AN現代針灸治療

ANとは「にただあつし(似田敦)」のイニシャルです。現代医学的知見に基づいた私流の針灸治療の方法を解説しています。

勃起障害(ED)の針灸治療 ver.2.3

2023-11-24 | 泌尿・生殖器症状

1.勃起とその消退の機序
 血中の化学物質により勃起がコントロールされる。次の3つの化学物質が関与する。
         
①「cGMP」で勃起が起る。cGMPとは、環状グアノシン-リン酸の略で陰茎中の血管拡張物質。 

②「PDE5」で勃起が萎える。 PDE5とは、ホスホジエステラーゼ5の略。
前立腺や尿道の筋肉を緩める作用がある。勃起状態を消退させる作用もある。バイアグラは、PDE5の作用をブロックすることで勃起状態を持続させる。

③勃起の反応は、性的興奮により「NO」(一酸化窒素)産生が引き金となる。


2.勃起と関係する筋

EDに関係する筋としてPC筋とBC筋が注目を集めている。 
 
1)PC筋


肛門の筋は骨盤神経(副交感神経支配)で肛門内側にある内肛門括約筋と、陰部神経支配の肛門外側にある肛門挙筋に大別される。肛門挙筋は、体性神経なので、自分の意思が関与する。肛門挙筋3種類あり、肛門から近い側から、恥骨腸骨筋・恥骨尾骨筋・腸骨尾骨筋になり、それぞれ独自の役割がある。
勃起と関係するのが恥骨尾骨筋で、PC筋(Pubococcygeus Muscle)ともよばれている。

PC筋は、ペニスが勃起するときに、海綿体に血液を送るポンプの働きをする。精液を出す時には律動的に動く。

2)BC筋

球海綿体筋をBC筋(Bulbocavernosus Muscle)と略す。ペニスが外に出ているのは全体の 3/4で、根元1/4は、骨盤底筋群の隙間に埋まっている。この根元にあるのがBC筋で、ペニス全体を下支えしている。球海綿体筋が強いとペニスの根元もしっかりして上向きのペニスとなり簡単には「中折れ」を起こさない。

球海綿体筋には尿道から尿や精液を押しだす役割もある。球海綿体筋が鍛えられることで射精の勢いが強まり、射精時の快感が増すとされる。 球海綿体筋が弱ると、尿のチョイ漏れを起こす。

3.PC筋・BC筋に対する物理的刺激



PC筋に対する局所刺激点は肛門の刺激になる。会陰穴である。BC筋は会陰穴の10㎝ほど前方で陰嚢との境界部になる。この部に相当する奇穴はあるのかと、陸痩燕・朱功著、間中喜雄訳「奇穴図譜」医道の日本社、昭46.6.10刊をみると、<陰嚢下横紋>という穴を発見した。BC筋の刺激点とはペニス基部の刺激になる。

男性であれば理解可能かと思うが、意思で肛門を引き締めようとすればPC筋が作用し、小便終了時にペニス内に残存する尿を外に出そうとすればBC筋が作用する。PC筋とBC筋は完全に独立して機能せず、同時に筋収縮することも多い。

ツボはある椅座位でこのあたりにゴルフスボール(直径4㎝程度)などをあてがい、上体を前傾させると、PC筋・BC筋の押圧刺激になる。リズミカルに数分間、前傾したり元の姿勢に戻したりの運動を行うことででPC筋・BC筋を鍛えることができる。  


4.PC筋とBC筋の筋力トレーニング
PC筋とBC筋の筋力トレーニングの意義は、筋力増強ではなく、血行改善になる。  

①PC筋のトレーニングとしてオシッコを止める動作を5秒ほどかけて行い、今度はオシッコをするような動作を5秒ほどかけて行う。締める、緩めるの動作をゆっくり10回行い、毎日3~5セット続ける。

  
②BC筋を意識しながら5秒ほどかけて肛門を力強く締める動作をする。今度は肛門をゆっくり緩めていく。締める、緩めるの動作をゆっくり10回行い、これを3~5セット毎日続ける。

  
③椅座位で、上体を前傾斜すると骨盤底筋が座面に当たる。この辺りにゴルフボールををあてがい、前屈動作を反復する。PC筋・BC筋指圧効果が得られる。


5.EDの針灸治療

PC筋・BC筋を直接刺激するには、会陰穴からの刺針になるが、治効のエビデンスが不足している。PC筋・BC筋への刺針には筋力トレーニング効果はないが、血行改善効果はありそうだ。このためには置針やパルス針が剥いているのかもしれない。 
  
1)針灸とバイアグラの効果の比較研究 
 
辻本孝司は、針灸とバイアグラの効果を比較し、「EDに対する中髎刺針は有効だが、その効果はバイアグラに及ばない」との結論づけた。それは次のような内容である。

ED患者26名に対し、2寸#8の針を中髎に5㎝刺入し、回旋刺激を10分間施行。治療は週に1回で、平均11回施術した。著効と有効を合わせると有効率は62%だった。有効例は、心因性(著効33%)よりも、内分泌性(著効88%)や静脈性(60%)の方が高かった。しかしバイアグラの有効性は50mgで70~80%で、重篤な副作用もみられないことから、針治療よりもバイアグラ内服の方が効果的である。バイアグラが効果なかったという者の大半は、内服方法に誤解があるからで、服薬指導と数回の針灸治療で改善させる。(辻本孝司:EDの治療-バイアグラと針に求められるものは,針灸OSAKA.vol.19 No.1.2003.Spr)
 

2)陰茎背神経刺針

①曲骨の針響と治療効果(日野勝俊:「はりきゅう」治療でしぜんな妊娠あんしん出産、2006年11月)

日野勝俊は「正常男性に曲骨から刺針をすると、ペニスの先まで針響を感じるが、重症のEDでは刺針した部位のみの刺激感のみになる。しかし繰り返しの治療で、ペニス先端部近くまで針響が届くようになる」記している。一般的なEDの場合には症状に応じて、週に
1~2回程度の治療を4ヵ月間続けて経過をみる。効果がすぐに現れるケースでは、初回の治療直後から、遅い時でも2ヵ月ぐらいで症状の改善が認められるとのこと。
※曲骨や中局へ針してペニスに響かせる方法は、急性・慢性膀胱炎での常套法(慢性膀胱炎には中極に10壮程度の多壮灸がよい)なので、EDに対しても効き目がありそうだ。そう思って、筆者はこの方法を10例以上行ってみた。しかしED治療に効果あることの感触は得られなかった。
  

②玉泉穴刺針

亀頭など性器の触覚を支配しているのは陰茎背神経なので、以前からこの刺激することがEDの改善になるとして行われている。一般的には下腹部正中の恥骨あたりで、曲骨・中極・大赫などを刺激する。このあたりに刺針すると針響きがペニスの尖端まで伝わることが多い。ただし前記したツボの直下には陰茎背神経や陰部神経がなく、腸骨下腹神経(これは腰神経叢L1~L3)となる。下腹部筋膜の刺激を介して陰茎背神経に響いたのだろうと推測した。陰茎背神経に針を当てるには、陰茎背神経ブロック点(陰茎基部直上から左右それぞれ1㎝の部)かた直刺した方が確実ではないだろうか。ちなみに陰茎基部直上には「玉泉」穴が定められている。