夕暮れのフクロウ

―――すべての理論は灰色で、生命は緑なす樹。ヘーゲル概念論の研究のために―――(赤尾秀一の研究ブログ)

11月23日(日)のTW:天皇を「自然人」としてしか見れない奥平康弘氏

2014年11月24日 | 国家論
※追記20121203
 
憲法学者である奥平康弘氏の『萬世一系の研究』を先般から、ツィッターでノートを取りながら読んでいます。これまで読んだところでの印象では、奥平氏の「天皇制」批判の観点は、まず第一に、「人権」の観点から、天皇には皇位の就任と退位に「自由」がなく、「天皇の人権」が損なわれているのではないかということ、第二に、皇位の継承において、皇室典範の「男系男子継承」の規定などが、同じ日本国憲法のなかに規定されている「男女同権」規定に反するのではないか、という主張にあるように思われます。
 
そうした「人権」や「男女平等」の原理に反するから、「天皇制」は廃止されるべきではないか、というのが奥平康弘氏の主張であるように思われます。これに対する反論は、私なりにツィッターメモで呟いていますが、浅学、勉強不足のために他の有識者たちが奥平康弘氏のこうした「天皇制」に対する批判に対してどのような見識を持っておられるのかわかりません。この奥平康弘氏の著書については、西尾幹二氏らも読んでおられるはずですけれども、それに対して西尾氏がどういう見解をもっておられるのかはわかりません。
 
いずれにしても、あまり多くの人の興味や関心を引くこともないような、こうしたマイナーなテーマであっても、ここに奥平康弘氏の著作の断片などを垣間見られて、もし興味と関心を持たれる方がおられればと思い、その一部をブログ記事として記録しておくものです。
 
 
 

GHQが「世襲」の原則を良しとみたのは、 「日本古来ノ歴史」を背景に統一国家をまとめ上げ、臣民の信頼と尊敬を一身に集めている現前の天皇制を維持することのうちに様々な効能を読み取ったからである。この点で、彼らにとっても、その中身を批判的に検討した上のことでないにしても、 a


「日本古来ノ歴史」を何らかの形で支持しないわけにはゆかない。こうした「歴史」と「伝統」を欠いた天皇制からは、彼らの予想する効能は期待しがたい。その限りでGHQは全く新しい天皇制を作ることに何の関心も持たなかったのである。b


総括するに、GHQは「世襲のもの」とする天皇制を肯定することによって、天皇家に付いてまとわるあれこれの制度構成要素を「歴史」や「伝統」にもとづいて正当化する日本側の議論には、有効な対抗軸を持てない立場に立たされていたのである。 c (ibid s128 )


彼らGHQにとっての天皇制の効用は、民衆に対して摩訶不思議な統合的な効果を保有する天皇制の機能であった。この機能たるや、独特な歴史と伝統を背景にして培われてきた制度の所産に他ならない。この制度に、いたずらにメスを揮うことは、 a


彼らにとっては、元も子もなくなるかもしれないのであった。こうして、彼らにとって、 「皇室典範的なるもの」は改革の対象としては、誠に微妙な存在であったに違いないのである。 b
(ibid s 129 )


第二に指摘したく思うのは、男女同権を掲げて女帝容認を迫っているものの、 GHQそのもののポジションが当初から大変妥協的な性質を帯びていたということである。それは何よりも、せめて女帝可能性の余地を規定の上だけ残していて──順位をずっと下に置くことによって a


──実際には女性に決して出番が来ないようにするわけには行かないのかという打診の仕方に現れている。これと相似の見解は、臨時法制調査会における杉村章三郎の採るところであった。しかしながら、こうした外観取り繕い主義をもってしては、b


伝統に基づく確信的男系主義者とは到底太刀打ちできないのである。なにぶんにも男女平等原則よりも優越して「男系世襲ノ原則」があると唱える確信論者を相手とする以上、 GHQとしてはもっと強く、ほとんど絶対的に平等原則を主張しなければならなかったはずなのである。c(ibid s130)


しかしながら、元来が特権的世襲主義によって構築される君主制を容認=前提にしたうえで、男女平等原則を絶対的に唱えることはむずかしい。 GHQは、イギリスやオランダの女王たちをモデルあるいは理想としていたであろう。けれども、これは日本法制官僚が効果的に反論するように、継承順位の中でa


後順位にあった女性が偶然に──平等原則によってではなくてその例外として──王位に就き得た実例でしかなかったのであって、所詮、女性差別的な制度であるという本音を同じように具有している。
こうして見れば明治典憲創始に当たった法制官僚が女帝論を排斥するとともに、b


それと裏腹に庶出の天皇・皇族を存続させる努力を払うなかで味わわねばならなかった苦悩と緊張感を、戦後の法制官僚は、 GHQの女帝論と対決する際にはついに経験せずに済んだと思う。敵は、ちょろいものであった! c (ibid s 130) ※ ここで奥平康弘氏は、


日本の君主制が、あくまでも女帝もしくは女系の天皇を原則として認めていないことを、「男女平等原則に反する」、「女性差別的な制度」であるという観点から批判している。しかし、その一方で奥平氏は、この点で女王の存在を認めているイギリスやオランダの君主制度を例に反論することは、


イギリスやオランダの君主制も本質的に「男女差別的な制度」であることから、「到底太刀打ちできない」ということも認めている。したがって日本の君主制の「男子一系世襲主義」を否定するには、「男女の絶対的な平等原則」を主張するか、「君主制」そのものを否定するしかないことも認めている。


ただ、ここでの奥平康弘氏の主張の欠陥を言うなら、国家が維持されるためには「秩序」が必然的に要請されるものであること、国家体制としての君主制は、「国家の秩序」から要請されるもの、国家の概念から必然的に生成されるものであることを奥平氏が理解していないことである。


奥平氏の「男女の絶対的な平等原則」の主張などは、典型的な悟性的思考の帰結でしかないものである。その論理的な帰結は、秩序の崩壊であり、無政府状態としての国家の消滅であろう。奥平康弘氏はこの論理的な帰結を肯定されるのであろうか。もしそうであればもはや議論の余地もないだろうけれども。


【無難な「庶系の皇族」否定論】
伊藤博文、井上毅らの明治法制官僚らは、心底から男系主義と庶系皇族容認主義とを両者不可分のワンセットと考え、この点における日本独自性を──西洋人の目を気にしながら──維持するのに頭を悩ますところがあった。さて戦後の法制官僚らはどうであろうか。a


一方で、彼ら自体において、公然あるいは堂々、庶系皇族容認主義を──男系主義堅持のために──固執するほどの熱意を持っていなかったと思われる。  b  (ibid s 131 ) ※ここで奥平氏は、なぜ人間社会が一夫一婦制が行われているかの論証については、


「アメリカ社会における一夫一婦制のイデオロギーの形成を考究した最近の労作として注目に値する」としてアメリカ人学者の論文を参考文献として挙げているだけである。なぜ一夫一婦制が優先されるかについて自らは論証していない。(あるいはできない?)


4 第九一帝国議会における論議
i 政府の政策──法制局「想定問答」(各論部分)
皇室典範上程の準備
政府は、一方でGHQとの接衝を経て、その承認を得るとともに、他方で枢密院管制六条三号(「帝国憲法ニ付属スル法律及ビ勅令」)にもとづき内閣提出法案としての皇室典範案を a


 
 

※追記20121204

奥平氏は、どうやら「男女の絶対的な平等原則」の主張と「君主制」そのものを否定する立場に立っておられるようである。つまり、国家の消滅と無政府状態を肯定し、それらを志向している。

そうであるとして、さらに一言しておかなければならないのは、たとい国家の消滅と無政府状態をめざすとしても、そのことによって現実にもたらされるものは、 決して「無政府」でも「無国家」でもなく て、むしろ「独裁的な国家」「独裁的な政府」という特殊な国家、特殊な政府によって取って代わられるだけである。なぜなら、人間社会において国家や政府は必然であるから。

だから奥平康弘氏の「思想」によってもたらされるものは、氏の主観的な意向に反して、決して「自由な政府」でも「自由な国家」でもなくて、むしろ、共産主義諸国によってすでに実証されているような独裁的な政府であり独裁的な国家でしかない。奥平氏の主張によってもたらされる現実とは、かってのソビエト連邦や現在の中華人民共和国、朝鮮人民共和国の諸国家など「共和国」に見られる不自由な歴史が、この日本において再び繰り返されるに終わるだけのことであるだろう。

 
 
 
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理念と現実─主辞と賓辞

2014年11月06日 | 概念論

§ 269 政治的心的態度は、その特定の内容を、国家の有機的組織が持つ様々の面から( aus den  verschiedenen  Seiten  des  Organismus  des  Staats )手に入れる。この有機体は、理念が自己の区別へと発展し、さらにこの区別が客観的現実性と発展したのである。これら区別された種々の部面がかくて種々の権力であり、またそれらの権力の職務であり活動である。a


これらによって普遍的なものは、絶えず、しかもこれらは概念の本性によって規定されているので、必然的に、自己を産出し、かつそれがまさに自己の産出に前提されているのであるから、自己を失うことなく保持している。 ──このような有機体が政治的国家体制(die politiche Verfassung)である。 b (ibid s 216 )


※先の§ 267においても、この§ 269においても翻訳者である高峯一愚氏は、この両節の訳注のなかで、ヘーゲルが「理念を主辞とし現実を賓辞」としていることに対して、「主辞と賓辞を転倒している」というマルクスの批判をそのまま引用しながら、ヘーゲルのこの個所の記述を批判している。


しかし、これらの批判はいずれも的外れなもので、ヘーゲルの「概念観」を正しく理解し得なかったマルクスに、訳者の高峯氏も無批判に追随しているにすぎない。


【補注】 〔国家の有機的組織〕国家は有機的組織、すなわち理念がその区別へと向かう発展である。これら区別された部面はかくて種々の権力であり、その職業と活動とであり、これらによって普遍的なものは絶えず必然的に産み出されるのである。また、それがまさに自己の産出において a


前提されていることによって、失われることなく保持されるのである。この有機体が政治的国家体制である。この政治的国家体制は永遠に国家から生ずるが、これはまさに国家がこの政治的国家体制によって保持されるのと同様である。もし両者がバラバラとなり、区別された面が勝手な方向に向かえば、b


国家体制がもたらす統一はもはや定立されない。これはあたかも胃袋とその他の身体の部分との寓話に当てはまる。すべての部分が同一性へと向かわない場合、 一部分が独立したものとして定立される場合には、全部が滅亡せねばならないというのが、有機的組織の本性である。c


述語や公理をもってしては国家の評価において一歩も進めることをできない。国家は有機的組織として把握されねばならないから。それはあたかも述語を以てしては神の本性は理解されないのと同様である。神の生命はむしろ、私はこれをそれ自身において直観しなければならないから。 d( s216)


※悟性的思考家である橋下徹氏や大前研一氏、また悟性的憲法学者、奥平康弘氏などは、ここで述べられているヘーゲルの国家有機体説に理解が及ばない。したがって、彼らには立憲君主国家体制もまた理解できない。


 
 
※追記20141106
 
「普遍的なものは、絶えず、しかもこれら(国家など)は概念の本性によって規定されているので、必然的に、自己を産出し、かつそれがまさに自己の産出に前提されているのであるから、自己を失うことなく保持している。 ──このような有機体が政治的国家体制である。」
※注
「普遍的なものは、概念の本性によって規定されながら、必然的に自己を産出する。」この個所をヘーゲルの字義通り解するか、マルクスのように「主辞と賓辞」を倒錯させているとみるか。ヘーゲルの概念観を前提にすれば、当然に上記のような記述になる。この論点がマルクスの誤解、ヘーゲル「観念論」批判の核心だと思われるので、あらためて想起しておきたい。
 
 
 
 
 
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政治のありようは、その国民の鏡

2014年11月04日 | 教育・文化

 

政治のありようは、その国民の鏡


「法律というものは、うまく履行すれば個人の犠牲を強いることなく──精神的な労働か肉体的な労働かを問わず、──働いて成果を得る喜びを人々に与えることができる。しかしどんなに厳しい法律でも、怠け者を働き者にしたり、浪費家を倹約家にしたり、大酒のみを禁酒家にすることはできない。

そのような変革は、一人一人の行動、節約意識、自制心をもってしか達成できないものだ。つまり先にすべきは、権利の強化ではなく、習慣の改善なのである。一国の政治のありようは、その国民を鏡に映したものに過ぎない。国民よりレベルが高い政治は、必ず国民のレベルにまで引きずり降ろされる。逆に国民よりレベルが低い政治ならば、国民のレベルにまで引き上げられるだろう。水が低きに流れる自然の理と同じである。

国の法律や政治も、国民全体のレベルにふさわしいところに落ち着いてゆくものなのだ。例えて言うなら、品格のある国民のもとでは政治も品格のあるものになり、無知で堕落した国民のもとでは政治も堕落する。事実、これまでの歴史を見れば、国家の価値や強さは、体制のあり方ではなく、国民の質によって決まってきた。」

サムウェル・スマイルズ『自助論』第一章 運命を切り開く自助の精神  NATIONAL AND INDIVIDUAL(国家と個人)

 http://goo.gl/NI8AOs

決して深くはないかも知れないけれども、英国の堅実で実証的な伝統的な哲学が象徴的に述べられている。国家について哲学的に考察する時にも、アダム・スミスやロック、ホッブス、ミル、バーク、ベーコン、そして、このスマイルズなど、英国の国家学の伝統と蓄積も不可欠の前提であるにちがいない。国家学の体系のどこに位置づけられるべきか。

 ※

この国民性と政治との関係の問題は、宗教改革と政治革命との関係として捉え直すことも出来る。宗教改革による国民の精神的自立なき政治革命が民主主義国家体制にとって愚行であるとされるのも、その根拠はここにあるといえる。宗教改革なき政治革命の事例として取り上げることのできるのは、フランス革命、ロシア革命、中国文化革命、日本の戦後民主主義、イラク・アメリカ戦争など。

 

 

 

 
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