AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

乗物酔いの応急処置

2015-09-04 | 耳鼻咽喉科症状

1.内関刺激
乗物酔いの悪心嘔吐に、内関に置針または皮内針をすると、悪心嘔吐は鎮静化され、つわりによる悪心嘔吐にも内関刺激は効果あることが知られる。このことから、内関刺激は、嘔吐に求心性機序ではなく、延髄嘔吐中枢→迷走神経→効果器(胃)という遠心性機序に対する抑制が想定されている。下は、欧米で市販されている酔い止め用リストバンド。
    

 

 2000年の英国医学会において、嘔気嘔吐に対して内関穴刺激が有効だとのEBMが承認された。(Edzard Ernest & Adrian White 山下仁ほか訳「針治療の科学的根拠」  医道の日本社 2001.6)

 


2.冷水をかける方法

2012年8月、探偵!ナイトスクープ(朝日放送)で紹介されていたもの。バリ島の漁師の間で伝わっている方法だという。船酔いで嘔吐・昏倒している者の不意をつき、後首や股間に向けて冷水を勢いよく浴びせかけるというもの。番組中では、現在舟にのって船酔いの者3名(医者を含む)に本法を行った。全員ギャッとしてビックリ状態だったが、その直後、「めちゃシャキッとした」といい、信じられないという顔つきをしていた。テレビを視ていて大笑いした。  

この方法で、なぜ乗物酔いが治るのかという点だが、自分では交感神経を急激に亢進させることで、相対的に迷走神経緊張を緩め、胃の逆蠕動性を解消したものだろうとは考えてみた。 

 

 

 

3. 船酔い・乗り物酔いの「特効薬」(高橋和宏医師(「代替療法の光と影」HP) より
 
患者に海上自衛隊の自衛艦に勤務している人が、「酔い止め」のお薬を所望した。通常の「酔い止め」では、海が荒れると船酔いを抑えることができないということだった。私は船酔いの「特効薬!」を処方した。

なお通常の酔い止め薬とは抗ヒスタミン薬のことで薬局でも普通に購入できる。嘔吐は脳から放出されるヒスタミンが、嘔吐中枢を刺激することによって起こるが、ヒスタミンの作用を抑え、吐き気や嘔吐を抑える。

その2週間後、その患者さんが来院した。今回、大きな台風に遭遇して時化(しけ)は長期間にわたってひどく、乗組員の8割の方は船酔いしたのだが、この患者さんは、私の処方した「特効薬!」を服用したお陰で、全く船酔いしなかったと報告してくれた。

ところで、その「特効薬!」とは、気管支喘息や尿失禁の治療薬で有名な「スピロペント」である。なぜ気管支喘息の治療薬が「酔い止め」として効くのだろうか?
 
「乗り物酔い」をした時の症状を列挙すると、①吐き気、②吐く、③お腹がグルグル音を鳴らす、④便意を催す、⑤下痢をする、⑥顔面蒼白になる、⑦冷や汗をかく、⑧めまいがする、⑨血圧が下がる、⑩脈が速くなる等で、これらの症状は医学的にはショック症状かあるいはショック前駆症状を意味する。つまり、乗り物酔いは「ショック状態」なのである。

 「ショック状態」は、交感神経と副交感神経のバランスが崩れて、交感神経が立ち直れない時に起きる現象のこと。体の平衡感覚に負荷がかかり、そのコントロールをするために自律神経(交感神経・副交感神経)も「ドミノ倒し」的に負荷がかかり、自律神経のアンバランスが極限状態になって「乗り物酔い」になる。「スピロペント」は気管支交感神経興奮剤で、気管支喘息(気管支を拡張作用)させ、あるいは尿失禁(尿道筋肉を収縮させる作用)に対する治効がある、との根拠になる。

※、「スピロペント」には厚労省の承認の薬効上「乗り物酔い」の適応がないので、ご希望の方は近医に相談のこと。


新・耳鳴の針灸治療 鼓室神経刺激と顔面神経下顎縁枝刺激 Ver.1.1

2015-01-30 | 耳鼻咽喉科症状

1.耳鳴に対する鼓室神経刺針と治効機序  

1)耳鳴に対する鼓室神経刺激とは


筆者はこれまで、体性耳鳴に対して針灸治療が効果的であることを説明してきた。ムチウチ後遺症や顎関節症に付随した耳鳴は、顎関節関連筋や胸鎖乳突筋の緊張を緩めることが耳鳴の治療につながるということである。

 
ただし耳鳴患者の中には、顎関節症や頸椎症状がないのに耳鳴を訴える者がいる。このタイプの耳鳴には、耳そのものへの治療が必要で、筆者は下耳痕穴をその治療点として掲げた。

 
耳中に響かせる針をするには、下耳痕穴(≒柳谷素霊の一本針である完骨移動穴、もしくは深谷伊三郎の難聴穴)から1~2㎝直刺刺針が一定の価値のあることはすでに説明済である。それは舌咽神経(主に舌奥や咽頭の知覚支配)の分枝である鼓室神経(中耳~鼓膜の知覚を支配中耳知覚支配)を刺激するからである。

※下耳痕穴位置:中国では耳垂つけね部に耳痕という新穴が制定されている。その下方5㎜。

 

 

 下耳穴刺針で、鼓室神経を刺激する意味は、中耳炎等による中耳痛に適応があるらしいことは推定できるが、それだけでなく耳鳴や難聴などの内耳症状にも効果あるらしい。その旨を耳鳴で来院している一人の患者に説明すると、
<玉突き>にような作用だとの返答が得られた。実に分かりやすい理解なのだが、医学的説明とはいえない。 

 

2)蝸牛神経は、延髄で三叉神経、顔面神経、迷走神経、舌咽神経でつながっている 
 
下耳穴刺針で耳中に響かせることが、なぜ耳鳴や難聴に効果があるのかは、専門家の解釈を待たねばならないのだが、ネットで色々と調べていくうち、次のような解釈があること分かった。
 
耳鳴は難聴と同様に蝸牛神経障害であるが、延髄において蝸牛神経背側核は、体性神経核とつながっている。この体性神経核は中耳と外耳を支配している三叉神経、楔状束、顔面神経、迷走神経、舌咽神経に枝を送っている。すなわち上記の脳神経は耳鳴は関係があると考える学者がいる。要するに、耳鳴に対しては、三叉神経、顔面神経、迷走神経、舌咽神経を刺激することが治療につながる余地があるということらしい。(Byung In Han MD  他 Tinnutus:Characteristics,Causes,Mechanism,and Trearment TheJou rnal of Clinical Neurology 2009;5:11-19) 

蝸牛からの交通枝は、顔面神経・三叉神経・ 舌咽神経・迷走神経などと交流している。この結果、顔面麻痺時にみるアブミ骨筋反射(大きすぎる音は中耳に入れない)や、三叉神経(第1枝の瞬目反射←角膜知覚支配)などの現象がみられることになる。

②耳鳴りと顎関節症(三叉神経第3枝の咀嚼筋緊張)との関係も指摘できる。   

③三叉神経第Ⅲ枝の分枝である耳介側頭神経は、側頭部皮膚知覚を支配しているだけでなく、外耳道知覚、鼓膜知覚、顎関節知覚にも関与してい る。これは顎関節症によ り二次的に外耳道や鼓膜 症状が出現することを示唆している。筆者は針灸 臨床上、顎関節症を治す ことが耳鳴軽減につなが ることを多く経験している。


3.顔面神経下顎縁枝刺激(佐藤意生先生の臨床実験)

(佐藤意生「顔面神経下顎縁枝刺激による耳鳴の抑制」耳鼻科臨床98:11,2005より)

1)考え方

聴覚路の比較的末梢(蝸牛、聴神経)で発生したと推測される異常なインパルスが中枢に送られ、これを耳鳴として感じとると考えている。そうであれば、この異常なインパルスを中枢経路のどこかで蝸牛神経への交通枝を通して他の神経からのインパルスによってブロックできれば、耳鳴は軽減するはずである。佐藤意生(耳鼻科医)はこのように考え、感音性耳鳴患者の顔面神経下顎縁枝に経皮的に反復電気刺激を与える試みを実施した。

2)刺激方法

具体的には顔面神経下顎骨底中央部の皮膚表面に陽極、その2.5㎝上方に陰極の円形表面電極(直径0.7㎝)を装着、パルス低周波刺激を与えた。周波数は初めは1ヘルツの筋収縮がみられる閾値の強さまでとし、患者に耳鳴の軽減具合を聴取しつつ、耳鳴が軽くなったと返答するまで徐々に周波数を上げた。耳鳴が軽減したと答えた場合、その周波数で2分間持続的に刺激を与えた。最高50ヘルツまで上げ、それでも耳鳴に変化ないものは治療中止した。

3)治療成績

①有効率
頭鳴を除く耳鳴患者91例中、耳鳴が5/10以下に減少した者は47例(51.6%)、6/10~8/10に減少した者は34例(37.4%)、9/10~10/10に止まった者28例(11.0%)だった。 
②有効となる周波数と刺激強度
この治療が有効だった者に与えた周波数は、2~30ヘルツと人によって異なっていた。
なお閾値以下の刺激では、改善は得られなかった。
③治療効果の持続性
治療有効だった者(53例)の持続効果は、1週間以内に元に戻ったのは43例(81.1%)、このうち、持続効果2~3日だった者は17例(32.0%)だった。ただし4週間経過後におても耳鳴が以前より軽いと答えた例も5例(9.4%)あった。

4)考察

蝸牛神経は、眼神経や頸神経とともに顔面神経に反射経路をもっている。この具体例としては、アブミ骨筋反射(大きすぎる音は中耳に入れない)や瞬目反射(角膜分布の三叉神経刺激で瞬目が起こる)、ガラスを爪で引っ掻くような音がした場合、顔面表情筋の収縮がみられるなどがある。
要するに顔面神経を刺激することで、蝸牛神経の異常を抑制しようと試みた。
 
ただしその一方では、三叉神経と蝸牛神経間、そして三叉神経と顔面神経間にも反射経路があるともいわれるので、今回の顔面神経下顎縁刺激による耳鳴抑制効果は、顔面神経に与えた刺激だけでなく、三叉神経も大きく関与している結果になる。 

 

 

4.まとめ

佐藤意生先生(以下敬称略)の耳鳴に対する顔面神経下顎縁枝刺激刺激点は、経穴でいうと陽極が大迎、陰極が頬車の位置に相当すると思う。これは筆者の提唱する刺激点である下耳痕の近傍であることにまず驚かされた。確かに下耳痕から刺針すると、浅層で顔面神経を刺激(針響は生じない)し、深層で舌咽神経鼓室神経を刺激するので、筆者は鼓室神経刺激が耳鳴に有効と思っているが、実際は顔面神経刺激が有効なのかもしれない。たたし筆者は佐藤のように低周波刺激を行っていないので、当然顔面表情筋の攣縮も起こらない。その一方で、佐藤は2分間程度の刺激時間なのに対し、筆者は30分以上置針しているという違いがある。


感冒の発熱に対する針灸治療

2014-03-10 | 耳鼻咽喉科症状

感冒にかかったことを自覚すれば自分で安静にし、時には医者にかかるのが普通なので、針灸治療の出番はないかのようにみえる。しかし実際には鍼灸の常連患者に限られることなのだが、「早く風邪を治して欲しい」などいう訴えがある。 
感冒症状とは、咽痛、鼻汁鼻閉、咳痰などの一連の上気道症状の他に、発熱やだるさなどの全身症状がある。本稿では後者の全身症状の針灸治療を取り上げることにする。 


1.延髄の体温中枢に働きかけることで下熱させる

以下は代田文彦先生の持論である。カゼの初期とは、これから体温がぐんぐんと上昇する時である。これは免疫機能を高める目的で、延髄の体温中枢が示した設定体温が高いことを示している。身体はこの設定温度にまで体温を上昇させようとするのだが、視床下部あたりに血流低下があれば、身体の深部温度の情報を正確に視床下部に伝達できず、その結果視床下部はご判断をしてしまう可能性がる。

代田先生は、銭湯で湯が熱過ぎて湯船に入れない時、首や肩にその湯を桶で何杯もかけ、そうした後に湯船に入る人をみて、こうした着想を得たという。それは視床下部の設定温度を一過性に狂わせるので、風呂の熱さに関して鈍感になるのではないかと考えたという。
この針灸治療としては、頸肩のコリを緩めるような治療をすることになる。その代表が風門の多壮灸(20~30壮)であろう。

2.発汗させることで下熱させる
 
これから熱が上昇する気配(悪寒など)があったり、高熱時でも発汗しない情況では、発汗法を行なう価値がある。

針による発汗法としては、人体で最も汗のかきやすい部とされる肩甲上部~肩甲間  部の領域に、速刺速抜を行なうことで発汗が促進されるという考え方がある。ただし散鍼では浅すぎて補法になる。交感神経緊張させることが必要なので、座位で施術し、1㎝程度の深さに刺すような速刺速抜法が好ましい。

※ 中医学でも外感風邪に対しては、清熱解表法すなわち「汗法」による解熱を行い、発汗作用のある葛根湯を処方する。

3.交感神経緊張に移行させる(安保徹の考えをヒントに) 
   
カゼの経過は、発病後5日前後までは進行期(=副交感神経優位状態)であり、その後に回復
期(=交感神経優位状態)に変化して発病7~10日程度で治癒するという。副交感神経優位の 症状とは、鼻水・発熱・だるさ・食欲不振などで、交感神経優位症状とは硬い黄色の鼻水出現で あるが、この段階では元気を回復しており、日常生活ができるまでになっている。

 

しかし7~10日どころか、数週間もカゼをひいている、カゼが抜けないなどという者がいる。これは、なかなか交感神経優位状態に移行できない者なのだろうと筆者は考えている。

この時のカゼの治療は、交感神経を優位にするような施術を行う。言い換えれば 「身体に活をいれる治療」を行う。具体的には「座位にての施灸、針であれば浅針で速刺速抜」という方法が西条一止らの研究により明らかになっている。熱いバスタブに短時間入るというイメージである。
   
この肢位にて上気道に対応したデルマトーム(Th1~Th3中心)上の起立筋上すなわち膀胱経の背部兪穴ラインまたは同じ高さの夾脊にに施術する。

 


耳鳴りの針灸治療改訂版 その2

2013-07-24 | 耳鼻咽喉科症状

1.耳に対する直接刺激<難聴穴刺>

難聴・耳鳴に対する直接刺激点としては、難聴穴がある。難聴穴とは深谷伊三郎の命名で、それを知る以前、筆者は下耳痕穴と称していた部位である。耳垂基部に新穴の耳痕という穴があることから、そのすぐ下方にあるので、下耳痕と命名した。同様の意味をもつものに柳谷素霊の翳風穴がある。
要するに鼓室神経(舌咽神経の分枝)刺激をする部位である。本穴への刺激の与え方について、はすでに当ブロクの別項で記載済である。要するに、この穴に刺針するとまず顔面神経を刺激(針響なし)し、2㎝ほど刺針して鼓室神経を刺激できる。鼓室神経は鼓膜知覚を支配しているので、耳奥に針響を与えることができる。

響きを与えた後、30~40分間置針する方法をとると、耳鳴りに有効な場合がある。このような長時間置針が必要なのは、冷え症の治療に仙骨や下肢の30分以上の置針が必要なように、内耳血流量増加を企図したものと私は考えた野田か、浅野周氏は、本当に筋を緩めるには20分程度では足りないとする観察が根拠になっているようだ。

私は内耳血流量の増加内耳に直接影響を与えることは困難なので、中耳を刺激し、「玉突き」の原理で内耳血流を増加させた結果だと考えたこともあった。しかしこの考えは、あまりに非医学的である。そこでさらに調べてみると、次のように捉える学者がいることがわかった。

耳鳴を起こす病理機序の一説として、次のように考える学者もいる。耳鳴は難聴と同様に蝸牛神経障害であるが、延髄において蝸牛神経背側核は、体性神経核とつながっている。この体性神経核は中耳と外耳を支配している三叉神経、楔状束、顔面神経、迷走神経、舌咽神経に枝を送っている。すなわち舌咽神経と耳鳴は関係があるということだが、他のいくつかの脳神経も耳鳴に関与しているらしい。
(Byung In Han MD Tinnutus:Characteristics,Causes,Mechanism,and Trearment TheJournal of Clinical Neurology 2009;5:11-19) 

 

 

2.舌の動きにより変化する耳鳴の治療

成書にほとんど記載はないが、舌を突き出し、左右に動かすなどすると、音調が変化する場合がある。舌運動は舌下神経が中心となって支配する。とくに舌を前に突き出す運動は、オトガイ舌骨筋の役割なので、舌骨上筋とくに舌根穴刺針(オトガイ舌骨筋への刺針)を行ない、舌の運動をさせるとよい。

 

3.むち打ち症と耳鳴り

頭頸部への急激な力学的衝撃後に生じた耳鳴りは針灸で改善の余地がある。その典型にむち打ち症がある。病態的には頭頸部捻挫をきっかけとした頸部交感神経刺激症状(=バレリュー症候群)であろうか。
本病態の治療の基本は、頸椎一行への深刺と、後頸部筋の頭蓋骨付着部への深刺にある。顎関節との関連でいえば、C3椎体の高さが重要で、C3椎体が顎関節運動における力学バランスの支点になっている。

先ほど頸部交感神経緊張と記したが、頭部外傷後に一側の眼瞼下垂を呈している症例を経験したので、実は頸部交感神経緊張低下状態なのかもしれない。ペインクリニック科で行われる星状神経節ブロックと異なり、針灸で行う星状神経節刺や大椎一行から行う星状神経節に影響を与える深刺は、頸部交感神経節機能低下でも亢進でも用いられる。

 


新・耳鳴の針灸治療 体性神経性耳鳴

2013-07-18 | 耳鼻咽喉科症状

耳自体に異常がない場合、解剖学的に耳のすぐ前にある顎関節の問題で耳鳴が起こることも知られている。口を大きく開いたり、下顎を横にずらしたり、舌を強く前に出した時など、耳鳴の音調が変化するのであれば、顎関節症による耳鳴を疑う。
耳鳴を主訴とする患者の中には、自分が 顎関節症であることを気づかない者もいて、咬筋や側頭筋の圧痛が余りに強いので驚く者が結構いる。このような筋緊張が原因となった耳鳴を、体性神経性耳鳴(あるいは体性耳鳴)と生ずる。体性耳鳴は難聴を伴わず、一側性であるという特徴がある。一般に体性耳鳴は、針灸を含めた理学的治療が奏功しやすい。

トラベルは、耳鳴を起こす顎関節症関連筋は、咬筋・外側翼突筋・胸鎖乳突筋だと記しているので、この3筋への刺激法について記す。

1.咬筋
1)咬筋と耳鳴
「咬筋を押すと音程が変わったり音の質が変わることがある。咬筋のトリガーポイントは耳鳴りを起こすが、聴力の低下は起こさない。」とトラベルは記している。咬筋が緊張するのは、睡眠時やストレス下での、歯ぎしりや歯のくいしばり。あるいは歯科的要素(齲歯、歯並びなど)が関係する。          

  ※咀嚼筋はストレス筋の一つ。動物が敵と出くわした時、噛みつき攻撃をする。

2)咬筋への刺針
咬筋の骨付着部に刺針。とくに開口状態で刺針すると運動針効果がプラスされる。咬筋の起始部である頬骨弓部分、停止部である下  顎枝部の圧痛点に刺針する。刺針した状態で開口運動をさせると運動針効果が加わる。

 

2.外側翼突筋
外側翼突筋の役割は、下顎の「横方向へのずらし」と「前への突き出し」である。開口時、顎が左右にずれる原因は、外側翼突筋の左右の緊張度の違いにある。たとえば口を開けて顎が左に動くのは、顎の右サイドが前へ突き出せない結果であって、右側外側翼突筋が過収縮していることを示している。
外側翼突筋翼突筋の緊張の有無を調べるには、まず下顎を前方に突き出し、その状態のまま下顎を左右にずらす動作を行わせる。緊張があれば、前記動作がしずらかったり、痛みを発したりする。

1)外側翼突筋下頭の触診
内側翼突筋が容易に触知できる(咬筋の裏側。口腔内から触知する)のに対し、外側翼突筋の触知はやや難しい。
口内に示指を入れ、上顎の左右端にある奥歯を触知。さらにその奥まで指を伸ばし、舌にある中央と逆に、歯茎と頬の粘膜に指を入れる。頬と歯茎の間に指先が入ったら、示指の指腹を上に向けて、粘膜の最も奥あたりを軽く触ったり、軽く押し上げたりする。そのあたりが外側翼突筋下頭の位置である。

2)外側翼突筋上頭の緊張症状
外側翼突筋の上頭は、顎関節の関節円板に付着し、開口に応じて、関節円板を前方に移動させる力を生む。外側翼突筋のトリガーポイントが常に緊張状態にあると、顎が前に引っ張られがちになり、関節が外れたり、亜脱臼したりする。顎が音を立てる症状は、亜脱臼から派生したものである(1999,383;Reynolds 1981,111-114;Marbach 1972,601-605)。

外側翼突筋の過緊張では、筋緊張自体(=Ⅰ型顎関節症)の適応があることは当然として、筋牽引により生じた関節円板の前方への位置ズレ(=Ⅲ型顎関節症)や、関節包刺激(=Ⅱ型顎関節症)にも効果あるかもしれない。 

3)外側翼突筋上頭への刺針

外側翼突筋上頭の停止は顎関節の関節円板である。この関節円板に刺入するには、客主人を刺針点とし、針先を耳門(顎関節部)方向に斜刺する。置針した状態で、顎の前後の滑走運動を行わせる。

4)外側翼突筋下頭への刺針

外側翼突筋下頭の起始は蝶形骨、停止は下顎枝である。外側翼突筋下頭には、下関から深刺する。針はまず表層筋の咬筋を貫き、次いで外側翼突筋下頭に入る。置針した状態で、顎の前後の滑走運動を行わせる。
 

 

 3.胸鎖乳突筋

1)耳鳴の胸鎖乳突筋緊張の関与

胸鎖乳突筋の障害といえば、ムチウチなどにより頸痛ととに生ずる頸性メマイがよく知られている。平衡感覚は、耳・眼・深部感覚受容器の3者からの情報が延髄の前庭神経核に集合し、互いに照合されて保全される。その1つのである深部感覚受容器は、全身いたるところに存在しているが、頭位とのかかわりを考えた場合、頸部筋とくに頸部筋の左右の緊張の違いとのとの関わりが深く、一側の前庭の興奮は、同じ側の頸部筋の緊張に影響を与えていることが、頸性メマイを説明づけるものとなっている。
   
耳鳴と胸鎖乳突筋を結びつける根拠は薄いのであるが、一側性胸鎖乳突筋短縮→顔の傾斜→顎関節に加わる圧受容器や筋張力の変位→耳鳴という機序を想定すれば、ぼんやりとながら納得できることでもある。 

それにしても、胸鎖乳突筋に一側性の強い筋緊張が存在するにもかかわらず、自らはそれに気づかず、耳鳴のみを訴えることのあることは驚かされる。 
 
2)胸鎖乳突筋刺針のコリを緩める刺針法

左右それぞれ胸鎖乳突筋を軽くつまむようにして圧痛をみることで、本筋の異常の有無を診る。一般に筋緊張を緩めるには、単に刺針するよりは、該当筋を緊張させた状態で刺針した方が効果的である(=神経・筋促通作用)。胸鎖乳突筋の場合、仰臥位で治療側の反対側に顔を回旋させる(右胸鎖乳突筋に刺針するのであれば、顔を左に回す)。
そして、後方から前方(天牖から市乳、天容方向に刺入)に向けて胸鎖乳突筋を刺入。
ただし貫通はさせない。その状態で患者に正面を向くように指示する一方、術者はそれと釣り合う力を患者の側頭部に与える。1.2.3.とかけ声をかけ、患者と術者の力のタイミングをそろえ、5~10回程度のリズミックスタビリゼーション手技を行う。


めまいと頭頂部浮腫帯

2012-11-06 | 耳鼻咽喉科症状

                       
.めまいと頭頂部浮腫の相関性

めまい発作が起こる時期になると、百会を中心として「神聰四穴」あるいは「廻髪五処」の領域で、広い範囲で皮下浮腫状態が観察され、発作が鎮まるとその程度が減 弱する症例があったとして、めまいと水毒、水毒と百会は密接な関係がありそうだ、と代田文彦先生は記している。 

竹之内診佐夫氏も、メニエール病患者は、頭頂部付近の皮下浮腫帯がみられ、この部の浮腫の消長と症状が一致することを指摘した。浮腫部に対する治療として、通天または絡却から百会に向けての横刺を行うことで、著効47%、有効53%(30症例中)の成績を得たという。(竹之内診佐夫ほか:めまいと鍼灸治療、全日本鍼灸学会雑誌 1985; 35(2): 117-125.)


2.頭頂部と頭頂導出静脈


百会と頭頂導出静脈の関係については、本ブログ<現代医学的針灸>の中の、「 百会の治効と導出静脈」2011.12.03報告で既に記している。その内容を要約すると次のようになる。頭蓋内の欝血、静脈血の環流の妨げがあると、頭蓋の外側に静脈血が流れ、環流をはかるようになるので、百会・通天に刺針施灸または瀉血をすると、この部分の血行を促進し、従って頭蓋内の欝血を除く。これは代田文誌先生が考案し、代田文彦先生にも継承された。


3.クモ膜下腔の狭小による脳脊髄液環流不全が想定される可能性


この考え方は、内臓体壁反射で有名な石川太刀雄(病理学者)も同調した。現代の臨床医である入野宏明氏は、頸性めまいの一所見として、頸部におけるクモ膜下腔の狭小による脳脊髄液環流不全が想定される可能性があることを指摘している。

脳脊髄液は、静脈洞の膜顆粒を通過して静脈血に吸収される場所と考えられているのだが、本来脊髄を下降すべき髄液が、頸部クモ膜下腔の狭小により、クモ膜顆粒を通しての静脈洞環流量の増加は、頭頂導出静脈を介して、頭頂部浮腫をつくるのかもしれないと記している(入野宏昭:めまいについて、入野医院HP)。

 

つまり頸性めまいの原因とは、頸部に下降すべき脳脊髄液が、静脈洞窟に流入する結果であり、その所見として頭頂付近の浮腫をみるという機序になる。  

脳脊髄液は、前庭水管を介して内耳の外リンパ液と交流しているので、脳脊髄液圧上昇は、内耳リンパ液圧上昇を生じ、メマイ・難聴・耳鳴といった内耳症状を起こすことが考えられる。これらの事項は、頭頂浮腫、内耳症状の治療として、頸部治療が重要だとする一つの根拠となるだろう。


話は横道にそれる。故<北杜夫>は小説家であると同時に医師でもあった。北杜夫のユーモラスな自伝を読んでいたとき、医学部卒業試験だったかの教授との口頭試問されることがあった。その時の教授からの質問は「頭頂導出静脈は普段、頭蓋祖外から頭蓋内へ流れているか、それとも頭蓋内から頭蓋外へと流れているのか」だった。極度に緊張した北杜夫は、「内から外に流れる」と返したが、教授に「本当にそれでよいか」と問われると、「いや、外から内に流れる」と回答を変えた。すると教授は、また「本当にそれでよいか」と問いただしたので、しどろもどろになったとったエピソードが紹介されていた。「外から内に流れる」というのが正解である。

 

 

 


 


めまいに対する座位胸鎖乳突筋ストレッチでの刺針法

2012-11-02 | 耳鼻咽喉科症状

後頚部、とくに項部の天柱や風池あたりの刺激が重要なことは、多くの鍼灸師によって指摘されきた。筆者も2007.3.15ブログ報告「頸性めまいと半身脱力感に対する後頚部刺針」にて、後頭下筋の緊張が頭位認識に重要で、後頭下筋のコリはめまいを生ずるから、上天柱や天柱に深刺することが有効なことを説明し、2012.10.14ブログ報告「緊張性頭痛治療に効果的な天柱・上天柱の刺針体位(追補あり)」にて、具体的な刺針姿勢について説明した。

今回は、前記の具体的な刺針姿勢の応用として胸鎖乳突筋の刺針に言及する。

1.頸性めまいと良性発作性頭位めまいの病態生理の類似点 

良性発作性頭位めまいは、内耳にある耳石片が三半規管に流れ込むのが原因と考えられているのだが、良性発作性めまいの発作は、一定の方向に頭や体の位置を変える(具体的にはベッドから寝起きする際、ベッド上で寝返りをうつ)際に、グラッと床が傾いた感じがすることによって生ずる回転性めまいということである。

しかしめまいを熱心に治療している生野医院HPの説明によれば、「良性発作性頭位めまい」と「頚性めまい」の区別は困難だという。良性発作性頭位 めまいがあれば、頚部のコリは付随するからである。要するに、針灸治療でも両者の治療は同様に考えていいと思われる。

2.胸鎖乳突筋をゆるめる刺針技術

胸鎖乳突筋の強い圧痛を生ずる代表疾患には、ムチウチ症がある。しかし発症動機が不明であ っても、本人も気づいていないのに、胸鎖乳突筋に中等度の圧痛をみることは少なくない。そう したたぐいに、「頸性めまい」や「良性発作性頭位性めまい」がある。


1)仰臥位で横を向かせての刺針(従来的)


ベッドに仰臥位に寝かせ、健側に顔を向かせ、患側の胸鎖乳突筋を露見させる。これまでは筋の圧痛点に、数カ所刺針していたのだが、胸鎖乳突筋停止部付近に刺針するだけでも同じような効果が得られることを知った。

 


2)座位でストレッチさせての刺針(新式)


座位で胸鎖乳突筋をストレッチ状態で固定しつつ、胸鎖乳突筋停止部に刺針する方法。筋コリを指先で把握しやすく、従来の方法より効果がある。


①座位で上を見るよう、そのまま健側に頸を向くよう指示する。(患側胸鎖乳突筋のストレッチ状態)

②術者の上腹部を、患者の健側後側部にあて、患者の頭を保持。
③寸6#2~#4程度で胸鎖乳突筋の乳様突起付着部停止の筋硬結を触知し、雀啄10秒で抜針。刺針ポイントを変えて数回繰り返す。

 

上画像は、海外のネットで偶然発見したもの。実際には、もっとしっかりと患者の頭を施術者の上腹~胸に押しつけ、乳様突起直下の胸鎖乳突筋に雀啄針を行う。

 

 

 


カゼの針灸治療

2012-09-21 | 耳鼻咽喉科症状

1.鍼灸のカゼ治療のニーズ
カゼを自覚すれば医者にかかるのは普通なので、「カゼをひいたから針灸して欲しい」という 来院理由は非常に少ない。他の愁訴で施術していて、ついでに咽痛も治して欲しい、咳も治して 欲しいなどというオマケ治療のニーズがあり、また医療にかかってしばらく通院したが、治りき らないので、鍼灸で何とかならないかというニーズである。

まずは現代の針灸家が概ね常識とする見解をいくつかあげ、個々について現代針灸の立場を説明する。

 
2.カゼの初期には風門の多壮灸(20~30壮)

カゼの初期とは、これから体温がぐんぐんと上昇する時である。これは免疫機能を高める目的で、延髄の体温中枢の命令する体温が高いことを示している。体温は内臓熱増大、筋の震え、発汗停止などの生理的機序を介して、実体温を延髄の指示した温度に一致させようとする。


しかし視床下部あたりに血流低下があれば、現在の身体の深部温度の情報を正確に把 握できない可能性がる。視床下部の血流低下の一因として頸肩部のコリがあるのだろう。発熱中枢である視床下部に働きかける目的で実施する。

 

3.長びくカゼに対しては、自律神経失調症としての治療

「半年もずっとカゼをひいている」という者がいる。これはカゼを契機として発病した自律神経失調状態が、カゼウィルス消失後も続いていると考えることができる。


※カゼがなかなか治らない場合には、次の疾患こともあるので鑑別を要する。

R/O アレルギー性鼻炎、慢性咽頭炎、慢性気管支炎、上咽頭浮腫

1)副交感神経優位に対する施術

副交感神経緊張状態に対しては、座位での風門の多壮灸といった使い方が代表的になる。

2)交感神経優位に対する施術

頸部の後方の筋(頭板状筋、頭半棘筋)、前方の筋(胸骨舌骨筋、胸骨甲状筋、輪状甲状筋、舌咽頭収縮筋)、側方の筋(前中斜角筋、肩甲挙筋)などに著しい硬結と圧痛が必ずあるので、  これらの筋に対して希釈ステロイド注射をすると、短時間でこじれたカゼ症状が消失する。(枝川直義「なおさん(4)」医道の日本、昭59年3月)

 

 

4.初期を過ぎたカゼに対しては対症治療

本稿のテーマとはずれるので、ここでは現在私が行っている最も高頻度の治療点の紹介に留める。

鼻炎→挟鼻刺針
扁桃炎→舌根刺針
咽頭炎→上喉頭神経刺針
喉頭炎→気管軟骨多数刺針  


5.安保徹先生の考えをヒントにしたカゼの針灸治療

カゼの経過は、①咽喉痛→②発熱→③くしゃみ・鼻水・だるさ・食欲不振→④治癒と進行し、治癒までは約1週間を要する。
 

1)カゼ進行期の針灸治療

①咽喉痛→②発熱→③くしゃみ・鼻水・だるさ・食欲不振の時期(5日間ほど)が、カゼの進行期になる。

この時のカゼの治療は、交感神経を優位にするような施術を行う。換言すれば「身体に活力をいれる治療」を行う。具体的には「座位にての施灸、針であれば浅針で速刺速抜」という方法が西条一止らの研究により明らかになっている(詳細は気管支喘息の項を参照)。熱いバスタブに短時間入るというイメージである。

この肢位にて上気道に対応したデルマトーム(Th1~Th3中心)上の起立筋上すなわち膀胱経の背部兪穴ラインまたは同じ高さの夾脊にに施術する。


2)カゼ回復期の針灸治療


カゼの過程の③くしゃみ・鼻水・だるさ・食欲不振の時期→④治癒の期間である。

カゼの治る頃には元気が出て、白血球の顆粒球と常在菌の反応により、硬く黄色い鼻汁となる。これらは交感神経優位の体調となった結果である。

この時のカゼの治療は、副交感神経を優位にするような施術を心がける。これには伏  臥位にての背部兪穴置針など、従来の針灸治療(これまでも無意識的に行われている治  療)でよい。副交感神経を優位に導く治療とは、いうなれば休息を与える治療(=リラクセーション)である。ぬるめのバスタブに長時間入るというイメージになる。


 


耳鳴りの針灸治療改訂版 その1

2011-08-14 | 耳鼻咽喉科症状

1.耳鳴りの鍼灸治療を、もう一度考え直す
耳鳴治療の針灸治療については、以前にも本ブログに書いたことがある。治せない耳鳴症例を重ねるにつれ、当初の期待感は次第に薄れていった。下耳痕は刺針は一つの方法であるが、それは微力であって、新たな方法を模索せざるをえなくなった。もう一度考えてようと思い、当院ホームページ上で、「耳鳴りの針灸治療」を広告して患者を集めることにした。自分で症例を集めて検討しないと結局は拉致があかないからである。その結果、この半年間に約10名の患者の治療をする機会を得た。以下の問診票を作成し、初回治療前に、記入してもらうことにした。

2.耳鳴り問診票
               記入日:平成   年    月    日
お名前:                         ( 男 女 )     才
ご住所:                    電話番号:
①耳鼻科医の診療を受けましたか。( はい  いいえ )
②耳鼻科医の診断名はなんですか。
  突発性難聴 メニエール病 頸椎症 高血圧 自律神経失調症 更年期障害
  聴神経腫瘍 慢性中耳炎 顎関節症 その他(        )
③耳鳴りについて、これまで、どのような治療をうけましたか。
  内服薬 高圧酸素療法 通気   星状神経節ブロック その他(        )
③耳鳴りに気づいたのはいつですか。
    年   月    日    (約    年前)
④耳鳴りのきっかけになったものはありますか。
   他の病気  大きい音  難聴   めまい   自然に   突然に
⑤耳鳴りはどこからしますか
   右耳  左耳   両耳   頭の中
⑥どんな音のの耳鳴りがしますか
  ブーン   ゴー   カチカチ   ポー   シュー   リーン  
  ドキドキ  ヒュー   ピー   ジー    その他(        )
⑦耳鳴りの音の大きさはどのくらいですか。
  非常に大きい  気になる程度   わずか   なし
⑧耳鳴りが生活のさまたげになっていますか。
  なにもできないくらいひどい   少しさまたげになる 
  生活のさまたげにはなるが必要なことはできる  生活のさまたげにはならない
⑨耳鳴り以外の症状はありますか。
  難聴  めまい  不眠  頭痛  首肩のコリや痛み  顎関節痛  
  歯科(虫歯 歯の矯正) 不眠  高血圧  神経症  自律神経失調症 
    腰背痛  下肢痛  膝痛 

3.耳鳴り針灸治療で効果に乏しいもの 

1)耳鼻科医の診断で、慢性中耳炎、突発性難聴、などのきちんとした病名がつき、症状もその診断に合致した者の耳鳴りは、ほとんど針灸無効である。要するに内耳の有毛細胞にダメージを受けた者は、針灸しても再生は困難である。

2)慢性メニエール病は、二次的に生じたであろう頸肩部のコリを針で緩めることで、耳鳴・難聴・めまい症状は軽減できる。この状態を保つには週1~2回の継続治療を必要とする。治せるわけではないが、自覚症状を良い状態に維持できる。
頸肩のコリがない場合、治療目標がなく、治療効果も乏しい。

3)先に示した問診票で、キーンといった高音性耳鳴りは治療効果が乏しい。

4)要するに、内耳に原因がある耳鳴りに針灸は有効とならない公算が大きい。仮に針灸で内耳血流を改善できたとしても、肝腎の聴神経細胞が崩壊しているならば、治せる筈もないのである。

5)今回は難聴については治療困難と考え、当初から治療対象としなかったが、耳鳴りに難聴が加わった場合、明らかに内耳の障害を示唆するので、耳鳴り治療は困難となるであろう。


4.耳鳴りの針灸治療を効かす条件
まず治療効果に乏しい上述の病態を、除外(治療しない)した後、耳鳴り治療にトライする。内耳障害以外で耳鳴りを生ずるのは、顎関節症とむち打ち症が筆頭で、広い意味では自律神経失調症も適応になる。これらが針灸治療対象になるかと思う。

5.耳鳴りの針灸有効率の印象
耳鳴りで針灸を希望する患者全員に針灸を行うとすれば、有効率は1割未満となるだろう。しかし針灸の適応するらしい耳鳴りだけに針灸を行うとすれば、有効率は7~8割となる、という感触である。なお耳鳴りの具体的治療内容は、次回紹介する。

※耳鳴りの性状が、拍動性であるものは針灸が効果あるとする報告がある。拍動性というのは自分自身の頭頸部の脈拍音が聞こえているのだとい、結局頸部のコリを緩める治療を行うと改善するという。ただし拍動性の耳鳴りは非常に少なく、筆者は治療経験をもたない。

 

 


頸性メマイと半身脱力感に対する後頸部刺針

2006-03-15 | 耳鼻咽喉科症状

1.頸性めまいの症状と鑑別すべき疾患
 
鍼灸に来院する患者で、最も多いのは頸性めまいであろう。頸性めまいの主訴は非回転性めまいで、難聴や耳鳴を伴わないのが特徴である。なお激しい回転性めまいで難聴や耳鳴を伴わない場合、良性発作性めまいを疑い、回転性メマイに難聴耳鳴が併発すればメニエール病を疑う。


2.頸性めまいの病態生理と鍼灸治療

 
身体平衡は内耳(前庭)からの前庭神経、眼(網膜)からの視神経、深部感覚(筋腱紡錘)の後索が受容器である。内耳・眼・運動系からの3つの情報は脳幹の前庭神経核に集められ、統合判断により空間上の自分の位置や姿勢を判断している。しかし3つの情報を統合する際、矛盾するならば、結果としてめまいが起こる。うちめまいと最も関係するのは内耳の前庭であり、メニエール病や良性発作性めまいは、内耳前庭性のめまいであって、私が改めて説明するまでもないことである。


ただし鍼灸に来院する患者は、耳鼻咽喉科医の診療を受けて、満足いかない者が来院することもあり、頸性めまいが非常に多いようだ。本疾患は深部感覚の障害に起因するもので、こじれたムチウチにその典型をみるほか、頸肩部のコリ症の者にもしばしばみることができる。

頸性めまいに関係する深部感覚(関節覚、振動覚、深部痛覚のこと)の受容器は上部頸椎とくに後頭骨/C1椎体とC1/C2関節に分布することが知られており、この受容器の病的刺激により、めまいが起こる。したがって上天柱や天柱からの深刺が効果的になるのである。

3.半身の脱力感
 
鍼灸治療を長く続けていると、教科書に書いていない主訴の患者が来院する。半身の脱力感もその一つである。もちろん脳血管障害後遺症を除外しての話である。

上部頸椎に異常があれば、自覚症状としてのメマイのほか、他覚所見としては平衡障害が生じている。前庭神経核からの出力の代表は次の3種類である。

 a.前庭-眼反射 →眼振
 b.前庭-脊髄反射 →運動失調(ロンベルグ、マンのテスト、足踏み試験)
 c.前庭-自律神経反射 →悪心、冷汗、心悸亢進

上述で身近な例はcで、乗物酔い時の症状に他ならない。aとbの反射による所見は、しばしば平衡感覚の理学テストとして行われているものである。鍼灸治療に関係するのはbで、ヒトは前庭-脊髄反射により、全身骨格筋の緊張を刻々と変化させて身体平衡を保っている。

ここで肝腎なことは、一側の前庭は同側の骨格筋緊張を高めていることが分かっていることである。逆にいえば一側の前庭機能低下は、同側の筋緊張がゆるむので、歩行時に一側に偏倚する。この筋の調節作用において、頸筋の関与が最も大きいことが知られている。すなわち、半身の脱力に対する鍼灸治療は、脱力側の頸部筋の緊張を高めるか、健側の頸部筋の緊張を緩めるかの選択になる。頸部筋緊張の左右のアンバランスが、半身の脱力感を生ぜしめている。


耳鳴治療と舌咽神経ブロック針

2006-03-15 | 耳鼻咽喉科症状

1.浅野周氏の耳鳴り治療

私は長年、耳鳴の鍼灸治療をしてきたが、効果あった例は殆どなかった。しかし浅野周先生の「北京堂」ホームページ記載の方法を応用して追試してみると、たしかに効果が出て非常に驚いた。浅野先生には敬意を表したい。

 私の以前の方法と、浅野先生の治療の違いは、主に次の2点であった。
 a.浅野→40分間(短くとも20分)置針
   私 →せいぜい10分間程度の置針(ときにパルス併用)
 b.浅野→項針(翳風、風池、完骨)への刺針は、しっかりと耳の中にズシンと響かせる。
   私 →響きには無頓着

2.私の耳鳴治療

とりあえず耳介周囲(聴会、角孫、翳風など)に寸6#2の針で6~10本、20分間置針した。これで耳鳴はかなり改善する。ただし耳中に響かすという方法がよくわからかった。ある日、柳谷素霊の「秘法一本鍼伝書」を調べてみると、耳鳴には、下歯痛と同じ治療で、頬車を使うと記載されていた。「下歯痛に対する場合はそのように刺入し、この時もし耳中に響いた場合には針先を下方に向ける」とある。これですっかり謎が解けた。


下歯に響くのは、下歯槽神経を刺激した結果であり、耳中に響くのは舌咽神経を刺激した結果である。下歯に響かすのが目的ならば、頬車穴から下顎骨の内側の縁に沿って針を進めればよいであろう。しかし頬車から耳中に響かすのは解剖学上は難しく、その2~3㎝耳垂に向かった部から直刺深刺することで舌咽神経を刺激可能なのである。舌咽神経に針を当てるには、私考案の下耳痕穴(筆者命名、奇穴の耳痕の5ミリ下方にある)を使用するのがよく、ペインクリニック本の通りやっても、うまくいかない。

下耳痕穴は、耳垂が頬に付着しているその接合線の中央にとる。刺針は耳垂の前からでも後からでもよい。直刺1㎝で顔面神経幹に命中し、ここにパルス刺激を与えると顔面表情筋全体が攣縮する。問題の下咽神経はその深部にあり、2㎝深刺で刺針転向法により耳中に針響を与えることができる。舌咽神経は本来的には中咽頭知覚を支配するが、その枝の鼓室神経は中耳~鼓膜の知覚を支配している。すなわち耳中に響くというのは、中耳~鼓膜に響かせるということなのである。
このことを知った後、私の耳鳴治療時の使用穴は下耳痕穴を中心とした少数穴への20分間置針へと変化した。