ヘーゲル『哲学入門』第二章 義務と道徳 第七十節[礼節について]
§70
Die Höflichkeit (※1)ist die Bezeugung von wohlwollenden Gesinnungen, auch von Dienstleistungen, vornehmlich gegen solche, mit denen wir noch nicht in einem näheren Verhältnisse der Bekanntschaft oder Freundschaft stehen. Sie ist Falschheit, wenn diese Bezeugung mit den entgegengesetzten Gesinnungen verbunden ist. Die wahre Höflichkeit aber ist als Pflicht anzusehen, (※2)weil wir wohlwollende Gesinnungen gegen einander überhaupt haben sollen, um durch Bezeugung derselben den Weg zu näheren Verbindungen mit ihnen zu öffnen.
第七十節[礼節について]
礼節 とは善意の心の、またとくに、いまだ知人や友情といった親しい関係にない人に対して尽くそうとする気持ちの表れである。もし、この態度がそれとは反対の心情と結びついているのなら、それは 偽善 である。しかし、本当の礼節は義務と見なされなければならない。というのも、私たちが一般的に思いやりの気持ちをおたがいにもたなければならないのは、善意の心情を表すことによってたがいにより親密な結びつきへと道を開くためである。
(Einen Dienst, eine Gefälligkeit, etwas Angenehmes einem Fremden erweisen, ist Höflichkeit. Dasselbe aber sollen wir auch einem Bekannten oder freunde erweisen. Gegen Fremde und solche, mit denen wir nicht in näherer Verbindung stehen, ist es um den Schein des Wohlwollens und um nichts als diesen Schein zu tun. Feinheit, Delikatesse ist, nichts zu tun oder zu sagen, was nicht das Verhältnis erlaubt. — Griechische Humanität und Urbanität bei Sokrates und Plato.)(※3)
(見知らぬ人のために骨折ったり、好意を示したり、何か喜ばしいことを行うのは礼節である。しかし、知人や友人にも同じことを私たちはしなければならない。見知らぬ人や、そして、私たちが親しい関係にないこうした人に対しては、善意の外見が大切であって、この外見より大切なことはなにもない。優雅さ、上品さとは、他者との関係で許されてもいないことを、行ったり言ったりしないことである。─ ソクラテスとプラトンに見られるギリシャ的な人間性と雅やかさ。)
※1
die Höflichkeit
好意、親切、礼儀、慇懃、礼儀作法、礼節、愛想、丁寧さ、思いやり、当たり障りのない、いたわり、礼儀正しさ ── などの訳語が思い浮かぶが、「礼節」と訳した。
こなれた日本語としては「思いやり」があるが、それでは外への現れ、外見の面がはっきりしない。
die wohlwollenden Gesinnungen 善意の心情
wohlwollenden
慈悲の、善意の、哀れみの、情なさけ、思いやりの
Gesinnungen
心情、節操、信条、心根
「die wohlwollenden Gesinnungen 思いやり」は内心で、それが態度に、外に現れたものが「die Höflichkeit 礼節 」である。
※2
Die wahre Höflichkeit aber ist als Pflicht anzusehen,
本当の礼節は義務と見なされねばならない。
ソクラテスやプラトンの生きた古代ギリシャ世界における人々の人間関係は、平安貴族社会のように雅びやかなものであったのかもしれない。この礼節の外見が大切である。
※3
本節第七十節でもって、Ⅳ.他者への義務、 および「第二章 義務論、もしくは道徳論」は終わる。
他者との関係において、私たちが関与する権利も義務もないときには、すべて他人の自由に任せ、善意の心情と礼節をもって接すればたりるとしている。
義務論としては Ⅰ 自己に対する義務、Ⅱ 家族への義務、Ⅲ 国家への義務、Ⅳ 他者への義務、として論じられた。つづいて第三章 宗教論 へと進む。
「道徳」や「倫理」に対するさらに詳しい考察はもちろん『法の哲学』にまたなければならない。