寸がしんにょうに乗ると過の異体字になります。
定年のあいさつによくある、小過はありましたが大過なくという言葉は、何もしてこなかったことへの自分への言い訳のようにも聞こえます。
自分では小過と思っておきたくても、それが積み重なれば、その職を穢す大過にもなり得ます。
はじめは、バレバレの非常識を、寸がしんにょうに乗っている程度の、ほんの少しのあやまちと思いこみます。
それが度重なって度を過ぎれば、油断しているうちにとんでもない結果を招く大過になり、国辱にもなりかねません。ちかごろ、そんな事例が、毎日のように伝えられています。
大過の傷跡は、改心がなければ拭い去ることはできません。
黙ってやり過ごせば過の字が次には何に化けるのか、空恐ろしいことです。
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