1.凍結肩の概説
五十才前後で肩関節痛が生じると、凍結肩に至ることがあり、一度凍結肩になると自然回復まで半年~2年かかるとされる。現代では、凍結肩とは癒着性関節包炎のことをさすようだ。
若年層では肩関節が老化していないので、そもそも炎症が生じにくい。一方高齢者で肩関節の炎症は生じやすいが、血行が悪いので炎症は拡大せず自然に消退する。ということで五十才前後の者に肩痛が生じると、凍結肩に至ることが多い。
すなわち肩腱板炎症→肩峰下滑液包への炎症拡大→滑液包の癒着→関節包全体の癒着と進行する。一端凍結肩になると、効果的な治療に乏しいが、半年~2年の経過で自然回復するとされる。なお凍結肩の自然回復の機序についてはまだ不明な点が多い。
水色→生理的な関節液 オレンジ色→炎症 黒色→ 癒着
広義の五十肩症状は、疼痛と運動制限が2大症状となるが、痛みは関節包や筋腱の炎症による痛みに関係し、運動制限は関節包の癒着に関係するので、その症状の推移は二相性である。凍結肩は、運動制限のある状態で、肩関節の自動ROMと他動ROMはともに制限を受ける。
ROM制限があることは凍結肩の必須条件だが、痛みはある場合とない場合がある。
痛みがあるケースでは、経過とともに痛みは減少するのが普通だが、いつまでも痛みが引かない例もある。このようなタイプは肩関節の可動域制限と疼痛のWパンチで非常に苦しむ。少しでも腕を動かすとズキンとする強い痛みである。この痛みは針灸での鎮痛させる程度を越えているように思える。おそらくこの病態は癒着性関節包炎に移行せず、肩峰下滑液包炎で留まっている状態であり、整形でもらう強力な痛み止めを使い、何とかこの病期を乗り越えるしかないようだ。
凍結肩になると、整形外科に通院するのが普通だが、保存療法で効果的な治療法があまりない。そこで患者は、何かよい治療はないものかと針灸院を訪問することも多い。
無論、針灸院でも特効的な治療があるわけでない。とはいえ、せっかく来院したのだから、少しでも改善できる治療を行ってみたいところだ。そうした意味で、次の方法は試みる価値がありそうだ。
2.凍結肩の針灸治療
1)「次どこ方式」の刺針
凍結肩は本質的には滑液包や関節包由来の痛みなので、直接的に働きかける針灸治療がない。ただ特定の筋に対する施術ではなく、「痛むので動かさない」ことで生じた浅層ファッシアの癒着に注目すると、「次どこ方式」が使えるだろう。どこが痛むかを患者に指で示させ、そこに単刺する。疼痛部は施術するたびに大きく移動するので、次に今度はどこが痛むのかを再び患者に聴取、指で示すところにさらに単刺する。患者が痛む所を示せなくなるまでこのパターンを繰り返す。
「次どこ方式」は昔からある治療技法らしいが、このユーモラスな命名は、三島泰之著「身近な疾患35の治療法」医道の日本社刊(2001年3月)で知った。
2)代田文誌の灸治療
私が代田文彦先生に、凍結肩治療はどうすべきかを質問をしたら、「親父(文誌)は肩関節をぐるりと回り込むように灸治療していた」と答えてくれた。これは灸点の一つ一つを局所治療点と捉えず、罹患部の一定範囲に対する治療効果を狙う。換言すれば灸による長期的刺激を前提として”場の改善”を狙ったものといえるだろう。
3)凍結肩の関節裂隙刺針
「痛みの針灸治療」医道の日本社刊(昭和49年1月)という本がある。これは当時我が国を代表する現代針灸派針灸師9名の共著で、五十肩の項は塩沢幸吉が担当している。塩沢は、五十肩の針灸治療をライフワークとしていた。何しろ今から50年前の本ということで、凍結肩や腱板炎も混同した内容なので病態把握に甘さがある。しかし肩甲上腕関節関節裂隙刺針を紹介している。このくだりと引用してみる。
「関節腔に対してはなるべく深刺する。五十肩の場合は肩関節前面において、上腕骨頭と肩甲骨関節の関節間隙をねらって、2~3カ所深く強く刺針すると、上肢の内旋・結帯運動が拡大される。他に肩峰下・肩関節後面・腋窩より、それぞれ肩関節口腔へ直接刺針する」
医師による観血的治療で、凍結肩の関節包癒着に対し、硬くなった関節包をメスで切開する<肩関節関節包切開術>がある。この手術は通常全身麻酔下で行われ、入院を要する。これによりADLは術後から大きく改善できる(ただし痛みが残存することがある)。塩沢の関節腔刺針は、この手術療法と似ている。
これは根拠のある施術法になりそうだと思って、何例から凍結肩患者に肩甲上腕関節関節裂隙刺針を行ってみた。しかし0番や1番針でも骨膜に針先をぶつけると患者は非常に痛がり、十分な治療ができなかったせいか、治療効果もなかった。実際の臨床では実施困難な刺針技法なのかもしれない。
3.治療院内で実施したい肩ROM改善のための徒手矯正法
私が治療院内で行っている運動療法を示す。アイロン体操や棒体操など患者一人で自宅でもできるものは記さない。治療院で行うものは患者一人ではできず、施術者が関わることが必要になる。
1)華岡青洲の肩関節脱臼整復の応用
江戸時代の外科医、華岡青洲は朝鮮朝顔(=曼陀羅華(まんだらけ))と数種類の薬草を配合した飲薬として、全身麻酔薬「通仙散」(別名、麻沸散)を創出した。これを患者に内服せしめ、1804年世界初の乳癌手術を行った。しかし青洲は通仙散の製造法を門徒にも伝えることはなく、彼の死後は製造できなくなった。
上図は青洲の肩関節脱臼整復の図である。凍結肩の関節腔拡大目的で行う場合、脱臼整復とは異なり、一気に力を入れるのではなくゆっくりと力を入れゆっくりと力を抜く。これを数回行う。術者が腰をかがめれば、患者の足は浮き上がる程度に強く牽引する。この整復は、肩関節が外転90°未満の場合では用いることができない。また治療者と患者間にあまりに身長差があっても実施が難しい。
②仰臥位での肩関節腔拡大手技
術者の片足先を患者の脇の下に挟み、術者は両手で患者の上肢を保持し、肩関節腔をゆっくりと引っぱる。徐々に引っぱり徐々に力を抜く。これを数回繰り返す。引っ張る時には外旋運動を加える。
上図は、肩関節のモビリぜーション
他動的に関節を動かし、関節の柔軟性を高めるリハ手技)
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