓(Th12~L3の高さ)があるが、下行結腸に刺入する際には、腸骨稜上縁(L4の高さ)から実施することで、腎臓への誤刺を回避できる。 

1)便通穴=左腰宜(ようぎ)   

L4棘突起左下外方3寸。起立筋の外縁で、腸骨稜縁の直上に腰宜をとる。木下晴都は、左腰宜を便通穴と名付けた。やや内下方に向けて3㎝刺入するとある。腰方形筋→下行結腸と入っていく。ただし3cmm程度では下行結腸に達しないかもしれない。横突起方向に斜刺すれば腰仙筋深葉の広範な響きは得られるだろう。

森秀太郎著「はり入門」での刺針深度は「深さ50㎜で下腹部に響きを得る」とある。
代田文誌著「針灸治療の実際」には、「便通外穴」の記載がある。本穴は、木下晴都の便通穴の外方3cmでL4棘突起下の外方8cmとしている。


2.腹部 


1)天枢


森秀太郎が便秘の治療で最も重視しているのが天枢への雀啄針だった。森の天枢刺針は、臍の外方1.5寸を取穴(教科書的には臍の外方2寸)、15~30㎜直刺する。針は腹直筋→大網→壁側腹膜→内蔵側腹膜→腸間膜→小腸と入ることになる。

中国の文献には、天枢から深刺した場合、下腹から下肢へ引きつれるような針響を得て初めて効果が出ると説明したものがある。大網と臓側腹膜には知覚神経がないことから、この響きは壁側腹膜(体性神経とくに肋間神経)ないし腸間膜刺激となる。なお腸間膜の知覚は迷走神経支配だとする文献があった。 肋間神経を刺激しても下肢への引きつれるような針響を得ることは難しく、この下腹から下肢へ引きつれるような針響というのは腸間膜刺激になるかもしれない。刺針目標が腸間膜だとすれば、かなり深刺が必要だろう。

2)左四満 

       

学校協会教科書の四満は、臍下2寸に石門をとり、その外方5分としている。柳谷素霊著「秘法一本針伝書」では臍下2寸に石門をとり、その左外方1寸の部としているので、ほぼ同じ位置とみなしてよかろう。

素霊は「実証者の便秘には、2~3寸#3で直刺2寸以上刺入して上下に針を動かす。この時、患者の拳を握らせ、両足に力を入れしめ、息を吸って止め、下腹に力を入れさせる。肛門に響けば直ちに息を吐かせ抜針する」
「虚証者の便秘には、寸6#2で直刺深刺。針を弾振させて肛門に響かせる。この時患者の口は開かせ、両手を開き全身の力を抜き、平静ならしめる」と記している。つまりは導引と思える技法を併用している。    
四満移動穴刺針は、解剖的には天枢と同様、腹直筋→壁側腹膜→大網→臓側腹膜→腸間膜→小腸と入る。素霊も「いずれも肛門に響かないと効果もない」と記している。解剖学的には前述の天枢と似ている。

尿道に響かせるには、中極から恥骨方向に斜刺するとほぼ確実に響くのに対し、肛門に響かせるには天枢や左四満足から直刺深刺する(再現性が難しい)という区別があるようで興味深い。
なお、中脘の位置は胃と横行結腸の中間あたりになるようだが、横行結腸はぶら下がって位置が移動するため、意図して横行結腸に針で当てるのは難しい。


3.左鼠径部

 
1)秘結穴   



木下晴都は、標準の左腹結(臍の外方3.5寸に大横をとり、その下方1.3寸)では効果が期待されないと記している(「最新針灸治療学」)。木下の取穴は、仰臥位、左上前腸骨棘の前内縁中央から右方へ3㎝で脾経上を取穴すなわち標準腹結より外側になる。3~4㎝速刺速抜する。この刺針は、針先が腹膜に触れるため、約2㎝は静かに入れて、その後は急速に刺入し、目的の深さに達した途端に抜き取る、と木下は記している。
私は、この針は、腸骨筋刺針になるかもしれないと考えた。下行結腸は深部にあるので、仰臥位で刺入するのは困難である。
腸骨筋は、意外にも骨盤内で広い体積を占めている強大な筋である。この部に糞塊を触知できる弛緩性便秘の治療に使えるだろう。   


2)左府舎

森秀太郎は左府舎は恥骨上縁から上1寸の前正中線上に中極をとり、その左外方4寸で、鼠径溝の中央から一寸上に左府舎をとるという。寸6#6番針でやや内方に向けて10~30㎜ほど刺入すると、下腹部から肛門に響きを得る(「はり入門」医道の日本社)とある。
郡山七二は、上前長骨棘から恥骨結合までの10cmあまりの鼠径溝から2~3本。3センチ程度入れるとS状結腸に達する(「現代針灸治法録」天平出版)と記している。

下行結腸と直腸は体幹深部にあるが、S状結腸は鼠径部のすぐ下に位置する関係で、脱腸が好発する部にもなっている。左鼠径部からの刺針で、S状結腸に達することができる。


4.仙骨部


直腸性便秘に対して、直腸刺激を考えている。直腸は、大腸の最も肛門に近い部分で、肛門から約20センチメートルの範囲をいう。直腸性便秘は排便は一応正常であるが直腸部に糞塊が残り、常時残便感を強く感じる。


1)会陽刺針の検討

 
結腸~S状結腸は、副交感神経(骨盤神経)により運動支配されているので、S2~S4骨盤神経をねらって、次髎~下髎を刺激してみたが、あまり治療効果は得られなかった。そこで
支配神経に働きかけるのではなく、鈍感になった肛門挙筋(体性神経である陰部神経支配)を直接刺激をしたら効果あるかもしれないとの発想から、会陽穴からの刺針で肛門に響かせることを試したことがある。会陽は激は一般的には内痔核で頻用するツボになる。

しかし会陽から体幹上方に直腸の長さとなる10~20cmも刺入することは現実的ではない。したがって直腸壁に直接刺針する方法はないと考えるに至った。

 

 


「秘法一本鍼伝書」にみる急性淋病の針治療について

2024-11-03 | 泌尿・生殖器症状

1.淋病の名称由来

淋病の英語名は gonorrhea で、(勃起することなく)精液がどくどく流れるという意味。これは外尿道口から膿が大量に出ることから名付けられた。日本語の淋病は、尿道の強い炎症のために内腔が狭まり、小便の勢いがなくなり木々の葉からポタポタと雨が滴り落ちるのを表現したもの。女性の淋病では、おりものの増量や不正出血、下腹部痛、性交痛などが現れることもあるが、半数以上は自覚症状が出ない。

江戸末期、荻野吟子は富豪の息子と16歳で強制的に結婚させられたが、放蕩だった夫から淋病をうつされた。以来
排尿開始時の激痛となりウツ状態となり、これがきっかけで18歳で離婚、実家に戻された。その後、i淋病の治療を入院を含めて続けたが、男性医師に性器を診察されるのが非常に苦痛で、せめて女性医師ならばという願望が生まれた。明治初期は、そもそも女性が医師になる道は閉ざされていたが、この逆境をバネとして、女性の医学の進出の道を自ら切り開き、35歳でわが国で女性初となる医師免許を取得した。東京の本郷で婦人科「荻野医院」を開業したが、人々に奇異な目でみられ経営にも苦労が絶えなかったという。(荻野ぎん「日本医家伝」吉村昭、講談社、2002.1.13)


2.かつての淋病の認識


柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」の中に「急性淋病の鍼」の記述がみられる。

淋病(=淋菌性尿道炎)は、性病なので針灸で治るとは到底思えないが、本書が発刊したのは1946年4月であり、実際の執筆は当然それ以前になる。淋病の治療薬ペニシリンが我が国に普及したのは1940年代なので端境期となり、情報が混乱していたのだろう。当然ながらペニシリン以前にも、性病に対していろいろな治療が行われていて、その中に針灸も含まれていたことだろう。抗結核剤が開発される以前、肺結核の治療に灸治療が行われ、ある程度の治効果があったことが知れるが、これと事情は似ている。代田文誌も青年期に、肺結核に侵されたが、養生・精神修養・信心そして薬草と灸療によって健康体にまで回復できた。

ペニシリンが発明される以前の西洋医療でも、水銀を飲んだり水銀蒸気を吸引したりする治療が行われた。水銀は銀色に輝く液体ということで神秘的な力を秘めた物質とみなされたらしく、また水銀は殺菌効果があるため、疥癬などの皮膚病には確かに効果もあったから、同じく皮膚の損傷を起こす梅毒にも適用できると考えられたのだろう。
水銀による治療では、流涎や下痢が出現するが、これが体内の毒物を排出するのに有効だとされたが、実際に流涎や下痢は、水銀中毒そのものの症状である。中毒による中毒死が起こるので大変危険な治療だった。


3.膀胱炎症状と鑑別すべき疾患

1)膀胱炎がいつまでたっても治らないという場合、膀胱炎以外の疾患を疑う必要がある。膀胱炎類似疾患には膀胱炎の他に、前立腺炎・尿道炎がある。尿道炎の起炎菌は、淋菌性とクラミジア性があるが、両者の症状はよく似ており治療も同じ。
    
2)膀胱炎で鑑別すべき疾患には、膀胱炎・前立腺炎・尿道炎がある。尿道炎の起炎菌は、淋菌性とクラミジア性があるが、両者の症状はよく似ており治療も同じ。
膀胱炎の3大症状は、①頻尿・②排尿終了時痛・③尿白濁(死滅した白血球)である。排尿終了時痛は、炎症を起こした膀胱が排尿により急激に縮まり、排尿終了時に染みることによる。

淋菌性尿道炎は尿道の強い炎症のために、尿道内腔が狭くなり痛みと同時に尿の勢いが低下する。

膀胱炎の場合、尿道口から白い膿が大量に出るということはなく、尿を容器に入れて観察すると白濁している。この白濁は細菌尿による。
淋病の類似疾患にクラミジアがある。どちらも外尿道口からの細菌の侵入による尿道炎で、ともに性病。どちらも菌の種類が異なるだけで、症状はほとんど同じ。

※梅毒は膀胱炎と全く異なる症状で、痛むことはないので、今日では針灸に受診することはまずなかろう。


3.一本鍼伝書「急性淋病の針」について


1)一本鍼伝書の内容


本書には次のように記述されている。仰臥位で両脚を伸展、身体に力を入れさせる。刺針時は口を閉じ鼻で呼吸し、拳は握る。伸展した脚に力を入れさせる。中極~関元から下方に向けて斜刺。吸気時に針を進め、息を止める。その後に徐々に息を吐かせる。
針響は、尿道に響くをもって度とする。
おおよそ1寸~1寸6分で響く。響けば抜針する。長く強く刺激すれば萎陰症になることがある。寸6ないし2寸針。1~2番針。

       

 

中極ないし関元から下方に向けて斜刺して尿道に響くことは膀胱炎やEDの治療としてよく使われる。響く理由は、陰茎背神経(陰部神経の枝)刺激と思えるが、陰茎背神経は、恥骨の下にもぐって走行しているので、針先を恥骨裏にもっていっても、針先は陰茎背神経に達しないようだ。陰茎背神経の細い枝が下腹部分布しているのだろうか? 
なお
<中極に針すれば陰茎背神経に放散する>との記載を発見したのは、七条晃正著「電探による針灸治療法」医道の日本社、昭35年4月1日刊(絶版)であった。ただし実際に尿道に響かせることは難しくはない。
この針治療は、標準的な急性膀胱炎の針治療であり、素霊のいう急性淋病の針は、実際は急性膀胱炎の針といえよう。淋病の排尿終了時痛に対しては、戦前は効果的な治療法が乏しい中にあって、症状を一時的に軽減する程度の価値はあったのだろう。 前立腺肥大の初期の排尿困難に対し、中極の針がある程度効果があるのと同じである。

七条晃正(てるまさ):明治43年生まれ、医師。平田氏十二反応帯を利用した治療を実施した。また七条式灸点探索器を開発した。


2)膀胱炎の針灸治療理論


膀胱壁過敏症状に対して、この支配神経興奮が症状をもたらしているのだから、この神経痛を鎮痛させてやれば膀胱炎も治まるはず、という論理である。
ただし膀胱炎は細菌(多くは大腸菌)感染症である。針灸は細菌感染に対処できるはずがないはずなのに、効果的だという事実がある。
この理由として、代田文彦は冷えやストレスで膀胱が血行不良になり、免疫力低下したところに常在菌である大腸菌が悪さをするという風に説明した。そして膀胱が血行不良になった段階ですでに膀胱炎初期症状は出現している。この段階であれば大腸菌の前感染段階なので血行改善目的で行う針灸は効果がある。しかし尿検査で細菌尿が検出された段階では、針灸よりも抗生物質が効くと語った。


3)針灸の真価


針灸は膀胱炎初期症状に効くだけで、所詮抗生物質より効果が劣るのかといえば、慢性反復性膀胱炎では話が違ってくる。抗生物質の長期連用は耐性をつくるからである。

膀胱炎様症状が出て間もないなら、自宅で中極あたりに灸をすえることで、症状軽減するからである。
私は中極に何壮すべきかを試したことがある。ある慢性反復性膀胱炎の女性患者に対し、最初は米粒大3壮の自宅施灸を行わせたが効果なく、毎日7壮の自宅施灸をさせることで、膀胱炎発症を抑えられた例がある。

 

 

 


口内炎の針灸治療 Ver.1.5

2024-11-03 | 歯科症状

1.口内炎の原因

口内炎とは口腔内にできた炎症の総称で、部位別では舌炎・口角炎・歯肉炎などに分類し、性状別ではカタル性・アフタ性・潰瘍性・壊疽性などに分類する。.アフタ性口内炎は
最も多い口内炎で、口腔粘膜に生じる浅い潰瘍(びらん)のことをいう。直径数ミリのびらんが発生し、しばしば中心に白苔をもつ。周囲に10日ほどで消えるが再発を繰り返しやすい。食に際して痛む。アフタ性口内炎の診断には、単純性ヘルペスとの鑑別が必要である。単純性ヘルペスは数個でき、微熱出現する。なおベーチェット病では直径1㎝ほどの大きなアフタができる。

1)創傷性
       口腔の傷+唾液量減少 →  細菌を洗い流せず口内細菌増加→炎症→(潰瘍)口内炎
                 ↑
       ストレス・新陳代謝減少→口腔粘膜の新陳代謝低下→口内炎

口腔の傷の原因は、歯ブラシで傷つけたり、歯で粘膜を噛んだり、魚の骨などが刺さるなど。口内炎患者の口腔内では、常在菌が繁殖して炎症を起こしている。多くの場合は、唾液によって細菌が洗い流され、口内炎になる前に傷が治癒するのだが、唾液分泌が減少して口腔内乾燥すると口内炎になりやすい。

口の粘膜は絶えず新陳代謝で再生してるが、疲労やストレス時ではで新陳代謝が低下し、口内粘膜の代謝も減少し、悪化するとアフタができる。

口腔内乾燥の原因の一つに、声の出し過ぎや女性ホルモン不足がある。
更年期にみる口内炎を、とくに「更年期口内炎」とよぶ。


2)ビタミンB群不足


口内炎に対し、内科医では、まずビタミン不足を考え、ビタミン剤(チョコラBBなど)を投与するという。

(ビタミンB2不足→口角炎、ビタミンB6不足→舌炎、口内炎)
または口内細菌を殺す目的でトローチを投与。
ビタミン不足が原因で、口内炎になるケースは、1~2割とされ、当然ながらビタミン不足でない者にビタミン剤を使うことは無意味である。まずビタミン不足を考え、ビタミン剤(B6やB2)を投与。口内細菌を殺す目的でトローチを投与することもある。

※腸内細菌はビタミンB1、B2、B6、B12を合成するので、他疾患治療のための抗生物質の長期投与や下痢症では腸内細菌を殺すことになる。



3)免疫力低下


睡眠不足、過労、ストレスなど。ほかに抗生剤、ステロイドの長期服用による。



2.重篤疾患との鑑別


1)ベーチェット病

口内炎で重要なことは、単独で捉えてよいのか、それとも全身性疾患の部分症状なのかという点である。全身性疾患の代表に更年期障害とベーチェット病がある。
ベーチェットでは直径1㎝ほどの巨大なアフタ性口内炎が初発する。
 
2)口腔癌
口内炎から癌に進行するわけではないが、癌の初期状態に、口内炎によく似ている白板症(はくばんしよう) や紅板症(こうばんしよう)といった病変がある。

3)梅毒第一期
感染1ヶ月後→粘膜潰瘍(口内炎や外陰部、肛門部)3mm~3cm大が出現。痛み(-)なのが特徴。 1ヶ月後に自然消失。


3.口内炎の現代医学治療

傷や潰瘍で細菌が繁殖→白血球など免疫細胞が戦いを始める→この戦いで組織が破壊されることが炎症、すなわち痛みとなる。すなわち、口内細菌の繁殖を抑えることが根本的な治療になり、その他の治療は対症療法になる。したがって再発予防法といったものはない。


1)うがい
殺菌成分入りのうがい薬(イソジンなど)や洗口液を使ったうがいが効果的である。
20秒間のうがいを3回すれば、口内細菌量が1/10になる。

2)ステロイド系の塗り薬
免疫を抑制し、痛みを和らげる働き→原因をなくすのではなく、症状を緩和させる作用。病院で処方される口内炎の塗り薬の大半がこのタイプ。代表藥はケナログ。口内炎により、痛くて食事ができない場合、とりあえず痛みを抑える意義がある。

3)その他の殺菌・消炎成分入りの塗り薬
大半が市販薬がこのタイプ。塗った場所だけの局所的な殺菌効果である。

4)外科的治療
かつては口内炎部を硝酸銀で灼焼する方法が用いられたが、最近ではレーザー照射がこれに代わった。粘膜を灼焼して痂皮をつくり、外部刺激を遮断することで鎮痛を図る。口内炎部を、すべて痂皮で覆えば鎮痛できる(不完全では痛みは取れない)
  

4.口内炎の針灸治療


舌や頬粘膜、口腔底の痛みは、舌粘膜知覚刺激の結果であり、これは舌神経(三叉神経第Ⅲ枝の分枝。舌前2/3の粘膜の感覚支配)により中枢に伝達される。他に舌には鼓索神経(顔面神経の枝。舌前2/3の味覚支配。顎下神経節への副交感神経線維)が入る。

   
針灸治療は、項筋緊張緩和→C1~C3神経の鎮静→三叉神経第Ⅲ枝の鎮静→口内炎の鎮痛、という治癒機転を考える。要するに、項部のコリを緩めることが重要である。



1)線香の火の瞬間的接触
 
局所を焼く対症治療で、以前行われた扁桃炎に対する硝酸銀塗布と同じような意義がある。確かに施術直後から痛みを減らすことができる。これはレーザー治療と同じ考えである。
患者は瞬間的に熱く感じる。治癒機転を高めるという効果はあると思うが、口内炎部分を、まんべんなく焼く訳にいかないので、即座に鎮痛はできない(減痛はできる)。

2)交感神経興奮させる目的で、座位での大椎や治喘からの強刺激
   
3)肩髃刺針

長尾正人氏は口内炎の鎮痛に効果があるとして、「肩髃の一本」(医道の日本、平成10年7月号)を紹介している。肩髃穴に、2番針を1㎝ほど刺入、痛みがとれるまで雀啄または10分間置針する。5分以内の置針では効果はなく、7~10分間の置針で、ほぼ確実に数分で痛み消失するという。臂臑よりも効く。

筆者は、数例の口内炎患者に肩髃置針15分間を追試してみたが、明瞭な効果は得られていない。しかし中には「追試して効果があって驚いた」との意見もあった。肩髃刺針の有効性の根拠を推察するに、おそらく頸部交感神経節を刺激した結果、口腔粘膜の血流量が増加して治癒機転が働くのだろうと私は考えている。だとすれば肩中兪からの深刺でも同等の効果が得られると思われる。
 

4)ハスの灸

家伝の灸として「ハスの灸」が知られている。ハスとは長野県北部の狭い地域にみる方言で、化膿姓疾患のこと。植物のハスのことではない。歯バッスとは急性歯肉炎のことをいう。抗生物質のない時代のこと、当地域では「ハスには刃物を見せるな灸で治せ」といわれていたという。ハスの灸の取穴は不明瞭な部分はあるが、歯痛側の肩骨(=肩峰?)の前方2寸の圧して痛む処(肩髃?)。さらに(肩骨から?)背骨に向かって3寸の圧して痛む処(肩髎?)の2点である。この2カ所に米粒大の固ひねりの艾炷を2点交互に時々灰をとりながら20壮以上すえる。一言でうなら肩関節周囲の圧痛点への多壮灸治療で、除痛効果・排膿効果が期待できるという。(池田良一「家伝の灸-ハスの灸」歯肉炎の灸 全鍼誌 51巻3号 2001.5.10)

私は口内炎に対する肩髃の鍼の効果について、懐疑的であったが、ハスの灸の存在を知ることで、今では肩関節と口内炎・歯肉炎の顆に関連性があるようだと考えを改めるようになった。


5)口角炎に対するせんねん灸

1週間前から右口角炎となった。食事をすると口を大きく開けると痛み、かさぶた破けるので治癒なかなか軽快しない。口角炎には灸がよいことを思いだし、せんねん灸(息吹)を局所にすると、気持ち良い熱感を感じたので、もう一壮実施。直後から開口時の痛みは半減した。 
   


歯周病に対する局所刺針の方法と女膝の灸 ver.1.9

2024-11-02 | 歯科症状

.現代の歯周病の診療

1)歯周炎の原因
   
①老化:30才を過ぎれば、誰でも多少は歯周炎は生じている。歯周炎の最大要因は老化。他に、強く咬む習慣など。

②糖尿病:糖尿病では口内の血流も悪くなるので唾液の分泌も減り、歯垢がつきやすくなるで、細菌易感染から歯周病を悪化させやすい。歯周病になると歯周ポケット内の歯垢部細菌を白血球が退治しようと集合する。集まってくるが、この時、白血球が歯周病菌の出す毒素に触れることでTNF―αと呼ばれる物質を放出する。TNF―αには血液中のインスリンの働きを妨げてしまう作用がある。歯周病の治療をすると血糖値も少し改善する。

2)歯周炎の症状

歯肉のむずがゆさ、歯肉縁の発赤と出血、唾液粘稠性の変化、口臭といった症状を生ずる。   
※歯垢(=プラーク)が歯の表面ではなく歯周ポケットにできると細菌にとって格好の住み家となる。
     歯槽膿漏の治療として歯石除去は基本である。歯石とは歯垢が石灰化して固くなったもの。

3)歯科での歯周病の治療と予防
  
①歯磨きブラッシングにより歯肉マッサージをすること。歯ブラシすると血が出るところ、押圧して痛みがあるところを重点的にラッシングする。毎日行うことで、歯茎を引き締め、歯磨き時に出血しにくくなる。歯磨きは、歯周病の原因菌数を減らすことが目的であって、原因菌を完全に消し去ることできず、再発を繰り返しやすい。効果不十分であれば外科処置となる。
  
②歯石を取り除く。歯垢(プラーク)は放置しておくと次第に硬くなり硬い歯石になる。歯を取り除くには、デンタルブラシやデンタルフロス(フロスとは細い糸の集合体)を使い、歯磨きブラシだけではとれない歯間の歯苔を除去する。
  
③糖尿病があれば、その治療を行うことが歯周炎の治療にもなる。


2.歯周病に対する鍼灸治療

1)江戸時代以前の歯科治療方針

①耐え難い歯痛では抜歯

当時は麻酔などなかったから、冷やしたり痛み止めの漢方薬を虫歯に塗布したりして何とか我慢した。どうしても我慢できないほどの痛みは抜歯する他なかった(当然無麻酔で)。ただし徹底的に我慢すると歯や神経が崩壊して痛みはなくなるという。


②歯茎の腫れや出血では歯肉を切って血や膿を出した  

江戸時代の歯槽膿漏の治療法は、腫れた歯肉に鍼を刺し、膿を出す孔を開けることで鎮痛させたという記録がある。孔から膿を逃がすことが治療の一つとして選択された。
江戸時代以前、「おでき」は熱毒が体内にとどまり、外に逃がせない状態と考えられた。外に出すには皮膚に鍼で孔を開けたり打膿灸で膿ませて膿を出すことだった。桜井戸の灸(面疔に合谷の多壮灸)というのは、顔面にできたオデキの毒を合谷から排膿させるという治療原理である。これは桜井戸の灸に限らず、打膿灸の治効原理になる。


③虫歯地蔵への参拝

江戸時代以前には、虫歯の痛みをなくしてもらおうと、虫歯地蔵も各地に建てられた。煎った大豆を供えて平癒を祈ったという。煎ると殻が割れるが、その割れ目から歯中に入った虫を外に外に逃がそうとする願いがあったと思われた。

私は令和3年の5月初旬に、奥多摩にハイキングに出かけたが、旧五日市街道沿いに虫歯地蔵尊を発見して少々驚いた。質素な石仏だった。


 

3.現代の歯科の鍼灸治療

1)歯肉に対する直接刺針

周炎に対する現代歯科での治療は、歯石の除去と自宅での歯ブラシでの入念な歯肉マッサージと歯間ブラシの使用であって、現代に至っても特効的な治療方法があるわけでない。歯肉に物理的刺激を与えるという意味で歯肉に対する鍼灸局所治療は、次のように行う。

①どこが腫れているのかを患者に聴取、その圧痛部を患者自身の指頭で指示してもらう。
②術者はその圧痛を確認後、1番針を使って圧痛点から数本直刺し、顔面皮下組織→口腔前庭→歯肉→歯槽骨と入る。
 しっかりと押手を強くして刺入していくと、簡単に歯肉部に響かせることができる。
③歯肉の血行促進を目的に単刺するか、雀啄により患部に軽く響かせた後、置針するなどの施術を行うのが普通

※圧痛点は口裂の上下一横指の頬部や下顎部に出現する。
下図は、木下晴都「最新鍼灸治療学」からの転用だが、上歯の反応点は外鼻孔の高さであり。下歯の反応点はもっと顎に近い部位になるだろう。私が考えた施術点の図を後に加えてみた。

 


2)歯周炎に対する女膝の灸

①女膝の位置と灸治法

歯周病に対する特効穴としては、女膝(じょしつ)が知られている。女膝は女室と表記することもある。このツボの位置は、アキレス腱停止部にあり、歯茎との関係は不明だが、形が似ているものは何かしらの関係性があるとする東洋医学的整体観から考察すると次のことはいえるだろう。踵骨を後からみると、前歯と似た形をしている。歯は上半分が歯肉から出て、下半分は歯肉に埋まっている。その境界の歯茎から血や膿がでるのが歯槽膿漏ならば、その境界部分こそ患部であり、位置関係を踵骨に当てはめれば、女膝に相当することになるのではないだろうか。


江戸後期の浅井惟亨著『名家灸選』の中に女膝の記載がみられる。現代文に訳すと次の通り。
骨槽風(=歯槽膿漏)を治する法:足の後かかとの赤白肉の際で、女膝とよばれているところ。左右に各50壮灸すると、一ヵ月にして効き目がある。かって歯茎に孔があき、膿血がだらだらとたれていた者を救った経験がある。
 
山本俊男「鍼灸特効穴一発療法」源草社 1999.5)では次のような記載がみられる。
女膝施灸時の体位は、患者を伏臥位にさせ、足関節を最大限に底屈、踵後方にできる皺あたりを指で探ると、踵骨の上際中央付近に小さな凹みがあって、症状を持った患者であれば、顕著な圧痛があるので、ここが灸点になる。毎日10壮ずつ施灸すると炎症が治まってくる。
 
この文章から女膝の位置を推定したのが下図である。伏臥位で足関節を底屈すると、踵骨後部にる凸部やアキレス腱停止部である踵骨隆起が触知しやすくなる。

②女膝の名称

「膝」とは今日でいう膝関節に留まらず、折り畳んだ部分を「襞(ひだ)」とよびどの関節であっても膝とよんだという説が有力である(ネット「語源辞典」より)。女膝穴は足関節部にあるが、ここを膝と呼んでも差し支えない。

歯周病は、女性の方が男性よりもかかりやすい。掛かりやすい。その原因として考えられているのが、プロゲステロンやエストロゲンなどの女性ホルモンである。女性ホルモンには、歯茎の腫れや出血を起こしやすくする性質がある。女性ホルモンの分泌が増えるのは、初潮を迎えた頃や妊娠中で、ホルモンバランスが乱れるという点からは更年期も歯周病にありやすい。特に更年期は、口内での唾液の分泌量が低下して口の中が乾きやすくなるので、歯周病の進行がより一層進みやすくなる。以上のことからとくに「女」膝という名称になったと考察した。

正座のことを女膝ということがあるという。男膝との熟語はないようだが、正座以外の楽な姿勢で座ることだろう。正座姿勢では、足関節は強く底屈している状態なので、女膝穴の取穴に適しているといえるのではないか。


③女膝が水毒を治す


女膝は水毒を治すとされる。歯茎が腫れている状態を浮腫と捉えると、女膝の適応症と考えることもできる。

肩が凝ると歯が浮く感じがする者がいるが、頸肩のコリの治療が歯肉に対する治療に関係する場合がある。この場合は肩井や天柱などに対して鍼灸を行う。しかし頭蓋骨後面と踵骨後面を相似形と考え、天柱の代わりとして崑崙に施術するという考え方もある。崑崙と女膝は非常に近い部位にある。

4)女膝への透熱灸の効果(細江久美子氏)

女膝への灸が効果あるとすれば、それはどのような感じなのだろうか。疑問に感じていた時、代田文彦監修、日産玉川病院生情報会著「針灸臨床生情報②」の中に、「女膝の施灸で歯肉が引き締まる例(45才、女性)の症例報告を発見した。かいつまんで紹介する。

数年間から歯槽膿漏で歯のグラツキ、歯肉がブヨブヨする感じがあった。症状は右側に強い。歯科治療は受けているが歯槽膿漏に対しては効果は乏しい。胃腸機能を高める全身的治療に加え、最後に女膝へ透熱灸を行った。左7壮、右13壮で透熱。次回来院時、歯槽膿漏の具合を聴取すると、「歯肉がギュッと締まって、歯肉が少しピンク色になった。リンゴもかじることができた」とのこと。今回も女膝に透熱灸を実施。この治療直後も歯肉はピシッと引き締まった。ただしその効果の持続性は長くない。毎日施灸を続ければ効果が長くなるかもしれない。

 

5)膀胱炎に対する女膝の灸
松本丈明著「膀胱炎の針灸治療-女膝について-」日鍼灸誌、23巻3号(昭和49.7.15)には、膀胱炎に対して女膝の灸が効果あった旨が記載されている。一般的治療としては寸6#3針で曲骨(実際には曲骨と中極の間)を刺針点とし、恥骨下をくぐらすように2~3cm斜刺し、針響が尿道に感ずる程度に刺入する。これと併用して、排尿痛に対して女膝の灸(米粒大7~15壮)をする。女膝の取穴は、踵部中央で足甲部と足底部の境界線(赤白内線)の上にとる。女膝の灸は、腹臥位でつま先を立てた状態で行うという。
女膝の灸単独治療が奏功した例として、自分の親戚の女性が、血尿と排尿痛で苦しんでいた際、女膝に米粒大15壮を実施すると、ほとんど即効した例を経験したこと。また急性膀胱炎による排尿時痛、残尿感に対し、女膝9壮を行い、1回治療で排尿痛軽減した例を紹介した。

これまで、私は女膝=歯槽膿漏と記憶していたが、膀胱炎にも効果あることを知った。また女膝の取穴は、足関節を底屈するのではなく、背屈しているという違いもある。両者の共通項は、粘膜充血の改善といえるだろう。

<コメント>
桂蓮アップルバウム(2020.11.11)初めてコメントします。アメリカ住まいのケイレン・アップルバウムと申します。
女膝について初めて知りました。
それに歯茎との関連性も初めて知って,そう言えば、歯茎に炎症が会った時、
足のアキレス腱辺りが冷たくなり、いくら温めても冷気がしたことがありました。
それで、足の裏のマッサージをしたら気がつかないうちに口内炎も起こらなくなりました。

私はその関連性については全く分からずにすぎてしまいましたが、今この記事を読んで納得しました。
記事を全部読むことを目指して今日から頑張ります。4.女膝への施灸で、歯肉が引き締まる例(細江久美子氏)女膝への施灸が、歯周炎に対して実際どのような感じで効果あるのか疑問だった時、代田文彦編、玉川病院生情報会著「鍼灸臨床生情報」②の中に、上述タイトルの症例報告を八件したので、かいつまんで紹介する。45才女性。歯槽膿漏で歯が浮いてぐらつき、歯肉がブヨブヨするとのこと。胃腸機能をためるような全身的な治療を行い、最後に女膝を透熱するまで灸をすえた。左7壮、右13壮で透熱。次回来院時にその効果を問うと、「歯肉がギュッと締まって歯茎が少しピンク色になった。リンゴをかじることもできた」とのことで、その時も女膝に同様の透熱灸を行った。2診目の治療後も歯肉はピシッと引き締まった。ただし持続効果は乏しい。。肩が凝るとのことで来院。。、

 


柳谷素霊著、「秘法一本針伝書」肩甲間部のコリの針の考察 ver.1.4

2024-11-01 | 頸肩腕症状

以前から私は柳谷素霊著「秘法一本針伝書」に注目しており、過去数回にわたり当ブログでも取り上げている。収録された各刺針技法の中に<肩甲上部のコリの鍼>と<肩甲間部のコリの鍼>がある。<肩甲上部のコリの鍼>は局所取穴に相当する僧帽筋への刺針であり、この刺針技法は江戸時代後期の針灸家、坂井豊作著「鍼術秘要」に記載されていて理解も容易である。
 
→ブログ:肩甲上部と側頸部のコリへの解剖学的針灸と坂井流横刺
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/03f5322af0896e295367fb82263cc375


一方、<肩甲間部の針>は納得できず、長い間放置状態にあった。しかし旧友の鍼灸師、寺師健氏との会話の中からヒントが得られた。これをきっかけに改めて調べることにした。


1.中斜角筋による肩甲背神経絞扼が肩甲間部症状を生ずる

一本針の中の<肩甲間部のコリの鍼>の取穴は、「鎖骨上窩で胸鎖乳突筋の中央の外側の小さな腱様のすじで、その筋を指頭で按圧痛すれば指に響くところ」と書かれている。素霊はここを缺盆としているが、現在の教科書缺盆はやや下方で、鎖骨上縁になると思う。私はこの記述から、胸郭出口症候群理学検査のモーレーテストと同じだと思った。。
なお胸鎖乳突筋の判別には以前からいくつもの理学テストが知られているが、現在有用性が認められているのは、モーレーテストとルーステスト(=3分挙上テスト)の2つのみである。この部を押圧して指に響くのは、腕神経叢を圧迫刺激するからで、前斜角筋症候群の診断に有用とされる。


 

 

素霊の<肩甲間部のコリの鍼>の刺針の意味は、腕神経叢刺激になる。この刺針ポイントは、従来から胸郭出口症候群とくに斜角筋症候群の治療穴中国式「天鼎」として使われてきた。中国式天鼎刺針では手先まで響くことが多いが、そこをあえて腕神経叢に当てず、腕神経叢近傍を通過して中斜角筋に入れるようにする。ちょうど坐骨神経ブロック点(=中国式環跳)刺針が、坐骨神経に当てて下肢へ響かせなくても、梨状筋近傍に入れることで梨状筋緊張をゆるようにしても治療効果は変わらないとされるのと同じ原理である。

腕神経叢を構成する神経は多数あり、肩甲背神経もその一つになるが、肩甲背神経は運動神経なので、天鼎から刺針してもビリッといった電撃様針響は得られない(ゆえにこれまで私は注目してこなかった)。寺師健氏の刺針位置は、モーレー点より少し外上方のように思えた。刺針肢位は座位で行うのだという。

下図は中国式天鼎から腕神経叢刺激を狙ったもので、前斜角筋や中斜角筋に対する刺激ともいえる。ここでは天鼎と称したが素霊は缺盆と称している。

 

肩甲背神経の走行をもう一度調べてきると、腕神経叢の上神経幹であるC5から出て、中斜角筋→後斜角筋→→肩甲挙筋および上後鋸筋の間に進入→小菱形筋と大菱形筋を支配となっている。

とくに中斜角筋の過緊張と肩甲背神経の牽引ストレスの増大により、肩甲背部痛が発生するとものと考えられるという。(巻末引用文献参照)
肩甲背神経は純運動姓で知覚成分を含まないため、疼痛は漲(ちょう)慢性で位置不明な深部痛を呈する。  その多くは肩甲内側に沿った鈍痛が特徴。治療は中斜角筋の肩甲背神経絞扼障害の改善を目的とするという。 なお中斜角筋の緊張しやすい運動は、重量物の持ち上げ動作の反復ということである。                           

漲:いっぱいになる。充満すること。

肩甲背神経を刺激しようと思えば、下図のように肩甲骨内上角の斜め上方(肩外兪あたり)から下方に斜刺するのが普通だろうが、肩甲背神経興奮の原因が中斜角筋の神経絞扼障害であるなら、天鼎(柳谷のいう缺盆)刺針の方に妥当性があるかもしれない。

引用文献:西野雄大ほか著:肩甲背神経圧迫に伴う肩甲背部痛を呈した一症例
:愛知県理学療法学会誌、第32巻第1号(2020年6月)

 

2.症例報告

2024年6月22日報告の上述のブログを見た小野寺文人氏は、私主催の2018年の現代針灸会での報告症例をメールで送ってくれた。この内容を、私はすっかり忘れていたが、まさしく今回の肩甲間間部のこりと中斜角筋の関係について鋭く切り込み、治療成功症例となっている。小野寺氏のメール内容は次の通り。

稲穂鍼灸/接骨治療院 小野寺文人  

【現病歴】 
数カ月前から洗濯物を干す際に左肩甲骨内側縁に凝りの様な違和感が出現、日が経つに連れて次第に痛みに変化、現在は痺れも出現する。 凝りが痛み・痺れと悪化傾向なので心配になり近隣整形外科を受診。 XP 検査(-)で肩関節周囲炎と診断、リハビリ(電気治療・マッサージ)に十数回通院したが治療効果が乏しく不安になり当院に受診。 

【所見】 
問診で両上肢を挙上して洗濯物を干す動作でよく症状を誘発すると聴取していたので実際患者に両上肢挙上お願いすると約30秒位で痛み・痺れが誘発(+)、この姿位はルースTest類似し更に頸椎右回旋を患者にお願いすると症状が増悪(+)。 

以前、医道の日本に掲載された「現代医学的な病態把握に基づいた東大式鍼灸治療の実際、胸郭出口症候群(その2):東京大学医学部付属病院リハビリテーション部鍼灸科、小糸康治先生」の記事の中に「C5から分枝した肩甲背神経は85パーセント確率で中斜角筋を貫通すると報告されている。」と記載されていたのを思い出した。 

しかし「上肢症状の他に肩甲骨内側縁の凝りや痛みを訴える患者は少なくないが、それらは中斜角筋部での肩甲背神経の絞扼による肩甲挙筋や菱形筋の症状であることが多いと考えられる。」と記載されているが疑問に思う事がある、それは肩甲背神経が純運動神経なので凝りや痛みを感じるのか? 

そこで①中斜角筋のトリガーポイントを調べると肩甲骨内側縁に関連痛が出現すると記載、これは中斜角筋のトリガーポイント活性による凝り・痛みでは?➁痺れは肩甲背神経が中斜角筋の圧迫/絞扼(胸郭出口症候群・腕神経叢圧迫型と類似)され出現したのでは?と考える。 

【診断】 
①肩甲骨内側縁の凝り・痛み:中斜角筋のトリガーポイント活性 
➁肩甲骨内側縁の痺れ:肩甲背神経が中斜角筋を圧迫/絞扼(胸郭出口症候群・腕神経叢圧迫型と類似) 
【治療と経過】 
仰臥位で頚部右回旋の姿位でC5/C6付近から中斜角筋に刺鍼し1HZ :15分低周波鍼通電。 仰臥位で斜角筋に1a抑制/1b抑制施術。 
以上の治療を3~5回行い、症状ほぼ消失。 

 

3.頸椎椎間板ヘルニア・斜角筋症候群にみる肩甲間部症状の病態把握       

椎間板ヘルニア等でみる神経根症状時の上肢痛も、神経根の圧迫でなく筋緊張症状であり、多くは椎間関節部の筋緊張による放散痛に由来するという。胸廓出口症候群時にみる上肢痛も、神経根障害自体のものでなく、神経走行途中の筋緊張症状による絞扼で生ずることが明らかになりつつあるので、これまで神経根症状あるいは神経絞扼障害とみなされていた疾患も、筋膜関連症状だと考えるようになるだろう。

斜角筋筋のトリガーポイント活性化すれば、上肢外側痛と肩甲骨内縁の痛みが生ずるが、この症状パターンは斜角筋症候群とよく似ていて、さらに頸神経根症状ともに似ていることから、斜角筋症状群や頸部神経根症は、実際には斜角筋の筋膜症を意味するのではないかと考える見方が出現した。
ただし頸部神経根症は、肩甲骨内縁の痛みという点では斜角筋トリガーの放散痛パターンに似るが、神経根症の上肢症状は、デルマトームに従う知覚鈍麻である。斜角筋症候群時の上肢症状は、このような分節性はなく、上肢の知覚過敏が出現する。

上の2枚の図は、斜角筋症候群と、頸椎神経根症の症状を示している。頸から上肢にかけて症状が出てくるのは当然として、興味深いのは、いずれも肩甲間部に症状がみられる点である。これは肩甲背神経興奮症状になるだろう。

 

4.肩甲間部の痛みの場合

肩甲間部にコリではなく、痛みを訴えるケースでは、腕神経叢由来の肩甲背神経ではなく、脊髄神経後枝痛を考えるだろう。顆部頚椎~上部胸椎部の横突棘筋の筋膜痛は脊髄神経後枝内側枝が運動・知覚支配している。後枝の治療点は、症状部位の斜め45度内上方(脊柱方向)の背部一行であって、結局肩甲間部のコリは、Th1~Th4棘突起の直側刺激で、ほぼ満足すべき治療効果が得られるだろう。


線香入れとしてジャストサイズとなるチョコベビー容器

2024-10-23 | 雑件

当院では線香容器として長い間、百均の透明プラ製箸入れを使っている。外に持ち出すとフタが開きそうで不便を感じている。しかし、YouTubeでチョコベビー容器が線香入れにピッタリなことを知った。 
チョコベビーには通常サイズ(32g)  と、見たことはないがジャンボサイズ(102g)があるという。通常サイズには9cmまでの線香(90本)が入り、ジャンボサイズには13.5cmまでの線香が入る。標準的な線香の長さは 13.5cmなので、線香を入れるにはジャンボサイズの方が適している。ちなみに当院で使っている線香14.5cmだった。長すぎた分は、折るしかない。
往療用として割り切るなら、通常サイズを使った方がコンパクトでよいだろう。

同じようなコンテンツとして、ネット検索でパルメザンチーズ容器を線香入れとして使う記事を発見した。
パルメザンチーズ容器は樹脂性で高さは14cmで、13.5cmの線香が100本程度入るということである。


兎眼・長掌筋・メラトニン・心肺停止等のトリビア ver.1.1

2024-10-22 | 雑件

兎眼
 
眼が大きく開き、眼瞼が閉じない状態を兎眼とよぶ。顔面麻痺の所見。ではウサギは目を閉じないのだろうか。といえばそんなことはない。ウサギの上瞼は2枚あって、外側のは普通の瞼だが、内側の瞼が瞬膜とよばれる薄い膜である。外敵に対する威嚇を目的に、閉じていても開眼しているように見える。本当に安全だと思えば外側の瞼まで閉眼して眠る。ヒトでも内眼角部附近の白目部分(強膜)にピンク色の部分がある。これは瞬膜のなごりである。



長掌筋


長掌筋は、手関節を屈曲する時、浮き出てくる腱として有名である。その機能は、手掌腱膜を緊張させることで、猿などが木登りや木の枝にぶら下がる際に使われた。ネコが爪をしまう時にも使う。しかし今日ヒトはその機能は退化したので、長掌筋は無用のものとなった。同じことは足底筋膜を緊張させ、荒地でも裸足で歩行できることを可能にしている足底筋がある。足底筋の筋部分はちょうど委中あたにあり、長い腱が足底まで伸びている。ヒトでは足底筋が退化してしまったが、アキレス腱断裂時でも足底屈ができるのは足底筋の存在による。



メラトニン

 
動物の進化をたどると、額の位置に「第3の眼」とよばれるものが存在した。これはカメレオンのように周囲の色や光を感知し、自らの体色を周囲に同調させるという保護色としての役割があった。メラトニン分泌により、皮膚に分布するメラニン細胞を収縮させることで変色させる。今日では、「第3の眼」は、大脳が巨大化した結果 脳深部の松果体に変化している。

松果体から分泌されるメラトニン量は昼間は低く、夜は高い傾向にあることから、夜はよく眠れる。メラトニンの役割は、動物の24時間のリズムを整えることと、生殖腺の発達と性活動を抑制することを仕事としている。ただし現在、睡眠誘導剤としてメラトニン製剤が誕生しているものの、医薬品としては効能が弱く、効果出現まで時間がかかるのであまり利用されていない。

 



心肺停止

ニュースなどで心肺停止という言葉を、最近よく耳にするようになった。死亡ではなく、わざわざ心肺停止というのはなぜだろうか。法律上、死亡の判断は医師しかできないが、心肺停止は所見なので救急隊でもそのように判断できるのだろうと私は思った。しかし心肺停止がすなわち死亡とはよべないことを知った。
 
心肺停止とは、脈もなければ息もしていない状態である。当然ながら意識はなく昏睡状態である。確かに二昔前であれば死亡とされていた。しかし現代の救急医療にあっては、止まったばかりの心臓を動かすことは簡単で、電気ショックとアドレナリンを中心とした薬剤を与えれば何とかなる。また息をしていなくでも人工呼吸器をつければ呼吸は停止しない。もっとも数分間の心停止の後、医療処置によって心臓が再び出したとしても、新たに別の問題が出てきた。酸素不足に対して脳幹は比較的強いが、大脳皮質は非常に脆弱なので、生きてはいるが意識は戻らないという植物状態への回避も考えねばならなくなった。


つまり一旦止まった心臓に対し、長々と(4分間以上)
心臓マッサージなどをやるのは考えものなのだ。

 

灸するために天皇の地位を譲った話

現行の天皇が高齢のため、皇太子に天皇位を譲位する意向であることが話題になっている最中(平成31年)、天皇の歴史について研究している方(患者)に、興味深い話を聴いた。かつて後水尾(ごみずのお)天皇(在位1611年5月9日-1629年12月22日)は、徳川幕府へ通告することなく、次女の7歳になる興子内親王(明正天皇)に譲位したという。この理由というのが、病気の天皇が治療のために灸を据えようとしたところ、「玉体に火傷の痕をつけるなどとんでもない」と廷臣が反対したために退位して治療を受けたという逸話がある。

 

嗅ぎタバコ盆

大腸経上で手関節背面橈側で、長短指伸筋腱間の陥凹に「陽谿」穴がある。この陥凹は通称タバチエールともよばれるが、私は四十年もの間、タバコ盆(=灰皿)と覚えていた。灰皿にしては小さすぎるのではないかとは思ったのだが。しかし最近偶然、嗅ぎタバコというもののあることを知った。この陽谿部に米粒大の嗅ぎタバコの葉を載せ、強く息を吸い込んで鼻の孔から鼻腔に入れるという。この嗅ぎタバコは、タバコ成分を丸ごと鼻腔に入れるものなので、紙巻きたばこ以上に毒性が強いという。ただし火は使わず煙も出ないので副流煙の被害はない。JTは2013年8月頃から無煙タバコ<ゼロスタイル>という商品名で販売している。

嗅ぎタバコと同種のものに、噛みタバコがある。噛みタバコはタバコ成分の入った佃煮様のものを、舌裏または歯と頬の間に入れ、タバコ成分を口腔粘膜から浸透させるものである。今から40年くらい前、東京ディスニーランドに行った折、ランド内の売店で初めて目にした。当時、喫煙者だったが、そもそも噛みタバコの存在を知らなかった。試しに買って、口の中に入れて噛んでみた。これは間違った使用法だが箱書きの説明文は外国語であり読めなかったのだ。すると、とにかく口中が苦く、タール感もたっぷりで思わず吐き捨てた。

 

 


私のPCの歩みと悩み

2024-10-12 | 雑件

1.PC-8001

私のパソコン歴はかれこれ40年程になる。最初に買ったのは日本電気のPC8001で27歳の時、定価で168,000円だった。テレビにつないでみたが解像度が足りず、結局グリーンモニターも購入した。当時のパソコンは電源を切ると記憶も消えてしまうので、カセットテープでデータを残した。記憶容量は32バイト、この大きさの情報をカセットテープから出し入れするには5分間ほどかかった。現在の使っているパソコンは16ギガバイトすなわち16,000,000Kバイトなので、その50万分の1の容量にすぎないものだった。
32Kバイドという記憶容量は、 PC8001はパソコン入門機としては手頃で、パソコンがどういったのかを知るにはよかったが、ワープロをしようと思えば、フロッピーディスク駆動装置(約20万円)やドットインパクトプリンター(約5万円)を買い求め、その上でワープロソフト「松」98,000円を購入しなくてはならなかった。その結果できることは、ワープロ専用機に劣るものだった。アスキー社が出版したPC8001ゲーム集(カセットテープ版)を購入してプレイしたことだけが懐かしい思い出である。

代田文彦先生が愛娘(当時、高校生)に欲しいものを尋ねてみたら、PCが欲しいと言ったことがきっかけで、玉川病院東洋医学科にもPCを導入することになった。PC9001を導入するとともに先の必要装置を導入した。「松」は高価だったので「文筆」という1万円程度のワープロソフトを使用。それでできたことといえば、症例報告会で各先生が提出したタイトル名を一覧表にしてプリントアウトで、それさえ数時間を要したものだった。


2.ワープロ専用機「文豪」

それ以降私は玉川病院を離職して、中国語学留学を経て東京衛生学園に就職した。そこで業務上必要になったのは、自分の教える教科のテキストづくりで、これには自腹で購入したワープロ専用機「文豪」だった。10万円ほどしたが大活躍し、十分元を取った。ワープロ専用機はコンパクトでキーボードに機能が書かれていて、B4印字できるプリンターつきだった。ただしB41枚の印字に10分以上の時間を要し、インクリボン代も馬鹿にならなかった。それに加え、文書に図を入れる必要から、ハンディスキャナを買って使ってみたが、一枚のモノクロ図版を取込んだだけでフロッピーディスク(640キロバイド)の数分の一を消費した。結局のところ、テキストを図入りで保存するにはフロッピーディスクの容量では足りなかったのだった。テキストをプリントアウトする際、図の入るスペースを見繕って開けておき、プリント文書に図を糊付けしてコピーする方法をとった。このやり方では、テキストは保存できても図は保存できない。


3.Windowsパソコン(Xp→7→11への移行)

どうしたらよいか困っていた状況下、事前予告なしにワープロ専用機が次々と販売中止になった。PCは暇つぶしにはよいが、実用には役立たないという苦い思いをしたのだが、PCを使う以外に手はなくなった。
 
重い腰をあげて購入したのは当時の最新型だったソニーのバイオノートパソコンWindows Meバージョンだった。このとはいえこのWindows Meはリソースという概念があり、複数の仕事を同時にやらせるとリソース不足となり、不便を感じた。それにやたらとフリーズした。現在でいう本体RAM量がよほど少なかったのだろう。
 
数年後に、エプソンのノートパソコンに替え、基本ソフトをWindows XP にしてみた。Windows XPは使い勝手がよく、長い間使えたので、その機能を十分に使い切れたと思う。 

Windows XPには不満がなったのだが、マイクロソフトは次のバージョンを発売開始した。これがWindows VISAで、巷の評判が悪いためスルー。その次のバージョンはエプソンのデスクトップPCのWindows7で、ついにXPから7に乗り換えたのだが、Xpから7に変えたメリットは未だ判然としない。デスクトップにしたには、大画面モニター(17インチ)にしたかったからだった。

以降もマイクロソフトは数年毎にWindowsの新バージョンを販売し、以前のバージョンの動作はサポートしないという作戦をとった。この頃になるとWindowsは洗練されてきて、革新的な変化が起きなくなった。新しいバージョンに変えても、作動しないアプリケーションがあったり、新しい操作に慣れる必要があったりで、余計な手間が増えることが苦痛になった。Windows7の次は Windows 8で、不評だったので無視。次に出てきたのはWindows10だった。これも10に乗り換える必要性がないので、7を使い続けてきた。ただし数年前からマイクロソフトはWindows7のサポートは中止。これに伴い、いろいろなアプリケーションソフトでもWindows7下では動かないものが現れた。

マイクロソフトはWindows10が最終バージョンだと明言していた筈だが、数年後にはWindows 11にバージョンアップした。やむを得ず、遅ればせながらWindows11パソコン(デルinspironn)を新規購入したのだった。


Windowsのバージョンを変えることは、事実上新しいパソコンに買い換えることになる。買い替えるとなると、これまで所持していたものより高性能なものが欲しくなる。当初は17インチモニターを使っていたのだが、現在では27インチモニターとなり、A4書類を見開きで2ページ表示できる環境となった。不平不満を言いつつも、要求水準が上がってきたのだった。ただしこの27インチモニターはデル製で”安物買いの銭失い”の典型だった。27インチといっても以前の24インチモニターと同じ解像度だったので、単にキメが荒くなっただけだった。まあ動画を観る際は若干迫力があるようだ。A4書類を見開きで2ページ表示にするといってが、その都度90%縮小に操作する必要があった。


4.「一太郎」の終焉

 
PC9001が現役の時、最も使われたのがジャストシステム社のワープロソフト「一太郎」(58,000円)だった。この値段は今となっては非常に高価だが、そのすぐ前に販売されたワープロソフト松は98000円で、評判はよかったが、さすがに高価だった。その点、一太郎は相対的に安かったので、かつてPCのベストセラーソフトとなった。それでも当時のワープロ専用機に比べて使い勝手が悪く、加えてプリンターも別途買い揃える必要があった。
先に、ワープロ専用機が予告なく販売停止となってしまい、私もPCをワープロとして使うことになった。その時、選んだのがワープロソフト一太郎(当時12,000円程度)だった。この数年間で一太郎も進化していて、使い勝手が改善されていた。これはパソコン処理速度と記憶容量が向上したためでもあった。
 
一太郎は現在も使っているが、現在の一太郎の値段はかつての2倍以上となり、その上日本語入力ソフトATOKの使用は、1年ごとに使用料を支払うというやり方に変えた(これをATOKパスポートと称した)ことで愛想がつきた。私の手元にある一太郎についていたATOK2008では
、google検索のため単語を入力すると、画面が閉じてしまう。一方新しいバージョンの一太郎を購入する気は失せた。

いよいよMicrosoft IMEに乗り換える時が来たかと思ったが、第三の方法であるgoogle日本語入力の評判がよいことを耳にした。google日本語入力は昔からあったというが、最近性能が上がったとのこと。しかも無料。さっそくインストールしてみると確かに高性能だった。たとえば中脘や次髎といった穴名も、漢字変換できる。おそらく経穴名はすべて入っていると思われた。ATOKに保存したユーザー登録単語約4000語の移行にも成功した。
そうであれば、もはやATOKは不要となった。すなわち「一太郎」もついに終焉を迎えたのではないか?
 
 


バックハンドテニス肘の針灸治療 ver.2.2

2024-10-10 | 上肢症状

1.バックハンドテニス肘の概要

1)症状:
テニスでバックハンドで球を打つたびに痛みが出る。雑巾絞り動作(前腕回外筋負荷)でも起こりやすい。
 
2)所見
外側上顆の腱起始部圧痛(++)、伸筋々腹(おもに短橈側手根伸筋)の圧痛
中指伸展テスト(+):手掌を下にして前腕をベッド面につける。検者は被験者の中指を軽く押圧しつつ患者に中指を反らすよう指示。手三里付近の痛みが出れば陽性。
中指伸展テストそしてトムゼンテストやチェアテストなどのバックハンドテニス肘の理学テストは、短縮性筋収縮を再現しているので、バックハンドテニス肘の真因である伸張性筋筋収縮とは違ったものといえる。ただし実際の診療では、バックハンドテニス肘の診療に非常に役立つものである。
 

3)病態


 
①テニスで相手からの返球をラケットで受け止める際、手関節は背屈するのて前腕屈筋は伸張状態になるが、この衝撃を受け止めるには短橈側手根伸筋が強く収縮する。
すなわち筋長は伸びているのに筋は緊張する。これを伸張性筋収縮(=エキセントリック筋収縮)とよぶ。
  

 

②エキセントリック筋収縮による筋損傷

エキセントリック筋収縮は筋に負荷がかかるので、筋力を増やすには適するが、筋の微細損傷を生じやすい筋収縮形態になる。
なお
通常の筋収縮は緊張すると筋長は短くなる。これを短縮性筋収縮(コンセントリック収縮)とよぶ。コンセントリック筋収縮は、筋への負荷が比較的少ないので、筋線維を損傷しづらい。
eccentricは<奇妙な>という意味。鉄棒懸垂で肘を曲げて身体を上げつつあるのは短縮性筋収縮であり、肘を伸ばして身体を下ろしつつある状態は伸張性筋収縮である。


③短橈側手根伸筋の特徴

長・短橈側手根伸筋の共通起始は上腕骨外側上顆である。長橈側手根伸筋停止は第2中手骨底、短橈側手根伸筋の停止は第3中手骨底である。この停止位置の違いにより、長橈側手根伸筋は単に手関節背屈作用、短橈側手根伸筋は橈背屈作用になる。バックハンドで球を受ける際、前腕は橈背屈運動となるので、短橈側手根屈筋への負荷が大きい。
 
なお腕橈骨筋は上腕の筋に分類され、肘屈曲機能になる。手関節の運動とは無関係なので、テニス肘やゴルフ肘とは無関係。

 

 ②短橈側手根伸筋の負荷         
   

2.手関節背屈時痛に対する手三里移動穴運動針 

中指伸展テストを実施し、その時に出現する手三 里付近で短橈手根筋上の圧痛点(手三里の5㎜~1㎝尺側)を発見して刺針する。置針したまま、肘伸展位で手関節の背屈運動針を5~10回程度行わせる。学校協会教科書での手三里は「
曲池穴の下2寸、長・短橈側手根伸筋の間にとる」とあるが、ここでは短橈側手根筋中にとり、刺針している。   
    

上の断面解剖図では、手三里を刺入点として短橈側手根伸筋→回外筋に刺入している。しかし回外筋の収縮時症状では使うが、バックハンドテニス肘では使わないかもしれない。

3 前腕回外痛に対する孔際運動針 

バックハンドでテイクバック(後に引く動作)ら球をインパクト姿勢に移する際、前腕は回内位となり、円回内筋は伸ばされながらも収縮、つまり伸張性筋収縮となる。前腕運動が最大のパフォーマンスを発揮しようとすると、ワインのコルクを引き抜く動作のように、前腕屈曲と前腕回外は同時に行われる。(ちなみにボクシング時、ストレートパンチの力を強めたい場合、前腕伸展動作と同時に前腕回内が同時に行われる)

上写真で、バックハンド姿勢で、テイクバック時からボールをインパクトする際まで、前腕は強く内旋しているのが理解できる。

 

治療は、前腕回外位にて伸張状態にあ る円回内筋で孔最あたりの圧痛点へ刺針し、前腕の回外の運動針を行うとよい。円回内筋は上腕骨内側上顆と前腕屈筋側中央で橈側中点を結んだ線上にあり、代表穴には孔最 がある。(本稿p2図参照)
※孔最(肺):前腕前橈側、前腕長を1尺2寸と定めた場合、太淵穴の上7寸。尺沢穴の下5寸で腕橈骨筋上。深部に円回内筋がある。なお尺沢は肘窩横紋の上で上腕二頭筋腱の橈側。腕橈骨筋中にとる。

手三里の反対側に円回内筋がある。ここを「裏三里」を定め、孔最刺針の代わりに使う方法もある。

 

  

 

 


下肢~足の筋膜症アプローチ最終回(その5)シンスプリント

2024-10-02 | 下肢症状

1.シンスプリントの概要

Shinは向こう脛(すね)、Splintsは(骨折時に使う)副木のこと。短距離走はSprintなので、副木とは関係がない。ランナーやジャンパーにとって頻発疾患である。

軽症では、運動後に“ジーンとするすねの内側に痛みが多い。進行すると運動中も痛み感じるようになる。さらに進行すると安静時にも持続する痛みとなる。

重症度分類(Walsh)
ステージ1:運動後に“ジーンとする鈍痛(すねの内側に痛みが多い)
ステージ2:運動中も痛みを感じるようになる。
ステージ3:パフォーマンスに影響(タイムが落ちたり、足をひきずったり)
ステージ4:慢性的で安静時にも持続する痛み。次第に歩行困難となる。シンスプリント治癒までの期間は、運動制限を厳守すば2週間程度で症状が消失する。運動制限ができない場合、早い者だと1ヵ月程度、長い者では1~3ヵ月程度の療養期間を要する。


痛みの病理は、①筋膜痛(筋微小断裂含む)と②骨膜牽引痛である。脛骨の膜牽引痛では、マレに脛骨過労性骨膜炎のこともあり、限局性の強い痛みで疲労性骨折を疑う必要もある。

 

2.後内側型シンスプリント

下部:長趾屈筋と後脛骨筋筋膜の滑走障害
中部:長趾屈筋とヒラメ筋の滑走障害 前外側型のシンスプリント:前脛骨筋と長腓骨筋の滑走障害
 

後内側型シンスプリントは次の2つに分類できる。

1)後内側シムスプリント(長趾屈筋と後脛筋間の滑走障害)高頻度


①病態
下腿後側深部筋には後脛骨筋・長母趾屈筋・長趾屈筋があり、この3筋の腱は、みな足内果の下方の足根管を通って足趾に停止する。その機能は足関節底屈作用(つま先立ち)である。したがって足関節底屈運動過多では負担が増強する。
足関節底屈すなわち踵を上げて走行するこのと多いランニングやジャンプの際には、癒した筋膜が滑走障害を起こしやすくなる。

②針灸治療
園部俊彦氏(運動と医学の出版社代表)によると、後内側シンスプリントは長趾屈筋と後脛筋間の滑走障害が多く、後脛骨筋関連の内側下1/3周辺に痛みが現れるという。
したがって仰臥位で、三陰交あたりから2寸針で脛骨下縁に向けて直刺深刺し、長趾屈・後脛骨筋を刺激するようにする。置針したまま足の自動運動を行わせることで、滑走を回復させる。

 

③運動療法
踏み台の上に立たせる。その際、踵を踏み台に置き、足の前半分踏み板の外に浮かせた状態にする。まず膝を伸ばした状態で、足関の底屈・背屈運動を大きな動きで30秒間に速いスピードで行わせる。    この運動は主に長母趾屈筋と長趾屈筋の収縮運動。
30秒間休んだ後、両膝45度屈曲位で上記同様30秒間実施する。今度は足指の屈伸運動に、下腿三頭筋運動が加わることで、下腿浅層筋下腿深層筋間の筋膜癒着を剥がそうとしている。この組合わせを1セトとして3セット実施。セット間休憩は1~2分間とする。


2)後内側シムスプリント(長趾屈筋とヒラメ筋の滑走障害) 

①病態
長趾屈筋とヒラメ筋の滑走障害が原因。ただし低頻度。ヒラメ筋は足関節の底屈作用、長趾筋は足趾の底屈作用であり、足や足趾屈曲の際に、これら筋膜の滑走が起こる。両筋間に癒着が生ずると滑走できず、下腿内側下部に筋膜痛が生ずる。
圧痛は、下腿内側の中央付近であることから、ヒラメ筋・長母趾伸筋とも起始は脛骨に着している部であり、痛みの原因は骨膜牽引痛の要素も疑われる。

②針灸治療
仰臥位で脛骨内縁の地機あたりの圧痛点を刺入点とする。2~3寸針を使って、腓骨下方向に向けて直刺深刺し、足関節屈伸および足の回内回外の自動運動を行わせる。
地機(脾):足内果の上10寸(旧テキストでは上8寸)、陰陵泉下3寸


3.前外側型のシンスプリント(低頻度)

1)病態

下腿前面外側が痛むタイプ。足関節背屈(足趾を足背側に向ける)すると痛みが増強する。園部俊彦氏によれば前脛骨筋や長母趾伸筋間の癒着による滑走障害だとしている。私の意見では、前脛骨筋の脛骨骨膜起始部の牽引痛かもしれぬと思う。本症は単一の原因とは限らないのだろう。
私が診た患者に「下腿前面の足三里あたりが痛む」と訴える者がいた。当初は前脛骨筋のコリに入れて足首あたりまで響かせる針をしたが効果なく。足三里を脛骨粗面の直側にとり、脛骨骨膜にこすりつけるような刺針をすることで初めて症状軽減した例を経験したことがある。

 

2)針灸治療
足三里をどこに取穴するかは文献によって微妙に異なる。下図は尾崎昭弘「図解鍼灸臨床手技の実際」からで前脛骨筋部から刺入し、深部で長腓骨筋との筋膜刺激になっている。これは園部氏の見解に沿った刺針といえるだろう。刺針方向によっては前脛骨筋のみに対する刺激にもなる。足三里を脛骨内縁にとり、直刺すると脛骨骨膜刺になる。

このような骨膜刺激の針法は、小山曲泉著「神経痛掃骨針法」(明治東洋医学院出版部刊)に同様の技法が参考になる。

 

 

 

 

 

 

 

 


下肢~足の筋膜症アプローチ(その4)モートン病

2024-09-30 | 下肢症状

1.病態

足の5つある中足骨の基部は深横中足靱帯により固定され、足底の横アーチを形成している。横アーチの下には足趾間の知覚をつかさどる内側足底神経・外側足底神経などが走行している。

モートン病の痛みはこれらの神経興奮によるもので、足裏の足趾にピリピリした感じが出現する。足底趾神経圧迫は、第3趾第4趾の間に最も多い。その理由は、内側足底神経と外側足底神経枝が交わる部位という解剖学的特徴による。ただし他の足趾間にもモートン病は生じる。

 

モートン病の誘因となるのは開張足である。開張足になると中足骨間が開大し、深横中足靱帯が伸張する。するとこの靱帯を貫通する足底神経が絞扼され、神経痛を生ずるようになる。圧迫されている部の近くには仮性神経腫と呼ばれる神経腫ができ、この神経腫は痛みを生じる。  

 

2.症状
跪座位(座位で踵を上げて床に足趾を押しつける)にすると足底神経が深横中足靱帯に圧迫を受け、足裏の趾先の方にビリビリと痛みが放散する。歩行時に床から繰り返し地面反力が加わるので、痛みのため歩行を続けることができない。

3.治療

1)傷防止パッドによる足神経の免荷

足底の足趾間にある圧痛点を確定し、その圧痛を挟むように百均の床キズ防止フェルトシール(百均ダイソー、直径2㎝、厚さ5㎜)などを貼りつける。
この時、跪座位にして放散痛が軽減する位置を探し出すようにする。歩かせてみて、まだビリビリと痛みが放散するのなら、痛みが軽くなる部位を探して、パッドの位置を微調整して貼り直す。パッドは就寝前に取り外す。下写真は、筆者がかつて罹患した左第2第3趾間のモートン病で、後述する床キズ防止パッドを貼って速やかに改善した。

筆者の罹患したモートン病(左第2第3趾間)時の床キズ防止フェルトシール治療

 

2)足趾の関節の底屈ストレッチ
モートン病では開張足になっているので、足の横アーチを回復するべく、術者が患者の指を強く底屈させ、足趾を底屈訓練を行う。
自宅療養として患者自身立位で足趾を底屈ストレッチを行わせる。

 

3)後脛骨筋腱の伸張

足趾の関節の底屈は、下腿後側深層筋である後脛骨筋・長母趾屈筋・長趾屈筋の収縮による。これら3筋が正常に筋収縮していれば開張足にならず、モートン病にもならない。下腿後側深層筋が収縮力できないのは、下腿後側深層筋腱の滑走性が低下している理由による。つまり足根管部の絞扼障害が起きている

治療は、後脛骨筋を狙って承筋刺激をすることもできるが、承筋からの刺針では、ヒラメ筋→長母趾屈筋→後脛骨筋とかなりの深刺になってしまう。したがって水泉穴あたりの後脛骨筋腱を持続強圧しつつ、患者に足関節と足趾の関節の背屈・底屈運動を20回程度、素早く行わせる方法がよいだろう。
水泉(腎):内果最高点とアキレス腱の間の陥凹部。動脈拍動部に太渓をとり、その下1寸。踵骨隆起の内側上部陥凹部で足根管部に相当する。つまり水泉穴は、足根管部刺激の代表穴になる。

※足根管の構造と足根管症候群(参考)             

足内果と踵骨を結ぶ帯状組織を屈筋支帯とよび、屈筋支帯と足根骨に囲まれたトンネル様スペースを足根管とよぶ。足根管中を脛骨神経、後脛骨動・静脈、後脛骨筋腱・長趾屈筋腱・長母指屈筋腱が通る。脛骨神経は足管管を通過した後、足裏に回り、内側・外側足底神経、脛骨神経踵側枝となる。足管管症候群とは、足根管部で神経および動・静脈が絞扼され、足裏にしびれや痛みが生じた状態である。

      


下腿から足の筋膜症アプローチ(その2)外反母趾 ver.1.1

2024-09-28 | 下肢症状

1.外反母趾の概要
1)定義           

母趾がMP関節で小趾側に曲がり、第1中足骨と母趾基節骨の角度(HV角 Hallux  vaigus  angle)が20度を越えた状態。外反母趾は中高年の女性に多い。

 

※バニオンbunion :第1中足骨頭の内側部分の隆起。摩擦により生じた滑液包炎。発赤・腫脹・疼痛。

 

2)外反母趾の病態生理
   
深横中足靱帯(MP関節の近位部の足根骨と足根骨を結合する靱帯)のゆるみ

    ↓
足の横アーチ消失して開張足。靴幅が狭く感じる
          ↓
第2趾MP関節底部趾基部で接地し、床を蹴って前進するという習慣(接地部に鶏眼や胼胝が好発)
    ↓
歩行時に母趾屈曲力(長・短母趾屈筋収縮)を必要としなくなり、浮き趾になる。
    ↓
母趾の存在がかえって歩行の妨げになり、徐々に母趾が外反する。

 

3.外反母趾の治療
 
1)運動療法


ゴムバンドを両足の母趾にかけて離す動作に力を入れるホーマン体操が有名で、軽度から中等度の外反母趾に対して痛み軽減の効果が期待できる。
また足の趾でグーチョキパーを作って趾を開く母趾外転筋運動、タオルギャザー訓練も行われる。
日常的に鼻緒のあるサンダルを穿くと母趾と第2趾で鼻緒を挟もうとする力が働くので治療的効果がある。

2)キネシオテープによる外反母趾の矯正法

キネシオテープ矯正の直後から、外反母趾はかなり矯正されるが、変形が治るわけではない。それに加え上ゴムの収縮力が失われ、伸びきってしまうと効果もなくなるので、持続効果はせいぜい2~3時間である。皮膚に直接テープを巻くことは、接着剤が皮膚の角質層を剥がすことになるので連用にも適さない。要するにキネシオネシオテープの用途はあくまで応急処置になる。

外反母趾のキネシオテープ法はいろいろ考案されている。以下はその1例で、私が常用している方法である。

幅約2.5㎝、長さ7㎝と15㎝の2本のキネシオテープを用意する。
テーピングの始点は、母趾基節骨の内側。母趾を小趾側に外旋させながら、母趾背面へとテープを巻いてゆく。

長期連用には、矯正用インソール(クツの中敷き)の使用がよい。

 

 

3)浮き趾に対する長母趾屈筋筋力訓練

長母趾屈筋は、文字通り母趾を屈曲させる機能がある。外反母趾になると、母腹で床を後に蹴って前に進む運動がしづらくなり母趾屈筋も使わなくなって、母趾は浮き趾状態になる。
長母趾屈筋筋力を復活させるには、術者は患者の足腹側から母趾IP関節を押さえつけ、患者にこれに逆らうように母趾を強く屈曲するよう指導する。 
長母趾屈筋は起始が腓骨体下部後面、停止が母趾末節骨底。

 

4)浮き趾の針灸治療
     
外反母趾そのものに対する針灸はないので、浮き母趾を改善することで歩行時に母趾腹で床を蹴る歩行動作改善を目指す。
長母趾屈筋は、下腿部ヒラメ筋の深層で腓骨の直下にある。 座位で下腿外側ほぼ中央、腓骨下縁の陽交~懸鐘を刺針点とし、腓骨下縁をかすめるように2~3㎝直刺する。刺入後、母趾の屈伸自動運動を実施。長母趾屈筋腱に加わる牽引力を緩和させる意図がある。陽交は、長母趾屈筋の腓骨起始部で伸縮しないので、光明~懸鐘が治療穴として適切になる。
陽交(胆):外果の上7寸、腓骨前縁に外丘をとり、その後方で腓骨後縁で長腓骨筋とヒラメ筋の筋溝に本穴をとる。深部に長母趾屈筋がある。
光明(胆):外果の上5寸
陽輔(胆):外果の上4寸
懸鐘(胆):外果の上3寸