ART&CRAFT forum

子供の造形教室/蓼科工房/テキスタイル作品展/イギリス手紡ぎ研修旅行/季刊美術誌「工芸」/他

「 ものをつくる -私の場合-」  林辺正子

2013-08-01 06:51:20 | 林辺正子

Photo ◆転成の器

1993515日発行のTEXTILE FORUM NO.22に掲載した記事を改めて下記します。

 飛行場に降り立つと漆黒の闇に篠つく雨。一夜が去るとバリ島の太陽は満天に輝き万物を愛でる。地上低く垂れ篭めた朝露の中を頭上に盆を載せた女達は行き交う人々を巧みにかわしながら足早に社へと急ぐ。彼女らの供物は手製の花篭に清く盛られた朝咲きの花と、小瓶に詰められた小量の浄水だ。

 こんな国ではテキスタイル・アートという言葉はもとよりアート、オブジェという言葉さえもが存在意義を持たないだろう。18世紀末の産業革命と機械の出現を遠望しているこの国では、神に捧げる品々、それと同じく神に捧げたこの世の生に必要な物だけが存在する意味を知るのである。またまたバリの子供達が昨夜編みあげたばかりの腕輪を買わせようと執拗にせがんでくる。声高な値切りの声が遠吠えのように耳に響く。「夕力~イ。」 「ヤス~イ。」と。

 怠惰なバリ島での数日間、物を作るという行為の意義がしきりに問われてならない。神を持たぬ私達はいったい誰の為に、何を作るのだろうか。ある者に選択肢のひとつを提供し、またその者が他者との差異化をはかるにとどまるのだろうか。私達が余儀なく身を置く高度に発達した資本主義社会に大量に産出されるものは言うまでもなく絶えず余剰を孕んでおり、小さなアトリエで産出される物さえその例外ではない。身近にあるものを考えてみることにしょう。今ここに数本の鉛筆が置かれている。だが実際に使用されるのは今この文章を書くために使われている、しかも何らかの理由で選択された一本の鉛筆だけである。他の鉛筆は避けがたく余剰物であり、使われるという行為から除外されて存在しているのだ。この除外されて余剰と化した鉛筆は用途を喪失し、筆記用具という範躊から逸脱していく。すると鉛筆はまさに本来の物、先端の尖った木製の一本の細棒へと立ち帰り、そこで新たな付加価値を獲得する。ここでの付加価値とは新たに付加されたあらゆる意味での可能性であり、あらゆる意味での産出の場である形成の表面に身を投じることを意味する。形成の表面に新たな生成変化、更なる結びつき、制作した者さえもが窺い知ることのできない未曽有の転成の可能性を秘めて投げ出されているのである。付加価値を帯びた余剰の鉛筆が例えばある空間に吊されたならば、それは転化を遂げて、オブジェやアート作品としてあるいは成立するかも知れない。とするならば、作品としての物を作るという行為は物を余剰化すること、ひいては余剰物質を制作することに他ならない。換言すれば物質は余剰であるが故に積極的な意味を持ち、余剰化されない物質は常にそのままであり続けるほかない。

 ここに1993年3月に開催された第二回「嗜欲の器」展に出品された作品を例にとって、いわゆる余剰物質の制作過程を制作ノートからの抜粋という形を借りて辿ってみたい。参考までに第二回「嗜欲の器」展は「転成の器」と題され4点が制作された。

 

第二回「嗜欲の器」展 制作ノートより

タイトル:「転成の器」

A 土塊(カッパドキア-1)

' ニット

B 土塊(カッパドキア-2)

' ラテックス

制作過程

1. 第一回「嗜欲の器展」(嗜欲=欲望の一形態)(食欲、エロチシズム、死等)

 うつわ論展(熊本県)

2.上記の経験の下に第二回展の出品依頼を受ける。

 第一回、第二回の通低コンセプト:生成変化、結合、リゾーム

3.第二回「嗜欲の器」展(「転成の器」)のコンセプト構築

 第一回は食物を盛るという前提の下に制作したが、第二回はその前提がないため   嗜欲=欲望と捉える。

 (1) 「嗜欲」の「器」について

   ・嗜欲、欲望:「欲望とは与える力である。」

   ・器:凹状のもの

      器と意識したその時にすべては器として成立

 (2)欲望と器を結び合わせるもの

   ・欲望とは規制に縛られた日常生恬を逸脱、転倒させるもの

   ・本来は凹状とすれば器となるものを180度反転させ、さらにそれを凹状にする⇒嗜欲の器

 (3) 嗜欲と器の2語の回路により導きだされた諸要素

   ・ロールシャッハ・テスト用紙にある黒い形状……エロチックで恐ろしい物であると同時に共通の約束事(日常生活)にないものを形状として表すために偶然性の助けをかりながら恣意性の介在する余地を残す

   ・カッパドキア(地上に石灰岩が露呈したトルコの一地方)

   ・聖性 ・蝋燭 ・臓器 ・魂 ・et.

4.上記の内部的なコンセプトの物質化、作品化、具体的製作

 (1)形状 :ある形状の反転、横滑り、連鎖により次の形状を成立させる……

      本来の物から逸脱させることで本質や存在を浮かび上がらせる

 (2)色  :白、無彩色、透明色、乳濁食、白蛍光色

 (3)素材 :白い粘土、ラテックス、生糸、レーヨン糸、胡粉、チタニウム、蛍光染料

 (4)サイズ:両手に納まるもの

5.作品展示

 作品A.B.:黒い形状のある紙を台座に置き、その上に磨りガラスを敷く

      作品を180度回転して置く

 作品A' : 凹状に置く

 作品B' :水中に浮かす

 陳列台には、回転を促し、様々な組合せを可能にする丁番を使用

 

 このノートに示されたように、多くの場合、出品依頼という出来事はそれを引き受けた時点で私の内部にある要素、その時にいたる迄の内的、外的な状況から生じて私の内部に集積された様々な要素と組み合わされる。コンセプトの構築に始まる作品制作の全工程を通してこれら諸要素が連鎖反応、重なり合い、接合などの変化を遂げるなかに作品製作は進められる。内部的なものが視覚化されて現前した作品はここで新たに形成の平面に差し出され、他のもの、あるいは他の人との結合に備えることになる。それは何かを共有し、共感しあう不特定小数の人々と接合するよう意図して制作されたものであるからだ。言葉を換えて言うなら、他の流れに合流し、更に新たな流路を拓き、生成変化を重ねていくよう企てられたひとつの実験であるからだ。川が流れを流れるがごとくものは製作され、その流れは制作者をも同様に流していくのであろう。



最新の画像もっと見る