◆アナ キング “red sky at night”
◆写真1 高宮紀子「無題」
2005年1月10日発行のART&CRAFT FORUM 35号に掲載した記事を改めて下記します。
民具のかご・作品としてのかご(21) 高宮紀子
『松葉のかご』 高宮紀子
2005年1月10日発行のART&CRAFT FORUM 35号に掲載した記事を改めて下記します。
民具のかご・作品としてのかご(21) 高宮紀子
『松葉のかご』 高宮紀子
前号で2004年7月の末から9月の末まで平塚市美術館で行われた「かご展」のことを書きましたが、その出品者のスコットランドからきたアナ キングさんというバスケットメーカーのワークショップに参加する機会がありました。テーマは松葉を使ったコイリングのかごです。
アナさんはテキスタイルの出身で、織りの作品を作っていますが、かごの技術と出会うチャンスがあったようです。しかし最初はどうも自分には合わない、と思ったと話しています。その時、教えてくれた人からコイリングをやってみたら、とアドバイスされたのがきっかけになり、その後もいろいろな素材でコイリングの作品を作るようになりました。彼女が使う素材は自然素材で、多いのが松葉、そしてそれを巻きとめる麻糸、綿糸、絹糸など。その他の素材を飾りに使ったりします。その他、加工された素材、ナイロンやテグス、紙などといった素材も使います。
コイリングは、芯材と巻き材で構成されます。芯材を底から渦巻き状にして、巻き材で巻いて留めながら、積み重ねていく、という作業で作ります。立体に立ち上げる方法というのは、芯材が前段の芯材にどういう角度でつながるか、ということで決まります。それは手の指を当てて、どれくらいの角度で編むかという手ごころなのです。コイリングほど手ごころの加減が全体のフォームを決める技術は無いともいえます。
アナさんのかごはだいたいが普通のかごのフォームをしています。二枚目の写真、赤い羽根の作品がアナさんの作品です。タイトルは“red sky at night”で、芯材はサイザルの繊維を束にしたもので、細さが3mmぐらいのものを細い綿のような糸でコイリングして作っています。それが土台になっていて、その上に小さな羽根がぴっちり付いています。おそらく羽根の根元を芯材に留めながら作ったのだろうと思いますが、ひじょうにぴったりとおさまっています。よく見るといろいろな羽根の色の配置がよく考えられていて、生き物の暖かさを感じられるようにも思えます。かごの一番膨らんだ所を見ていると羽をたたんだ鳥が休んでいるようなイメージにも見えます。
かごは直径が7cm、高さが4cm、ちょうど手のひらに乗る小さなものです。たいていのアナさんのかごは技術の構造を展開した形というよりは、フォームを限定し、素材感を魅力にした作品で、かごの形をしています。アナさんの作品が普通のかごと違うのはアナさんの体験に基いたメッセージがあるという点です。かごの周りに、いろいろな物、例えば散歩の途中でみつけた木の実や、海岸でひろった貝殻などが糸で付いていたり、またかごの中に別の物が入っていることが彼女の作品の特色といえます。
でもそれは単なる飾りではなさそうです。飾りの付け方や種類に注意深さが感じられるからです。写真のかごの中にはピンク色の豆本が入っています。通常でしたらサイザルの繊維を巻いた裏が中に見えるのですが、アナさんのかごは違います。中に赤いふわふわしたフェルトが敷かれていて、裏が見えないようになっています。その中に小さな2,5cm角の本が入っている。ピンク色の表紙で中に和紙のページがあり、ちゃんと糸で綴られています。そのページには赤い夜の空についての文章が書かれています。そういえば、外側の羽根の部分を見ていると赤い空に見えてきます。夜の赤い空はいい兆しなのか、恐ろしいことの前兆なのか、どちらにもとれる、そういうことに気付きます。表紙には小さな本物の貝殻がつけられています。その貝殻は本のタイトルのシンボルであるようです。
彼女が来日したのは展覧会の終わりの方でワークショップは二日間ありました。一日目は、松葉を使ったコイリングの方法を具体的に習い、実際に松葉を使って自分のかごを作り、二日目は他の素材を使い、自由なコイリングを試すといったものでした。
いろいろな素材が用意され、集まった参加者はどんなことをしても、何を使ってもいい、でも困った時にはアナさんに相談して、アドバイスを受けながら作業をしました。参加者は当初の予定、確か7,8名だったのが、はるかに超えて30名近くいましたが、皆さん松葉を手に奮闘することになりました。
美術館のワークショップの部屋の大きな作業台の周りにそれぞれ座り、作業が始りました。素材に使う松葉は参加者がめいめい集めて持ってくることになっていました。庭で集めた人や、公園や空き地で採ってきた人など、いろいろな色や長さ、太さの違う松葉が机の上いっぱいに広げられ、部屋中にいい匂いが満ちました。
おそらくかごを初めて作った人も中にはいたのだろうと思います。かごの作品を作る仲間も何人か参加していましたが、アナさんのようなやり方で松葉を使うのは初めてだったと思います。私自身、以前に松葉を使ってコイリングをしたことがありましたが、その時はさほど感動はありませんでした。松葉が乾いて茶色になっていたせいかもしれませんが、だからワークショップを受けるにあたって、あまり新しいことは無いだろうと思っていました。でもそれは違っていたのです。
アナさんの松葉をコイリングする方法というのは、松葉をそのまま緑色が鮮やかなまま使う、そして束をせいぜい4本ぐらいにして細さを一定にし、巻き材には縫い糸のような白く細い糸を使うというものでした。今まで太い巻き材で束を巻いてコイリングしていた私にとっては、これが新鮮でした。細い巻き材を使うとコイリングのステッチがまるで刺繍のように見えてきます。早くざくざくというのではなく、1針1針、大切に巻いてコイリングする、という感じです。そのゆっくりとした時間の中で素材を慈しみ、観察しながら形を作っていくことができます。彼女はコイリングするリズムが大切だと言っていますが、このリズムというのは、ただ早くとか、流れるようにというのでなく、素材をどう使うかとか、自分の手がどういう働きをしているか、ということに向き合いながらの、いわば観察をする時間を含んでいるという感じなのです。私も素材に対する観察という意味では常にしているつもりでしたが、違う素材を使うことで、またその時間を意識して作業をすることで、新しい体験をしたような新鮮な気持になりました。
二日目は自由に素材を選んで使うということだったのですが、まだ松葉に執着したい気持がありました。最初にスタートしたダイオウショウ(松葉が長い)のかごができず、このままでは、今掴みかけたことが逃げていくような気がして、一つのかごをまずは完成させてみようと思ったのです。たいていの人は、かごの作業が終了すると、拾い集めたいろいろな素材をかごの表面に糸でくっつけていました。私も何かつけたい、(今まで滅多にこういう気持になることはありませんでしたが、アナさんと出会えた記念だから)他の葉をかごの口に付けたのです。そうすると、アナさんがやってきて手にとり不満そうに眺めて要素が多すぎる、と言いました。
かごを作り終えるとより自分らしくしたくなります。だから何か付けたくなるのでしょうが、私の場合、別の大きなものを付けすぎた。その結果は客観的に見ると、今までやってきた仕事をだいなしにする作業だったに違いありません。私の今までの作業では、飾りをつけるなんて、絶対にやらないのですが、今までにしなかったことをしてみたいと思い、実は心の中ではどうだい!、と思っていました。アナさんから指摘され、少し恥ずかしい気持になりました。
かごを作る作業に入ると、どうしても作業の方向を変えたいという思いが頭をよぎります。大方、それらは今、手にしている素材と自分には関連の無いことだったり、無理だったりすることかもしれません。ファクター(要因)が多くなると、とってつけたようなかごになってしまいます。それはそれでいいのかもしれませんが、作っている自分の気持はどうかといえば、何かすっきりしない気持が残ります。全体が自然でなくなると思うのです。私は、今眼の前にある状態と自分の意志を天秤にかけ、どちらかといえば自分の意志を優先し、選択してきました。だから、その意志を具現化できる素材を今まで選んできたわけです。でも松葉のかごはちょっと違いました。情況を観察し、よく考えることで自分の作業の方向を見定めるということが必要でした。
素材とコイリングの作業の性質、ぐるぐると螺旋状にすることとか、ステッチの間隔とか、そういう全部のファクターを絞って、自分の作業の方向を選択する、そういう作り方がある、と彼女が教えてくれたのだろうと思います。
作業をしている時、見えているファクターを絞るというのは、とても観察力がいりますし、自分の思いついた良いと思っているアイデアを選択、あるいは捨てる覚悟が必要です。ある意味、自分の意思をそいでいく、そんな感じもします。でも、結果としての作品に自分の意志はちゃんとあるのです。この体験は、素材に対する気持を深めるきっかけになりました。20年もかごの作品を作っていて、分かっているつもりのことでしたが、松葉という素材だったからこそ、よく確認できたのだろうと思います。改めて素材というのは深いものなのだ、という気持になりました。
アナさんのワークショップの数ヶ月後、東京の飯田橋のスペースパウゼというギャラリーでグループ展をすることになりました。いい機会だから、ワークショップのその後の作品ということもテーマにしてみよう、ということになり、再び松葉を使ってアナさんからもらったメッセージを実践してみようと思いました。
一枚目の写真がそのかごです。関口千鶴子さんにもらったケナフの糸を使い、松葉をコイリングしています。最初のスタートで、ステッチの方法を少し変えてみました。ほんとうは最初のステッチがうまくいかなくなり、細い糸でコイリングするのはたいへんだったので、密に巻く部分を間隔をあけてやってみようと思ったのがきっかけです。途中、忍耐が続かなくなって違うことをやってみたくなりましたが、その度にゆっくり見て結果を予想し、眼の前のファクターが絞れているかどうかを確認しました。その結果がこのかごになりました。
いつものオブジェを作る時は、組の構造の展開というテーマなので、素材は、自分の実験を形にする特性のもの、つまり紙を選んでいます。構造や技術のプロセスの展開に魅力を感じるし、自分に合っていると思っているからです。これはこれで楽しいし、スリルがあります。音楽でいえばドライブ性がある作品(新しいと感じ、知的でいきいきとしていてスピード感があるとか、そういう意味です)を生み出したいと思っているので、このアプローチが合います。
今回の松葉のかごのように、素材と自分との関わりで決めていくというのは、私にとってはむつかしかったのですが、もう一度、自然素材と向き合ってみようと思うきっかけになりました。松葉は記念的な素材となったわけですが、その体験を今度はどんな素材を使ってみるか、ますます作ることが楽しみになってきました。