針灸治療には特定症状に有効であるとする特効が伝承されている。特効穴を実際の針灸臨床に使ってみると、効くことも効かないこともある。臨床経験が長くなるにつれ、効きそうもないツボは、初めから使わなくなってくる。
ところが成書では、何も進歩しないまま、百年一日のごとく特効穴が羅列されている。針灸臨床の初心者は各人が、一つ一つ自分で確かめて一喜一憂せざるを得ないわけで、いつまでも知識の蓄積ができない。大いなる時間の無駄である。
そこで上半身と下半身の2回に分け、代表的な特効穴について私なりに、 ◯=効く △=効くことがある
×=まず効かないのランクづけをすることにした。ただし私見であることをお断りしておく。
特効穴が症状部近隣にあるもの、体幹部にあるものは省略した。
01 ×尺沢:咽頭痛
02 ×孔最:肛門疾患
03 ×温溜:歯痛
04 ×曲池:糖尿病、皮膚病。沢田流では下毒穴として、曲池・臂臑・肩グウ・築賓などが 知られているが、 その根拠は伝わっていない。皮膚の痒みに対して、下毒穴への施灸は、自分の経験では効果があった試しがない。
05 △人迎の置針:血圧低下→反射的kに血圧降下の程度起こるが、せいぜい10~20mHg程度であり、その効果も持続しない。安くて安全な降圧剤が入手できる以前の昔には有用 だったかもしれない。むしろ人迎は、咽痛に効果ある。
06 ×少海:耳鳴 目の充血
07 ×陰ゲキ:狭心症 心悸亢進症
08 ×神門:狭心症、ヒステリー、神経衰弱、便秘→心経の原穴である神門は、「神」が 出入りする重要な門という意味がある。古代中国人の考えた「心」とは、 私は現代でいう大脳辺縁系のことで、情動本能を 主る機能があると考えている。(大脳新皮質の思考力や想像力は肝、運動機能中枢と伝導路は脳)。このような点から、ステリーや神経 症が主治となるようだが、実際の効力には乏しい。気が滅入る(気欝)になると腸管の気の通りも悪くなり便秘もするが、この便秘に対しても神門の灸は、実際にはほとんど効果ない。
追伸:平成23年5月15日に行った勉強会の席上、参加者2名の先生から、便秘に澤田流神門の灸(3~5壮)が効く確率は5割程度あるという意見があった。施灸直後に排便はないが、1週間後の再診時に聞くと、あの晩に排便があったと報告するという。ただし治療作用は、1回の排便のみだとのことで、根本的な便秘症が治るわけではない。
09 △少衝:人事不省 狭心症→指先強刺激であれば覚醒作用もあるだろう。狭心症に対 しては、手のどの井穴からもよいが、本来針灸不適応である。
10 ゲキ門:肋膜炎 喀血 心臓病
11 ◯内関:乗物酔い→海上自衛隊では、乗り物酔い防止として内関あたりに磁気を貼るという。横隔膜の緊張を緩める作用があるので、心疾患・吐きけ止め・シャックリに適応がある。
12 ×中渚:頭痛、耳鳴→中渚への置針は、耳鳴りに効果あるという者もいるが、効いた 試しがない。
13 ×左陽池:自然治癒力を高める→「三焦は原気の別便」(難經)とされ、陽池は三焦 の原穴ということで、澤田腱は三焦主治の最重要穴として重視した。また人身の右を陰 となし左を陽となすとする素霊の説から、左陽池に灸した。しかし沢田健に師事してい た代田文誌先生も、装飾的だとしてやがては使わなくなった。
14 ◯和リョウ:眼科疾患→側頭筋緊張を緩めるので眼精疲労に有効
15 △耳門:耳鳴→耳鳴りには無効。しかし顎関節部に位置し、顎関節症や顎関節症に随 伴した耳鳴には有効なこともある。
16 ◯腰腿点:腰痛→治効機序は不明だが、効くことが多い。効果持続時間は短い。
17 ◯身柱:疳の虫→身柱の灸は、ちりげ(散り気)の灸という別名がある。疳の虫とは、不機嫌で心身落ち着かない状態(=小児神経症)で、とくに顔面部の興奮状態をいう。気が頭顔面部に集まった状態で、これを散らす役割が、ちりげの灸である。頸部交感神 経緊張状態を緩める効果であろう。
18 ×ア門:脳溢血で舌に障害のある言語障害(施灸) →中国文献では有効だというが病 院針灸以外、行う機会がない。構音障害の治療は、現代医学では非常に困難である。
19 △百会:不眠症、肛門疾患、蓄膿症、肥厚性鼻炎→百会は鎮静作用、前頂は興奮作用 がある。百会に灸すると開眼していてもリラクセーションを意味するアルファ波が出る(筑波 大報告)。鼻炎の針灸は、鼻粘膜を支配する三叉神経第1枝を興奮させることが根拠と なっているので、前頂よりも上星やシン会の方が効果がある。