AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

上腕三頭筋付着部症の針灸治療

2011-07-17 | 上肢症状

1.上腕三頭筋の解剖
上腕三頭筋は、内側の長頭、外側の外側頭、深層の内側頭の3種からなる。前腕の伸展作用があり、停止はどれも尺骨肘頭である。

 

2.上腕三頭筋腱付着部症とは
加齢やオーバーユース、多大な外力等により、上腕三頭筋の収縮が強いられると、肘頭の上腕三頭筋腱付着部に力学的ストレスが加わり、虚血や微小断裂が起こり、痛みを訴えるまでになる。

3.針灸治療
上腕三頭筋腱の肘頭付着部上の圧痛点(清冷淵付近)や、上腕三頭筋内側頭の肘部付着部あたりに圧痛点を見出し、運動針を行う。
ただし、このあたりの圧痛硬結を触知するには、触診と施術を行いやすく、患者にあまり負担のかからない姿勢が好ましい。「図説四肢と脊柱の診かた」には、下のような図が載っている。

 

しかし、これは患者は座位なので、肘以外の部の診療を同時に行うことがしづらく、置針ができない。この対策として筆者は、患側上の側臥位にて肩関節90度外転、90度回外、肘関節90度屈曲位(下写真。モデルはわが娘)のようにするとよいことを発見した。上肢は基本的に骨支持なので患者にあまり負担がかからず、脊柱の診察も同時に行えると思う。

 

 


肘関節痛には上腕部筋への刺針も重要

2011-03-02 | 上肢症状

1.針灸院に来院する肘関節痛といえば、大部分はテニス肘・ゴルフ肘・野球肘などであり、前腕部筋の筋付着部症と捉えて、上腕骨内側上踝や外側上踝に起始のある筋起始部への運動針を行うことで改善できる場合が非常に多い(外側型野球肘は治すのが難しい)。この度、上記治療方針で行ってもうまく改善せず、上腕の針を加えることにより大幅な治療効果が得られたので報告する。

 

2.左肘部を約3月前に骨折。その後遺症による肘周囲痛で来院した64歳女性の例。

毎日病院でリハ訓練を受けているが、肘痛は残存し、肘屈曲は正常だが肘伸展は135度程度で、それ以上はロックしているようであった。とくに手関節を背屈したり、手の内旋・外旋時に、肘から前腕にかけてつっぱるように痛むとのこと。整形外科医に勧められて当院受診となった。しかしながら上記パタンの施術を4回行うもほとんど改善しなかった。治療失敗かと思っていた時、患者が「ここも少し痛む」とのことで上腕二頭筋部を指指した。圧痛点は上腕二頭筋長頭の外縁で、上腕骨内側上髁の2~3㎝の部だった。あまり期待せず触診すると、わずかな硬結を発見したが、筋自体に過緊張はとくにみられなかった。あまり期待することなく、この部に運動針実施。すると前記の症状誘発動作をさせても痛みが大幅に軽減したのだった。これに勇気を得て、上腕の別の圧痛硬結点を見つけよう務めると、上腕二頭筋の長頭と短頭の筋溝で、肘窩の上方3㎝の部に硬結を発見して運動針を実施。さらに肘痛症状は緩和された。
 肘関節の可動域も広げることはできるかもしれないとの期待も生じたので、上腕部を注意深く触診すると、上腕三頭筋腱部に小さな硬結を発見(ただし上腕三頭筋自体に大した緊張なし)。ここに刺針しつつ、肘関節の伸展の他動運動を行うと、ゆっくりと可動域が増し、肘伸展150度程度可能になった。ロック状態かと思われた可動域制限も、このような簡単な治療で改善できることを知り、患者以上に当方が驚いた。


3.原因不明の左肘痛で来院した65歳男性の例。

上腕骨外側上髁部と内側上髁部ともに圧痛がある。前腕筋起始部症だろうと見当をつけて施術するもまったく改善なく、肘関節裂隙への刺針も無効だった。10回程度治療するも目立った改善なく、半ば諦めていたが、前記症例を経験した直後だったので、試しに上腕二頭筋長頭筋外縁の圧痛点(上記症例と同じ位置)へ運動針を行ってみると、回内回外痛時が非常に軽減した。

 

4.トリガーポイントマニュアルと見ると、肘が完全伸展していない場合、上腕二頭筋は回外動作の強力な補助筋だと記されているが、このことは上記症例で実感した。しかし手関節背屈動作も上腕部への運動針で取れるとは意外である。
肘関節の伸展ROM拡大に、上腕三頭筋腱への刺針が効果あったのも不思議であった。



組織別の最適な治療手法

2011-02-08 | 上肢症状

  筋・腱関係の疾患には共通した病態生理がある。針灸治療においては、単に反応点を刺激するというに留まらず、反応点にどのような刺激を行えば治療が効果的になるのかまでが論点となる。刺激方法について定説はないが、臨床経験豊かな針灸師であれば、自分なりのルールができあがっていことだろう。本稿では私なりの回答を示す。 

 

1.筋腱付着部症  enthesopthy
 以前は筋付着部炎と称されてきたが、病理学的に炎症がないことがわかったので、現在では「症」と名称変更となった。筋腱の骨付着部は、知覚性神経線維が豊富で、複雑な神経叢を形成しており知覚感受性に富んでいる。腱はその中央部が強いが、腱の骨付着部や腱の筋連絡部は比較的脆弱であって腱付着部炎や筋付着部炎を起こすことが多い。 また靱帯の伸びを感知し、これに応じて筋トーヌスを決定する。
 たとえば胸鎖乳突筋起始部にある完骨穴で、仰臥位にて完骨に置針したまま、顔を左右に回旋させることで胸鎖乳突筋の緊張を緩め、頸の回旋の可動域を広げることができる。
 膝関節痛の場合、膝蓋骨内上縁にある内側広筋部(下血海)に置針した状態で膝関節の屈伸を行わせると、内側広筋の筋緊張を緩め、この部の膝痛を緩和させることができる。
 テニス肘では上腕骨外側上髁への前腕伸筋群の起始部に刺針し、手関節の屈伸運動を行わせると、これら筋群の緊張が緩み、肘痛も改善できる。

1)代表疾患:テニス肘、鵞足炎、アキレス腱付着部炎、オスグッド病、ジャンパー膝
2)治療手技:針管などを用い、腱の骨付着部にある限局的な圧痛を発見する。数カ所見つかることが多  
い。圧痛点から刺針し、抵抗を感じた時点で小刻みに強めに捻鍼し患部に得気を感じさせる。この際、針先に線維が絡み付く抵抗を感じた場合は、緊張を緩めずにそのまま短い振幅で素早く抜鍼する(筋線維が切 れる感覚を得る)。

 

2.筋々膜症
 筋線維自体に痛覚はなく、筋膜に痛覚がある。筋に炎症が起こると筋膜に信号を送り、筋膜痛を生ずる。筋膜痛は、とくに筋の伸張性収縮時(坂道を下る際の下肢筋など)にみられる。筋は一様に緊張するのではなく、筋線維中にいくつかの硬結が出現する。ここを治療点として選ぶ。

1)代表疾患:いわゆる筋々膜痛症候群
2)治療手技:運動針法 

 

3.腱炎、腱鞘炎
 腱の役割は、筋を骨に連結させることにある。筋に大きな力が加わった場合、筋の柔軟性が高ければ、腱に加わる衝撃は、穏やかなものになるが、筋が硬化し衝撃吸収能力が低下すると、腱へは短時間に大きな負荷となるので、最悪の場合には腱断裂を起こすこともある。
 腱鞘炎による痛みは、腱と腱鞘間に生じた摩擦による炎症に由来するが、それが近傍を走行する知覚神経に影響を与えた結果によるものである。
 一方、臨床点な観点として、「腱は痛むのか」は不明な点が多い。アキレス腱断裂であっても痛みを感じないことがあり、バネ指でも痛みは軽いわけである。結局、障害部位の近傍を走る知覚神経が影響を受けて初めて痛みを感じるのではないか。
 ちなみに、ド・ケルバン病の痛みの直接原因は、橈骨神経皮枝の興奮、すなわち皮膚に感じる痛みである。鵞足炎の痛みは、滑液包炎であることはめったになく、筋腱付着部の興奮が皮膚に投影され、限局的な伏在神経痛を起こしているのではいか?

1)代表疾患:腱鞘炎
2)治療手技:腱炎や腱鞘炎の痛みが、皮膚への放散痛であることの確認は、撮診(母指頭と示指頭で皮膚を軽くつまみ上げる)で行う。そして、撮痛部に皮内針を数本行うだけで、痛みが消えることが多い。ただし撮痛が広範囲にある時は、まず乱刺刺絡を行い、それでも残存する撮痛点に皮内針をする。 

 

 先の分類で、鵞足炎を、筋腱付着部炎による痛みに分類したが、腱炎を原因とした伏在神経痛という見方も可能なのではないか?いずれにしても圧痛点への皮内鍼で痛みが大幅に軽減することに変わりが。縫工筋。薄筋、半腱様筋中への運動針も併用した方がいいだろう


ド・ケルバン病には偏歴運動針プラス局所皮内針

2006-03-21 | 上肢症状
1.ド・ケルバン病の病態と症状
 手関節の橈骨茎状突起部に生ずる狭窄性腱鞘炎。長母指外転筋腱と短母指伸筋腱は、橈骨茎状突起部あたりで共通の腱鞘を通過する。母指の動きは他の4指と比べても非常に大きいので、この部の狭窄性腱鞘炎を好発しやすい。
 母指IP関節の屈曲時や、手関節を尺屈する動作で局所に痛みを発する。フィンケルシュタインテスト陽性となる。

※フィンケルシュタインテスト:母指を他の4指に包むようにして拳骨をつくり、小指側に手関節を屈曲させると、手関節橈側に強い痛みが出現。

2.ド・ケルバン病の好発する理由
 人間の母指はサルと異なり、非常に自由で、かつよく制御された運動性をもっている。これが文字を書くことや、道具をつくることなど、文明を築き上げた基本的素養といえるのである。ではなぜ母指はこれほど意のままに動かせるのだろうか?

 母指を除く手の4指の伸展に作用する筋の共通した起始は上腕骨外側上顆にあるのに対し、母指を動かす筋はこれと独立して存在するからであろう。母指の伸筋や外転筋は、前腕骨間膜を起始としている。母指橈側には長母指外転筋腱と短母指伸筋腱が入り、母指尺側には長母指伸筋が入っている。
 
 長母指外転筋腱と短母指伸筋腱は一つの腱鞘に入っているので、もともと運動量が大きい母指としては、共通腱鞘が腱鞘炎になりやすいといえる。

3.ド・ケルバン病の鍼灸治療
 本疾患の機序は、次のようになるだろう。
母指の運動過剰→長母指外転筋や母指伸筋の緊張・短縮→両腱の炎症・肥厚→共通腱鞘の摩擦大
 筋腹部である偏歴運動針と疼痛局所の皮内針というパターンが私の治療である。

1)筋腹への運動針
 鍼灸治療はテニス肘やゴルフ肘の治療と同じく、緊張・短縮した筋の筋腹部への運動針を行うことで、腱への負担を減らす必要があるだろう。この筋腹とは通称、蛇頭とよばれる部で、ツボでいうと偏歴穴になる。

 偏歴穴の教科書上に位置は、手関節側背から上3寸、長母指外転筋と短母指伸筋の筋溝にとるので、実際には圧痛あるいずれかの筋上にとるようにする。

2)腱鞘圧痛部への皮内針
 腱は、要するにヒモであり、筋に比べて機能は単純であり血流量も少ない。腱そして腱鞘の痛みとは、本来ならば筋に比べて乏しくてもいい筈なのだが、実際には鋭い痛みを生むのである。私の見解だが、「腱や腱鞘が痛む」というのは元来わずかな痛みに過ぎず、皮膚に投影された痛み(橈骨神経皮枝の興奮)が強く意識されるのだろうと思っている。なぜならば腱炎や腱鞘炎には皮内針で十分効果あるためである。
 皮内針により皮膚関連痛を消すことで、痛みは大幅に減少するらしい。