円位上人無動寺へのぼりて、大乗院の放ち出(はなちで)に湖を見やりて
にほ照るや 凪(な)ぎたる朝に 見わたせば
漕ぎゆく跡の 波だにもなし
西行
帰りなんとて朝(あした)の事にてほどもありにし、今は歌と申すことは思ひ絶えたれど、結句をばこれにてこそつかうまつるべかりけれとて詠みたりしかば、ただに過ぎがたくて和し侍りし
ほのぼのと 近江の海を 漕ぐ舟の
跡なき方に 行く心かな
慈円
円位上人(西行)が無動寺へ登った時に、大乗院にある放ち出から琵琶湖を見下ろしながら詠んだ歌、
朝凪に照り返る湖面を見渡しても、漕ぎゆく舟の跡には波さえもありません
都に帰ろうとする朝のことで時もありました。今は誓いを立てて歌を詠むということは思い絶っていましたが、最後の歌をここでこそお詠み申し上げるべきでしょうと言って円位上人がお詠みになったので、ただにお聴き過ごすこともし難く、上人に和して私もお詠みしました。
近江の湖をほのかに漕ぎわたってゆく舟の、波の跡もない方に向かって私の心も引かれ行きます